『資本論』を読む会の報告

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2008年 04月 07日

第10章 相対的剰余価値の概念 のレジュメ

 第4編 相対的剰余価値の生産           s.331
   第10章 相対的剰余価値の概念
問題設定
① ここまでの前提----- 労働日のうち,資本によって支払われた労働力の価値の等価物だけを生産する部分は,不変の大きさと見なす=労働力の価値は不変・労働の生産力は不変。
・労働者は,この必要労働時間を超えて労働する。剰余価値率および労働日の大きさは,この延長の大きさいかんで決まった。必要労働時間は不変であったが,総労働日は反対に可変であった。今1労働日をとって,その大きさと,その必要労働と剰余労働への分割が与えられているものと想定しよう。たとえば,線分ac,すなわち,a----------b--c は,12労働時間を表し,そのうちab部分は10時間の必要労働を表し,bc部分は2時間の剰余労働を表すとしよう。では,acをこれ以上延長せずに,あるいはacのこれ以上の延長とはかかわりなしに,どのようにして剰余価値の生産が増大されうるか,すなわち剰余労働が延長されうるか?
          +--労働日の延長の限界,標準労働日をめぐる闘争⇒労働日の法制化  
これからの前提-----労働日acの限界が与えられている
② 今12時間労働日acの中で,b点がb'のほうに移されるならば,労働日はあい変わらず12時間でしかないのに,bcはb'cに拡大し,剰余労働は,2時間から3時間になる。変化するのは,労働日の長さではなく,必要労働と剰余労働への労働日の分割である。
a---------b'-b--c
③ 他方,剰余労働の大きさは,労働日の大きさが与えられ,労働力の価値が与えられていれば,明らかにおのずから決まる。
 労働力の価値は,労働力の価値の再生産に必要な労働時間を規定する。1労働時間が半シリングすなわち6ペンスの金量で表され〔1シリング=12ペンス〕,そして労働力の日価値が5シリングであるとすれば,労働者は,資本が支払った彼の労働力の日価値を補填するために(=彼が必要とする日々の生活諸手段の価値に対する等価物を生産),日々10時間労働しなければならない。この生活諸手段の価値が定まれば,彼の労働力の価値が定まり(注1),彼の労働力の価値が定まれば,彼の必要労働時間の大きさが定まる。
 ところで,剰余労働の大きさは,総労働日から必要労働時間を差し引くことによって得られる。12時間から10時間を差し引けば2時間が残る。与えられた諸条件のもとで,どのようにして剰余労働がこの2時間を超えて延長されうるのか。
 労働者の賃金の労働力の価値以下へのに引き下げ(必要労働時間の範囲の一部を横領することによって,剰余労働の範囲を拡大)⇒労働力の萎縮した再生産-----この方法は,労賃の現実の運動においては重要な役割を果たすけれども,ここでは,諸商品は,したがって労働力もまた,まったく価値どおりに売買されるという前提に立っているので,考察から除外される。
 労働力の価値の再生産に必要な労働時間が減少しうるのは,労働者の賃銀が彼の労働力の価値以下に減少するからではなくて,労働力の価値そのものが低下するからにほかならない。労働日の長さが与えられていれば,剰余労働の延長は,必要労働時間の短縮から生じなければならず,その逆に,必要労働時間の短縮が,剰余労働の延長から生じるのではない。

われわれの例においては,必要労働時間が 1/10 だけ,すなわち10時間から9時間に減少し,したがって剰余労働が2時間から3時間に延長されるためには,労働力の価値は,現実に 1/10 だけ低下しなければならない。
(注1) 日々の平均賃銀の価値は,労働者が「生活し,労働し,増殖するために」必要とするものによって,規定されている(ウィリアム・ペティ)。「労働の価格は,つねに生活必需品の価格によって規定される」。「・・・・労働者の賃銀が,彼らの多くの者の宿命であるような沢山の家族を,労働者としての低い地位と状態とに照応して養うのにたらない場合にはいつでも」労働者は相応な賃銀を受け取っていないのである(J・ヴァンダリント)。「自分の腕と自分の勤勉以外には何も持っていない普通の労働者は,自分の労働を他人に売ることができる場合のほかは,何も手にいれないのである。・・・・どんな種類の労働においても,労働者の賃銀は,彼が生計を維持するためにぜひ必要とするものに限られるものになるはずであり,また実際にそうなっている」(チュルゴ)。「生活必需品の価格は,事実,労働の生産費に等しい」(マルサス)。

