『資本論』を読む会の報告

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2007年 07月 16日

第66回 7月10日 第4章 貨幣の資本への転化 第2節 一般的定式の矛盾

7月10日(火)に第66回の学習会を行いました。前回の復習をした後、「第2篇 貨幣の資本への転化 第4章 貨幣の資本への転化 第2節 一般的定式の矛盾」の第20段落から第23段落までを輪読、検討しました。

■テキストの内容と議論
第4章 貨幣の資本への転化 第2節 一般的定式の矛盾 
   

第20段落
・こういうことからも、資本の基本形態、すなわち近代社会の経済組織を規定するものとしての資本の形態をわれわれが分析するにあたって、なぜ資本の普通に知られているいわば大洪水以前的な姿である商業資本と高利資本とをさしあたりはまったく考慮に入れないでおくのか、がわかるであろう。
・本来の商業資本では、形態G―W―G’、より高く売るために買う、が最も純粋に現われている。
・他方、商業資本の全運動は流通部面のなかで行なわれる。
・しかし、貨幣の資本への転化、剰余価値の形成を流通そのものから説明することは不可能なのだから、商業資本は、等価物どうしが交換されるようになれば、不可能なものとして現われ、したがって、ただ、買う商品生産者と売る商品生産者とのあいだに寄生的に割り込む商人によってこれらの生産者が両方ともだまし取られるということからのみ導き出されるものとして現われる。
・この意味でフランクリンは「戦争は略奪であり、商業は詐取である」と言うのである。・商業資本の価値増殖が単なる生産者の詐取からではなく説明されるべきだとすれば、そのためには長い列の中間項が必要なのであるが、それは、商品流通とその単純な諸契機とがわれわれの前提となっているここでは、まだまったく欠けているのである。

●「大洪水以前的な姿である商業資本と高利資本」について、文字通りに(歴史的事件としての)大洪水以前のものをさしているのではないかという意見が出されました。これに対して、大洪水以前的というのは比喩的な記述であり、資本主義的生産が行なわれるようになる前に存在した前期的資本の事をさしているいう意見が出されました。

●他の訳本では、この段落の二つめの文章が次の段落となっているとの指摘がありました。事情は不明ですが、内容的に見ても、そのほうが適当だろうとの結論になりました。

●「本来の商業資本」が前期的資本をさしているのかどうかをめぐって、二つの意見が出されました。一つは前期的資本のことだという見解、もう一つは、資本主義社会での商業資本のことだという見解でした。 ★再度検討する必要があります。

●岡崎訳の「等価物どうしが交換されるようになれば」は、新日本出版社版では「等価物どうしが交換される限り」となっている。これについて、資本主義になった後は等価物どうしの交換がなされるようになり、商業資本は(その成立が)不可能になるということではないかという意見が出されました。これに対して、果たしてそうだろうかとの疑義が出されました。

■浜林正夫氏は「『資本論』を読む(上)」のなかで次のように述べている。
《近代以前のかたちの場合には、商業が未発達であったり、あるいはお金が十分に流通していない、というようなことがある。その場合には不等価交換ということが、行なわれやすい、むしろ不等価交換があたりまえのようになってしまうということがあります。よく言われる話ですけれども、先ほどもちょっと述べたシルクロードなどというようなレベルで、取り引きをしている場合には、東洋の物産は大へんな貴重品であって、それをヨーロッパへもっていくと、ばかみたいな高い値段で売れたのです。それは一種の独占でありまして、ヨーロッパとアジアをつなぐような取引きができるのは、ごく少数の人に限られていた。だから彼らは思いどおりの値段をつけることができた。そういう時代には流通過程から儲けが生ずることもありました。資本主義社会の特徴は、経済学のほうでよくいう言葉で言いますと、価値法則が貫徹するということで、それは等価交換になるということですね。》(217頁)
《本来の商業資本においては、…… うんぬんとありますが、これは大洪水以後のこと、つまり、近代における商業資本です。近代における商業資本では、剰余価値の形成を流通そのものから説明することは不可能だ。そうすると、商業資本というものはなくなってしまう、いらなくなってしまうのではないかという考え方があります。》(218頁) 

