『資本論』を読む会の報告

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2009年 01月 06日

第127回 1月6日 第1章 商品 第3節 D 貨幣形態

1月6日(火)に第127回の学習会を行いました。「読む会通信№315」をもとに前回までの復習をした後、「第1章 商品 第3節 価値形態または交換価値」の「D 貨幣形態」の第1段落から最後(第4段落)までを輪読、検討しました。

●は議論の報告、■は資料、★は報告者によるまとめや意見、問題提起です。
引用は、原則として《》を用いて示し、読む際の便宜を考慮して漢数字を算用数字に変換する場合があります。

■テキストの内容と議論
第1章 商品 第3節 価値形態または交換価値 
     D 貨幣形態

    
    20エレのリンネル =  ̄|
    1着の上着     = |
    10ポンドの茶   = |
    40ポンドのコーヒー= |― 2オンスの金
    1クォーターの小麦 = |
    1/2トンの鉄   = |
    x量の商品A    = _|

第1段落
・形態Ⅰから形態Ⅱへの、また形態Ⅱから形態Ⅲへの移行では、本質的な変化が生じている。
・これに反して形態Ⅳは、いまではリンネルに代わって金が一般的等価形態をもっているということの他には、形態Ⅲと違うところはなにもない。
・形態Ⅳでは金は、やはり、リンネルが形態Ⅲでそれだったもの――一般的等価物である。
・前進は、ただ、直接的な一般的交換可能性の形態または一般的等価形態がいまでは社会的慣習によって最終的に商品金の独自な現物形態と合生しているということだけである。

■《一般的等価形態をもっている》は、長谷部訳では《一般的等価形態をとる》となっている。

■《最終的に商品金の独自な現物形態と合生しているということだけである》は、長谷部訳では《金という商品の独自な自然形態と窮極的に癒着した、という点だけである。》、マルクスコレクション版では《商品金の特殊な実物形態と決定的に癒着している、という事実である。》となっている。

●「一般的等価物としての機能と金の現物形態が分かちがたく結びついていて分けることができないという内容には《癒着》より《合生》の方がふさわしいと思う」との発言がありました。

●「形態Ⅲ(一般的価値形態)と形態Ⅳ(貨幣形態)とでは等式そのものの形は何も変わっていない。金が一般的等価物の機能を独占し貨幣になることを、形態発展の論理からは説明できない。だから《社会的慣習によって》と述べられているのではないか」との発言がありました。

第2段落
・金が他の諸商品に貨幣として相対するのは、金が他の諸商品にたいしてすでに以前から商品として相対していたからにほかならない。
・すべての他の商品と同じように、金もまた、個々別々の交換行為で個別的等価物としてであれ、他のいろいろな商品等価物と並んで特殊的等価物としてであれ、等価物として機能していた。
・しだいに、金は、あるいはより狭いあるいはより広い範囲のなかで一般的等価物として機能するようになった。
・それが商品世界の価値表現においてこの地位の独占をかちとったとき、それは貨幣商品になる。
・そして、金がすでに貨幣商品になってしまった瞬間から、はじめて形態Ⅳは形態Ⅲと区別されるのであり、言いかえれば一般的価値形態は貨幣形態に転化しているのである。

●《金が他の諸商品にたいしてすでに以前から商品として相対していた》とはどういうことかが問題になり「金がさまざまな他の商品と交換されていたということだろう」との結論になりました。

●「《すべての他の商品と同じように》との指摘は重要だ。金も他の商品と変わることのない商品であり、最初から特別な商品であったわけではない」との発言がありました。

第3段落
・すでに貨幣商品として機能している商品での、たとえば金での、一商品たとえばリンネルの単純な相対的価値表現は、価格形態である。
・それゆえ、リンネルの「価格形態」は
     20エレのリンネル=2オンスの金
または、もし2ポンド・スターリングというのが2オンスの金の鋳貨名であるならば、
     20エレのリンネル=2ポンド・スターリング
である。

★ 価格形態→貨幣商品での一商品の単純な相対的価値表現

■第3章では次のように述べている。《一商品の金での価値表現―x量の商品A=y量の貨幣商品―は、その商品の貨幣形態またはその商品の価格である。いまでは、鉄価値を社会的に通用するように表すためには、1トンの鉄=2オンスの金 というような一つの単独な等式で十分である。この等式は、もはや、他の諸商品の価値等式といっしょに列をつくって行進する必要はない。というのは、等価物商品である金は、すでに貨幣の性格を持っているからである。それゆえ、諸商品の一般的な相対的価値形態は、いまでは再びその最初の単純な、または個別的な相対的価値形態の姿をもっているのである。》(国民文庫172頁・原頁110)

