『資本論』を読む会の報告

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2008年 10月 28日

第119回 10月28日 第1章 商品 第3節 A 3 等価形態 その2


第13段落
・最後に展開された等価形態の二つの特色は、価値形態を他の多くの思考形態や社会形態や自然形態とともにはじめて分析したあの偉大な探究者にさかのぼってみれば、もっと理解しやすいものになる。
・その人は、アリストテレスである。

■アリストテレス [Aristotelēs]
(前384-前322) 古代ギリシャの哲学者。プラトンの弟子。アレクサンドロス大王の師。アテネ郊外に学園リュケイオンを創設。その学徒は逍遥(ペリパトス)学派と呼ばれる。プラトンのイデア論を批判し、形相(エイドス)は現実の個物において内在・実現されるとし、あらゆる存在を説明する古代で最大の学的体系を立てた。中世スコラ哲学をはじめ、後世の学問への影響は大きい。主な著作に、後世「オルガノン」と総称される論理学関係の諸著書、自然学関係の「動物誌」「自然学」、存在自体を問う「形而上学」、実践学に関する「ニコマコス倫理学」「政治学」、カタルシスを説く「詩学」などがある。 (大辞林 第二版より)

第14段落
・アリストテレスがまず第一に明言しているのは、商品の貨幣形態は、ただ単純な価値形態のいっそう発展した姿、すなわちある商品の価値を任意の他の一商品で表現したもののいっそうの発展した姿でしかないということである。
・というのは、彼は次のように言っているからである。 
「5台の寝台=1軒の家」("Κλιναι πεντε αντι οικιαζ")
というのは、
「5台の寝台=これこれの額の貨幣」("Κλιναι πεντε αντι...οσου αι πεντε κλιναι")
というのと「違わない」と。

●「貨幣形態という言葉はここで最初に登場するのだろうか」との疑問が出され、「ここが最初ではなく第3節の最初の部分ででている。それが本文では最初だ」との発言がありました。

■《諸商品は、それらの使用価値の雑多な現物形態とは著しい対照をなしている一つの共通な価値形態――貨幣形態をもっているということだけは、だれでも、ほかのことはなにも知っていなくても、よく知っていることである。しかし、いまここでなされなければならないことは、ブルジョア経済学によってただ試みられたことさえないこと、すなわち、この貨幣形態の生成を示すことであり、したがって、諸商品の価値関係に含まれている価値表現の発展をその最も単純な最も目だたない姿から光まばゆい貨幣形態に至るまで追跡することである。
・これによって同時に貨幣の謎も消えさるのである。》(国民文庫93-94頁・原頁62)

第15段落
・彼は、さらに、この価値表現がひそんでいる価値関係はまた、家が寝台に質的に等置されることを条件とするということ、そして、これらの感覚的に違った諸物は、このような本質の同等性なしには、通約可能な量として互いに関係することはできないであろうということを見ぬいている。
・彼は言う、「交換は同等性なしにはありえないが、同等性はまた通約可能性なしにはありえない」("ουτ ισοτηζ μη ουσηζ συμμετριαζ")と。
・ところが、ここでにわかに彼は立ちどまって、価値形態のそれ以上の分析をやめてしまう。
・「しかしこのように種類の違う諸物が通約可能だということ」すなわち、質的に等しいということは、「ほんとうは不可能なのだ」("τη μεν ουν αληθεια αδυνατον")と。
・このような等置は、ただ、諸物の真の性質には無縁なものでしかありえない。
・つまり、ただ「実際上の必要のための応急手段」でしかありえない、というのである。

第16段落・つまり、アリストテレスは、彼のそれからさきの分析がどこで挫折したかを、すなわち、それは価値概念がなかったからだということを、自分でわれわれに語っているのである。
・この同等なもの、すなわち、寝台の価値表現のなかで家が寝台のために表している共通な実体は、なんであるか? そのようなものは「ほんとうは存在しえないのだ」とアリストテレスは言う。
・なぜか? 家が寝台にたいして或る同等なものを表しているのは、この両方のもの、寝台と家とのうちにある現実に同等なものを、家が表しているかぎりでのことである。
・そして、この同等なものは――人間労働なのである。