■『資本論』第3部第4篇「商品資本および貨幣資本の商品取引資本および貨幣取引資本への転化(商人資本)」で商業資本の価値増殖が分析されている。

第21段落
・商業資本にあてはまることは、高利資本にもっとよくあてはまる。
・商業資本では、その両極、すなわち市場に投ぜられた貨幣と、市場から引きあげられる増殖した貨幣とは、少なくとも買いと売りとによって、流通の運動によって、媒介されている。
・高利資本では、形態G―W―G’が、無媒介の両極G―G’に、より多くの貨幣と交換される貨幣に、貨幣の性質と矛盾しておりしたがって商品交換の立場からは説明することのできない形態に、短縮されている。
・それだからアリストテレスも次のように言うのである。
・「貨殖術は二重のものであって、一方は商業に属し、他方は家政術に属している。後者は必要なもので賞賛に値するが、前者は流通にもとづいて、当然非難される(というのは、それは自然にもとづいていないで相互の詐取にもとづいているからである)。それゆえ、高利が憎まれるのはまつたく当然である。というのは、ここでは貨幣そのものが営利の源泉であって、それが発明された目的のために用いられるのではないからである。じっさい、貨幣は商品交換のために生じたのに、利子は貨幣をより多くの貨幣にするのである。その名称」(τοκοζ利子および生まれたもの)「もここからきている。なぜならば、生まれたものは、生んだものに似ているからである。しかし、利子は貨幣から生まれた貨幣であり、したがって、すべての営利部門のうちでこれがもっとも反自然的なものである。」

●「貨幣の性質と矛盾しており」と述べられているが、その「貨幣の性質」とはどんなもののことかとの疑問が出されました。(新日本出版社版では「貨幣の本性」)これについては「貨幣は商品価値の表現ということではないか」「流通手段のことか」などの発言がありました。

●第4章第1節「資本の一般的定式」のところでもアリストテレス『政治学』からの引用がされており、マルクスは「アリストテレスは貨殖術に家政術を対立させている」と述べていたことが指摘されました。

■中村達也氏は、ネットの「エンジニアのための経済学最適インストール」のなかで《 「エコノミー」というのはもともとギリシャ語で“オイコス・ノモス”、意味は“家・法=家政”です。どうやって家計をやりくりするか。それがエコノミーだったんです。…経済という言葉自体はもっと古く、4世紀ごろの中国の「経世済民」という言葉から生まれたものです。「経世済民」は「国を治め、民を救う」ということですから、「経済」も、今でいう「政治」の意味です。江戸時代に太宰春台という儒学者が『経済録』という本を書いていますが、これも内容は政治ですね。…「ポリティカル・エコノミー」だと家政ではなく社会全体・国全体の経済という意味になります。つまり、ナショナル・エコノミーと同じです。今は、「経済学」は「エコノミクス」ですが、この言葉を使うようになったのは19世紀後半以降で、古典派の時代までは「ポリティカル・エコノミー」と言っていたんです。》と述べています。
 http://rikunabi-next.yahoo.co.jp/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=001092&vos=nyternns000000000001