■鋳造貨幣 ちゅうぞうかへい
鋳貨とも。金が一般的貨幣商品として使われるようになると交換のたびに試金・秤量(ひょうりょう)が必要となる。その手数を省くため,国家がその貨幣商品が一定の品質と重量をもっていることを証明するために鋳造して作った貨幣を鋳造貨幣という。(マイペディア)

■秤量貨幣 ひょうりょうかへい
受渡しの際品位・重量の鑑定や秤量を必要とする貨幣。品位の一定しない貨幣や偽造貨幣が流通していた時代には,鑑定と秤量を経て初めて貨幣の受渡しが可能となった。江戸時代の丁銀はその一例。(マイペディア)

■オンス 
ヤード・ポンド法の質量と体積の単位。
(1)一般に用いられる質量単位のオンス(常用オンス)。記号ozまたはoz av。1オンス=1/16ポンド=16ドラム=28.35g。
(2)薬品の計量に用いられる薬量オンス。記号oz ap。1薬量オンス=1/12薬量ポンド=24スクループル=31.1035g。
(3)貴金属や宝石の計量に用いられるトロイオンスまたは金衡オンス。記号oz tr。1トロイオンス=1/12トロイポンド=20ペニーウェイト=31.1035g。
(4)液量オンス。記号fl oz。イギリスでは1/160英ガロン=28.412cc,アメリカでは1/128米ガロン=29.573cc。→ポンド(質量単位)   (マイペディア)

■ポンド(通貨)
英国,アイルランド,キプロス,シリア,レバノン,エジプトなどの国の通貨単位。£またはL.と略記する。マルタ,オーストラリア,ニュージーランドでも使用した時期がある。単にポンドといえば英国のポンド(正称はポンド・スターリングpound sterling)をさす。これは8世紀半ばから流通した銀貨に由来し,11世紀半ばに1£=20シリング=240ペンスが確立。19世紀初期から第1次大戦ころまではポンドは基軸通貨の地位を占めたが,やがて英国の停滞とドルの基軸通貨としての登場の結果,ポンドはドルにリンクされ,ドルの補完的な基軸通貨となった。1971年2月15日以降は十進法に移行し,1£=100ペンス。
(マイペディア)

■ 金衡(貴金属、宝石、薬品を計る衡量)
  1ポンド(トロイ・ポンド)=12オンス………372.242g
  1オンス(トロイ・オンス)………………………31.103g

第4段落
・貨幣形態の概念における困難は、一般的等価形態の、したがって、一般的価値形態一般の、形態Ⅲの、理解に限られる。
・形態Ⅲは、逆関係的に形態Ⅱに、展開された価値形態に、解消し、そして、形態Ⅱの構成要素は、形態Ⅰ、すなわち、20エレのリンネル=1着の上着 またはx量の商品A=y量の商品B である。
・それゆえ、単純な商品形態は貨幣形態の萌芽なのである。

■Die Schwierigkeit im Begriff der Geldform beschränkt sich auf das Begreifen der allgemeinen Äquivalentform, also der allgemeinen Wertform überhaupt, der Form III. Form III löst sich rückbezüglich auf in Form II, die entfaltete Wertform, und ihr konstituierendes Element ist Form I: 20 Ellen Leinwand = 1 Rock oder x Ware A = y Ware B. Die einfache Warenform ist daher der Keim der Geldform.

■ Be・griff
[brfベグリフ](男性名詞)
〔(単数の2格)‐[e]s/(複数の1・2・4格)‐e(複数の3格)‐en〕
【1】概念((英)concept)
ein physikalischer Begriff物理学上の概念
【2】理解,把握;考え;想像
Das geht über meine Begriffe.それは私の理解を超えている
ein neuer Begriff von Demokratie民主主義についての新しい考え方
Du kannst dir keinen rechten Begriff davon machen.君にはそのことがまったくわかっていない〈理解できない〉
◆(3格の名詞)+ein Begriff sein…(3格)に知られている
Sein Name ist mir kein Begriff.彼の名前は私には聞き覚えがない
für meine Begriffe私の考えでは
im Begriff sein《zu不定詞句と》まさに…しようとしている
Ich war im Begriff, aus dem Bus auszusteigen.私はちょうどバスから降りるところでした
schwer von Begriff seinわかりが遅い〈悪い〉

