『資本論』を読む会の報告

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2006年 07月 23日

第27回  7月19日 第2章 交換過程

7月19日(水)に第27回の学習会を行いました。前回の復習をした後、「第2章 交換過程」の第8段落から第9段落までを輪読、検討しました。

■テキストの内容と議論    
第2章 交換過程


第8段落
・直接的生産物交換は、一面では単純な価値表現の形態をもっているが、他面ではまだそれをもっていない。
・この形態は、x量の商品A=y量の商品B であった。
・直接的生産物交換の形態は、x量の使用対象A=y量の使用対象B である。
・AとBという物はこの場合には交換以前には商品ではなく、交換によってはじめて商品になる。
・ある使用対象が可能性から見て交換価値であるという最初のあり方は、非使用価値としての、その所有者の直接的欲望を超える量の使用価値としての、それの定在である。
・諸物は、それ自体としては人間にとって外的な物であり、したがって手放されうる物である。
・この手放すことが相互的であるためには、人々はただ暗黙のうちにその手放されうる諸物の私的所有者として相対するだけでよく、また、そうすることによって互いに独立な人として相対するだけでよい。
・とはいえ、このように互いに他人であるという関係は、自然発生的な共同体の成員にとっては存在しない。
・その共同体のとる形態が家長制家族であろうと古代インドの共同体であろうとインカ国その他であろうと、同じことである。
・商品交換は、共同体が果てるところで、共同体が他の共同体またはその成員と接触する点で、始まる。
・しかし、物がひとたび対外的共同生活で商品になれば、それは反作用的に内部的共同生活でも商品になる。
・諸物の量的な交換割合は、最初はまったく偶然的である。
・それらの物が交換されうるのは、それらの物を互い手放しあうというそれらの物の所持者たちの意志行為によってである。
・しかし、そのうちに、他人の使用価値にたいする欲望は、だんだん固定してくる。
・交換の普段の繰り返しは、交換を一つの規則的な社会的過程にする。
・したがって、時がたつにつれて、労働生産物の少なくとも一部分は、はじめから交換を目的として生産されなければならなくなる。
・この瞬間から、一方では、直接的必要のための諸物の有用性と、交換のための諸物の有用性との分離が固定してくる。
・諸物の使用価値は諸物の交換価値から分離する。
・他方では、それらの物が交換される量的割合が、それらのものの生産そのものによって定まるようになる。
・慣習は、それらの物を価値量として固定させる。

●「直接的生産物交換」とはどういう意味か? 貨幣の媒介なしに「直接的」に行われる、生産物と生産物との交換(物々交換)のことだろうか?

●直接的生産物交換においては、交換によってはじめて商品になる。つまり、最初から交換を目的として(商品として)生産されたのではなく、交換の結果として商品になる。

●「諸物の私的所有者」とは、物を自分の所有物として、自分の意志でどのようにも取り扱うことができ人。

■ 所有権 しょゆうけん
物を全面的に支配できる物権で,所有者は法令の制限内においてその所有物を自由に使用・収益・処分できる(民法206,207条)。財産権の中心をなす。地上権や永小作権などによって制限されることがあっても,これらの制限は有限であるから,所有権は全面的支配に復する弾力性を有する。近代の所有権は自由な所有権として確立され,私有財産制の基礎をなす。20世紀に入ると所有権は公共の福祉による制約を受けるものとされ,所有権の行使は権利濫用の法理によって制約されることがある。
(マイペディア)

●「互いに他人であるという関係は、自然発生的な共同体の成員にとっては存在しない」について、大谷禎之介氏は「労働する諸個人を結びつけているのは原生的な種族関係にもとづく共同体であり、彼らを支配しているのは自然発生的な人格的依存関係である。彼らは共同体の中に埋没しており、個人として自立できない。」(『図解社会経済学』30頁)と述べている。

●第1章第4節では「古代アジア的とか古代的などの生産様式では、生産物の商品への転化、したがってまた人間の商品生産者としての定在は、一つの従属的な役割、といっても共同体がその崩壊過程にはいるにつれて重要さを増してくる役割を演じている。
・本来の商業民族は、エピクロスの神々のように、またポーランド社会の気孔の中でのユダヤ人のように、ただ古代世界のあいだの空所に存在するだけである。」(国民文庫146頁・原頁93)と述べられていた。

●「物がひとたび対外的共同生活で商品になれば、それは反作用的に内部的共同生活でも商品になる」という点について、内部的共同生活でも商品になる」をどのように理解するかで議論になりました。共同体の内部で商品交換がなされるということではなく、最初から交換を目的としての生産が行われるようになるということではないかという意見が出されました。
この点について浜林正夫氏は「まず、二つの共同体がお互いに余ったものを村はずれにおいて交換する。そういうかたちで交換が始まった。それがいったん始まると、共同体の中でも商品交換が始まるようになる」と説明しています。(『資本論を読む[上]』151-152頁)と説明しています。

