『資本論』を読む会の報告

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2008年 05月 06日

第3節 マニュファクチュアの二つの基本形態 のレジュメ

第3節 マニュファクチュアの二つの基本形態    s.362
            -----異種的マニュファクチュアと有機的マニュファクチュア
二つの基本形態
① マニュファクチュアの編成には,二つの基本形態があり,それらは,時にはからみ合っているが,本質的に異なる二つの種類をなしており,とりわけ,後でマニュファクチュアが機械経営の大工業に転化する際に,まったく異なる役割を演じる。この二重性は,製品そのものの性質から生じる。この製品は,
・〔第一種〕独立した部分諸生産物を単に機械的に組み合わせることによって形成されるか
・〔第二種〕一系列の関係する諸過程および諸操作によってその完成した姿態が得られるか

異種的マニュファクチュア-----時計の例
② 機関車は,5000以上の独立した諸部分から成り立っている。けれども,機関車は,大工業の製作物であるから,本来のマニュファクチュアの第一の種類の実例として扱うわけにはいかない。
時計は,ニュルンベルクの一人の手工業者による個人的製品から,無数(約30種例示)の部分労働者たちの社会的生産物に転化した。最後に,時計全体を組み立ててそれを動くようにして引き渡す仕上げ検査工。時計の部品で,いくつかの手を経て出来上がるものはほとんど無く,これらばらばらな四肢の各部はやがて,一つの手によって,一つの機械に組み上げられるである。完成生産物とそのさまざまな種類の諸要素とのこうした外的な関係は,部分労働者たちを同じ作業場で結合させることを偶然的なものにする。それらの部分労働は,一方では,たがいに独立した手工業として営まれうるが,他方,大規模な時計マニュファクチュアが存在している(すなわち,一つの資本の指揮のもとに部分労働者たちの直接的協業が行われている)。この場合,結合されたマニュファクチュア的経営は,例外的な諸関係のもとでのみ,有利である。なぜなら,自宅で作業したがる労働者たちのあいだで競争が最も激しいから・生産が多くの異種的過程に分裂しているため,共通の労働手段を使うことはほとんど無いから・また,資本家は,この分散した製造においては,作業用建物などに投資する必要がないからである。それでも,自宅においてではあるが一人の資本家(製造業者,企業家)のために労働するこれらの細部労働者の地位も,自分自身の顧客のために労働する自立した手工業者の地位とはまったく異なる(33)。-----時計製造業,すなわち異種的マニュファクチュアのこの典型的実例においては,手工業的活動の分解から生じる前述の労働諸用具の分化と特殊化を,きわめて正確に研究することができる。

有機的マニュファクチュア-----縫針マニュファクチュアの例,第1節----④
③ 第二種のマニュファクチュア,すなわちマニュファクチュアの完成された形態は,相関連する発展諸局面,すなわち一連の段階的諸過程を通過する製品を生産する。たとえば,縫針マニュファクチュアにおける針金は,72種から92種もの特別な部分労働者たちの手を通過する。
生産力の増大とマニュファクチュアの原理に内在する限界性
④ このようなマニュファクチュアが,もともと分散していた諸手工業を統合する限り,それは,製品の個別的な生産諸局面のあいだの空間的分離を少なくする。製品が一つの段階から他の段階に移行する時間が短縮され,これらの移行を媒介する労働も同様に短縮される。こうして,生産力が増大する。しかもこの増大は,マニュファクチュアの一般的〔普遍的〕な協業的性格から生じるのである。
・他方,マニュファクチュアの独特な分業の原理は,さまざまな生産諸局面の分立化を生じさせ,それらは,同じ数の手工業的な部分労働として相互に自立化したものとなる。分立化させられた諸機能のあいだの関連を確立し維持するには,製品を一つの手から別の手に,また一つの過程から別の過程にたえず運ぶ必要が生じる。このことは,大工業の立場からすれば,特徴的な,費用のかかる,マニュファクチュアの原理に内在する,限界性として現れる。