■be・grei・fen*
[brfnベグライフェン]理解する
Ich begreife nicht, warum Peter nie Geld hat.
私はペーターがどうしていつもお金を持っていないのかわからない
(現在形)
ich begreife
du begreifst
er begreift
wir begreifen
ihr begreift
sie begreifen
Sie begreifen
(過去形)
ich begriff
du begriffst
er begriff
wir begriffen
ihr begrifft
sie begriffen
Sie begriffen
(過去分詞)
begriffen
(他動詞)((4格の名詞))〔…(4格)を〕理解する,把握する((英)understand=verstehen)
die Formeln nicht begreifen公式が理解できない
Ich kann sein Verhalten nicht begreifen.私は彼の行動を理解することができない
Ich kann ihn sehr gut begreifen.私には彼のことがよくわかる
《(4格の名詞)なしで》Das Kind begreift schnell.その子は物わかりが早い
◆Es begreift sich, dass...…は明白である
Es begreift sich, dass er in dieser Weise nichts erreichen kann.彼がこのやり方でなにも達成できないことは明白である→begriffen
(関連語)verstehen理解する,erkennenわかる,認識する,fassen理解する,把握する,kapieren(口語)理解する


■《貨幣形態の概念における困難》は、新日本版では《貨幣形態の概念把握における困難》となっている。

■長谷部訳では《貨幣形態の概念(べグリフ)における困難は、一般的な等価形態を、つまり一般的な価値形態一般を、形態Ⅲを、概念(ベグライフェン)することだけである》と原語がわかるようにで訳している。マルクスコレクション版では《貨幣形態の概念を理解するさいのむずかしさは、もっぱら一般的等価形態、したがって一般的価値形態なるもの、つまり形態Ⅲを概念的に把握することにある。》フランス語版では《貨幣形態という概念のなかにある困難は、ただたんに、一般的等価形態、すなわち、一般的価値形態である形態Ⅲを、十分に理解することである。》となっている。

●「新日本版の訳はわかりやすいが意訳である。原文に忠実に訳すなら《概念における困難》がふさわしい。概念における困難と概念把握における困難は一致するといえるのではないか」との発言がありました。

■《形態Ⅲは、逆関係的に形態Ⅱに、展開された価値形態に、解消し》は、長谷部訳では《形態Ⅲは、逆の連関では形態Ⅱ、すなわち開展された価値形態に帰着する》、新日本版では《形態Ⅲは、もとにさかのぼれば形態Ⅱ、すなわち展開された価値形態に帰着し》、マルクスコレクション版では《形態Ⅲは、もとをただせば形態Ⅱに、つまり展開された価値形態に解消するし》、フランス語版では《形態Ⅲが、発展した価値形態である形態Ⅱに解消し》となっている。

■大谷禎之介氏は論文「価値形態」(『経済誌林』第61巻第2号)の中で「逆の連関」について興味深い見解を述べている。

■《ブルジョア社会にとっては、労働生産物の商品形態または商品の価値形態が、経済的細胞形態なのである。》(国民文庫22頁・原ページ12)

■《価値表現の秘密、すなわち人間労働一般であるがゆえの、またそのかぎりでの、すべての労働の同等性および同等な妥当性は、人間の同等性の概念がすでに民衆の先入見としての強固さをもつようになったときに、はじめてその謎を解かれることができるのである。
しかし、そのようなことは、商品形態が労働生産物の一般的な形態であり、したがってまた商品所有者としての人間の相互の関係が支配的な社会的関係であるような社会において、はじめて可能なのである。》(本文ではじめて「商品形態」という言葉が登場する個所 国民文庫114頁・原ページ74)

■《労働生産物は、どんな社会的状態のなかでも使用対象であるが、しかし、労働生産物を商品にするのは、ただ、一つの歴史的に規定された発展段階、すなわち使用物の生産に支出された労働をその物の「対象的」な属性として、すなわちその物の価値として表すような発展段階だけである。それゆえ、商品の単純な価値形態は同時に労働生産物の単純な商品形態だということになり、したがってまた商品形態の発展は価値形態の発展に一致するということになるのである。》(国民文庫117頁・原ページ76)

■《じっさい、一般的直接的交換可能性の形態を見ても、それが一つの対立的な商品形態であり、ちょうど、一磁極の陽性が他の磁極の陰性と不可分であるように、非直接的交換可能性の形態と不可分であるということは、決してわからないのである。》(国民文庫129頁・原頁82)

