『資本論』を読む会の報告

shihonron.exblog.jp
ブログトップ
2011年 02月 15日

第214回 2月15日 第1章 第1節、第2節 

2月15日(火)に第214回の学習会を行いました。
「第1節 第一段階、G―W」と「第2節 第二段階、生産資本の機能」「第3節 第三段階、W’―G’」についてレジュメに基づく報告を受け、第1節の第28段落からまで第2節の最後までを検討しました。

以下は第2節のレジュメです。

第二節 第二段階、生産資本の機能

①ここで考察される資本の循環は、流通行為G―W、すなわち貨幣の商品への転化、購買から始まる。したがって流通は、反対の変態W―G、すなわち商品の貨幣への転化、販売によって補足されなければならない。しかし、G―W<A Pmの直接の結果は、貨幣形態で前貸しされた資本価値の流通の中断である。貨幣資本の生産資本への転化によって、資本価値は現物形態を受け取ったのであり、この形態ではそれは流通を続けることができず、消費に、すなわち生産的消費に、入り込まなければならない。労働力の使用である労働は、労働過程でのみ実現されうる。資本家は労働者を再び商品として売ることはできない。なぜなら、労働者は資本家の奴隷ではないし、また資本家が買ったのは、一定時間にわたる労働者の労働力の消費以上のものではないからである。他面では、資本家は、生産諸手段を商品形成体〔商品形成の諸要因〕として労働力により消費させることによってのみ、労働力を消費することができる。したがって、第一段階の結果は、第二段階に、資本の生産段階に、入り込むことである。
 
②この運動はG―W<A Pm・・Pとして現われるのであり、ここの点線は、資本の流通が中断されているが、資本は商品流通の部面からでて生産部面に入り込むのであるから、資本の循環過程が続いていることを示唆する。したがって第一段階、貨幣資本の生産資本への転化は、第二段階の、生産資本の機能の、先駆けおよび導入部面としてのみ、現われる。
 
③G―W<A Pmは、この行為を行なう個人が任意の使用形態にある諸価値を自由に使用するだけでなく、彼がこれらの価値を貨幣形態で所有すること、彼が貨幣所有者であることを前提する。しかし、この行為の本質はまさに貨幣の引き渡しであり、それでも彼が貨幣所有者であり続けうるのは、この引き渡し行為そのものによって貨幣が彼の手に還流することが暗に含まれている限りのことである。しかし、貨幣は、商品の販売によってのみ彼の手に還流することができる。したがって、この行為は、彼が商品生産者であることを前提する。

★生産要素の購入という行為は、その購入者が商品生産者であることを前提する。
 
④G―A。賃労働者は、労働力の販売によってのみ生活する。労働力の維持――賃労働者の自己維持――には、日々の消費が必要である。したがって、彼がその自己維持に必要な購入―― A―G―WまたはW―G―Wという行為――を反復しうるためには、彼に対する支払いが絶えず比較的短い期限で反復されなければならない。それ故、資本家は賃労働者に対して絶えず貨幣資本家として、また彼の資本は貨幣資本として、相対しなければならない。したがって、この状態は、すでに、商品としての生産物の流通が、したがってまた商品生産の程度も、高度であることを必要とする。賃労働による生産が一般的になるやいなや、商品生産が生産の一般的形態になっていなければならない。商品生産が一般的であると前提されるならば、今度はそのことが、社会的分業の絶え間のない増進、すなわちある特定の資本家によって商品として生産される生産物の特殊化の絶え間のない増大、互いに補完し合う生産諸過程の自立的な生産諸過程への絶え間のない増大を、生じさせる。それ故、G―Aが発展するのと同じ度合いでG―Pmが発展する。しなわち,同じ程度に、生産諸手段の生産が、それらを生産諸手段として用いる商品の生産から分離するのであり、また、この生産諸手段は、どの商品生産者自身に対しても、彼が生産するのではなく彼が自分の特定の生産過程のために購買する商品として、相対する。生産諸手段は、彼の生産部門から完全に分離されて自立的に経営される生産諸部門から出てきて、商品として彼の生産部門に入り込むのであり、それ故それらは購買されなければならない。商品生産の物的諸条件は、彼に対して、ますます大きな程度に、他の商品生産者たちの生産物として、商品として、相対する。それと同じ程度に、資本家は貨幣資本家として登場しなければならない。すなわち、それだけ彼の資本が貨幣資本として機能しなければならない規模が拡大される。
 
