『資本論』を読む会の報告

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2007年 01月 31日

第46回 1月30日  第3章 貨幣または商品流通 第2節 流通手段 b 貨幣の流通

1月30日(火)に第46回の学習会を行いました。「読む会通信」№235を使って前回の復習をした後、「第3章 貨幣または商品流通 第2節 流通手段 b 貨幣の流通」の第3段落から第10段落までを輪読、検討しました。

■テキストの内容と議論    
第3章 貨幣または商品流通 第2節 流通手段 b 貨幣の流通 


第3段落
・他方、貨幣に流通手段の機能が属するのは、貨幣が諸商品の価値の独立化されたものであるからにほかならない。
・だから、流通手段としての貨幣の運動は、実際は、ただ商品自身の形態運動でしかないのである。
・したがってまた、この形態運動は感覚的にも貨幣の流通に反映しなければならない。【これ以下この段落の終わりまでは、フランス語版によってエンゲルスがマルクスの文を書き換えた】
・たとえば、リンネルはまず自分の商品形態を自分の貨幣形態に変える。
・リンネルの第一の変態W―Gの最後の極、貨幣形態は、次にはリンネルの最後の変態G―Wの、リンネルの聖書への再転化の、最初の極になる。
・しかし、この二つの形態変換のどちらも、商品と貨幣との交換によって、それらの相互の場所変換によって、行なわれる。
・同じ貨幣片が、商品の離脱した姿として売り手の手に入り、そして商品の絶対的に譲渡可能な姿としてこの手を去る。
・それは二度場所を替える。
・リンネルの第一の変態は、この貨幣片を織職のポケットに入れ、第二の変態はそれを再び持ち出す。
・だから、同じ商品の二つの反対の形態変換は、反対の方向への貨幣の二度の場所変換に反映するのである。

■フランス語版の当該箇所は以下のように書かれている。
《他方、貨幣が流通手段として機能するのは、それが商品の実現された価値形態であるがためでしかない。だから貨幣の運動は、実際は、商品自体の形態運動でしかない。したがってこの形態運動は、貨幣の流通のうちに反映されるはずであるし、また、貨幣の流通において手で触れることができるようになるはずである。事実そういうことも起こるのだ。たとえば、リンネルはまずその商品形態を貨幣形態に変える。リンネルの第一変態(M―A)の最後の項である貨幣形態は、リンネルの最終形態の、日用商品である聖書への瓶変換(A―M)の、最初の項である。だが、これらの形態変換のどれも、商品と貨幣との交換によって、すなわち、それら相互の位置変換によって果たされる。同じ金貨が第一幕ではリンネルと位置を変え、第二幕では聖書と位置を変える。金貨は二度位置を変える。リンネルの第一変態は金貨を織職のポケットに入りこませ、第二変態は金貨を彼のポケットから出させる。したがって、同じ商品が受ける二つの逆の形態変換は、反対方向への同じ貨幣片の二重の位置変換のうちに反映されるのである。》(『フランス語版資本論 上巻』江夏美千穂・上杉聰彦訳 法政大学出版会 96頁)
 なお、初版や第二版の記述は資料が手元になく、確認できませんでした。

●「流通手段としての貨幣の運動は、実際は、ただ商品自身の形態運動でしかない」ことを確認しておくことはとても大切だとの意見が出されました。

★貨幣は、商品価格を実現する。そして、貨幣は商品の絶対的に譲渡可能な姿(価値として通用するもの)である。商品形態は、その価値を観念的な貨幣で(価格として)表現してはいるが、そのままで価値として通用する(妥当する)ことはできない。商品は他商品に対する直接的交換可能性の形態にはなく、絶対的に譲渡可能ではない。

●「同じ商品の二つの反対の形態変換は、反対の方向への貨幣の二度の場所変換に反映する」とはどういうことかという疑問が出されました。商品リンネルの二つの反対の形態変換はリンネル―貨幣と、貨幣―聖書 である。第一の変態はW―Gであり、第二の変態はG―Wであり、この二つは「反対の形態変換」である。また、リンネルの第一の変態では、リンネル織職の手に貨幣が入り、第二の変態ではリンネル織職の手から貨幣が出ていく。この二つは「反対方向への貨幣の場所変換である。」

第4段落
・これに反して、ただ一面的な商品変態、単なる売りか単なる買いのどちらかが行なわれるとすれば、同じ貨幣は一度だけ場所を変える。
・この貨幣の第二の場所変換は、つねに商品の第二の変態、貨幣からの商品の再転化を表している。
・同じ貨幣片の場所変換のひんぱんな繰り返しには、ただ一つの商品の変態列が反映しているだけではなく、商品世界一般の無数の変態のからみ合いが反映しているのである。
【「同じ貨幣片の」以下はフランス語版によってエンゲルスが挿入した文】
・なお、すべてこれらのことは、ただ単純な商品流通のここで考察された形態にあてはまるだけだということは、まったく自明のことである。

