『資本論』を読む会の報告

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2010年 08月 10日

第197回 8月10日 第22章 第3節・第4節

8月10日(火)に第197回の学習会を行いました。
、「第22章 剰余価値の資本への転化」の第3節「剰余価値の資本と収入とへの分割」を検討し、レジュメにもとづく報告を受け第4節「剰余価値の資本と収入とへの分割から独立して蓄積の規模を規定する諸事情」を検討しました。

以下はレジュメです。


第22章 第3節 剰余価値の資本と収入とへの分割 節欲説                                   
(1)剰余価値の一部分は資本家によって収入として消費されるのであり、他の一部分は資本として充用され、蓄積される。

 注32 収入[Revenue]という語は二重の意味に用いられる。第一には、周期的に資本から生ずる果実としての剰余価値を表すために用いられ、第二には、この果実のうちから資本家によって周期的に消費される部分、かなわち彼の消費財源に加えられる部分を表すために用いられる。

(2)剰余価値の量が与えられていれば、これらの部分の一方が小さければ他方はそれだけ大きい。この分割は剰余価値の所有者の意志行為である。

■国民文庫版・フランス語版で「貯蓄」となっている言葉は、新日本版では、「節約」となっている。

(3)資本家は、ただ人格化された資本であるかぎりでのみ一つの歴史的な価値と歴史的な存在権をもっている。使用価値と享楽がではなく、交換価値とその増殖とが彼の推進的動機なのである。価値増殖の狂信者として、彼は容赦なく人類に生産のための生産を強制し、そしてまた、各個人の十分な発達を強制し、そしてまた、各個人の十分自由な発展を根本原理とするより高い社会形態の唯一の現実的基礎となりうる物質的生産条件の想像を強制する。ただ資本の人格化としてのみ、資本家は尊重される。社会的機構の中では彼は一つの動輪でしかない。資本主義的生産の発展は一つの企業に投ぜられる資本がますます大きくなることを必然にし、そして、競争は各個の資本家に資本主義的生産様式の内在的な諸法則を外的な強制法則として押しつける。競争は資本家に自分の資本を維持するために絶えずそれを拡大することを強制するのであり、また彼はただ累進的な蓄積によってのみ、それを拡大することができるのである。

(4)それゆえ、彼のあらゆる行動が、ただ彼において意志と意識を与えられている資本の機能でしかないかぎりでは、彼にとって彼自身の私的消費は彼の資本の蓄積から盗みとることを意味する。蓄積は、社会的な冨の世界の征服である。蓄積は、搾取される人間材料の量を拡大すると同時に、資本家の直接間接の支配を拡大するのである。

(5)資本主義的生産様式が発展し蓄積が増進し冨が増大するにつれて、資本家は資本の単なる化身ではなくなる。古典的な資本家は、個人的消費に、資本家の職分に反する罪悪で蓄積「抑制」だという烙印を押すのであるが、現代化された資本家は、蓄積を彼の享楽欲の「禁欲」として理解することができるのである。

(6)資本主義的生産様式の歴史的発端では、致冨欲と貪欲が絶対的な熱情として優勢を占める。しかし、資本主義的生産の進展は、ただ享楽の世界をつくりだすだけではない。それは、投機や信用制度によって、いくらでもにわかな致冨の源泉を開く。発展がある程度の高さに達すれば、冨の誇示であり同時に信用の手段でもある世間並みな程度の浪費は「不幸な」資本家の営業上の必要にさえなる。奢侈は資本の交際費の一部となる。彼の浪費は、彼の蓄積といっしょに、しかも一方が他方を中断させる必要なしに、増大するのである。

■国民文庫版での「貪欲」は、フランス語版では、「吝嗇」となっている。

■ 国民文庫版での「にわかな」は、フランス語版では「突然の」、新日本版では「突発的な」となっている。

(7)ドクター・エイキンによるマンチェスターの工業の四つの時期。「第一期には工場主たちは自分の生計のために激しく働かなければならなかった。」

(8)「第二の時期にはすでに彼らは小財産をもちはじめていたが、やはり以前と同じに激しく働いた。」なぜなら労働の直接的搾取には労働が必要だからである。「そして、彼らは相変わらず同じように質素に暮らしていた。……第三の時期にには奢侈がはじまった。……このころ、またもうすこしあとでは、工業家たちはすでに貨幣を蓄積していて、木やしっくいの家のかわりに石造の家を建てはじめていた。」