■経済 けいざい 
〈経済〉とは,衣食住など物財の生産・流通・消費にかかわる人間関係の全体である。われわれ人間も他の動物同様,ものを食べなければ生きていけない。しかしわれわれがものを摂取する過程は,動物とは根本的に相違する。われわれは食物を料理したり容器に盛りつけるなど,さまざまな様式で形姿を整える。動物として生理的に胃の腑を満たすという点からすれば,過剰といえるような部分がまとわりついている。しかもこれら過剰な部分は効率的にものを摂取するため,あるいは節約するためということとは無関係で,むしろそれらのためにはマイナスでしかない。こうした過剰性は食の過程にとどまらない。われわれの衣や住は寒さから身を守るため,雨露をしのぐためといった単純明快さをこえている。そこには,衒示,宗教・呪術,審美,新奇といった,機能性をこえた,総称すれば文化とでもよべるような要素が離れがたく付着している。われわれは単に生理的要求から消費しているだけでなく,文化的要求を満たすためにも消費している。すなわち文化を食べ,文化を身にまとい,文化のなかに住み,文化を呼吸し消費しなければならない。
 こうしたことは生産においても流通においてもいえる。生産活動は食いつないでいく必要から遂行されるのではなく,仕事を完成する喜び,隣人よりより良いものを生産したいとの意欲,協働の喜び,献身,原罪の償い,天職,征服欲など,労働意欲をかきたてる労働観に支えられている。労働は労働観の消費でもある。他方では,こうした労働観を供給する活動,労働の指揮・監督,呪術師・宗教家・教育家などの活動も重要な意味をもつことになる。流通でも,等価性の観念にもとづく交換,租税・婚資・供物などのかたちの財の移転等々,単に有無相通ずるといったような機能的な要因をこえる文化が深く働いている。しかも消費,生産,流通のおのおので作用する文化的要因とは,別個ばらばらのものではなく,互いに関係づけあいつつ全体を構成する文化体系である。そこで文化というものを,慣行,言語,法,信仰,政治,技術から構成され,慣習・伝統として不動の側面と変化に向けて開かれた側面との両者を含む,ある種有機的に統合された巨大な一体系であるとすれば,経済とは,こうした文化体系にとりかこまれ,文化が細部にもわたって分かちがたく絡まりついた,物財の生産・消費・流通のことだといえよう。経済をどうみるかという経済観も,経済活動の目的はなにかといった人間の観念も,経済の重要な要素だということになる。また,経済はしばしば伝統慣習経済,市場経済,指令経済の三つに分類されるが,伝統,市場,指令は一経済のなかに並存する要素の若干であるにすぎず,それ以上の意味をもたせることはできない。
[〈経済〉という語の系譜]
 〈経済〉という語は中国晋代の書《抱朴子》〈外篇〉にある〈経世済民〉に発し,これを略したものといわれる。 〈経世済民〉とは,〈世を治め民をたすける〉という意で,現在いうところの,政治にかかわるもろもろの事柄をさしていた。日本の江戸時代の太宰春台の《経済録》などの〈経済〉の意味もこれに沿ったものである。明治以降,〈経済〉は〈economy〉の訳語にあてられ, 〈economy〉の意を含むように変わっていった。 〈economy〉の語源はギリシア語 oikonomia にあり,これは oikos (家) と nomos (慣習,法) からなる合成語で,家の管理・運営のあり方,家政を意味している。このように〈economy〉は当初,家を単位とする規定であったが,その後,ひとつは都市国家社会を単位とするように拡大していった。このように拡大すれば〈economy〉は〈経世済民〉の〈経済〉と意味を同じくすることになる。ところが〈economy〉はこれにとどまらず, 17 世紀以降の絶対王政,近代国民国家の形成過程において物質的な豊かさを柱とする国力の増強が各国の主題となるにおよび,物質的・唯物的要因を中心とする概念に固まっていった。この時期に形成された political economy (経済学) は唯物的な意味での国富についての学である。 〈economy〉はもうひとつ,個人個人,しかもひとりの人の個々的な行為を単位とする規定にも分化した。人々の活動において目的がはっきりし,条件も確定しており,その過程はおもしろくもおかしくもない,といったかなり限定された技術的な局面は,散らばってではあるが多く存在する。こうした局面では節約意識が明りょうに働き育つ。たとえば人がある場所へ行かなければならない,そしてどの道をとっても道中くたびれるだけという場合,大概の人は最も近道になる道を選ぶであろう。節約意識は,家政としての〈economy〉のなかから生まれる一つの独立した観念である。こうして〈economy〉が〈節約〉の意味をももつことになる。これは〈最小費用の最大効果〉であって,なにを目的に選ぶかにはまったく適用できない,いわば技術的・形式的規定である。ところが技術文明の隆盛に呼応して 19 世紀末の economics (経済学) はこの規定を,人間本来の目的が物質的豊かさにあるということと結びつけて,人間の普遍の原理にまで拡張し,経済人 (ホモ・エコノミクス) からなる社会を構想するにいたった。
 〈経済〉は上記のような意味の変遷を経た〈economy〉の訳語として使用され定着した。しかし,物質的側面もたしかに人間の一関心であり,長い歴史の趨勢 (すうせい) が生活の物質的側面の巨大化に向かってきたのだから, 〈economy〉すなわち〈経済〉概念の中心が物質的側面に集中・分化してきたのは当然であったとしても, 〈経済〉の目的・動機が唯物的にすぎないとするのは,たかだかこの 200 ~ 300 年の特異な経済観にすぎない。この点から反省するならば,この特異な〈経済〉をもひとつの系として含みうる本項のような〈経済〉がえられる。またそれとともに経済学も,上記の特異な経済観を当然のこととし,これにもとづいて政策技術を練り,仮構の純粋システムのメカニズムを解明するといったことにともなう視点の狭さ・非現実性から,解放されつつある。 経済人類学,経済社会学,経済倫理学,経済体制論などは社会科学としてのパースペクティブを経済学にとりもどそうとのさまざまな試みであるが,これらも含めて現代の経済学は生活の物質的側面に深く入りこみ,物質的関係をとおして表現される観念,文化,歴史,政治,要するに社会のあり様を解釈していこうとの尽きざる営みへと指向している。        吉沢 英成  (世界大百科事典)