■フランス語版の当該箇所は以下のように書かれている。
《もし商品が、部分変態、一方の極から見れば販売であり他方の極から見れば購買であるというただ一つの運動しか通過しないならば、同じ貨幣片はやはりただ一度しか位置を変えない。貨幣片の第二の位置変換はつねに商品の第二変換、貨幣形態から日用上の形態への復帰を表現している。同じ貨幣片の位置変換の頻繁な繰り返しのうちには、もはや、たんにただ一個の商品の変態系列だけではなく、さらにまた、同様な相互的諸変態の錯綜も反映されている。(25)
(25)本文での記述は、われわれがいま研究している唯一の形態である単純な流通形態にしか関係がないことに、充分注意する必要がある。》(『フランス語版資本論 上巻』96頁)

●「単純な商品流通のここで考察された形態」とは何かという疑問が出され、「あとで出てくる資本としての貨幣の流通形態 G―W―G′ではなく、特定の使用価値を入手することを目的とする W―G―W のことではないか」という意見が出されました。

第5段落
・どの商品も、流通への第一歩で、その第一の形態変換で、流通から脱落し、そこには絶えず新たな商品がはいってくる。
・これに反して、貨幣は流通手段としてはいつでも流通部面に住んでおり、絶えずそのなかを駆けまわっている。
・そこでこの部面はつねにどれだけの貨幣を吸収するのか、という問題が生ずる。

第6段落
・一国では毎日多数の同時的な、したがってまた空間的に並行する一方的な商品変態が、言いかえれば、一方の側からの単なる売り、他方の側からの単なる買いが、行なわれている。
・商品は、その価格において、すでに決定された想像された貨幣量に等置されている。
・ところで、ここで考察されている直接的流通形態は、商品と貨幣とをつねに肉体的に向かいあわせ、一方を売りの極に、他方を買いの反対極におくのだから、商品世界の流通過程のために必要な流通手段の量は、すでに諸商品の価値総額によって規定されている。
・じっさい、貨幣は、ただ、諸商品の価格総額ですでに観念的に表されている金総額を実在的に表すだけである。
・したがつて、これらの二つの総額が等しいということは自明である。
・とはいえ、われわれが知っているように商品の価値が変わらない場合には、商品の価格は、金(貨幣材料)そのものの価値といっしょに変動し、金の価格が下がればそれに比例して上がり、金の価値が上がればそれに比例して下がる。
・こうして諸商品の価格総額が上がるか下がるかするにしたがって、流通する貨幣の量も同じように増すか減るかしなければならない。
・この場合には流通手段の量の変動はたしかに貨幣そのものから生ずるのではあるが、しかし、流通手段としての貨幣の機能からではなく、価値尺度としての機能から生ずるのである。
・諸商品の価格がまず貨幣の価値に反比例して変動し、それから流通手段の量が諸商品の価格に正比例して変動するのである。
・これとまったく同じ現象は、たとえば、金の価値が下がるのではなく、銀が価値尺度としての金に取って代わる場合とか、銀の価値が上がるのではなく、金が銀を価値尺度の機能から追い出すような場合にも、起きるであろう。
・前のほうの場合には以前の金よりも多くの銀が、あとのほうの場合には以前の銀よりも少ない金が、流通しなければならないであろう。
・どちらの場合にも、まず貨幣材料の価値、すなわち価値の尺度として機能する商品の価値が変動し、そのために商品価値の価格表現が変動し、またそのためにこれらの価格の実現に役だつ流通する貨幣の量が変動するということになるのであろう。
・すでに見たように、商品の流通部面には一つの穴があって、そこを通って金(銀、要するに貨幣材料)は、与えられた価値のある商品として流通部面にはいってくる。
・この価値は、価値尺度としての貨幣の機能では、したがって価格決定にさいしては、すでに前提されている。
・いま、たとえば価値尺度そのものの価値が下がるとすれば、されは、まず第一に、貴金属の生産源で商品としての貴金属と直接に交換される諸商品の価格変動に現われる。
・ことにブルジョア社会での比較的未発展な状態では、他の商品の一大部分は、なおかなり長いあいだ、価値尺度のいまでは幻想的となり過去のものとなった価値で評価されるであろう。
・しかし、一商品は他の商品を、それと自分との価値関係をつうじて自分にかぶれさせてゆくのであって、諸商品の金価格または銀価格は、しだいに、それらの価値そのものによって規定された割合で調整されて行って、さいにはすべての商品価値が貨幣金属の新たな価値に応じて評価されるようになるのである。
・このような調整過程は、直接に貴金属と交換される諸商品に代わって流入する貴金属の継続的な増大を伴う。
・それゆえ、諸商品の改定された価格づけが一般化されるにつれて、または、新たな、すでに下がった、そしてある点までは引き続き下がって行く金属の価値によって諸商品の価値が評価されるようになるにつれて、それと同じ程度に、諸商品の価値の実現に必要な金属の増加量もすでに存在しているのである。
・新たな金銀の発見に続いて起きた諸事実の一面的な考察は、17世紀およびことに18世紀には、商品価格が上がるのはより多くの金銀が流通手段として機能したからだというまちがった結論に到達させた。
・以下では金の価値は与えられたものとして前提されるが、日さいにもそれは価格表かの瞬間には与えられているのである。