(9)「第四の時期」、一八世紀の最後の三分の一期は、「営業の拡張にささえられた非常な奢侈と浪費との時期である。」
(10)蓄積のための蓄積、生産のための生産、この定式のなかに古典派経済学はブルジョア時代の歴史的使命を言い表した。マルサスは、今世紀の二〇年代の初めに、現実に生産に携わる資本家には蓄積の仕事を割り当て、その他の剰余価値を分け取る人人、すなわち土地貴族や国家と教会からの受給者などには浪費の仕事を割り当てるという分業を弁護した。こうしたマルサスの主張に対しては、すでに享楽家になっていた資本家からの反発があった。資本家の代弁者の一人、リカード学派のある人は「このようなやり方では生産は促進されるどころかかえって妨害される」と叫んだ。

(12)シーニアはおごそかに言った「私は、生産用具と考えられる資本という言葉のかわりに説欲という言葉を用いる。」これこそ俗流経済学の「発見」のなによりの見本だ! 俗流経済学は経済的範疇のかわりにへつらいものの文句をもってくる。ただそれだけだ。要するに、世界はただこの現代のヴィシュヌ神前の贖罪者である資本家の難行苦行によってのみ生活しているのである。ただ蓄積するためだけではなく、単に「資本を維持するためにもそれを食ってしまうことの誘惑に抵抗するための不断の努力が必要である。」だから、単純な人道も、明らかに、資本家を殉教と誘惑から救うことを命じているのである。

(13)非常にさまざまな経済的社会構成体のなかでただ単純再生産が行われるだけではなく、規模の相違はあるにせよ、拡大された規模での再生産が行われる。ますます多く生産されて、ますます多く消費され、したがってますます多くの生産物が生産手段に転化される。しかし、この過程は、労働者にたいして彼の生産手段が、したがってまた彼の生産物も彼の生活手段も、まだ資本という形で対立していないあいだには、資本の蓄積としては現れないし、したがってまた資本家の機能としても現れない。

                                  
『資本論』第1巻 第22章 剰余価値の資本への転化
 第四節 剰余価値の資本と収入とへの比例的分割から独立して蓄積の規模を規定する諸事情
     ―― 労働力の搾取度、労働の生産力、充用される資本と消費される資本との差額の増大、前貸資本の大きさ
 
    
① 序、剰余価値が資本と収入とに分裂する比率を与えられたものとして前提する。
   この場合は、蓄積される資本の大きさは、剰余価値の絶対的大きさによって決まる。
     例、 前提            80%が資本化  20%が消費
     総剰余価値3000ポンド    2400ポンド
          1500ポンド 1200ポンド
蓄積の大きさの規定に際しては、剰余価値の総量を規定する諸事情のすべてが作用する。

