『資本論』を読む会の報告

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2009年 09月 08日

第159回 9月8日 第3章 第2節 流通手段 c 鋳貨、価値章標

 9月8日(火)に第159回の学習会を行いました。「読む会通信№340」をもとに前回の復習をした後、「第3章 貨幣または商品流通 第2節 流通手段 c 鋳貨、価値章標」の第6段落から最後(第8段落)をNMさんの報告をもとに検討しました。

 前回(第158回)の学習会で出された「第9段落以降でマルクスは流通手段として機能する貨幣の量(流通必要貨幣量あるいは流通必要金量)について述べているが、流通必要量を超えた場合にはどのように金は流通から引き上げられるのか、足りない場合にはどのように流通に入ってくるのか」という疑問に関連する資料が紹介されました。一つは有斐閣から出版された『資本論体系2 商品・貨幣』の82頁から84頁および419頁から421頁。もうひとつは三宅義夫『貨幣信用論研究』(未来社刊)の「第5章 金・銀行券・紙幣に関する若干の疑問――遊部久蔵氏の所説によせて」(183頁)です。
 前回の復習では、大谷論文「貨幣の機能」で銀貨や銅貨がが「金の独占的な地位を奪い取る可能性がある」と述べられていることについて、「可能性があるといわれているが、実際に銀貨や銅貨が金に取って代わるといったことがあるのか疑問だ」「金鋳貨以外で支払うことができれば金鋳貨は支払いには使われずため込まれる、なぜなら補助貨幣の素材はそれが象徴している金の価値よりも小さいのだから」「何らかの歴史的経験があって銀貨や銅貨での一回の支払いで受けとらなければならない貨幣額を限定するようになったのではないか。その歴史的経験を調べてみよう」という発言がありました。

 以下、段落毎にレジュメの内容と議論の報告を掲載します。
●は議論の報告、■は資料、★は報告者によるまとめや意見、問題提起です。

資本論 第1部 第3章 貨幣または商品流通
第2節 流通手段 C 鋳貨。価値章標


第6段落
・1ポンド・スターリング、5ポンド・スターリングなどといった貨幣名が印刷された紙券が、国家によって外部から流通過程に投げ込まれる。
・紙幣の発行は、紙幣によって象徴的に表される金(または銀)が現実に流通しなければならないはずの量に制限されるべきである。
・与えられた一国における流通媒介物の総量は、経験的に確定される一定の最小限より下に下がることは決してない。
・だからこの最小総量は紙製の象徴によって置き換えることができる。
・しかし、紙幣がその限度を、すなわち[紙幣がなければ]流通したはずの同名の金鋳貨の量を超過するならば、全般的信用崩壊の危険は別にして、紙幣は、商品世界の内部では、やはりただ、この世界の内在的諸法則によって規定された金量を、したがってまたちょうど代理されうるだけの金量を表すにすぎない。〔たとえば紙幣の総量があるべき総量の二倍になれば―フランス語版〕1ポンド・スターリングは、事実として、約1/4オンスの金の代わりに約1/8オンスの金の貨幣名になる。

●与えられた一国における流通媒介物の総量は、経験的に確定される一定の最小限より下に下がることは決してないと述べられていることに対して「なぜ、一定の最小限について述べる必要があるのか分からない。最小限といってもそれは流通必要貨幣量にほかならず、安全弁であるかのように最小限について述べる必要はない、流通必要貨幣量で十分だと思う」との発言がありました。これに対して「流通必要貨幣量が増減する量であり、経験的に確定される一定の最小限があることを確認した上で、それを越えた紙幣が流通に投げ込まれた際に起こることをことを述べているのであり、必要な記述だと思う」との発言がありました。

●「流通媒介物の最小総量が一定の最小限より下がることはないのはどうしてか」という疑問が出され、「一国内に住む人々が生きていくために生活に欠かすことのできない商品の一定量があり、したがってその価格総額には一定の下限があ。また、貨幣の流通速度にも限界があるのだから、流通必要貨幣量には下限があるということではないか」「ここでは、経験的にと述べられていて、事実の問題として確認される事柄だということではないか」との発言がありました。