●この段落のポイントの一つは 、商品世界の流通過程のために必要な流通手段の量は、すでに諸商品の価格総額によって規定されているということ。

●比例は、一方の量の増減によって他方の量が増減することなのに、『資本論』では、一方の量の増大によって他方の量が減少する場合にも比例という言葉が用いられている場合があるが、適切なのだろうか」という疑問が出され、これに対して「正しくは比例ではなく、反比例というべきだろう」「比例という言葉を、一方の量の変化に対応して他方の量が変化するという意味で用いているのではないか」との発言がありました。

●貨幣商品の価値に変化が生じても、商品の価格が一斉に変化するわけではないことに関連して「それは、インフレの場合でも同様であり、賃金が最後にしか上がらないことによって労働者は収奪されるのだ」という意見が出されました。

●「かぶれさせてゆく」の箇所は、新日本出版社版では「一つの商品は他の商品に、それにたいする自分の価値関係を通して自分を感染させていく。」となっていることが紹介されました。

■「商品価格が上がるのはより多くの金銀が流通手段として機能したからだ」という主張は、貨幣数量説と呼ばれている。

■【貨幣数量説】
経済の他の事情に変化がなければ,流通している貨幣数量の増減は,正比例的に物価水準を騰落させると説く理論。すなわち,貨幣の量が2倍になれば,物価もほぼ2倍になると説く。17世紀ごろより主張されていた古典派の学説だが,近代ではI.フィッシャーが簡明な交換方程式PT=MVによって説明。これは貨幣量をM,貨幣の流通速度をV,物価水準をP,財の取引総量をTとすると,取引価額(P×T)は貨幣の流量(M×V)に等しいことを表している。この方程式は,貨幣の流通速度Vと,財の取引総量Tがある期間内一定であると仮定するなど,現実とはかけ離れていたが,現代の新貨幣数量説の基礎となった。(マイペディア)

■【商業革命】15世紀末のコロンブスの新世界への到達とガマのアフリカ迂回(うかい)新航路の開拓をはじめとする〈地理上の発見〉(大航海時代)がもたらした経済史上の変革。イタリア,ドイツの東方貿易を衰えさせ,スペイン,ポルトガル,オランダ,英国に世界貿易の覇権を握らせ,ひいてヨーロッパ織物工業の勃興(ぼっこう)を促して資本主義発展の前提をつくった。17世紀ころまでは新大陸から膨大な金銀が流入し,ヨーロッパ諸国の物価を高騰させた(価格革命)。やがて砂糖プランテーションが重要となり,大西洋奴隷貿易(三角貿易)に至った。

■【価格革命】16 世紀初葉から 1 世紀以上ヨーロッパ諸国で続いた長期的な物価騰貴をいう。 15 世紀末のアメリカ大陸発見後,アメリカ大陸貿易はスペイン王室の保護の下にセビリャ商人の手で独占的に進められた。その輸入品の大部分はアメリカ大陸産貴金属,とりわけ銀であり,とくに 16 世紀中葉のボリビアのポトシ,メキシコのサカテカス,グアナフアトなどの豊富な銀山の開発,水銀アマルガム法による銀製錬技術の適用,低廉な原住民の賦役労働により銀生産は飛躍的に増大し,その輸入は 16 世紀後半にはいって激増し,スペインを経てヨーロッパの市場にあふれた。物価騰貴の主要な原因の一つは,この貴金属の大量流入と貨幣の改鋳とによる貨幣供給量の増大であり,貨幣供給量の増大は物価騰貴をひきおこす一方で利子率の長期的な低下をもたらした。また,黒死病 (ペスト) の終息以後ヨーロッパに起こった顕著な人口増加も物価騰貴の原因として注目され,価格革命においてヨーロッパ諸国で共通にみられた現象――農産物価格の騰貴がとりわけいちじるしかったこと,実質賃金の低落,地代の上昇など――は食料需要,労働および土地市場にたいする人口圧力の結果だと考えられる。価格革命の影響は単純ではなく,また国によって一様ではないが,貨幣供給量の増大と利子率の低下,持続的な物価騰貴による利子の実質的負担の軽減はヨーロッパ経済に取引と投資の大きい可能性をあたえ,地主の富裕化をみちびいた農産物価格と地代の顕著な上昇は資本蓄積において重要な仲介的役割を地主に演じさせた。 竹岡 敬温 (世界大百科事典)