1、労働の搾取度
② 実際には、労賃は労働力の価値以下への引き下げが重要な役割を演じる。
   労働者の必要消費元本を資本の蓄積元本に転化され、蓄積の規模が拡大される。
③‐⑦ 労賃をゼロにしようとするのは、資本の変わらぬ傾向である。
      イギリスの労賃をオランダの水準まで引き下げるべきだと主張されている。
⑧ 18世紀末および、19世紀はじめの数十年間に、イギリスの借地農業経営者や地主は、日雇い農業労働者に対して、労賃の形態では最低額以下を支払い、残りを教区救済金の形態で支払う
ことによって、絶対的な最低賃金を押し付けた。
⑨ 「・・・借地農場経営者たちは、労働者の側のもっとも不可欠な消費元本の蓄積さえもさまたげることによって、みずからの儲けを増やしてきた。」
⑩ 労働者の必要消費元本を直接に略奪することが、こんにち、剰余価値の形成、それゆえまた資本の蓄積元本の形成にどのような役割をもつかは、すでに「家内労働」(第13章第八節)でみた。
⑪ 労働力のより高度な緊張によって生み出される追加的労働は、それに比例して不変資本部分を高めることなしに、剰余生産物と剰余価値を、すなわち蓄積の実体を増大させることができる。
⑫ 採取産業、たとえば鉱山業では、原料は資本の前貸しの構成部分にならない。労働対象は、自然によって無償で贈られたものだからである。(金属鉱石、鉱物、石炭、石材)
   生産物の総量と価格は、使用される労働に正比例して増大する。労働力の弾力性のおかげで、不変資本をあらかじめ増加することなしに蓄積の領域が拡大される。
⑬ 農業では、従来どおりの労働者数による労働量の増大は、労働手段の新たな前貸しを要求することなしに、土地の豊度が高められる。新たな資本の介在なしに、蓄積が増大する直接的源泉となるのは、ここでもまた自然に対する人間の直接的な働きかけである。
⑭ 採取産業と農業が、追加的な資本の供給をまたないで生み出した生産物増加分は、製造工業をも利する。
⑮ 以上の、一般的結論。資本は一見すると、資本自身の大きさによって定められた限界を超えて、すなわち資本の定在形態たる、すでに生産されている生産手段の価値および総量によって定められた限界を超えて、自己の蓄積の諸要素を拡大することができる。


2、労働の生産力
⑯ 資本の蓄積におけるもう一つの重要な要因は、社会的労働の生産性の程度である。
⑰ 労働の生産力の上昇 → 剰余生産物の総量の増大。労働者の低廉化。剰余価値率の上昇。
  こうして、加速された蓄積が行われる。
⑱ 労働の生産力の発展は、原資本あるいはすでに生産過程にある資本にも反作用する。
  労働手段がより効率の高い、安価な機械、道具、装置などが、旧式のものに取って代わる。
   化学の進歩は、廃物を再生産過程の循環のなかに投げ返すことを教え、こうして、先行の資本投下を要することなく新らたな資本素材をつくり出す。
科学・技術は、機能資本の与えられた大きさからは独立した資本の膨張力能を形成する。
⑲ 同一の労働量はつねに同量の新価値額しか生産物につけ加えないが、それが同時に生産物に移転する旧資本価値は、労働の生産性が高まるにつれて増大する。
⑳ 新価値を創造しながら旧価値を維持するということは、生きた労働の天分である。それゆえ労働は、生産手段の効果や、規模や価値の増大につれて、したがって、労働の生産力の発展に伴う蓄積につれて、絶えず膨張する資本価値をつねに新しい形態で維持し永久化する。労働のこうした自然力は、労働を合体した資本の維持力として現われる。

3、充用された資本と消費された資本との差額の増大
(21) 資本の増大とともに、充用された資本と消費された資本との差額が増大し、資本の蓄積に影響する。
建物、機械設備、排水管、役畜、各種の装置は、生産過程のなかで全範囲に機能するが、その摩損は、漸次的である。つまり、これらの労働手段は、全部的に充用されながら、部分的にしか消費されない程度に応じて、水、蒸気、空気、電気などのような自然力と同様の無償の役立ち
をする。生きた労働によってとらえられ活気づけられる過去の労働のこの無償の役立ちは、蓄積規模の拡大とともに、累積されていく。
(22) 過去の労働は、つねに資本に扮装する。
  したがって、生産手段の形態で協力する過去の労働の重要性が絶えず増大することは、労働そのものから疎外された過去の労働(労働者の過去の不払い労働)の姿態、すなわち資本という姿態のせいだとされてしまう。

4、投下資本の大きさ(蓄積の規模を規定する要因としての)
(23) 継続的な蓄積によって資本が増大すればするほど、消費元本と蓄積元本とに分かれる価値総額もそれだけ増加する。資本家はますます贅沢に暮らしながら、ますます多くの蓄積をすることができる。
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by shihonron | 2010-08-10 23:30 | 学習会の報告


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