諸過程の時間的継起と空間的並存(同時性)
⑤ 原料は,さまざまな部分労働者たちの手で生産諸局面を時間的に次々に通過し,その最終姿態に達している。これに反して,その作業場を一つの全体機構として見るならば,原料は,そのすべての生産諸局面に同時にそろって存在している。統合された細部労働者たちから成り立っている全体労働者は,用具で装備されたたくさんの手の一部分で針金を延ばし,同時に他方ではほかの手と道具で針金をまっすぐにし,さらにほかの手と道具で針金を切り,とがらせるなどの働きをする。さまざまな段階的諸過程が,時間的継起から,空間的並存に転化されている。それゆえ,同じ時間内により多くの完成商品が供給される。
 その同時性は,たしかに総過程の一般的な協業的形態から生じるのであるが,しかし,マニュファクチュアは,部分的には手工業的活動を分解することによってはじめて,協業の諸条件を創造する。他面,マニュファクチュアは,同じ労働者を同じ細目に縛りつけることによってのみ,労働過程のこの社会的組織を作り上げる。

マニュファクチュアの全機構は労働の連続性,画一性,規則性,秩序,労働の強度を,生みだす
⑥ 各部分労働者の部分生産物は,同時に,同じ製品の特殊な発展段階にすぎないのであるから,一人の労働者(一つの労働者群)は他の労働者(他の労働者群)に,彼らの原料を供給する。一方の労働成果は,他方の労働の出発点をなす(一方の労働者は,直接に他方の労働者に仕事を与える)。マニュファクチュアの全機構は,与えられた労働時間内に与えられた成果が達成されるという前提に立っている。この前提のもとでのみ,相互に補完しあうさまざまな労働過程が,中断することなく,同時にかつ空間的に並行して,続行できるのである。労働相互の,したがって労働者相互のこの直接的依存は,各個人に対し自分の機能に必要な時間だけを費やすよう強制するのであり,そのため,独立の手工業の場合とは,または単純な協業の場合とさえも,まったく異なる労働の連続性,画一性,規則性,秩序,とりわけ労働の強度までもが,生みだされる。一商品に対し,その生産のために社会的に必要な労働時間だけが費やされるということは,商品生産一般にあっては,競争の外的強制として現れる。なぜなら,表面的な言い方をすれば,個々の生産者はいずれも商品をその市場価格で売らなければならないからである。これに反して,マニュファクチュアでは,与えられた労働時間内に与えられた量の生産物を供給することが,生産過程そのものの技術的法則となる。

それぞれの特殊機能を果たす諸器官(諸労働者群)の量的な度合い
⑦ 異なる諸作業が必要とする時間の長さはたがいに等しくなく,したがって,等しい時間内に等しくない量の部分生産物が供給される。したがって,もし同じ労働者が毎日同じ作業だけをたえず行うとすれば,色々な作業に対し,それぞれ異なる比例数の労働者が使用されなければならない。ここでは,多数の人たちが同時に就業し同種のことを行うという,最も単純な形態における協業の原理が復活する-----ただし,今や一つの有機的関係を表現するものとして。マニュファクチュア的分業は,社会的労働過程の質的編制と共に,その量的な規則および比例性をも発展させる。
生産規模の拡大と監督労働,運搬
⑧ 一定の生産規模に対し,さまざまな部分労働者群の最も適当な比例数が経験的に確定されているならば,この生産規模は,それぞれの特殊な労働者群の倍数を使用することによってのみ拡張されうる。それに加えて,同じ個人が,特定の労働を,大規模の場合にも小規模の場合と同じように行うということもある。たとえば,監督労働,一つの生産局面から他の生産局面への部分生産物の運搬,などがそうである。したがって,これらの諸機能が自立すること,またそれらが特殊な労働者に割り当てられることは,就業労働者数の増大と結びついてはじめて有利になる。

