『資本論』を読む会の報告

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2008年 06月 09日

第13章 第5節 のレジュメ

第5節 労働者と機械との闘争                           s.451
① 資本家と賃金労働者との闘争段階-----労働者は労働手段(機械)そのものに挑戦
資本家と賃金労働者との闘争は,資本関係そのものとともに始まる。それは,マニュファクチュア時代の全体をつうじて荒れつづける。しかし,機械が採用されてからはじめて労働者は労働手段そのものに,この資本の物質的存在様式に,挑戦するのである。彼は,資本主義的生産様式の物質的基礎としての,生産手段のこの特定の形態にたいして,反逆するのである。

② 機械に対する労働者の反抗史,ラダイト運動
17世紀にはほとんど全ヨーロッパが,リボンや笹縁《ささべり》を織る機械,いわゆるバントミューレにたいする労働者の反逆を体験した(194)。17世紀の最初の3分の1期の末には,あるオランダ人がロンドンの近くに設けた風力製材所が暴民の前に屈した。18世紀の初めにも,イギリスの水力挽材機は,議会にも支持された民衆の反抗をかろうじて屈服させた。1758年にエヴァレットが最初の水力運転の剪毛機をつくったときには,それは100,000人の失業者によって火をつけられた。アークライトの粗梳機や梳毛機にたいしては,それまで羊毛を梳《す》いて暮らしていた50,000の労働者が議会に陳情した。19世紀の最初の15年間にイギリスの工業地区で行なわれた機械の大量破壊,ことに蒸気織機を利用したために起きたそれは,ラダイト運動という名のもとに,シドマスやカスルレーなどの反ジャコバン政府に最も反動的な強圧手段をとる口実を与えた。機械をその資本主義的充用から区別し,したがって攻撃の的を物質的生産手段そのものからその社会的利用形態に移すことを労働者がおぼえるまでには,時間と経験とが必要だったのである。
(194) 職人の動揺や苦情,暴動。議会による機械の使用の制限・禁止の例(略)

③ マニュファクチュア時代の分業-----労働者を駆逐する手段と考えられてはいない
マニュファクチュアのなかで起きる労賃のための闘争は,マニュファクチュアを前提している。けっしてマニュファクチュアの存在に向けられているものではない。マニュファクチュアの形成に攻撃が向けられるかぎりでは,それは同職組合の親方や特権都市によってなされる。
・たとえば,今日50万人が機械で紡ぐ綿花を昔の紡ぎ車で紡ぐためには,イギリスに1億の人間が必要だろう,と言うとき,もちろん,それは,機械がこの存在したこともない1億人にとって代わったという意味ではない。それは,ただ,紡績機械にとって代わるためには何千万人もの労働者が必要だろうというだけのことである。これに反して,蒸気織機がイギリスで800,000人の織物工を街頭に投げ出したと言うとすれば,それは,現存する機械にとって代わるためには一定の労働者数が必要だろうと言っているのではなく,実際に機械によって代替または駆逐されている現存する労働者数のことを言っているのである。
・マニュファクチュア時代には手工業的経営は,分解されたとはいえ,やはり基礎になっていた。新しい植民地市場は,中世から受け継いだ都市労働者の相対的にわずかな数では満足させることができなかったし,また,本来のマニュファクチュアは,同時に,封建制の解体とともに土地から追い出された農村民のためにも新しい生産分野を開いたのである。だから,当時は,作業場のなかでの分業や協業では,就業労働者をいっそう生産的にするという積極面のほうがより多く目だっていたのである。協業や少数者の手のなかでの労働手段の結合は,それが農業に応用されれば,たしかに,多くの国で大工業の時代よりもずっと前から,生産様式の,したがってまた農村住民の生活条件や就業手段の,大きな急激な強力な革命をひき起こすことになる。しかし,この闘争は,最初は資本と賃労働とのあいだでよりもむしろ大きな土地所有者と小さな土地所有者とのあいだで行なわれるのである。
・他方,労働者が労働手段や羊や馬などによって駆逐されるかぎりでは,直接的暴力行為がここでは第一番に産業革命〔経済革命〕の前提をなしている。まず労働者が土地から追い出されて,それから羊がやってくる。イギリスで見られるような大規模な土地略奪はまず大農業にこの略奪を利用する舞台を提供する〔大農業の基盤を第一に準備したものは,イギリスで大規模に実行されたような暴力的な土地略奪である〕。それだから,このような農業の変革は当初は〔経済革命よりも〕むしろ政治革命の外観をもつのである。

