『資本論』を読む会の報告

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2006年 03月 30日

第13回  3月28日 A 単純な、個別的な、または偶然的な価値形態

 3月28日(火)に『資本論』を読む会@所沢 第2期 第13回の学習会を行いました。「第1章商品 第3節 価値形態または交換価値 3 等価形態」の第7段落から第11段落までを輪読、検討しました。

■内容要約と議論

第3節 価値形態または交換価値 
A 単純な、個別的な、または偶然的な価値形態 
3 等価形態
 

第7段落
(第6段落で価値表現においては、他の商品の現物形態の皮を自分自身の価値形態にしなければならないということの理解のために重さの尺度のことが述べられたが)類似はここまでである。鉄は、棒砂糖の重量表現では、両方の物体に共通な自然属性、それらの重さを代表している。――、ところが、上着は、リンネルの価値表現では、両方の超自然的属性、すなわちそれらの価値、純粋に社会的な或るものを代表しているのである。

●価値について「超自然的属性」「純粋に社会的な或るもの」と述べていること、「或る物」ではなく「或るもの」と書かれていることに注意しておこう。
第1節では次のように述べられていた。「そこで今度はこれらの労働生産物に残っているものを考察してみよう。それらに残っているものは、同じまぼろしのような対象性のほかにはなにもなく、無差別な人間労働の、すなわちその支出の形態にはかかわりのない人間労働力の支出の、ただの凝固物のほかにはなにもない。これらの物が表しているのは、ただ、その生産に人間労働力が支出されており、人間労働が積み上げられているということだけである。このようなそれらに共通な社会的実体の結晶として、これらのものは価値――商品価値なのである。」(国民文庫77頁、原頁52)」

第8段落
・ある一つの商品、たとえばリンネルの相対的価値形態は、リンネルの価値存在を、リンネルの身体やその諸属性とまったく違ったものとして、たとえば上着に等しいものとして表現するのだから、この表現そのものは、それがある社会的関係を包蔵していることを暗示している。
・等価形態については逆である。等価形態は、ある商品体、たとえば上着が、このあるがままの姿の物が、価値を表現しており、したがって生まれながらに価値形態をもっているということ、まさにこのことによって成り立っている。
・いかにも、このことは、ただリンネル商品が等価物としての上着商品に関係している価値関係のなかで認められているだけである。
・しかし、ある物の諸属性は、その他の諸物にたいする関係から生ずるのではなく、むしろこのような関係のなかではただ実証されるだけなのだから、上着もまた、その等価形態を、直接的交換可能性というその属性を、重さがあるとか保温に役だつとかいう属性と同様に、生まれながらにもっているように見える。
・それだからこそ、等価形態の不可解さが感ぜられるのであるが、この不可解さは、この形態が完成されて貨幣となって経済学者の前に現れるとき、はじめて彼のブルジョア的に粗雑な目を驚かせるのである。
・そのとき、彼はなんとかして金銀の神秘的な性格を説明しようとして、金銀の代わりにもっとまぶしくないいろいろな商品を持ち出し、かつて商品等価物の役割を演じたことのあるいっさいの商品賤民の目録を繰り返しこみあげてくる満足をもって読み上げるのである。
・彼は、20エレのリンネル=1着の上着 というような最も単純な価値表現がすでに等価形態の謎を解かせるものだということには、気がつかないのである。

●「リンネルの相対的価値形態」とあるのは、「リンネルの相対的価値表現」と読み替えることはできるのだろうかという疑問が出されました。問題になっているのは、単に価値表現だけではなく、相対的価値形態と等価形態を対比させながらその特色を述べているところなのだから、やはり「相対的価値形態」でないとまずいのではないかということになりました。そして、相対的価値表現では、相対的価値形態は等価形態を前提していることも再確認しました。

●「この表現そのものは、それがある社会的関係を包蔵していることを暗示している」とはどういうことかとの疑問が出されました。「この表現そのもの」とは、たとえば「20エレのリンネル=1着の上着(20エレのリンネルは1着の上着に値する…20エレのリンネルの価値は1着の上着である)」のことだろう。ここでは、20エレのリンネルの価値は、1着の上着の使用価値によって表現されている。リンネルは他の一商品(上着)に関わることなしには自分の価値を表現することはできない。こうしたリンネルの他の商品との関わりは、社会的関係なのだということではないかという意見が出されました。

