『資本論』を読む会の報告

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2009年 07月 14日

第153回 7月14日 第3章 第1節 価値の尺度

7月14日(火)に第153回の学習会を行いました。前回議論になった、価値尺度機能と価格の度量標準との関連や意義についての議論があり、次回に文章化したものをもとに検討することになりました。レポーターの報告をうけ「第3章 貨幣または商品流通 第1節 価値の尺度」の第18段落から最後(第21段落)までを検討しました。

以下は、当日配布されたレジュメです。議論の報告は後にアップします。

第1篇 商品と貨幣  第3章 貨幣または商品流通  
第1節 価値の尺度


18段落
 商品と貨幣分量=商品の価格=とが等価である、というのは同義反復である。
しかし、商品の価値の大きさの指標としての価格が、その商品の貨幣との交換比率の指標であるとしても、逆に、商品の貨幣との交換比率の指標が必然的に商品の価値の大きさの指標であるということにはならない。
仮に等しい大きさの社会的必要労働が、
 1クォーターの小麦=2ポンド・スターリング(約2分の1オンスの金)
とによって表されているとしよう。
今、事情によって、1クォーターの小麦に3ポンド・スターリングあるいは1ポンド・スターリングの価格がつけられるとするなら、それらはどちらもこの小麦の価格である。というのは
 第一に、それらはこの小麦の価値形態、すなわち貨幣であり、
 第二に、小麦の貨幣との交換比率の指標だからである。
商品の価値の大きさは、社会的労働時間にたいする、一つの必然的な、この商品の形成過程に内在する関係を表現する。・・この必然的な関係は、一商品とその商品の外部に実存する貨幣商品との交換比率として現れる。この比率において、その商品が価値の大きさより以上に、またはより以下に譲渡されることも表現されうる。この価格と価値の大きさの不一致の可能性は価格形態そのもののうちにある。このことは価格形態の欠陥ではなく、むしろ逆に、一つの生産様式に適切な形態にするのである。―規律が、盲目的に作用する無規律制の平均法則としてのみ自己を貫徹しうる一つの生産様式に。

19段落
ところが、価格形態は、価値の大きさとそれ自身の貨幣表現との量的不一致の可能性を許すばかりでなく、一つの質的な矛盾―貨幣は諸商品の価値形態に他ならないにもかかわらず、価格がそもそも価値表現であることをやめるにいたるほどの矛盾―をも宿しうる。商品でないもの―たとえば良心、名誉などが貨幣で売られるものとなり、価格をもち、商品形態を受け取ることがありうる→価値をもたずに価格をもつことがありうる。 未耕地の価格のように価値をもたない想像的な価格形態も、ある現実の価値関係を潜ませていることがありうる。

20段落
 相対的価値形態一般がそうであるように、たとえば一トンの鉄の価値を表現するのは、一定分量の等価物、たとえば一オンスの金が鉄と直接に交換されうるということによるのであって、逆に鉄の方が金と直接に交換されうるということによって表現するのでは決してない。商品が実際に交換価値の作用を果たすためには・・ただ表象されただけの金から現実の金に自己を転化させなければならない。商品は、たとえば鉄というような実在的な姿態とならんで、価格という観念的価値姿態、または表象された金姿態を持つことができる。商品に価格を与えるためには、表象された金を商品に等値すれば十分だが、商品がその所有者のために一般的等価物の役割を果たすためには、商品は金と取り替えられなければならない。鉄の所有者が鉄の価格をさしてこれは貨幣形態である―からこれである商品と交換してくれ―と言っても、相手はこう答えるだろう。ペテロがダンテに言ったように「それをおのが財布の中にもっているのか?」

21段落
 価格形態は、貨幣と引き換えに商品を譲渡する可能性と譲渡する必然性とを含んでいる。他方、金が観念的価値尺度として機能するのは、金がすでに交換過程において貨幣商品として動き回っているからにほかならない。だから、観念的な価値の尺度のうちには、硬い貨幣が待ちかまえている。

疑問点

18段落
・「1クォーターの小麦を再生産するためには、相変わらず等しい量の社会的労働時間が支出されなければならない」ということと
 「商品の価値の大きさは、社会的労働時間にたいする、一つの必然的な、この商品の形成過程に内在する関係を表現する」ということとはどう関わっているのか?

・価格形態の欠陥ではなく、むしろ逆に、価格形態を、一つの生産様式に適切な形態にするのである、とあるが、価値の大きさから価格が背離する可能性があることは資本主義的生産様式にとって適切なことという意味なのか?
19段落
・ある現実の価値関係とは何か?

20段落
・商品が交換価値の役割を果たすとか、一般的等価物の役割を果たすとかあるが、こうした表現は一般的?

21段落
・価格形態は貨幣と引き換えに商品を譲渡する可能性と必然性を含んでいるとあるが、この意味は? 何のために言及しているのか? 他方、金が観念的価値尺度として機能するのは・・と続くが、「一方では、他方では」と同じ使い方なのか。
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by shihonron | 2009-07-14 23:30 | 学習会の報告


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