第7段落
・こういうわけで、この前提のもとでは、流通手段の量は実現されるべき諸商品の価格総額によって規定されている。
・そこで、さらにそれぞれの商品種類の価格を与えられたものと前提すれば、諸商品の価格総額は、あきらかに、流通の中にある商品量によってはまる。
・もし1クォータへの小麦が2ポンド・スターリングならば、100クォーターの小麦は200ポンドスターリング、200クォーターの小麦は400ポンドスターリング、等々であり、したがって小麦の量が増すにつれて、販売にさいしてこれと場所を取り替える貨幣量も増さなければならないということは、ほとんど頭を痛めなくてもわかることである。

第8段落
・商品量を与えられたものと前提すれば、流通する貨幣の量は、諸商品の価格変動につれて増減する。
・流通貨幣量が増減するのは、諸商品の価格総額がそれらの価格変動の結果として増減するからである。
・そのためには、すべての商品の価格が同時に上がったり下がったりする必要は少しもない。
・すべての流通する商品の実現されるべき価格総額を増加または減少させるためには、したがってまた、より多量またはより少量の貨幣を流通させるには、一方の場合には或る数の主要物品の価格上昇が、他方の場合にはそれらの価格が低下があれば、それで十分である。
・諸商品の価格変動に反映するものが、現実の価値変動であろうと、単なる市場価格の変動であろうと、流通手段の量への影響は同じことである。

第9段落
・ある数の、無関連な、同時的な、したがつてまた空間的に並行する売りまたは部分変態、たとえば1クォーターの小麦、20エレのリンネル、4ガロンのウィスキーの売りが行なわれるものとしよう。
・どの商品の価格も2ポンド・スターリングで、したがって実現されるべき価格総額は8ポンド・スターリングだとすれば、8ポンド・スターリングだけの貨幣量が流通にはいらなければならない。
・これに反して、同じ諸商品が、われわれになじみの変態列、すなわち1クォーターの小麦―2ポンド・スターリング―20エレのリンネル―2ポンド・スターリング―1冊の聖書―2ポンド・スターリングという列の諸環をなすとすれば、その場合には2ポンド・スターリングがいろいろな商品を順々に流通させていくことになる。
・というのは、それは諸商品の価格を順々に実現して行き、したがって8ポンド・スターリングという価格総額を実現してから、最後にウィスキー屋のてのなかで休むからである。
・それは4回の流通をなしとげる。
・このような、同じ貨幣片が繰り返す場所変換は、商品の二重の形態変換、二つの反対の流通段階を通る商品の運動を表しており、またいろいろな商品の変態のからみ合いを表している。
・この過程が通る対立していて互いに補いあう初段階は、空間的に並んで現われることはできないのであって、ただ時間的にあいついで現われることができるだけである。
・それだから、時間区分がこの長さの尺度になるのであり、また、与えられた時間内の同じ貨幣片の流通回数によって貨幣流通の速度が計られるのである。
・前記の4つの商品の流通過程には、例えば1日かかるとしよう。
・そうすると、実現されるべき価格総額は8ポンド・スターリング、同じ貨幣片の1日の流通回数は4、流通する貨幣の量は2ポンド・スターリングである。すなわち、流通過程の有る絶えられた期間については、
諸商品の価格総額 / 同名の貨幣片の通流回数 = 流通手段として機能する貨幣の量 となる。
・この法則は一般的に妥当する。
・与えられた期間における一国の流通過程は、一方では、同じ貨幣片がただ一度だけ場所を替え、ただ一回流通するだけの、多くの分散した、同時的な、空間的に並行する売り(または買い)すなわち部分変態を含んでいるが、他方では、同じ貨幣片が多かれ少なかれ何回もの流通を行なうような、あるいは並行し、あるいはからみ合う、多かれ少なかれいくつもの環からなっているような変態列を含んでいる。
・とはいえ、流通しつつあるすべての同名の貨幣片の総流通回数からは、各個の貨幣片の平均流通回数または貨幣流通の平均速度がでてくる。
・たとえば一日の流通過程のはじめにそこに投げこまれる貨幣は、もちろん同時に空間的に並んで流通する諸商品の価格総額によって規定されている。
・しかし、この過程のなかでは、一つの貨幣片はいわば他の貨幣片のために連帯責任を負わされるのである。
・一方の貨幣片がその流通速度を速めれば、他方の貨幣片の流通速度が鈍くなるか、または、その貨幣片はまったく流通部面から飛び出してしまう。
・なぜならば、流通部面が吸収しうる金量は、その各個の要素の平均流通回数を掛ければ実現されるべき価格総額になるような量に限られるからである。
・それゆえ、貨幣片の流通回数が増せば、その流通量は減るのであり、貨幣片の流通回数が減れば、その量は増すのである。
・流通手段として機能しうる貨幣量は、平均速度が与えられていれば与えられているのだから、たとえば一定量の1ポンド券を流通に投げこみさえすれば、同じ量のソヴリン貨をそこから投げだすことができるのである。
・これは、すべての銀行がよく心得ている芸当である。

