『資本論』を読む会の報告

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2009年 03月 03日

第135回 3月3日 第1章 第4節 商品の呪物的性格とその秘密

3月3日(火)に第135回の学習会を行いました。「読む会通信№320」をもとに、前回までの復習をした後、前回議論になった抽象的人間労働が歴史貫通的なものかどうかについての議論を継続しました。

●は議論の報告、■は資料、★は報告者によるまとめや意見、問題提起です。
引用は、原則として《》を用いて示し、読む際の便宜を考慮して漢数字を算用数字に変換する場合があります。

●第16段落をきっかけに、抽象的人間労働という概念がどの社会にもあてはまる歴史貫通的なものか否かという問題が提起され、議論になりました。抽象的人間労働が、商品生産社会に固有のものではなく、社会主義社会・アソシエーションにおいても総労働の配分や生産物の分配の際に尺度として機能することについては参加者全員のあいだで一致していますが、資本主義以前の社会において抽象的人間労働について語ることができるのかという点では意見が分かれました。
 一方の意見は「マルクスは《すべての労働は、一面では、生理学的な意味での人間の労働力の支出であって、この同等な人間労働または抽象的人間労働という属性においてそれは商品価値を形成するのである。すべての労働は、他面では、特殊な、目的を規定された形態での労働力の支出であって、この具体的有用労働という属性においてそれは使用価値を生産するのである。》(国民文庫91頁・原頁61)と述べている。生理学的な意味での人間の労働力の支出は、どんな社会においても存在する。したがって、抽象的人間労働という概念は歴史貫通的なものだ」というもの。
 もう一つの意見は「たしかに《生理学的な意味での人間の労働力の支出》はどの社会においてもあるとはいえるだろうが、商品生産社会では、それは対象化された形態で価値として意味を持つ。しかし、資本主義以前の社会ではいったいどんな意味があるといえるのか。マルクスはアリストテレスが価値形態を分析しようとしたが正しい結論に至らなかったことを指摘して《価値表現の秘密、すなわち人間労働一般であるがゆえの、またそのかぎりでの、すべての労働の同等性および同等な妥当性は、人間の同等性の概念がすでに民衆の先入見としての強固さをもつようになったときに、はじめてその謎を解かれることができるのである。》(国民文庫114頁・原頁74)と述べている。こうした指摘は、抽象的人間労働という概念は、商品生産社会以後においてしか意味を持たないということではないか」というものでした。
 これに対しては「資本論では商品の分析の中で価値の実体として抽象的人間労働が明らかにされた。だからマルクスは、抽象的人間労働が歴史貫通的だといったことを直接に積極的に問題にはしていない。しかし、抽象的人間労働についてのマルクスの説明を素直に読めば、それがどんな社会においても存在するものであることは明らかではないか。」「どんな社会においても社会の総労働の配分においては抽象的人間労働として考えられているのではないか。」「アリストテレスについての記述は、彼には価値概念がなかった、いや歴史的発展段階の限界が価値概念をとらえることを不可能にしていたということだろう。」との発言がありました。