④ 労働力の価値が,1/10 だけ低下するということは,以前に10時間で生産されたのと同じ量の生活諸手段が,今では9時間で生産されるということを条件とする。けれども,このことは,労働の生産力が増大しなければ不可能である。労働の生産諸条件に,すなわち生産方法に,したがって労働過程そのものに,ある革命が起こらなければならない。
 労働の生産力と言うのは,一般に,ある商品を生産するために社会的に必要な労働時間が短縮され,したがって,より少ない量の労働がより多量の使用価値を生産する力を獲得する導因となるような,労働過程における変化のことである。今まで考察した形態における剰余価値の生産にあっては,生産方法は与えられたものと想定されていたのであるが,必要労働を剰余労働に転化することによって剰余価値を生産するためには,資本が,労働過程をその歴史的に伝来した姿態または現存の姿態のままで支配下におき,ただその継続時間を延長するだけというのでは,決して十分ではない。
 労働の生産力を増大させ,労働の生産力の増大によって労働力の価値を低下させ,こうしてこの価値の再生産に必要な労働日部分を短縮するためには,資本は,労働過程の技術的および社会的諸条件を,したがって生産方法〔生産様式 Produktionsweise〕そのものを変革しなければならない。
⑤ 労働日の延長によって生産される剰余価値を,私は絶対的剰余価値と名づける。
 これに対して,剰余価値が,必要労働時間の短縮およびそれに対応する労働日の両構成部分の大きさの割合における変化から生じる場合,これを,私は相対的剰余価値と名づける。

労働力の価値を低下させる方法
⑥ 労働力の価値を低下させるためには,労働力の価値を規定するような生産物,したがって慣習的な生活諸手段の範囲に属する(またはそれらに代わりえるような生産物を生産する)産業諸部門を,生産力の増大がとらえなければならない。
 しかし,一商品の価値は,その商品に最後の形態を与える労働の量によって規定されているだけでなく,その商品の生産諸手段の中に含まれている労働総量によっても規定されている。したがって,生活必需品を生産するための不変資本の素材的諸要素,すなわち労働諸手段および労働材料を提供する諸産業において,生産力が増大し,それに対応して諸商品が安くなると,労働力の価値もまた低下する。それに反して,生活必需品をも,それらを生産するための生産諸手段をも提供しない生産諸部門においては,その生産力の増大が労働力の価値に影響することはない。
⑦ 商品が安くなったことにより労働力の価値が低下するのは,もちろん,その商品が労働力の再生産の中に入りこむ“その分だけ”,すなわちその割合に応じてのことにすぎない。生活必需品の総体は,特殊な諸産業の生産物であるさまざまな商品からなり,このような各商品の価値は,つねに労働力の価値の一構成部分をなしている。この価値は,その再生産に必要な労働時間と共に減少するのであるが,この労働時間の短縮の総量は,前記の特殊な生産諸部門全体における労働時間の短縮の総和に等しい。ここでは,この一般的な結果を,それぞれの場合における直接の結果であり直接の目的であるかのように取りあつかうことにする。個々の資本家が労働の生産力を増大させてたとえばシャツを安くする場合,彼の頭には,労働力の価値を引き下げこうして必要労働時間を“その分だけ”引き下げるという目的が,必ずしも浮かんでいるわけではない。しかし彼が究極においてこの結果に貢献する限りにおいてのみ,彼は一般的剰余価値率の増大に貢献するのである(3)。資本の一般的かつ必然的な諸傾向は,これら諸傾向の現象諸形態とは区別されなければならない。
(3)「工場主が,機械設備の改良によって,彼の生産物を二倍にする場合・・・・彼が利益を得るのは(究極において)ただ,彼がそれによって労働者にもっと安く衣料を供給できるようになり・・・・こうして総収益のいっそう小さい部分が労働者の手に帰する限りにおいてである」(ラムジー『富の分配に関する一論』,一六八,一六九ページ)。
⑧ 資本主義的生産の内在的諸法則が,諸資本の外的運動のうちに現れ,競争の強制法則として貫徹し,したがって推進的動機として個々の資本家の意識にのぼる際の仕方は,ここでは考察されないが,しかし,もともと明らかなことは,競争の科学的分析が可能なのは,資本の内的性質が把握されている時に限られる。
  〔資本主義的生産の内在的諸法則と競争。競争の強制法則について-----s.286,337-8,366,376-7,414,618〕
とはいえ,相対的剰余価値の生産を理解するために,それも,われわれがすでに自分のものとした諸成果だけに基づいて,次の点を指摘しておきたい。