⑤他方では、資本主義的生産の基本条件――賃労働者階級の定在――を生み出すその同じ事情は、いっさいの商品生産の資本主義的商品生産への移行を促進する。資本主義的商品生産は、それが発展するのと同じ程度に、あらゆるより古い、主として直接的自家需要を目的として生産物の余剰だけを商品に転化する生産形態に対して、分解的解体的に作用する。それは、さしあたり外見上は生産様式そのものを侵害することなしに、生産物の販売を主要な関心事にする――たとえば、資本主義的世界貿易が中国人、インド人、アラビア人などのような諸民族に与えた最初の作用がそうであった。しかし第二に、この資本主義的生産が根を張ったところでは、それは、生産者たちの自家労働に基づくか、または単に余剰生産物を商品として販売することに基づく、商品生産のすべての形態を破壊する。それは、まずもって商品生産を一般化し、それからしだいにすべての商品生産を資本主義的商品生産に転化させる。

⑥生産の社会的形態がどうであろうと、労働者と生産手段とは常に生産の要因である。しかし、一方も他方も、互いに分離された状態では、ただ可能性から見て生産の要因であるにすぎない。およそ生産が行なわれるためには、それらが結合しなければならない。この結合が成し遂げられる特殊な仕方によって、社会構造の様々な経済的諸時代が区別される。いま問題の場合には、自由な労働者が彼の生産諸手段から分離されていることが、与えられた出発点なのであり、どのようにして、どのような条件のもとで両者が資本家の手中で――すなわち彼の資本の生産的定在様式として――結合されるかは、われわれがすでに見たところである。こうして一つに結合された人的および物的な商品形成体が一緒に入り込む現実の過程、すなわち生産過程は、それ故、それ自身、資本の一機能――資本主義的生産過程となるのであり、この資本主義的生産過程の本性は本書の第一部で詳しく説明された。商品生産を行なうあらゆる経営は、同時に労働力搾取の経営となる。しかし、資本主義的商品生産がはじめて画期的な搾取様式となるのであって、この搾取様式は、その歴史的発展の進行の中で、労働過程の組織と技術の巨大な発達とによって、社会の経済的構造全体を変革し、従来のすべての時代を比類なく大きく凌駕する。

■《従来のすべての時代を比類なく大きく凌駕する》は、岡崎訳では《それ以前のどの時代よりもはるかに高くそびえ立つのである》となっている。
 
⑦生産手段と労働力とは、それらが前貸資本価値の実存形態である限り、それらが生産過程中に価値形成に際して――したがってまた剰余価値の生産において――演じる役割の相違によって、不変資本および可変資本として区別される。生産諸手段と労働力とは、さらに、生産資本の異なる構成部分として、生産諸手段の方は資本家の所有である以上、生産過程の外部でも依然として彼の資本であるが、労働力の方は生産過程の内部でのみ個別資本の定在形態になる、ということによって区別される。労働力は、ただその売り手である賃労働者の手中においてのみ商品であるが、これに対して、労働力は、その買い手である、その一時的な使用を手に入れる資本家の手中においてのみ資本となる。生産諸手段そのものは、労働力が生産資本の人的定在形態として生産諸手段に合体されうるようになったその瞬間からのみ、生産資本の対象的諸姿態すなわち生産資本となる。したがって、人間の労働力が生まれながらに資本ではないのと同じように、生産諸手段もまたそうではない。生産諸手段は、歴史的に発展した特定の諸条件のもとでのみ、この独自な社会的性格を受け取るのであり、それはちょうど、ただそのような諸条件のもとでのみ、貴金属に貨幣という独自な社会的性格が、それどころか貨幣に貨幣資本という独自な社会的性格が刻印されるのと同じである。
 
⑧生産資本は、それが機能するあいだに、それ自身の構成諸部分を消費して、それらをより価値の高い生産物総量に転換する。労働力は生産資本の諸器官の一つとして作用するにすぎないから、労働力の剰余労働によって生み出される、生産物価値のうちその形成諸要素の価値を超える超過分もまた、資本の果実である。労働力の剰余労働は資本の無償労働であり、それ故資本家のために剰余価値――彼にとってなんらの等価物も費やさせない価値――を形成する。それ故、生産物は商品であるだけでなく、剰余価値を身ごもった商品でもある。それの価値は、P+Mであり、それの生産に消費された生産資本の価値P、プラス、この生産資本によって生み出された剰余価値M、に等しい。この商品が一万ポンドの糸からなり、それの生産に三七二ポンド・スターリングの価値の生産諸手段と五〇ポンド・スターリングの価値の労働力とが消費されたと想定しよう。この紡績過程中に、紡績工たちは、彼らの労働によって消費された生産諸手段の価値額三七二ポンド・スターリングを糸に移転すると同時に、彼らの労働支出に照応して、たとえば一二八ポンド・スターリングの新価値を産出した。それ故、一万ポンドの糸は五〇〇ポンド・スターリングの価値の担い手である〔二〇ポンドの糸=一ポンド・スターリング〕。

★372(Pm)+128(50A+78M)=500
[PR]

by shihonron | 2011-02-15 23:00 | 学習会の報告


<< 第215回 2月22日 第3節      第213回  2月8日 第1... >>