『資本論』を読む会の報告

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2007年 12月 16日

第83回 12月4日 第6章 不変資本と可変資本 第7章 剰余価値率 第1節 労働力の搾取度

12月4日(火)に第83回の学習会を行いました。「読む会通信№263」をもとに前回の復習を行なった後、「第6章 不変資本と可変資本」の第24段落から最後(第26段落まで)「第7章 剰余価値率」の第1段落から第5段落までを輪読、検討しました。

●は議論の報告、■は資料、★は報告者によるまとめや意見や問題提起です。

■テキストの内容と議論
第6章 不変資本と可変資本
     
第24段落
・不変資本の概念は、その諸成分の価値革命をけっして排除するものではない。
・1ポンドの綿花が今日は6ペンスであるが、明日は綿花収穫の不足のために1シリングに上がると仮定しよう。
・引き続き加工される古い綿花は、6ペンスという価値で買われたものであるが、今では生産物に1シリングという価値部分をつけ加える。
・そして、紡がれた、おそらくはすでに糸になって市場で流通している綿花も、やはりその元の価値の2倍を生産物につけ加える。
・しかし、明らかに、この価値変動は、紡績過程そのものでの綿花の価値増殖にはかかわりがない。
・もし古い綿花がまだ労働過程に入っていないならば、それを6ペンスではなく1シリングでもう一度売ることもできるであろう。
・それどころか、それが労働過程を通っていることが少なければ少ないほど、いっそうこの結果は確実なのである。
・それだから、このような価値革命にさいしては、最も少なく加工された形態にある原料に賭けるのが、つまり、織物よりもむしろ糸に、糸よりはむしろ綿花そのものに賭けるのが、投機の法則なのである。
・価値変化はここでは綿花を生産する過程で生ずるのではない。
・一商品の価値は、その商品に含まれている労働の量によって規定されてはいるが、しかしその量そのものは社会的に規定されている。
・もしその商品の生産に社会的に必要な労働時間が変化したならば――たとえば同じ量の綿花でも不作のときは豊作のときよりも大きな量の労働を表わす――、前からある商品への反作用が生ずるのであって、この商品はいつでもただその商品種類の個別的な見本としか認められず、その価値は、つねに、社会的に必要な、したがってまたつねに現在の社会的諸条件のもとで必要な労働によって、計られるのである。

●「ここで価値革命という言葉が用いられているが、ちょっと大げさな表現に思える。内容としては、価値変動ということだ。」との発言がありました。

●投機の法則について「ここでの仮定では綿花であれば価値(価格)は2倍になるが、それ以外の条件が不変なら糸や布の価値(価格)は2倍未満であり、価格変動による利益は綿花の場合が一番大きい」との説明がありました。

★ここでの「社会的」の反対は「個別的」であろう。第4編 相対的剰余価値の生産では「個別的価値」「社会的価値」という言葉が登場している。

■《一商品の価値がその生産中に支出される労働の量によって規定されているとすれば、ある人が怠惰または不熟練であればあるほど、彼はその商品を完成するのにそれだけ多くの時間を必要とするので、彼の商品はそれだけ価値が大きい、というように思われるかもしれない。しかし、諸商品の価値の実体をなしている労働は、同じ人間労働であり、同じ人間労働力の支出である。・商品世界の諸価値となって現われる社会の総労働力は、無数の個別的労働力から成っているのではあるが、ここでは一つの同じ労働力とみなされるのである。これらの個別的労働力のおのおのは、それが社会的平均労働力という性格をもち、このような社会的平均労働力として作用し、したがって一商品の生産においてただ平均的に必要な、または社会的に必要な労働時間だけを必要とするかぎり、他の労働力と同じ人間労働力なのである。社会的に必要な労働時間とは、現存の社会的に正常な生産条件と、労働の熟練度および強度の社会的平均度とをもって、なんらかの使用価値を生産するために必要な労働時間である。》(国民文庫78-79頁・原頁53)

■《しかし、労働は、ただ、使用価値の生産に費やされた労働が社会的に必要なかぎりで数にはいるだけである。これにはいろいろなことが含まれている。労働力は正常な諸条件のもとで機能しなければならない。…(中略)…もう一つの条件は、労働力そのものの正常な性格である。労働力は、それが使用される部門で、支配的な平均程度の技能と敏速さをもっていなければならない。》(国民文庫341-342・原頁210)