■久留間鮫造氏は一般的価値形態と貨幣形態との関係について次のように述べている。
《価値形態論の趣旨を要約しているものと見られる次の叙述もまた、上述のわたくしの見解を裏書きするもののように思われる。

われわれの見た如く、すでに、もっとも簡単な価値表現たる x商品A=y商品B においても、他のある物の価値の大いさがそれで表示されるところの物は、それの等価形態を、この関連から独立に、社会的な自然属性として有するように見える。われわれは、このまちがった仮象の確立を追跡した。この仮象は、一般的な等価形態が、ある特殊な商品種類の自然形態と癒着したとき、あるいは貨幣形態に結晶したとき、完成したのである。一商品は、それにおいて他の諸商品が全面的にそれらの諸価値を表示するがゆえにはじめて貨幣になるのだとは見えないで、むしろその逆に、その商品が貨幣であるがゆえに、それにおいて他の諸商品が一般的にそれらの諸価値を表示するかに見える。媒介する運動はそれ自身の結果のうちに消失して、あとには何らの痕跡も残さない。諸商品は、それらの力添えを俟たないで、それら自身の価値姿態がそれらの外部に・且つそれらの傍らに・実存する一商品体として完成されているのを見出す。こうした金銀なるものは、地中から出てくるままで、同時にすべての人間的労働の直接的な化身である。ここから貨幣の魔術が生じる。(同上、98-99頁)

 だから問題は、一般的価値形態から独立に貨幣形態を認めたのは何のためかと問う代わりに、貨幣形態の前段階として一般的価値形態を認めたのは何のためかと問うことによって、一層容易に理解しうることになる。われわれの前に現実に与えられているのは貨幣形態であるから、それを最後の形態とすることはむしろ当然のことと考えてよい。そこでわれわれの課題は、この貨幣形態の謎を解くことであるが、そのためにはまず第一に、この形態を一般的価値形態に還元する必要がある。あらゆる商品が左辺に立ち特殊の一商品が右辺にあるこの形態においてはじめて「一商品は、それにおいて他の諸商品が全面的にそれらの諸価値を表現するがゆえにはじめて貨幣になるのだ、」という本来の関係が如実に顕現するからである。貨幣形態においては、この「媒介する運動はそれ自身の結果のうちに消失して、あとには何らの痕跡も残さない。」一般的価値形態において見られる左辺における諸商品の隊伍は消え失せて、価値形態は、一見簡単な価値形態とまったく同様な価格の形態になる。そしてそれと同時に貨幣の独自な謎が出来上がる。一般的価値形態への還元は、この貨幣の謎を解くために欠くことのできない還元の第一歩なのである。》(『価値形態論と交換過程論』116-118頁 単行本での傍点による強調を引用に際しては太字で表しました。)

■貨幣の謎、貨幣形態の謎
《『資本論』における価値形態論の目的は、商品の価格すなわち貨幣形態の謎を、そしてそれと同時にまた貨幣の謎を解くことにある。ここに貨幣形態の謎というのは、一般に商品の価値が特殊の一使用価値――金――の一定量という形態で表現されることの謎であり、貨幣の謎というのは、このばあい金の使用価値――本来価値の反対物たるもの――がそのまま一般に価値として妥当することの謎である。」(久留間鮫造『価値形態論と交換過程論』4頁)
 また大谷禎之介氏は「貨幣形態の謎」と「貨幣の謎」について次のように述べている。
《物である金(Au)の量が価値の量を表現する、というようなことがいったいどのようにして可能なのであろうか。これは、われわれのこれまでの分析で得たところから見るならば、一つの謎だと言わなければならない。ここでは商品の価値が貨幣という形態をとっているので、この謎を〈貨幣形態の謎〉と呼ぶ。
 さらに、商品はすべて、20エレのリンネル=100円、1着のシャツ=40円、1tの鉄=10万円、等々といった価格をもっており、すべての商品の価値が金の一定量で表現されているので、金はあらゆる商品と直接に交換できる。つまり、金は、その現物形態そのものが価値物として、価値のかたまりとして通用する、一種独特のものとなっている。
 ここにも一つの謎がある。物である金、使用価値としての金が、それの反対物である価値そのものとして通用することの謎、〈貨幣の謎〉である。》(大谷禎之介「価値形態」「経済誌林」第61巻第2号156-157頁)


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by shihonron | 2009-01-06 23:30 | 学習会の報告


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