『資本論』を読む会の報告

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2009年 11月 03日

第165回 11月3日  第3章 第3節 貨幣 c 世界貨幣


11月3日(火)に第165回の学習会を行いました。「第3節 貨幣 c世界貨幣」でをレジュメに基づいた報告を受け、検討しました。以下はレジュメです。

第3章貨幣または商品流通 第3節 貨幣 c 世界貨幣

第1段落
・貨幣は国内の流通から外へ歩み出るとき、価格の度量標準、鋳貨、補助鋳貨、および価値章標という局地的諸形態を脱ぎ捨てて、貴金属のもともとの地金形態に逆戻りする。
・世界市場においてはじめて、貨幣は、その自然的形態が同時に“抽象的”人間的労働の直接的に社会的な具現形態である商品として、全面的に機能する

第2段落
・国内の流通部面では、ただ一つの商品だけが、価値尺度として、それゆえまた貨幣として役立つことができる。
・世界市場では二重の価値尺度、金と銀とが、支配する。
(注)金銀の比価の変動が著しい→金銀両方の蓄蔵が求められる。
しかし?金を生産する労働が増大したのに銀を生産する労働は減少→ますます銀の価値は低下し続ける→銀は世界市場において貨幣資格を失うであろう(エンゲルス)。

第3段落
・世界貨幣は、一般的支払手段、一般的購買手段、および、富一般(“普遍的富”)の絶対的社会的物質化として機能する。
・重商主義のスローガン―貿易差額を!
・富の絶対的社会的物質化として役立つのは、一国から他国への富の移転が問題である場合、商品形態によるこの移転が排除される場合である。

第4段落
・どの国も、世界市場流通のためにも準備金を必要とする。したがって、蓄蔵貨幣の諸機能は、一部は国内の流通手段および支払手段としての貨幣の機能から生じ、一部は世界貨幣としての機能から生じる。このあとのほうの役割においては、つねに、現実の貨幣商品、生身の金銀が必要とされる。だからこそ、ジェイムズ・ステュアトは、金銀を、その単に局地的な代理物特別して、はっきりと“世界貨幣”として性格づけるのである。

第5段落
・金銀の流れの運動は、一つの二重運動である。一面では、その流れは産源地から世界市場の全体に広がり、→摩滅した金銀鋳貨を補填し、奢侈品の材料を提供し、また蓄蔵貨幣に凝結する。この第一の運動は、諸商品に実現された国民的労働と貴金属に実現された金銀産出諸国の労働との直接的交換によって媒介されている。
・他面、金銀は、さまざまな国民的流通部面のあいだを絶えず往復する。これは、為替相場のやむことのない動揺のあとを追う運動である。

第6段落
・ブルジョア的生産の発展している諸国は、銀行という貯水池に大量に集積される蓄蔵貨幣を、その独自な諸機能のために必要とされる最小限にまで制限する。
・貯水池があふれるということは-例外を除き-商品流通の停滞か、または商品変態の流れの中断を指し示すものである。

疑問点

(1)第2段落の注108
「金と銀とが支配する」につけられているが、その注では銀がその役割を後退させ、金のみになりそうなことを述べているのではないか?また現実はどうなっているのか?

(2)第3段落
 「さまざまな国民のあいだにおける素材変換の従来の均衡が突然攪乱されるたびに、金銀は本質的に国際的購買手段として役立つ」←なぜ購買手段としてだけとりあげるのか?

(3)第5段落
 第二の運動-さまざまな国民的部面のあいだを絶えず往復する-「これは為替相場のやむことのない動揺のあとを追う運動」とあるが、それだけに限定されるのか?

(4)第6段落の注113
 「これらのさまざまな機能は、銀行券のための兌換準備金の機能が加わるやいなや、危険な衝突におちいることがありうる。」の意味は?
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by shihonron | 2009-11-03 23:30 | 学習会の報告


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