●「時間区分がこの長さの尺度になる」は、新日本出版社版では「期間がこの過程の継続の尺度をなす」となっていることが紹介されました。

●「同名の貨幣片」とはどういう意味なのかとの疑問が出され、「ポンドならポンドといった同じ単位の貨幣片という意味だ」との回答がなされました。

■【ソブリン金貨】
イギリスの 1 ポンド金貨の名称。 ソベリン金貨ともいう。イギリスが金本位制度を採用した 1816 年貨幣法で制定され, 1917 年まで国内流通用の貨幣として製造・発行された。 74 年からは,地金型金貨 (地金価値と大差ない価格で取引される投資向きの金貨) として発行されている。現在も 1 ポンドの法貨であるが,額面金額の表示はない。直径 22mm,重量 7.988g,品位 916/1000。 1 ポンド金貨をソブリン (君主) と呼ぶのは, 1489 年に発行された 20 シリング (= 1 ポンド) 金貨に,当時の国王ヘンリー 7 世の肖像が大きく描かれたことに由来する。この古い型のソブリン金貨は,1604 年まで発行されたが,時代により銀貨 20 ~ 30 シリング相当と,価値の変動があった。
                                重成 侃 (世界大百科事典)

第10段落
・貨幣流通では一般にただ諸商品の流通過程が、すなわち反対の諸変態をつうじての諸商品の循環が、現われるだけであるが、同様に、貨幣の速さに現われるものも、商品の形態変換の速さ、諸変態列の眷属的なからみ合い、物質代謝の速さ、流通過程からからの諸商品の消失の速さ、そしてまた新たな商品の入れ替わりの速さである。
・つまり、貨幣流通の速さには、対立しながら互いに補いあう段階の、価値姿態への使用姿態の転化と使用姿態への価値姿態の再転化との、または売りと買いという両過程の、流動的な統一が現われる。
・逆に、貨幣流通の緩慢化には、これらの過程の分離と対立的な独立化、形態変換したがってまた物質代謝の停滞が現われる。
・この停滞がどこから生ずるかは、もちろん、流通そのものを見てもわからない。
・流通は、ただ現象そのものだけを示すだけである。
・通俗的な見解は、貨幣流通が緩慢になるにつれて流通部面のあらゆる点で貨幣が現われては消える回数が少なくなるのを見るのであるが、このような見解がこの現象を流通手段の量の不足から説明しようとするのは、いかにもありそうなことである。

●注77に出てくるヘレンシュヴァントについてどういう人物かとの疑問が出されました。
■岩本吉弘氏(福島大学)は「彼は1780年代から90年代にかけてのロンドンに住み,ステュアートの貨幣的経済論をスミスを踏まえつつ継承しようとした非常に特殊な位置にある人物である。…彼とステュアートの共通点は為政者を主語としたディリジズムの経済論という点,および貨幣数量説を否定した貨幣論にあること,彼はスミスが無用のものとして実物経済の影に押し込めようとした貨幣の総流通を為政者の自覚的コントロールの対象として再び前面に引き出さねばならないと考えたのだが、それは,彼がステュアートとスミスを読み比べた上での、市場システムにおける貨幣と国家の役割に関する一つの見地の積極的な選択の結果だった」と述べている。

経済学史学会ニュース



2月9日に誤字を訂正しました。


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by shihonron | 2007-01-31 00:00 | 学習会の報告


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