●「ある物の諸属性は、その他の諸物にたいする関係から生ずるのではなく、むしろこのような関係のなかではただ実証されるだけ」であるという見解は正しいのかという疑問が出されました。マルクスは「上着もまた、その等価形態を、直接的交換可能性というその属性を、重さがあるとか保温に役だつとかいう属性と同様に、生まれながらにもっているように見える。」ということの理由として述べているのだが、あくまで「見える」であつて実際には、上着は生まれながらに等価形態を持っているわけではない。こういう見解は正しいとはいえない(いつでも当てはまるわけではない)ということになりました。たとえば、太郎と花子という夫婦がいるなら、花子は太郎の妻ではあるが、花子は生まれながらに太郎の妻であったわけではない。

●「等価形態の不可解さ」について述べられ、後の場所では「等価形態の謎」という言葉が出てくるが、その内容はどういうものかとの質問が出されました。これについては「等価形態におかれる商品の自然形態が、そして発展すれば金銀の自然形態が、直接的な交換可能性というまったく社会的な性質を生まれながらにもっているように見える、ということ」(久留間鮫造)と理解できるという結論になりました。

●注21に出てくる「反省規定」とはどういう意味かとの疑問が出されました。
ネットで次のような見解を見つけました。
【この考え方は、わたしたちが自明のものと考え実体化してしまっている「自分」を、他者との関係において捉えるという点で――つまり、項に対する関係の第一次性を提示している点で――画期的なものだ。しかし、このような発想はマルクスやレーヴィトのようにフォイエルバッハの系譜にある哲学者たちにしばしば見られるものでもある。たとえば、すでに引いたマルクスの一節にも明らかにその発想がある。「およそこのような反省規定というものは奇妙なものである。この人が王であるのは、ただ、他の人びとが彼に対して臣下としてふるまうからでしかない。ところが、彼らは、反対に、かれが王だから自分たちは臣下なのだとおもうのである。」▼24ここで「反省規定」と訳されているのは、鏡の照らしあいのように相互に規定しあう事態をさしている。ここはむしろ「反照規定」というべきだろう。反照規定はリフレクションの第一水準であり、社会を可能にする根源的な事実である。ここからいっさいの社会は始まるのである。

▼24 カール・マルクス『資本論1』岡崎次郎訳(国民文庫一九七二年)一一一ページ。】
野村一夫 ソシオリウム【社会学の学習展示室】より引用

【「意志は、1)純粋な無規定性、つまり自我の自己内への純粋な反省(=反照)という要素を含む。ここでは、どんな制限も、自然や欲求や欲望や衝動によって直接に現存している内容も、あるいは何によってであろうと、与えられ規定されている内容も、解消している。これが、絶対的抽象あるいは普遍性という無制限な無限性、自己自身の純粋な思惟である。」(『法の哲学』)
上村芳郎「村のホームページ」より引用


第9段落・等価物として役だつ商品の身体は、つねに抽象的人間労働の具体化として認められ、しかもつねに一定の具体的有用労働の生産物である。つまりこの具体的な労働が抽象的人間労働の表現になるのである。
・たとえば上着が抽象的人間労働の単なる実現として認められるならば、実際に上着に実現される裁縫は抽象的人間労働の単なる実現形態として認められるのである。
・リンネルの価値表現では、裁縫の有用性は、それが衣服をつくり、したがって人品をもつくるということにあるのではなく、それ自身が価値であると見られるような物体、つまりリンネル価値に対象化されている労働と少しも区別されない労働の凝固であると見られるような物体をつくることにあるのである。このような価値鏡をつくるためには、裁縫そのものは、人間労働であるというその抽象的属性のほかはなにも反映してはならないのである。

第10段落
・裁縫の形態でも織布の形態でも、人間の労働力が支出される。それだから、どちらも人間労働という一般的な属性をもっているのであり、また、それだから、一定の場合には、たとえば価値生産の場合には、どちらもただこの観点のもとでのみ考察されうるのである。こういうことは、なにも神秘的なことではない。ところが、商品の価値表現では、事柄がねじ曲げられてしまうのである。たとえば、織布はその織布としての具体的形態においてではなく人間労働としての一般的属性においてリンネル価値を形成するのだということを表現するためには、織布にたいして裁縫が、すなわちリンネルの等価物を生産する具体的労働が、抽象的人間労働の手でつかめる実現形態として対置されるのである。