●「直接的必要のための諸物の有用性」=使用価値
 「交換のための諸物の有用性」=交換価値

●第1章第4節では「生産物交換者たちがまず第一に実際に関心をもつのは、自分の生産物とひきかえにどれだけの他人の生産物が得られるか、つまり、生産物がどんな割合で交換されるか、という問題である。この割合がある程度の慣習的固定性をもつまでに成熟してくれば、それは労働生産物の本性から生ずるかのように見える。たとえば1トンの鉄と2オンスの金とが等価であることは、1ポンドの金と1ポンドの鉄がそれらの物理的属性や科学的属性の相違にもかかわらず同じ重さであるのと同じことのように見える。じっさい、労働生産物の価値性格は、それらが価値量として実証されることによってはじめて固まるのである。」と述べられていた。

第9段落
・直接的生産物交換では、どの商品も、その商品の所持者にとっては直接に交換手段であり、その非所持者にとっては等価物である。
・といっても、それが非所持者にとつて使用価値であるかぎりでのみとではあるが。
・つまり、交換される物品は、それ自身の使用価値や交換者の個人的欲望にかかわりのない価値形態をまだ受け取っていないのである。
・この形態の必然性は、交換過程にはいってくる商品の数と多様性とが増大するにつれて発展する。
・課題は、その解決の手段と同時に生まれる。
・商品所持者たちが彼ら自身の物品をいろいろな他の物品と交換し比較する交易は、いろいろな商品がいろいろな商品所持者たちによってそれらの交易のなかで一つの同じ第三の商品種類と交換され価値として比較されるということなしには、けっして行われないのである。
・このような第三の商品は、他のいろいろな商品の等価物となることによって、狭い限界のなかではあるが、直接に、一般的な、または社会的な等価形態を受け取る。
・この一般的等価形態は、それを生み出した一時的な社会的接触と一緒に発生し消滅する。
・かわるがわる、そして一時的に、一般的等価形態はあれこれの商品に付着する。
・しかし、商品交換の発展につれて、それは、排他的に特別な商品種類だけに固着する。
・言いかえれば、貨幣形態に結晶する。
・そりがどんな商品種類にひきつづき付着しているかは、はじめは偶然的である。
・しかし、だいたいにおいて二つの事情が事柄を決定する。
・貨幣形態は、域内生産物の交換価値の実際上の自然発生的な現象形態である外来の最も重要な交換物品に付着するか、または域内の譲渡可能な財産の主要要素をなす使用対象、たとえば家畜のようなものに付着する。
・遊牧民族は最初に貨幣形態を発展させたのであるが、それは、彼らの全財産が可動的な、したがって譲渡可能な形態にあるからであり、また、彼らの生活様式が彼らを絶えず他の共同体と接触させ、したがって彼らに生産物交換を促すからである。
・人間はしばしば人間そのものを奴隷の形で原始的な貨幣材料にしたが、しかし土地をそれにしたことはなかった。
・このような思いつきは、すでにできあがったブルジョア社会でしか現われることはできなかった。
・それが現われたのは、17世紀の最後の三分の一期のことであり、その実行が国家的規模で試みられたのは、やっと一世紀後にフランスのブルジョア革命のさいちゅうのことだった。

●「その非所持者にとっては等価物である。」とは、AとBが交換される場合には、Aの所持者にとってはBが、Bの所持者にとってはAが自分のもっている商品と同じだけの価値をもつ物、自分のもっている商品に対して直接的交換可能性をもつ物とみなされるということだろう。

●「それ自身の使用価値や交換者の個人的欲望にかかわりのない価値形態」とは、一般的価値形態、貨幣形態のこと。

●「域内生産物の交換価値の実際上の自然発生的な現象形態である外来の最も重要な交換物品」とはどんな物かとの疑問が出され、域内では生産されないだれもが必要とし交換するような外来の物品、たとえば塩などではないかとの意見が出されました。

●土地を貨幣材料としようとした国家規模での試みとはアッシニャ紙幣のこと。 

■アッシニャ
フランス革命期,1789年―1796年に発行された紙幣。最初は革命政府が没収した王室・教会・亡命貴族の領地を担保とする公債であったが,紙幣として流通するようになった。1792年からは担保の価値を越えて乱発され,インフレをひき起こして民衆の生活を困窮させた。発行停止時の1796年にはその価値は額面のわずか1%であった。 (マイペディア)
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by shihonron | 2006-07-23 23:35 | 学習会の報告


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