第22段落
・商業資本と同様に利子生み資本もわれわれの研究の途上で派生的な形態として見いだされるであろう。
・また同時に、なぜそれが歴史的に資本の近代的な基本形態よりも先に現われるかということもわかるであろう。

●これまでは「高利資本」という言葉が使われてきたが、ここでは「利子生み資本」という言葉が使われているという指摘がありました。ただ、なぜここで「利子生み資本」という言葉が使われているのかについてははっきりとはしませんでした。

●「資本の近代的な基本形態」について、それは産業資本のことだろうとの発言がありました。

■第1節の第24段落で「利子生み資本」という言葉がはじめて登場した。
《売るために買うこと、もっと完全に言えば、より高く売るために買うこと、G―W―G’は、たしかに、ただ資本の一つの種類だけに、商人資本だけに特有な形態のように見える。しかし、産業資本もまた、商品に転化し商品の販売によってより多くの貨幣に再転化する貨幣である。買いと売りとの中間で、すなわち流通過程の外で行なわれるかもしれない行為は、この運動形態を少しも変えるものではない。最後に利子生み資本では、流通G―W―G’は、短縮されて、媒介のない結果として、いわば簡潔体で、G―G’として、より多くの貨幣に等しい貨幣、それ自身よりも大きい価値として、現われる。》(国民文庫273頁・原頁170)

第23段落
・これまでに明らかにしたように、剰余価値は流通から発生することはできないのだから、それが形成されるときには、流通そのもののなかでは目に見えないなにごとかが流通の背後で起きるのでなければならない。
・しかし、剰余価値は流通からでなければほかのどこから発生することができるだろうか?
・流通は、商品所持者たちのすべての相互関係の総計である。
・流通の外では、商品所持者はもはやただ彼自身の商品との関係にあるだけである。
・その商品の価値について言えば、関係は、その商品が彼自身の労働の一定の社会的法則に従って計られた量を含んでいるということに限られている。
・この労働の量は、彼の商品の価値に表現される。
・そして、価値量は計算貨幣で表わされるのだから、かの労働量は、たとえば10ポンド・スターリングというような価格に表現される。
・しかし、彼の労働は、その商品の価値とその商品自身の価値を超えるある超過分とで表わされるのではない。
・すなわち、同時に、11という価格である10という価格で、それ自身よりも大きい一つの価値で、表わされるのではない。
・商品所持者は彼の労働によって価値を形成することはできるが、しかし、自分を増殖する価値を形成することはできない。
・彼がある商品の価値を高くすることができるのは、現にある価値に新たな労働によって新たな価値を付加することによってであり、たとえば革で長靴をつくることによってである。
・同じ素材が今ではより多くの価値をもつというのは、それがより大きな労働量を含んでいるからである。
・それゆえ、長靴は革よりも大きな価値を持っているが、しかし革の価値は元のままである。
・革は自分の価値を増殖したのではなく、長靴製造中に剰余価値を身につけたのではない。
・つまり、商品生産者が、流通部面の外で、他の商品所持者と接触することなしに、価値を増殖し、したがって貨幣または商品を資本に転化させるということは、不可能なのである。

●最後の文章をどう理解するかで議論がありました。「この文章は、生産過程で剰余価値が生産されることへとつながる内容を含んでいる。《流通部面の外で、他の商品所持者と接触する》とは、労働力商品の所持者である賃労働者との接触のことをさしているのではないか 」との発言があり、これに対して「ここでは、他の商品所持者との接触は流通部面でしかないこと、流通部面の外では商品所持者は自分自身の商品との関係しか持たず、そこでは価値の増殖が不可能だと述べているだけではないか。先取り的な事柄になるが、労働力商品の所持者との接触は流通部面でのことであり、生産過程では労働者はすでに労働力商品の所持者ではなくなっているのではないだろうか」との反論が出されました。

■計算貨幣について、大谷禎之介氏は以下のように説明しています。
《このように、価格の大きさも現実の貨幣の量もすべて価格の度量標準である貨幣名で言い表されるようになると、売られるべき商品の価格や現実の貨幣ばかりでなく、およそなんらかの物を、価値の大きさとして表現使用とするときには、この貨幣名が用いられるようになる。たとえば、一国の富を価値の大きさとして表現しようとするときには、たとえば円、ドルなどの貨幣名が用いられる。このように貨幣名として表現しているときの貨幣を〈計算貨幣〉と言う。価格の度量標準としての貨幣は同時につねに計算貨幣でもある。》(「貨幣の機能」246頁 『経済志林』Vol.61,No.4 )