●「価値概念とはどのような内容か」との疑問が出され「価値とは抽象的人間的労働の対象化だということではないか」との発言がありました。これに対して「それだけではなく、その生産に必要な社会的必要労働時間によって価値量がきまることも含んでいるのではないか」との発言がありました。

第17段落
・しかし、商品価値の形態では、すべての労働が同等な人間労働として、したがって、同等と認められるものとして表現されているということを、アリストテレスは価値形態そのものから読みとることができなかったのであって、それは、ギリシアの社会が奴隷労働を基礎とし、したがって人間やその労働力の不等性を自然的基礎としていたからである。
・価値表現の秘密、すなわち人間労働一般であるがゆえの、またそのかぎりでの、すべての労働の同等性および同等な妥当性は、人間の同等性の概念がすでに民衆の先入見としての強固さをもつようになったときに、はじめてその謎を解かれることができるのである。
・しかし、そのようなことは、商品形態が労働生産物の一般的な形態であり、したがってまた商品所有者としての人間の相互の関係が支配的な社会的関係であるような社会において、はじめて可能なのである。
・アリストテレスの天才は、まさに、彼が諸商品の価値表現のうちに一つの同等性関係を発見しているということのうちに、光り輝いている。
・ただ、彼の生きていた社会の歴史的な限界が、ではこの同等性関係は「ほんとうは」なんであるのかを、彼が見つけだすことを妨げているだけである。

●「価値表現の秘密とはどういうことか」との疑問が出されましたが、明確な結論には至りませんでした。

●「彼の生きていた社会の歴史的な限界とは何か」という疑問が出され「古代ギリシアが奴隷制の社会であったことではないか」「商品生産における自己労働に基づく生産物の所有がいまだなされていなかったことではないか」という発言がありました。

■古代ギリシャ・ローマの奴隷制 ホメロスの叙事詩には、戦争捕虜が奴隷とされていたことがしるされている。アリストテレスは、忠実な奴隷にはその報償として自由をあたえるべきだ、と提唱しているが、一般に古代ギリシャ後期の哲学者たちは、奴隷制を道徳的に問題のある制度とはみていなかった。古代ギリシャでは、奴隷はおおむね人道的な扱いをうけていたが、スパルタでは、被征服民の子孫で奴隷化されたヘロット(ヘイロータイ)が市民よりはるかに多かったため、苛酷な待遇をうけた。一般的に、奴隷は家内の雑務や手工業、農業に従事し、船員や船のこぎ手としてつかわれることもあり、家内奴隷の場合は、主人と親密な関係になることもまれではなかった。

古代ギリシャにくらべ、古代ローマの奴隷主は奴隷に対して法的により大きな権力をふるい、生かすも殺すも意のままだった。ローマ帝国では、奴隷制はきわめて重要な経済的・社会的制度で、社会の存立そのものが多数の奴隷に依存せざるをえなかった。ローマ帝国が諸外国を征服し領土を拡張するにしたがって必然的に労働力不足を生み、奴隷を獲得することが必要になり、おびただしい数の戦争捕虜を奴隷化した。結局、奴隷労働に依存しすぎたことが帝国の滅亡の一因となった。

キリスト教がローマ帝国の公認宗教になり、さらに中世にヨーロッパ全土から中東の一部にまでひろまると、奴隷の扱いに改善がみられるようになる。ローマ帝国の衰退後、5~10世紀までに何度か異民族が侵入、奴隷制はより拘束力の弱い農奴制へと変容していった。
(「MSN エンカルタ 百科事典ダイジェスト版」より)


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by shihonron | 2008-10-28 23:50 | 学習会の報告


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