■《【一物一価】商品の価値は社会的必要労働時間によって決まる。だから、同じ種類の商品の価値は同じである。そこで、商品の価値を表現する商品の価格も、一つの市場では同じである。これがいわゆる「一物一価」である。》(大谷禎之介『図解社会経済学』225頁)

第25段落
・原料の価値と同じように、すでに生産過程で役だっている労働手段すなわち機械その他の価値も、したがってまたそれらが生産物に引き渡す価値部分も、変動することがある。
・たとえば、もし新たな発明によって同じ種類の機械がより少ない労働支出で再生産されるならば、古い機械は多かれ少なかれ減価し、したがってまた、それに比例してより少ない価値を生産物に移すことになる。
・しかし、この場合にも価値変動は、その機械が生産手段として機能する生産過程の外で生ずる。
・この過程では、その機械は、それがこの過程にかかわりなくもっているよりも多くの価値を引き渡すことは決してないのである。

■《もちろん、この生産で形成される価値が社会的必要労働時間によって決定されるように、ここで移転する、生産手段の価値の大きさも、社会的必要労働時間によって決定されているのであって、それの一つ一つが実際に必要とした労働時間によって決定されるのではない。しかも、その生産手段が生産物として実際に生産された時点での社会的必要労働時間ではなくて、それが現在の生産にはいるときにそれを生産するのに社会的に必要な労働時間によって決定されるのである。ただし、この生産が始るときには、生産手段はすでにある大きさの価値をもったものとして存在しているのであって、この生産と同時に、あるいはこの生産の終了時点ではじめてそれの価値がきまるわけではけっしてない。生産手段の価値は、この生産が始る以前にすでに確定している旧価値なのである。》(大谷禎之介「商品および商品生産」「経済志林」第61巻第2号)

第26段落
・生産手段の価値の変動は、たとえその生産手段がすでに過程にはいってから反作用的に生じても、不変資本としてのその性格を変えるものではないが、同時にまた、不変資本と可変資本との割合の変動も、それらの機能上の相違に影響するものではない。
・労働過程の技術的な諸条件が改造されて、たとえば以前は10人の労働者がわずか10個の道具で比較的少量の原料を加工していたのに、今では1人の労働者が1台の高価な機械で100倍の原料に加工するようになるとしよう。
・この場合には、不変資本、すなわち充用される生産手段の価値量は非常に増大し、労働力に前貸しされる可変資本部分は非常に減少するだろう。
・しかし、この変動は、不変資本と可変資本との量的関係、すなわち総資本が不変成分と可変成分とに分かれる割合を変えるだけで、不変と可変との相違には影響しないのである。

第7章 剰余価値率
第1段落・前貸しされた資本Cが生産過程で生みだした剰余価値、すなわち前貸資本価値Cの増殖分は、まず第一に、生産物の価値がその生産要素の価値総額を超える超過分として現われる。

第2段落
・資本Cは二つの部分に分かれる。
・すなわち、生産手段に支出される貨幣額cと、労働力に支出される別の貨幣額vとに分かれる。
・cは不変資本に転化される価値部分を表わし、vは可変資本に転化される価値部分を表わす。
・そこで、最初はC=c+vであり、たとえば
前貸資本500ポンド=410ポンドc+90ポンドv である。
・生産過程の終わりには商品が出てくるが、その価値は(c+v)+mで、このmは剰余価値である。
・たとえば、
 (410ポンドc+90ポンドv)+90ポンドm である。
・最初のCは、C′に、500ポンドから590ポンドになった。
・この二つの額の差額はmであり、90ポンドという剰余価値である。
・生産要素の価値は前貸資本の価値に等しいのだから、生産物価値がその生産要素の価値を超える超過分は前貸資本の増殖分に等しいとか、生産された剰余価値に等しいと言うことは、じつは同義反復なのである。