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⑨ 図1----もし1労働時間が,6ペンス(1/2 シリング)の金量で表されるとすれば,12時間労働日には6シリングの価値が生産される。与えられた労働の生産力で,この12労働時間に12個の商品が仕上げられる。各個の商品に消耗された原料などの生産諸手段の価値が,6ペンスとしよう。このような事情のもとでは,個々の商品は1シリングになる。
 図2----ある資本家が労働の生産力を二倍にし,12時間労働日において24個を生産することができるとしよう。生産諸手段の価値が変わらなければ,個々の商品の価値は,今や9ペンスに下がる。新価値は,今や二倍の生産物に配分される。生産物1個について計算すると,以前は生産諸手段にまる1労働時間がつけ加えられたが,今では半労働時間がつけ加えられるにすぎない。この商品の個別的価値は,今や,その社会的価値(1シリング=社会的労働の2時間)よりも低い。その一個は9ペンスにしかならない。しかし,一商品の現実の価値は,その社会的価値(その生産に社会的に必要な労働時間によってはかられる)である。新しい方法を用いる資本家が彼の商品をその社会的価値1シリングで売るならば,彼は,個別的価値よりも3ペンス高く商品を売るのであり,3ペンスの特別剰余価値を実現する。
 図3----12時間労働日は,今や彼にとって,以前のように12個ではなく24個の商品で表される。したがって,一労働日の生産物を売るために,彼は二倍の販路・二倍の大きさの市場を必要とする。他の事情が同じであれば,彼の諸商品は,価格の引き下げによってのみ,より大きな市場圏を獲得する。したがって彼は,その諸商品を個別的価値以上で,しかし社会的価値以下で,たとえば一個10ペンスで,売るであろう。こうして彼は,一個あたり一ペンスの特別剰余価値をたたき出す。剰余価値のこの増大が彼に生じるのは,彼の商品が生活必需品の範囲に属しているかどうかにはかかわりがなく,したがって労働力の一般的価値を規定するものとしてこの価値の中に入りこむかどうかにはかかわりがない。したがって,後のほうの事情はさておき,個々の資本家にとっては,労働の生産力を高めることによって商品を安くしようとする動機が存在する。
⑩ それにもかかわらず,この場合でさえも,剰余価値の生産の増大は,必要労働時間の短縮とこれに対応する剰余労働の延長とから生じる。
図2----24個=18シリング(1個9ペンス)-----個別的価値
この商品を社会的価値(1個1シリング=12ペンス)で売れば,1個当り3ペンスの特別剰余価値
      しかし,2倍の市場が必要になる。そこで
図3----1個10ペンスで売る。-----それでも,1個当り1ペンスの特別剰余価値
    合計240ペンス=20シリングで販売