④ 機械-----すぐに労働者自身の競争相手になる
機械としては労働手段はすぐに労働者自身の競争相手になる。機械による資本の自己増殖は,機械によって生存条件をなくされてしまう労働者の数に正比例する。資本主義的生産の全体制は,労働者が自分の労働力を商品として売るということを基礎にしている。分業は,この労働力を一面化して,一つの部分道具を取り扱うまったく特殊化された技能にする。道具を取り扱うことが機械の役目になれば,労働力の使用価値といっしょにその交換価値も消えてなくなる。労働者は,通用しなくなった紙幣のように,売れなくなる。労働者階級のうちで,こうして機械のために余分な人口にされた部分,すなわちもはや資本の自己増殖に直接には必要でない人口にされた部分は,一方では機械経営にたいする古い手工業的経営やマニュファクチュア的経営の対等でない闘争のなかで破滅し,他方ではすべてのもっと侵入しやすい産業部門にあふれるほど押し寄せ,労働市場に満ちあふれ,したがって労働力の価格をその価値よりも低くする。
・受救貧民化した労働者にとって一つの大きな慰めともいうべきものは,一つには彼らの苦悩がただ「一時的」("a temporary inconvenience")だということであり,また一つには,機械は一つの生産分野の全体をだんだん征服してゆくだけで,そのために機械の破壊作用の規模や強度がそがれるだろうということである。一方の慰めは他方の慰めをあだにする。機械が一つの生産分野をだんだんとらえてゆく場合には,機械はそれと競争する労働者層のうちに慢性的な貧困を生みだす。この推移が急速な場合には,機械は大じかけに急性的に作用する。イギリスの綿布手織工の没落は徐々に進行して数十年にわたって長びき1838年にやっと終止符をうたれたが,世界史上にこれ以上に恐ろしい光景はない。彼らのうちの多くのものが飢え死にし,多くのものが家族も含めて1日に2ペンス半で暮らした(198----手織りと機械織りとの競争は,1833年の救貧法の実施以前のイギリスでは,最低限をはるかに割った賃金が教区救済金によって補われたことによって,長びかされた-----これが一時的な難儀と呼ばれるのである。)。
・イギリスの綿業機械は東インドには急激に作用(東インド総督は1834~1835年に次のことを確認した)。「困窮は商業史上にほとんど比類のないものである。綿織物工の骨はインド平原をまっ白にしている。」
⑤ 機械にたいする労働者の粗暴な反逆が始まる
機械の「一時的な」作用は恒常的である。というのは,機械は絶えず新たな生産領域をとらえてゆくからである。およそ資本主義的生産様式は労働条件にも労働生産物にも労働者にたいして独立化され疎外された姿を与えるのであるが,この姿はこうして機械によって完全な対立に発展するのである(199)。それゆえ,機械とともにはじめて労働手段にたいする労働者の粗暴な反逆が始まるのである。
(199) 「国の収入」(というのは,地主と資本家との収入のこと)「を増加させるのと同じ原因が,同時に,人口を過剰にして労働者の状態を悪化させることがありうる。」(リカード『原理』)
「すべて機械の改良の不変の目的と傾向とは,実際には,人間の労働をまったく排除するということであり,あるいはまた,成年男子労働者の労働のかわりに婦人・児童労働を用いるとか熟練労働者のかわりに不熟練労働者を用いるとかいうことによって労働の価格を引き下げることである。」(ユア『工場哲学』)

⑥ 労働手段が労働者を打ち殺すのである。この直接的な対立は,たしかに,新しく採用された機械が伝来の手工業経営やマニュファクチュア経営と競争するたびに最も明瞭に現われる。しかし,大工業そのもののなかでも,絶えず行なわれる機械の改良や自動的休系の発達は同じような作用をするのである。
⑦ 積み上げられた実際経験や機械的手段の既存の規模や技術の不断の進歩の結果たる機械使用(制度,システム)の非常な弾力性は,短縮された労働日の圧力のもとでなされた機械使用の嵐のような発展によって,われわれに示された。しかし,1860年に,このイギリスの綿工業の絶頂の年に,だれか,その直後の3年間に,アメリカの南北戦争の拍車のもとに呼び起こされた疾走する機械改良やそれに対応する手労働の駆逐を予想したであろうか?
⑧ マンチェスターのある細糸紡績工場では,「運転速度の増大といろいろな自動工程の採用とによって,ある部門では労働者人員の4分の1,ある部門では2分の1以上が排除された。」
⑨ マンチェスターの紡績業者ギルモア会社は次のように言う。「われわれの送風室では新たな機械によって生じた職工と労賃との節減はまる3分の1と評価され……糸巻き機・伸張機室では支出も職工も約3分の1少なくなり,紡績室では支出が約3分の1少なくなったと評価される。だが,それだけではない。----」
⑩ 工場監督官A・レッドグレーヴ。「生産が高められながら労働者が減らされるという事態は急速に進んでいる。羊毛工場では近ごろ職工の新たな減少が始まったが,それは今も続いている。」
⑪ アメリカの南北戦争のおかげでイギリスの綿工業で行なわれた機械改良の総結果(表略)。
⑫ 1861年から1868年までに338の綿工場がなくなった(より生産的でより大規模な機械がより少数の資本家の手に集中された)。蒸気織機の数は20,663だけ減少した。しかし,同時にその生産物は増加した。紡錘数は1,612,547だけ増加したが,従業労働者数は50,505だけ減少した。こうして,綿業恐慌が労働者の上に押しつけた「一時的な」困窮は,機械の急激でしかも持続的な進歩によって,強められ固定されたのである。
⑬ 機械は,いつでも賃金労働者を「過剰」にしようとしている優勢な競争者として作用するだけではない。機械は,労働者に敵対する力として,資本によって声高く,また底意をもって,宣言され操作される。機械は,資本の専制に反抗する周期的な労働者の反逆,ストライキなどを打ち倒すための最も強力な武器になる。ガスケルによれば,蒸気機関は初めから「人力」の敵手だったのであり,これによって資本家は,ようやく始まりつつあった工場制度を危機におとしいれようとした労働者たちの高まる要求を粉砕することができたのである。ただ労働者暴動に対抗する資本の武器として生まれただけの1830年以来の発明を集めてみても,完全に一つの歴史が書けるであろう。われわれはなによりもまず自動ミュール紡績機を思い出す。というのは,それは自動体系の新しい一時代を開くものだからである。
⑭ 蒸気ハンマーの発明者ネーズミス 「われわれの現代の機械改良の著しい特徴は,自動的な道具機の採用である。今日,機械を使用する労働者がしなければならないこと,そしてどんな少年にでもできることは,自分で労働することではなくて,機械のみごとな作業を見張っていることである。ただ自分の技能だけに頼っている部類の労働者は今ではすべて排除されている。以前は私は機械工一人について少年4人を使っていた。この新しい機械的結合のおかげで,私は成年男工の数を1500から750に減らした。その結果は,私の利潤のかなりの増加だった。」