同じ部分機能を行う何人かの労働者の一団(全体機構の一つの特殊な器官,一つの編制された労働体)
⑨ 同じ部分機能を行う何人かの労働者の一団は,同質な諸要素から成り立っており,全体機構の一つの特殊な器官を形成する。けれども,さまざまなマニュファクチュアでは,この群そのものが一つの編制された労働体であり,他方,全体機構は,これらの生産上の基本的有機体の重複または倍加によって形成される。
・ガラスびんのマニュファクチュア-----三つの本質的に異なる局面に分かれる。第一は,ガラス調合の準備,砂や石灰などの混合,およびこの調合物を液体状ガラスだねに溶融するといった準備段階。ガラスびんの乾燥窯(ガマ)からの取り出し,その分類,荷造りなどといった最終局面。
 この二つの局面の中間に,本来のガラス製造,すなわち液体状ガラスだねの加工がある。一つのガラス窯の同じ口のところで一つの群が労働している。五人の部分労働者は,単一の労働体の五つの特殊器官を形成しており,この労働体は,ただ統一体としてのみ,すなわち五つの特殊器官の直接的協業によってのみ,機能を果たしうる。もし五つの部分からなる労働体の一つの部分が欠けると,この労働体は麻痺してしまう。同じガラス窯は,たとえばイギリスでは四つないし六つの口を持っていて,それぞれのところで同じ五つの部分から編制された形態のそれぞれに固有の一労働者群が就業している。ここでは,個々の群の編制はそれぞれ直接に分業に基づいており,他方,同種の群のいくつかを結ぶきずなは,生産諸手段の一つ(ここではガラス窯)を,共同の消費によってより経済的に利用する単純協業である。四つないし六つの労働者群を持つこのようなガラス窯は,一つのガラス作業場をなしており,一つのガラス・マニュファクチュアは,多数のこのようなガラス作業場ならびに準備的および最終的な生産局面のための設備,さらに労働者をかかえこんでいる。
さまざまなマニュファクチュアの結合
⑩ 最後に,マニュファクチュアは,その一部がさまざまな手工業の結合から生じるように,さまざまなマニュファクチュアの結合に発展することがありえる。たとえば,生産手段のマニュファクチュアが,生産物のマニュファクチュアと結合される。反対に,生産物のマニュファクチュアが,この生産物そのものをふたたび原料として用いるマニュファクチュアか,あるいは後でそれを自己の生産物と一体のものにするマニュファクチュアと結合されることもありえる。たとえば,フリント・ガラスのマニュファクチュア。さまざまな結合されたマニュファクチュアは,一つの全体マニュファクチュアの多かれ少なかれ空間的に分離された諸部門を形成しているが,それらは同時に,それぞれが固有の分業を持つ相互に独立した生産諸過程を形成している。この結合されたマニュファクチュアは,多くの利点をもたらすけれども,それ自身としては,なんら実際の技術上の統一体ではない。技術上の統一体は,結合されたマニュファクチュアが機械的経営に転化する時にはじめて生じる。
機械の使用-----散在的,脇役
⑪ マニュファクチュア時代は,商品生産に必要な労働時間の短縮を,やがて意識的な原理として表明するのであるが,それはまた,機械の使用をも散在的に発展させる-----特に,大きな力を用いて大規模に行われるべきある種の単純な準備的諸過程のために機械が使用される。紙マニュファクチュアでのぼろきれの製紙用粉砕機。冶金業での鉱石砕鉱機。あらゆる機械設備の要素形態を,ローマ帝国は水車の形で伝えていた。手工業時代は,羅針盤,火薬,印刷術,および自動時計という偉大な発明を遺産として残した。けれども,機械設備はだいたいのところ,A・スミスが見ているとおり,分業に比べて脇役程度であった。機械設備の散在的使用は,17世紀にきわめて重要となったが,それは,この機械設備が当時の大数学者たちに近代力学を作り出すための実際の手がかりと刺激とを与えたからである。
(44) A・スミスは,分業について新しい命題をただの一つも打ち立てなかった。しかし,彼をマニュファクチュア時代の包括的な経済学者として特徴づけるものは,彼が分業を強調したことである。またA・スミスは,用具の細分化と機械の発明と混同している。機械の発明に役割を果たしているのは,マニュファクチュア労働者たちではなく,学者たち,手工業者たちであり,農民たちなどでもある。