■《労働はまったく簡単な範疇のように見える。このような一般性においての――労働一般としての――労働の観念も非常に古いものである。それにもかかわらず、経済学的にこの簡単性において把握されたものとしては、「労働」は、この簡単な抽象を生みだす諸関係と同様に近代的な範疇である。たとえば重金主義は、富を、まだまったく客体的に、自分の外に貨幣の姿をとっている物として、定立している。マニュファクチュア主義または重商主義が、対象から主体的活動に――商業労働とマニュファクチュア労働に――富の源泉を移しているのは、重金主義にたいして大きな進歩だった。といっても、まだこの活動そのものを金儲けという局限された意味でしか把握していないのであるが。この主義にたいして、重農主義は、労働の一定の形態――農業――を、富を創造する労働として定立し、また対象そのものを、もはや貨幣という仮装のなかでではなく、生産物一般として、労働の一般的結果として、定立するのである。しかしまだこの生産物を、活動の局限性に対応して、やはりまだ自然的に規定された生産物――農業生産物、とくに〔par excellence〕土地生産物――として考えているのである。
 富を生みだす活動のあらゆる限定を放棄したのは、アダム・スミスの大きな進歩だった。――マニュファクチュァ労働でもなく、商業労働でもなく、農業労働でもないが、しかもそのどれでもあるたんなる労働。富を創造する活動の抽象的一般性とともに、いまやまた、富として規定される対象の一般性、生産物一般、あるいはさらにまた労働一般、といっても過去の対象化された労働としてのそれ。この移行がどんなに困難で大きかったかは、アダム・スミス自身もまだときどきふたたび重農主義に逆もどりしているということからも明らかである。ところで、これによっては、ただ、人間が――どんな社会形態のもとであろうと――生産をするものとして現われる最も簡単で最も古い関係を表わす抽象的な表現が見いだされただけのように思われるかもしれない。これは、一面から見れば正しい。他面からは正しくない。労働の一定種類にたいする無関心は、現実の労働種類の非常に発展した総体を前提するのであって、これらの労働種類のどの一つももはやいっさいを支配する労働ではないのである。こうして、最も一般的な抽象は、一般にただ、ある一つのものが多くのものに共通に、すべてのものに共通に現われるような、最も豊富な具体的な発展のもとでのみ成立するのである。そのときは、ただ特殊な形態でしか考えられないということはなくなる。他方、このような、労働一般という抽象は、たんに種々の労働の具体的な総体の精神的な結果であるだけではない。特定の労働にたいする無関心は、個々人がたやすく一つの労働から他の労働に移り彼らにとっては労働の特定の種類は偶然でありしたがってどうでもよいものになるという社会形態に対応する。労働は、ここではたんに範疇としてだけではなく現実にも富一般の創造のための手段にたっており、職分として個人と一つの特殊性において合生したものではなくなっている。このような状態は、ブルジョア社会の最も近代的な定在形態――合衆国――で最も発展している。だから、そこで、「労働」、「労働一般」、単なる労働〔Arbeit sans phrase〕、という範疇の抽象が、近代的経済学の出発点が、はじめて実際に真実になるのである。だから、近代的経済学が先頭に立てている最も簡単な抽象、そしてすべての社会形態にあてはまる非常に古い関係を表わしている最も簡単な抽象は、それにもかかわらず、最も近代的な社会の範疇としてはじめて、実際に真実にこの抽象において現われるのである。ある人は、合衆国では歴史的産物として現われるものが、たとえばロシア人の場合には――特定の労働にたいするこの無関心が――生まれながらの素質として現われるのだ、と言うかもしれない。しかし、第一に、未開人がなんにでも用いられるという素質をもっているということと、文明人が自分自身をなんにでも用いるということとのあいだには、たいへんな違いがある。そして第二に、ロシア人の場合には、労働の特定性にたいするこの無関心には、彼らが一つのまったく特定な労働に伝統的に固着していて外からの影響によらなければそこから投げだされないということが、実際に対応しているのである。
 この労働の例が適切に示しているように、最も抽象的な範疇でさえも、それが――まさにその抽象性のゆえに――どの時代にも妥当するにもかかわらず、このような抽象の規定性そのものにあってはやはり歴史的諸関係の産物なのであって、ただこの歴史的諸関係だけにたいして、またただこの諸関係のなかだけで、十分な妥当性をもっているのである。》(「経済学批判への序説」国民文庫『経済学批判』298-301頁)