ユア-----その著書が今でも工場精神の古典的な表現  以下ユアの著書から
⑮ 「ついに資本家たちは,科学の助けを求めることによって,この堪えられない隷属状態」(すなわち彼らにとってやっかいた労働者の契約条件)「から免れようと試みた。そして,まもなく彼らは自分たちの正当な権利,身体の他の部分にたいする頭の権利を回復したのである。」
⑯ ストライキがその直接の誘因になった縦糸糊づけ用の発明について。「古い分業戦線のうしろで不落のとりでに守られていると妄信していた不平家たちの群れは,こうして現代の機械戦術によって自分たちの側面が襲われ,自分たちの防御手段が無力にされたのを知った。彼らは無条件で降服するよりほかはなかった。」
⑰ 自動ミュール機の発明について。「それは,勤労階級のあいだに秩序を回復するという使命を帯びていた。-----資本は,科学を自分に奉仕させることによって,つねに労働の反逆的な手に服従を強要する,というわれわれがすでに展開した説を,この発明は確証している。」
⑱ ユアの著書が刊行されたのは1835年,すなわち工場制度の発展がまだ比較的低い時のことだったにもかかわらず,その著書が今でも工場精神の古典的な表現であるのは,ただ単にそのあからさまな無恥のせいだけではなく,彼が資本の頭の無思想な矛盾をさらけ出しているその素朴さのせいでもある。
 彼は,資本が自分の雇い入れた科学の助けによって「つねに労働の反逆的な手に服従を強要する」という「説」を展開したあとで,「それ」(機械物理学)「は金持ちの資本家の専制を助けて貧しい階級の抑圧手段に力を貸しているといって或る方面から非難されること」を憤慨している。
⑲ また,機械の急速な発達が労働者にとってどんなに有利であるかを長々と説教したあとで,彼は労働者たちに向かって,労働者は自分の反抗的態度やストライキなどによって自分で機械の発達を速めるのだ,ということを警告している。「このような乱暴な反逆は,人間の浅はかさを,その最も軽蔑に値する性格において,自分を自分の絞刑吏にする人間の性格において,示している。」
⑳ ユアはこれとは反対のことも言っている。「労働者たちのまちがった考えから起きる激しい衝突や中断がなかったら,工場制度はもっとずっと速く発達したであろうし,すべての関係者にとってもっとずっと有益になったであろう。」
21 また彼は次のように叫んでいる。「大ブリテンの工場地区の住民にとって幸いなことには,機械の改良はただ徐々に行なわれるだけである。」「人は機械を不当に非難して,機械は成年工の一部を駆逐し,そのために成年工の数は労働にたいする需要を越えるので,機械は成年工の労賃を引き下げる,と言う。しかし,機械は児童労働にたいする需要を大きくし,したがってその賃金率を引き上げるのだ。」
22 このような慰めの施し主自身が他方では子どもの賃金の低いことを弁護して,「それは,親たちが自分たちの子どもをあまり早くから工場にやることを控えさせる」と言うのである。彼の著書全体が無制限労働日の弁明書なのであって,もし13歳の子どもを1日に12時間よりも長くこき使うことを立法が禁止するならば,それは彼の自由愛好心に中世の最暗黒時代を思い出させるのである。それにもかかわらず,彼は,工場労働者たちに向かって,機械によって「自分たちの不滅の利益について熟考するひまをつくってくれた」神の摂理に感謝の祈りをささげるようにすすめることもできるのである。


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by shihonron | 2008-06-09 13:25 | レジュメ


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