全体〔集団〕労働者と部分労働者
⑫ マニュファクチュア時代の特有な機械 Maschinerie〔機械装置,機構〕は,依然として,多数の部分労働者の結合された全体〔集団〕労働者 kombinierte Gesamtarbeiter そのものである。さまざまな作業がある商品の生産者によって次々に行われ,彼の労働過程の全体の中でからみ合っているのであるが,これらの作業は,彼にさまざまなことを要求する。彼は,ある作業ではより多くの力を,他の作業ではより多くの熟練を,第三の作業ではより多くの精神的な注意力などを発揮しなければならず,しかも同じ個人がこれらの諸特質を同じ程度に持っているものではない。さまざまな諸作業が分離され,自立化され,分立化されたのち,労働者たちは,その比較的すぐれた特性に応じて,分割され,分類〔級別〕され,群別される。マニュファクチュアは,生来一面的な特殊機能にしか適さない諸労働力を発達させる。いまでは全体労働者は,あらゆる生産的属性を同じ程度の技巧でもっており,それらを同時に最も経済的に支出することになる。というのは全体労働者は,特殊な労働者または労働者群に個別化されている彼のすべての器官を,もっぱらその特有な諸機能を果たすために使用するからである。部分労働者の一面性が,またその不完全性さえもが,彼が全体労働者の分肢となる場合,完全性となる(46) たとえば,一面的な筋肉の発達,骨の彎曲など。習慣としてある一面的機能を営むことにより,部分労働者は,この機能の自然に確実に作動する器官に転化させられ,他方,全機構の関連により,部分労働者は機械の一部分のような規則正しさで作業するように強制される(47)「彼らは,仕事を怠けることなどとてもできません。一度仕事にかかったら,それを続けなければなりません。彼らは,ちょうど機械の部分と同じです」。
個別的諸労働力の等級制(それに労賃の等級が対応)
⑬ 全体労働者のさまざまな機能は,単純なものや複雑なもの,低級なものや高級なものがあるので,その諸器官すなわち個別的諸労働力は,まったく程度の違う訓練を必要とし,したがって,まったく違う価値を持つ。したがってマニュファクチュアは,諸労働力の等級制を発展させ,それに労賃の等級が対応する。一方では,個別的労働者が一つの一面的機能に同化させられ生涯それに従属させられるとすれば,それと同じように,さまざまな作業が先天的および後天的技能のあの等級制に適合させられる。しかし,どの生産過程も,どのような人間でもできるある種の単純な仕事を必要とする。

熟練労働者と非熟練労働者,修業費の減少⇒労働力の価値低下・剰余労働の増大
⑭ マニュファクチュアは,いわゆる非熟練労働者の一階層を生みだす。マニュファクチュアが全体的な労働能力を犠牲にして,まったく一面化された専門を優れた技能にまで発達させるとすれば,それはまた,あらゆる発達の欠如さえも,一つの専門とする。等級制的段階とならんで,労働者が熟練労働者と非熟練労働者とに単純に区分される。
 後者にとっては修業費はまったく不必要になり,前者にとっては,機能の単純化により,手工業の場合にくらべて修業費は減少する。どちらの場合にも,労働力の価値は低下する(その例外が生じるのは,労働過程の分解が新しい包括的な諸機能を生みだし,しかもこれらの機能が手工業経営では全然見られなかったか,または限られた程度でしか見られなかったような場合である)。修業費が不必要になるか,または減少することから,労働力の相対的な価値減少が生じるが,これは資本のより高い価値増殖を直接に含んでいる。なぜなら,剰余労働の領分を延長するからである。


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by shihonron | 2008-05-06 12:40 | レジュメ


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