■上記の「経済学批判への序説」からの引用文について久留間鮫造氏は以下のよう解説している。
《あらためていうまでもなく、われわれ人間は生活してゆくためにいろいろな物を必要とする。ところがこれらの物の多くは、そのまま役立つ形で自然のうちにあたえられてはいない。すなわち人間は、彼自身の活動によって自然にはたらきかけ、それを変形することによって、それらの物を生産しなければならぬ。この、種々の欲望の対象を生産するための人間の活動が、基本的な意味においての労働である。それは社会形態の如何を超越した、労働の普遍的内容を形成する。
 労働は、それがこのように、種々の人間欲望の対象を――すなわち「使用価値」を――生産するものであるかぎり、生産する使用価値が異なるごとに異ならなければならぬことはいうまでもない。穀物を生産する労働は耕作労働でなければならず、布を生産する労働は織布労働でなければならぬ、等々。しかし、労働は他面において、それがどのような種類のものであっても、ひとしく人間の労働力の支出にほかならぬという面をもっている。この面から見るとき、すべての労働は、使用価値を生産するものとして――すなわち「有用的労働」としての――それらの差異を抽象されて、無差別な、単なる「労働」としてあらわれることになる。ところで、どのような種類の労働でも人間の労働力の支出にほかならないということは、すべての時代を通じて妥当する超歴史的な事実とおもわれるのに、経済学の歴史を見てみると、労働が経済学的にこの簡単性において把握され、単なる「労働」の範疇が定立されたのは、やっとアダム・スミスになってからのことであったことが知られる。これは一体どうしたわけなのか? これが問題である。
 これにたいするマルクスの答は、大体次のような意味のものとして解してよいであろう。まず第一に抽象というものは、あるものが発展し分化していって、多種多様なものの豊富な総体として存在するようになって、はじめて成立するものである。もしあるものがただ一つの形態でしか存在しないならば、抽象がおこなわれないことはいうまでもないが、たとえそれが発展し分化して、新たな諸形態を打ち出したにしても、それらの形態の種類がまだすくなく、またそれらがいずれもまだ注目に値するほどの重要さをもたないあいだは、主要な形態に圧倒されて、やはり抽象はおこなわれえない。労働のばあいも同じ道理で、単なる「労働」の抽象は、労働が現実に発展分化して、多種多様な労働の具体的な総体として実存するようになって、はじめて可能になる。ところがこのような労働の分化は、歴史的には、商品生産者間の社会的分業の形態においてのみ実現可能であり、そしてこの社会的分業は、資本家的生産様式のもとにはじめて広汎な発展をとげることができたのである。まずこの意味において、単なる「労働」の抽象が資本家的生産様式のある程度の発展の後にはじめておこなわれたことは、むしろ当然のことと解せられる。
 だが、それだけではない。単なる「労働」の抽象は特定の労働種目に対する無関心を前提し、そしてこの無関心は、ひとびとが一種の労働から他種の労働に自由に移動しうる場合に生じうる。ところがこの労働の自由な移動の可能性は、資本家的夫様式のもとではじめて発展してきたのである。この可能性の発展は何よりもまず、従来それをさまたげていた封建的な諸制度――たとえば農奴制、ギルドの制度、等々――の打破を必要としたのであるが、それを打破したものはいうまでもなくブルジョア革命であった。だが資本家的生産様式はたんに労働の移動に対する制度的な障害を除去したのみではない。それは、まず最初にはマニュファクチュア的分業の・つぎには機械による大規模生産の・導入によって、労働を極端にまで単純化し、かくして労働の移動を事実上にもまた容易ならしめたのである。いな、単に容易ならしめたのみではなく、景気の変動と需要の変化とにともなう諸産業の伸縮の必要に応じて、労働者の大群をあるいは吸引しあるいは反発することによって、彼らの移動を不断に強要することにさえなったのである。たとえば職業安定所の光景はこの事実を集約的に示すであろう。と同時にそれはまた、単なる「労働」「労働一般」は、けっしてほしいままな主観の産物ではなくて、今日では如実に見られる客観的な事実であることを知らしめるであろう。職業安定所に群集する求職者において、われわれは「労働一般」を如実に看取することができるのである。
 だがこれはもちろん現代のことで、スミスの時代のことではない。資本主義がやっとこれから産業革命の段階にはいろうとしていた一八世紀の後半に、一般的な「労働」の範疇を――後に説くごとく種々の欠陥をもってであるとはいえ――とにかく定立したことは、まことに驚嘆にあたいすることであり、彼の頭脳の稀有の偉大さによることとしなければならない。だが、同時にまた、彼の天才をもってしても、もしはるか以前であったならそういうことはできなかったであろうこともまたたしかである。天才は、事象がまだ衆目に顕著なほどの発展をとげないうちに、一歩衆に先さきだってそれを認識しうるにすぎないのである。》(久留間鮫造・玉野井芳郎『経済学史』15-18頁)