第3段落
・とはいえ、この同義反復は、もっと詳しい規定を必要とする。
・生産物価値と比較されるものは、その形成に消費された生産要素の価値である。
・ところで、われわれがすでに見たように、充用される不変資本のうちの労働手段から成っている部分は、ただその価値の一部分を生産物に移すだけで、他の部分は元のままの存在形態で存続している。
・このあとのほうの部分は価値形成ではなんの役割も演じないのだから、ここでは捨象してよい。
・それを計算に入れても、なにも変わりはないであろう。
・かりに、cは410ポンドで、312ポンドの原料と44ポンドの補助材料と仮定で消耗する54ポンドの機械類から成っているが、現実に充用される機械類の価値は1054ポンドだとしよう。
・生産物価値の生産のために前貸されたものとしては、われわれは、機械類がその機能によって失い、したがって生産物に移す54ポンドの価値だけを計算する。
・もし蒸気機関などとしてその形態のままで存続する1000ポンドを計算に入れるとすれば、それを両方の側に、前貸価値の側と生産物価値の側とに算入しなければならないであろう。
・そうすれば、それぞれ1500ポンドと1590ポンドとになるであろう。
・差額すなわち剰余価値は相変わらず90ポンドであろう。
・それゆえ、われわれが価値生産のために前貸された不変資本と言う場合には、それは
前後の関連から反対のことが明らかでないかぎり、いつでも、ただ生産中に消費された生産手段の価値だけを意味しているのである。

第4段落
・このことを前提して、C=c+vという式に変えれば、この式はC′=(c+v)+m
に転化し、また、まさにそうなることによって、CをC′に転化させる。
・言うまでもなく、不変資本の価値は生産物にはただ再現するだけである。
・だから、過程で現実に新たに生産される価値生産物は、過程から得られる生産物価値とは違っているのであり、したがって、されは、一見そう見えるように(c+v)+mまたは、(410ポンドc+90ポンドv)+90ポンドmではなく、v+mまたは(90ポンドv+90ポンドm)であり、590ポンドではなく、180ポンドである。
・かりにcすなわち不変資本がゼロだとすれば、言い換えれば、資本家は生産された生産手段を原料も補助材料も労働用具も充用する必要がなくただ天然にある素材と労働力だけを充用すればよいというような産業部門があるとすれば、その場合には生産物に移される不変資本価値部分はないであろう。
・生産物価値のこの要素、われわれの例では410ポンドは、なくなるであろう。
・しかし、90ポンドの剰余価値を含む180ポンドの価値生産物は、cが最大の価値量を表わすような場合とまったく同じ大きさであろう。
・C=(0+v)=vとなり、そして、C′、価値増殖した資本、=v+mとなり、C′-Cはやはりmに等しいであろう。
・逆にm=0ならば、言い換えれば、その価値が可変資本として前貸しされる労働力がただ等価を生産するだけだとすれば、C=c+vであり、そしてC′(生産物価値)=(c+v)+0となり、したがってC=C′となるであろう。
・前貸しされた資本は価値増殖してはいないであろう。

★ここではじめて「価値生産物」という言葉が登場する。生産された商品の価値=生産物価値にたいして、新たに生産された価値のことを価値生産物とよんでいる。

生産物価値=生産手段から移転した旧価値+新たに生産された新価値

価値生産物=新たに生産された新価値

第5段落
・われわれが事実上すでに知っているように、剰余価値は、ただvすなわち労働力に転換される資本部分に起きる価値変化の結果でしかないのであり、したがってv+m=v+Δv(v・プラス・vの増加分)である。
・ところが、現実の価値変化も、また価値が変化する割合も、総資本の可変成分が増大するので前貸総資本もまた増大するということによって不明にされるのである。
・前貸総資本は500だったが、それが590になる。
・そこで、過程の純粋な分析は、生産物価値のうちただ不変資本が再現するだけの部分をまったく捨象すること、つまり不変資本cをゼロに等しいとすることを要求するのであり、したがってまた、可変量[変数]と不変量[常数]とで運算が行なわれ不変量はただ加法または減法だけによって可変量と結合されている場合の数学の一法則を応用することを要求するのである。

●《可変量[変数]と不変量[常数]とで運算が行なわれ不変量はただ加法または減法だけによって可変量と結合されている場合》とはどんな場合かという疑問が出され、「たとえば一次関数y=ax+bでは、a(比例定数)とbは不変数で、xが変数といったことではないか」との発言がありました。

★ y=2x+50 において
  x=10のときy=70
  x=20のときy=90
  x=30のときy=110
  どの場合でも、xの増加量10に対応するyの増加量は20である。


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by shihonron | 2007-12-16 11:21 | 学習会の報告


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