不変資本補填分,労働力の価格,剰余価値を生産物個数で表わす
・生産手段の価値(不変資本,12シリング=144ペンス)補填分は 14 2/5 個の商品
・12時間の1労働日=残り9 3/5 個の商品で表わされる=8シリング
   社会的平均労働の12時間は,6シリングで表されるにすぎない。例外的な生産力の労働は,力を高められた労働として   (potenzierte Arbeit)作用する⇒同じ時間内に,同じ種類の社会的平均労働よりも大きい価値を作り出す。
・労働力の価格は5シリング=6個の生産物
            残り3 3/5 個に剰余労働が表わされる       ( 社会的平均は 5:1 ) +
            *必要労働(6個,5シリング):剰余労働(3 3/5 個,3シリング)=5:3 -+
価値生産物を時間で表わす
・12時間労働で5+3=8シリングの価値を生産-----1時間で8ペンス
     労働力の価値(= 5シリング(60ペンス)=必要労働)を再生産するためには,10時間ではなく
                   7 1/2 時間しか必要でない
     剰余労働は残り 4 1/2 時間 =3シリング
        (これまでは,2時間=1シリングであり,2 1/2 時間増えた)
 改良された生産方法を用いる資本家は,同業の他の資本家たちよりも,労働日のより大きい部分を剰余労働として取得する。彼は,資本が相対的剰余価値の生産に際して一般的に行うことを,個別的に行うのである。しかし他面,この新しい生産方法が普及し,より安く生産された諸商品の個別的価値と社会的価値との差が消滅するやいなや,右の特別剰余価値も消滅する。
 労働時間による価値規定の法則は,新しい方法を用いる資本家には,彼の商品を社会的価値以下で売らなければならないという形態で感知されるのだが,この同じ法則が,競争の強制法則として,彼の競争者たちを新しい生産方法の採用にかり立てる。一般的剰余価値率が,結局,全過程を通じて影響を受けるのは,労働の生産力の向上が,生活必需品の生産諸部門をとらえた場合,すなわち,生活必需品の範囲に属し,したがって労働力の価値の諸要素を形成している諸商品を安くした場合に限られる。
⑪ 商品の価値は,労働の生産力に反比例する。労働力の価値も,同じく労働の生産力に反比例する。これに反して,相対的剰余価値は,労働の生産力に正比例する。
 12時間という社会的平均労働日は,貨幣価値が変わらないものと前提すれば,つねに6シリングという同じ価値生産物を生産する。それは,この価値総額が,労働力の価値の等価物と剰余価値とのあいだにどう配分されるかにはかかわりがない。
 しかし,生産力が上がった結果,日々の生活手段の価値,したがって労働力の日価値が5シリングから3シリングに下がると,剰余価値は1シリングから3シリングに上がる。労働力の価値を再生産するために,かつては10労働時間が必要であったが,今ではもう6労働時間しか必要としない。4労働時間が自由になったのであり,それは剰余労働の範囲に併合されうる。それゆえ,商品を安くするために,そして商品を安くすることによって労働者そのものを安くするために,労働の生産力を増大させることは,資本の内在的な衝動であり,不断の傾向である。
⑫ 商品の絶対的価値は,その商品を生産する資本家にとって,それ自体(an und für sich),どうでもよいことである。彼が関心を持つのは,商品の中に潜んでいて,販売の際に実現されうる剰余価値だけである。剰余価値の実現は,おのずから,前貸価値の補填を含む。さて,商品の価値は労働の生産力の発展に逆比例して低下するが,相対的剰余価値は労働の生産力の発展に正比例して増大するということから,すなわち,この同一の過程が,諸商品を安くし,しかもそれに含まれている剰余価値をたえず増大させるということから,交換価値の生産だけを問題とする資本家が,諸商品の交換価値をたえず低下させようと努力するのはなぜか,という謎が解けるのである。それは,経済学の一創始者ケネーが彼の論敵たちを悩ました一つの矛盾であり,それに対して,彼らはいまだに返答をしていない。
・ ケネーは,次のように言う-----「諸君も認めるように,生産をさまたげずに,手工業生産物の製造における諸費用または費用のかかる諸労働を節約することができればできるほど,この節約は,ますます有利である。なぜなら,その節約は,製品の価格を引き下げるからである。それにもかかわらず,諸君は,手工業者たちの労働から生まれる富の生産は,彼らの製品の交換価値を増大することにあると信じている」。
⑬ 労働の生産力の発展による労働の節約は,資本主義的生産においては,決して労働日の短縮を目的とはしない。それは,一定量の商品の生産に必要な労働時間の短縮を目的としているにすぎない。労働者が,彼の労働の生産力を増大させて,一時間に,たとえば,以前の10倍の商品を生産し,したがって商品一個あたりについて10分の1の労働時間しか必要としないということは,彼に従来どおり12時間働かせ,12時間のあいだに以前のように120個ではなくて1200個を生産させることを,決してさまたげるものではない。それどころか,彼の労働日が同時に延長され,その結果,彼は今や14時間のあいだに1400個を生産するなどということもありえる。労働の生産力の発展は,資本主義的生産の内部では,労働日のうち労働者が自分自身のために労働しなければならない部分を短縮し,まさにそのことによって,労働日のうち労働者が資本家のためにただで労働することのできる他の部分を延長することを,目的としている。このような結果が,諸商品を安くしなくても,どの程度達成できるものであるかは,相対的剰余価値の特殊な生産諸方法において示されるであろう。今やわれわれは,この考察に移ることにする。


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by shihonron | 2008-04-07 12:00 | レジュメ


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