■《このように、労働によって冨を生産しなければならないあらゆる社会について、労働が、変形作用と人間労働力支出の二側面から考察されなければならないのに、「労働の二重性」は商品生産に固有の概念だとする抜きがたい思いこみが広まっている。このような主張をする人びとは、労働の生産力の発展にともなう、世界の社会的表現であることを明示生産する労働量の減少や、後に§2で述べる必須労働と剰余労働との区別を問題にするときには、労働を具体的な変形作用の違いを度外視した人間的労働力の支出として、つまりは抽象的労働として見ていることに気づいていないのである。これを抽象的労働と呼ぶべきでないとしたら、そのかわりになんと呼ぶのであろうか。》(大谷禎之介『図解社会経済学』17頁)

■《価値の実体としての抽象的人間労働にかんしては、二様の把握がマルクスの理解として可能であった。すなわち一方の把握は、抽象的人間労働を「生理学的意味での労働力の支出」として超歴史的カテゴリーであるとするものであり、他方の把握は、それを商品生産あるいは資本主義的生産に固有の特殊歴史的カテゴリーであるとするのである。》(種瀬茂他編『資本論体系2 商品・貨幣』352頁)

■《戦後のわが国では、戦前の見解から引き続き歴史的カテゴリー説が主であったが、その根拠はそれぞれ異なっている。
(a)阿部隆一氏は、抽象的労働を生産過程に求め、この労働を「資本制的に充用される機械のもとでの労働において始めて直接に実存する」ものととらえた。
(b)宮川實氏は、商品生産関係における労働の独自的性格に根拠を求める。この商品関係のもとでは、私的生産者たちの労働は、「人間の生理的エネルギーの支出として、他の労働と等しい労働として、他の労働と交換されることによってはじめて、すなわちそれらの生産物の交換をとおして、労働の社会的性格――他人のための労働であるという性格――は実現するのである。だからこの社会では、労働の社会的性格は質的に等しい人間の生理的エネルギーの支出という形態をとるのである。労働の社会的性格が等しい生理的エネルギーの支出という形態をとったものは、抽象的人間労働である。だから、抽象的人間労働は、商品生産社会だけに存在する社会的労働の存在形態であって、歴史的カテゴリーである。林直道氏も同じ見解である。
(c)遊部久蔵氏は以上の見解を総合して、次の三つの規定を統一的に把握した。すなわち、(1)抽象的労働の範疇規定。生理学的等質労働で、どの社会の労働でもこの規定をもっている。(2)抽象的労働の実存規定。抽象的労働が実存するものとしてとらえられるのは、「商品の生産過程」においてであり、具体的には、「生産過程に機械体系が採用され」「ブルジョア的な簡単労働」が現実化されるときである。(3)抽象的労働の実現規定。抽象的労働が価値の実体となる根拠は、商品を生産する労働の独自な社会的性格にある。商品経済は価値の成立――抽象的労働の価値化――の「外的条件ではなく、その構成契機である」。こうして以上三様の規定を統一した「抽象的労働」は、「すぐれて社会的歴史的規定である。それは分業と私有財産にもとづく商品=資本制経済に独自な規定である。」そして社会主義社会では、第一、第二の規定は存在するが、第三の規定は存在しない、とされる。》(種瀬茂他編『資本論体系2 商品・貨幣』353頁)


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by shihonron | 2009-03-03 23:30 | 学習会の報告


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