■国民文庫の訳では理解が困難な文章がこの段落に含まれている。
《紙券の量が、たとえば1オンスずつの金のかわりに2オンスずつの金を表すとすれば、事実上、たとえば1ポンド・スターリングは、例えば1/4オンスの金のかわりに1/8オンスの金の貨幣名となる。》(国民文庫226頁・原頁142)という文章である。
 新日本版では《もしも、紙券の総量が、たとえば、1オンスずつ金の代わりに2オンスずつの金を表すとすれば[たとえば、紙幣の総量があるべき総量の2倍になれば――フランス語版]、たとえば1ポンド・スターリングは、事実として、約1/4オンスの金のかわりに約1/8オンスの金の貨幣名になる。》(215頁)とフランス語版の文章を引いて意味を明らかにしている。また長谷部訳では《紙券の分量が、たとえば1オンスずつの金のかわりに2オンスずつの金を表示する[流通すべき金の2倍量を代表する]ならば、事実的には、たとえば1ポンドは、ほぼ4分の1オンスの金のかわりにほぼ8分の1オンスの金の貨幣呼称となる》(110頁)、マルクスコレクション版では《紙券の量が、たとえば前には1オンスの金を代表していたが、いまでは2オンスの金を代表しているとすれば、たとえば1ポンドは事実上以前の4分の1オンスではなく、およそ8分の1オンスの貨幣名になってしまう。》(190頁)、フランス語版では《たとえば、紙幣の総量がかくあるべき総量の2倍になれば、1/4オンスの金を代表していた1ポンド・スターリング券は、もはや1/8オンスの金しか代表しない。》(108頁)となっている。

★「この世界の内在的諸法則」とは「諸商品の価格総額 / 同名の貨幣片の通流回数 = 流通手段として機能する貨幣の量」ということが念頭に置かれている。

★必要な流通手段の量が75000000グラムの金=75トンの金=1億円であり、流通に投げ込まれた国家紙幣の額が2億円で、それが流通手段としての機能をすべて果たしているとする。2億円の国家紙幣は75トンの金を表しており、かつては1円という価格であった商品(その価値が0.75グラムの金の価値と等しい商品)は、今では2円という価格をもつことになる。それは、0.75グラムの金=1円という価格の尺度(度量標準)が、0.375グラムの金=1円に変えられた場合の結果と同じことである。

第7段落
・紙幣は金章標または貨幣章標である。
・他のすべての商品分量と同じように価値分量でもある金分量を紙幣が代理する限りでのみ、紙幣は価値章標なのである。

★「すべての他の商品量と同じに」とはどういうことか? ここでは、他のすべての商品の一定量が使用価値であると同時に一定量の価値であるのと同様に、貨幣商品である金もまた一定量の価値であることを述べているように思える。

★注82では貨幣のいろいろな機能についての無理解についてフラートンの叙述を引用した上で《つまり貨幣商品は、流通のなかでは単なる貨幣章標によって代理されることができるのだから、価値の尺度としても価格の度量標準としても不要だというのである!》と述べている。(国民文庫227頁・原ページ142)
 貨幣商品である金が、価値の尺度であり価格の度量標準であることを前提に、その現物の金を象徴するかぎりで貨幣章標(紙幣など)が流通手段として機能するということをマルクスはいいたいのではないだろうか。

第8段落
・最後に問題になるのは、なぜ金はそれ自身の単なる無価値な章標によって置き換えられうるのか?ということである。
・しかし、すでに見たように、金がこのように置き換えられうるのは、金が鋳貨または流通手段としてのその機能において孤立化または自立化される限りでのことにすぎない。
・この機能の自立化は個々の金鋳貨については生じない。しかし、紙幣によって置き換えられうる最小総量の金にはあてはまる。
・その運動は商品変態 W-G-W ―― そこでは、商品の価値姿態は、ただちにふたたび消えうせるためにのみ、商品に相対する――の相対立する諸過程の継続的相互転換を表すだけである。
・商品の交換価値の自立的表示は、ここでは一時的契機でしかない。←貨幣の単なる象徴的実存でも十分
・いわば貨幣の機能的定在がその物質的定在を吸収するのである。
・貨幣の章標に必要なのは、それ自身の客観的社会的妥当性だけであり、紙製の象徴はこの妥当性を強制通用力によって受け取る。

●「金の流通手段としての機能における孤立化または自立化とはどういうことか」との疑問が出され、「貨幣である金は価値尺度や価格の度量標準という機能をも持ってるが、流通手段としての機能だけが問題になるということではないか」との発言がありました。

★《この機能の自立化は個々の金鋳貨については生じない》とは、流通手段としてのみ機能する(機能の独立化)のは、流通部面に存在するかぎりでのことであり、個々のの金鋳貨は、ただ流通手段としてのみ機能するのではない(後で出てくる蓄蔵貨幣などともなりうる)ということではないか。

★「商品の交換価値の自立的表示」とは、W―G―W のG(貨幣形態)をさしている。そして、それはすぐに商品に転化するので「一時的契機でしかない」のである。

■《流通過程そのものが鋳貨の実質純分を名目純分から分離し、その金属定在をその機能的定在から分離する》(国民文庫222頁・原頁140)《金の鋳貨定在は完全にその価値実体から分離する。つまり、相対的に無価値なもの、紙券が金に代わって鋳貨として機能することができる。》(国民文庫224頁・原頁140)
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by shihonron | 2009-09-08 23:30 | 学習会の報告


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