■計算貨幣についてのこれまでの叙述
《こうして、価格、または、商品の価値が観念的に転化されている金量は、いまでは金の度量標準の貨幣名または法律上有効な計算名で表現される。そこで1クォーターの小麦は1オンスの金に等しいと言うのに代わって、イギリスでならば、それは3ポンド・スターリング17シリング101/2ペンスに等しいと言われることになるであろう。このようにして、諸商品は、自分たちがどれだけに値するかを、自分たちの貨幣名で互いに語り合うのであり、そして、貨幣は、ある物を価値として、したがって貨幣形態に固定することが必要なときには、いつでも計算貨幣として役だつのである。》(第3章 第1節 価値尺度 国民文庫181頁・原頁115)

《支払手段としての貨幣は、媒介されない矛盾を含んでいる。諸支払が相殺されるかぎり、貨幣はただ観念的に計算貨幣または価値尺度として機能するだけである。現実の支払がなされなければならないかぎりでは、貨幣は、流通手段として、すなわち物質代謝のただ瞬間的な媒介的な形態として現われるのではなく、社会的労働の個別的な化身、交換価値の独立な定在、絶対的商品として現われるのである。この矛盾は、生産・商業恐慌中の貨幣恐慌と呼ばれる瞬間に爆発する。貨幣は恐慌が起きるのは、ただ、諸支払の連鎖と諸支払の人工的な組織とが十分に発達している場合だけのことある。
・この機構の比較的一般的な攪乱が起きれば、それがどこから生じようとも、貨幣は、突然、媒介なしに、計算貨幣というただ単に観念的な姿から堅い貨幣に一変する。それは、卑俗な商品では代わることができないものになる。商品の使用価値は無価値になり、商品の価値はそれ自身の価値形態の前に影を失う。たったいままで、ブルジョアは、繁栄に酔い開化を自負して、貨幣などは空虚な妄想だと断言していた。商品こそは貨幣だ、と。いまや世界市場には、ただ貨幣だけが商品だ! という声が響きわたる。鹿が清水を求めて鳴くように、彼の魂は貨幣を、この唯一の富を求めて叫ぶ。恐慌のときには、商品とその価値姿態すなわち貨幣との対立は、絶対的な矛盾にまで高められる。したがったまた、そこでは貨幣の現象形態がなんであろうとかまわない。支払に用いられるのがなんであろうと、金であろうと、銀行券などの信用貨幣であろうと、貨幣飢饉に代わりはないのである。》(第3章 第3節 貨幣 b 支払手段 国民文庫242頁・原頁151-152)

《流通過程が単なる商品交換として現われるような形態にある場合をとってみよう。二人の商品所持者が互いに商品を買い合って相互の貨幣請求権の差額を支払日に決済するという場合は、常にそれである。貨幣はこの場合には計算貨幣として、商品の価値をその価格で表現するのに役立ってはいるが、商品そのものに物として相対してはいない。》(第4章 第2節 一般的定式の矛盾 国民文庫275頁・原頁171)

【参考】
 《第二点は、「他の商品所有者たちと接触することなしに」の文言をどう理解するかという点で、単に流通部面の外ということを表現しているにすぎない、という意見と、労働者(労働力商品の所有者としての)のことを指しているという意見が出されました。
 後者は、労働者は流通部面で雇われ(労働力を買われ)、生産過程で労働することで剰余価値を生むということを暗に示唆しているのではないか、という意見でしたが、解決しませんでした。なお、向坂編著の『資本論解説』では、直接の説明はありませんが、この文言にだけ傍点を付しており、間接的にこうした見解を表明しているようでした。
 後日の検討では、次節で《使用価値が価値の源泉であるという特殊な商品》の存在を流通部面で見出し、その特殊な商品の所有者である《他の商品所有者》と接触する(雇う)ことによって剰余価値と資本の発生を論証しようとしているということで、この《他の商品所有者》とは労働者であろうということになりました。》(『資本論』学習会第16回(第2篇第4章第2節「一般的定式の諸矛盾」)の報告より)
    http://members3.jcom.home.ne.jp/study-capital/hokoku/study-wn-capi-016.html


▼7月22日に誤字・脱字を訂正。


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by shihonron | 2007-07-16 00:00 | 学習会の報告


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