第11段落・だから、具体的労働がその反対物である抽象的人間労働の現象形態になるということは、等価形態の第二の特色なのである。

●「等価形態の第一の特色」は「使用価値がその反対物の、価値の、現象形態になるということ」(国民文庫108頁 原頁70)でした。

●第9段落から第11段落で述べられている内容を理解するうえで、次のような『資本論』初版の叙述が参考になるでしょう。
【上着はリンネルの価値表現のなかでは価値体として意義をもち、それゆえ上着の物体形態または自然形態は価値形態として、すなわち、無区別な人間的労働の・人間的労働そのものの・体化として、意義をもつ。しかし、上着という有用物をつくりその特定の形態を与える労働は、抽象的人間的労働・人間的労働そのものではなくて、一定の、有用的な、具体的な労働種類、すなわち裁縫労働である。簡単な相対的価値形態が必要とするのは、一商品、たとえばリンネルの価値がただ一つの他の商品種類でだけ表現されるということである。しかし、どれがこの他の商品種類であるかということは、簡単な価値形態にとってはまったくどうでもよいことである。リンネル価値は、商品種類上着でなければ商品種類小麦でも、あるいは、商品種類小麦でなければ商品種類鉄、等々ででも、表現されることができよう。しかし、上着であろうと小麦であろうと鉄であろうと、つねに、リンネルの等価物はリンネルにとって価値体として、それゆえ人間的労働そのものの体化として、意義をもつであろう。しかもつねに、等価物の特定の物体形態は、それが上着であろうと小麦であろうと鉄であろうと、抽象的人間的労働の体化ではなく、裁縫労働なり農民労働なり鉱山労働なり、とにかく一定の、具体的な、有用的な労働種類の体化であり続けるだろう。したがって、等価物の商品体を生産する特定の、具体的な、有用的な労働は、価値表現のなかでは、つねに、必然的に、人間的労働そのものの・すなわち抽象的人間的労働の・特定の実現形態または現象形態として意義をもたなければならないのである。たとえば上着が価値体として、それゆえ人間的労働そのものの体化として、意義を持つことができるのは、ただ、裁縫労働が、それにおいて人間的労働力が支出されるところの・すなわちそれにおいて抽象的人間的労働が実現されるところの・特定の形態として、意義をもつかぎりにおいてでしかない。
 価値関係およびそれに含まれている価値表現の内部では、抽象的一般的なものが具体的なもの、感覚的現実的なものの属性として意義をもつのではなく、逆に、感覚的具体的なものが、抽象的一般的なものの単なる現象形態または特定の実現形態として意義をもつのである。たとえば等価物たる上着のなかに潜んでいる裁縫労働は、リンネルの価値表現の内部では、人間的労働でもあるという一般的属性をもつのではない。逆である。人間的労働であるということが、裁縫労働の本質として意義をもつのであり、裁縫労働であるということは、ただ裁縫労働のこの本質の現象形態または特定の実現形態として意義をもつだけなのである。この取り違えは不可避である。なぜなら、労働生産物に表されている労働が価値形成的であるのは、ただ、その労働が無区別な人間的労働であり、したがって、一生産物の価値に対象化されている労働が異種の一生産物の価値に対象化されている労働とまったく区別されないかぎりにおいてでしかないからである。
 この転倒によって、感覚的具体的なものが抽象的一般的なものの現象形態として意義をもつにすぎず、逆に抽象的一般的なものが具体的なものの属性として意義をもつのではないのであるが、この転倒こそは価値表現を特徴づける。それは同時に、価値表現の理解を困難にする。もし、私が、ローマ法とドイツ法はともに法である、と言うなら、それは自明のことである。これに反して、もし私が、そも法なるものが、この抽象物がローマ法において、および、ドイツ法において、これらの具体的な法において、実現される、と言えば、その関連は神秘的なものになるのである。】(『資本論』初版付録「β等価形態の第二の特色―具体的労働がその反対物である抽象的人間的労働になる」 (久留間鮫造『貨幣論』117-118頁より重引)

 久留間鮫造氏は「上着が等価形態に置かれることによって上着の使用価値は価値体という形態規定性を新たに与えられているのだということ、そしてこの形態規定性における上着の使用価値の形態で、リンネルそれ自身の価値を、それの使用価値から区別したものとして表現しているのだということ」を強調しています。(久留間鮫造『貨幣論』123頁)

★ ちょっとひとこと 内容要約と言いながら、このところ、原文そのままを引いていることが少なくありません。価値形態論の箇所では、内容が難解であり、一字一句を丁寧に読み、考え、理解することが大切だ思ったからです。大変なところですが、がんばりましょう。(K)
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by shihonron | 2006-03-30 00:00 | 学習会の報告


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