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『資本論』を読む会の報告

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2007年 03月 31日

第52回  3月27日 その2

■《【掛売買】これまで見てきた、二つの商品の変態の絡みあいである売買は、商品の引き渡しと貨幣の支払が同時に行なわれる現金売買であった。ところが、商品流通の発展とともに、商品の譲渡を商品価格の実現、すなわち貨幣の支払から時間的に離れさせるようなもろもろの事情が発展してくる。たとえば、ある商品を買おうとする買い手が、自分の商品の生産や販売の事情から、支払うための貨幣をまだ入手できないが、しばらくすれば入手できることが確実であるとき、その商品の売り手は、貨幣の支払をその間猶予することが行なわれる。こうして、商品の譲渡ののちに時間をおいて貨幣の支払が行なわれるという売買形態が生まれる。いわゆる掛売買(かけばいばい)である。販売は掛売りとなり、購買は掛買いとなる(図95)。
 この売買では、商品が譲渡される第1の時点で、売り手は債権者となり、買い手は債務者となる。そして、第2の時点で貨幣が支払われることによって、この債権債務関係が消滅するのである。
【掛売買における貨幣の機能】 掛売買のさいに貨幣が果たす機能は、いささか複雑である。①まず、現金売買の場合と同様に、貨幣は商品の価値を価格として表現することで価値尺度として機能する。これが売り手と買い手とのあいだで話しあいがついた決まり値であるとしよう。買い手はこの量の貨幣を、この時点(第1時点)よりもあとのある確定された時点(第2時点)で、売り手に支払うことを約束する。この〈貨幣支払約束〉は観念的な貨幣量であって、価格の度量標準によって測られる。②売り手はこの時点で買い手に商品を譲渡する。買い手はいまは貨幣をもっていないが、彼が第2時点で売り手に支払う貨幣、つまり〈将来の貨幣〉が、いま第1時点で商品を買うことに役立ったのであり、この将来の貨幣がいま購買手段として――だからここではただ観念的にだけ――機能したのである。それによって、その貨幣がもつはずの貨幣としての形式的な使用価値が実現されて、買い手の欲求を充たす使用価値を買い手にもたらした。売り手は商品を譲渡したが、現実の貨幣は受け取っていない。しかし、彼はいま、買い手の貨幣支払約束をもっている。これはすでに、実現できるかどうかわからない、彼の商品のたんなる価格ではなくて、第2時点で――約束が守られるかぎり――支払われる貨幣を表わしているものである。だから、彼の商品の価格はこの時点で、すでに観念的にではあるが、実現した。価格は実現して貨幣支払約束になった。この貨幣支払約束は、買い手にとっては債務であり、売り手にとっては債権であって、この時点で売り手は債権者、買い手は債務者になった。③こうして、あと残るのは、第2時点で、債務者となった買い手が、債権者である売り手に貨幣を支払って、債務を決済することだけである。貨幣が支払手段 として流通にはいる。債権者である売り手から見れば、この支払によって、彼の商品の価格が最終的に堅実の貨幣に転化した、つまり商品の価格が現実に実現した。債務者である買い手の側では、すでに第1の時点で購買手段として機能して、その使用価値を実現してしまった貨幣を債権者に引き渡すことになる。
【支払手段としての貨幣の流通】以上が、掛売買における貨幣の機能であるが、ここではじめて現われる貨幣の機能は、第2時点で債務者が債権者に支払う貨幣が果たす機能である。このように、貨幣支払約束にもとづいて支払われる貨幣、債務を決済して債権債務関係を終わらせる貨幣を支払手段としての貨幣という。第2時点では貨幣は支払手段として流通にはいるのである(図96)。
 ここでは明らかに、債務者から債権者に貨幣が流通していくのであるが、しかしそれは、流通手段すなわち鋳貨としてではない。ここでの貨幣は、商品の一時的な価値の姿である流通手段とは異なり、債務者が債権者に価値そのものを引き渡すための形態であるから、もともとは本来の貨幣のみが果たすことができる機能であるが、しかし、本来の貨幣に代わりうる銀行券等々の貨幣形態が発展すると、本来の貨幣のそれらの代理物が、支払手段として流通することができるようになる。》  (大谷禎之介『図解社会経済学』105-106頁)



by shihonron | 2007-03-31 00:00 | 学習会の報告


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