『資本論』を読む会の報告

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2008年 09月 09日

第114回 9月9日 第1章 商品 第3節 前文

9月9日(火)に第114回の学習会を行いました。 「第1章 商品 第3節 価値形態または交換価値」の前文の第1段落から最後(第4段落)までを輪読、検討しました。
●は議論の報告、■は資料、★は報告者によるまとめや意見、問題提起です。

■テキストの内容と議論
第1章 商品 第3節 価値形態または交換価値 前文


第1段落
・商品は、使用価値または商品体の形態をとって、鉄やリンネルや小麦などとして、この世に生まれてくる。
・これが商品のありのままの現物形態である。
・それらが、商品であるのは、ただ、それらが二重まものであり、使用対象であると同時に価値の担い手であるからである。
・それゆえ、商品は、ただそれが二重形態、すなわち現物形態と価値形態とをもつかぎりのみ、商品として現れるのであり、いいかえれば商品という形態をもつのである。

★商品は、使用価値=商品体=ありのままの現物形態=使用対象であるとともに、価値形態をもっている。価値形態をもつことで、使用価値は商品という形態をもつ。

●価値形態とは、ここではどんなもののことをそしているのだろうかという疑問が出されました。「価値の現象形態である交換価値のことだ」という発言や「価格だと考えれば分かり易い」との発言がありました。また「価格は貨幣による価値の表現であり、まだ貨幣は登場していないので価格というと引っかかる」との発言もありました。

第2段落
・商品の価値対象性は、どうにもつかまえようのわからないしろものだということによって、マダム・クイックリーとは違っている。
・商品体の感覚的に粗雑な対象性とは反対に、商品の価値対象性には一分子も自然素材ははいっていない。
・それゆえ、ある一つの商品をどんなにいじりまわしてみても、価値物としては相変わらずつかまえようがないのである。
・とはいえ、諸商品は、ただそれらが人間労働という同じ社会的単位の諸表現であるかぎりのみ価値対象性をもっているのだということ、したがって商品の価値対象性は純粋に社会的であることを思い出すならば、価値対象性は商品と商品との社会的な関係のうちにしか現れえないということもまたおのずと明らかである。
・われわれも、じっさい、諸商品の交換価値または交換関係から出発して、そこに隠されている価を追跡追跡したのである。
・いま、われわれは再び価値のこの現象形態に帰らなければならない。

●「価値対象性を分かり易くいいかえるとどうなるのか」との質問が出され、「価値を持っているという性質」「価値性格(物の性質として)」といった発言がありました。関連して「対象性は物の性質といえるのではないか」との発言もありました。

★「価値物」という言葉が登場しているが、ここでの意味は「価値を持つ物」であろう。

●「人間労働という同じ社会的単位とはどういうことだろう」との疑問が出され、「価値は抽象的・人間的労働の対象化だが、価値量は個別の労働支出の継続時間によってではなく、社会的必要労働時間によって規定される。価値を考察する際には、個々の労働ではなく社会的平均労働が問題になるということではないか」との発言がありました。

■《そこで今度はこれらの労働生産物に残っているものを考察してみよう。それらに残っているものは、同じまぼろしのような対象性のほかにはなにもなく、無差別な人間労働の、すなわちその支出の形態にはかかわりのない人間労働力の支出の、ただの凝固物のほかにはなにもない。こられの物が表しているのは、ただその生産に人間労働力が支出されており、人間労働が積み上げられているということだけである。このようなそれらに共通な社会的実体の結晶として、これらのものは価値――商品価値なのである。》(国民文庫77頁・原頁52)

■《研究の進行は、われわれを価値の必然的な表現様式または現象形態としての交換価値に連れもどすことになるであろう。しかし、この価値は、さしあたりはまずこの形態にかかわりなしに考察されなければならない。》(国民文庫78頁・原頁53)

■《諸価値の実体をなしている労働は、同じ人間労働であり、同じ人間労働力の支出である。
商品世界の諸価値として現れる社会の総労働力は、無数の個別的労働力からなっているのではあるが、ここでは一つの同じ人間労働力とみなされるのである。これらの個別的労働力のおのおのは、それが社会的平均労働力という性質をもち、このような社会的平均労働力として作用し、したがって一商品の生産においてもただ平均的に必要な、または社会的に必要な労働時間だけを必要とするかぎり、他の労働力と同じ人間労働力なのである。社会的に必要な労働時間とは、現存の社会的に正常な労生産条件と、労働の熟練および強度の社会的平均度とをもって、何らかの使用価値を生産するのに必要な労働時間である。》(国民文庫78-79頁・原頁53)

第3段落
・諸商品は、それらの使用価値の雑多な現物形態とは著しい対照をなしている一つの共通な価値形態――貨幣形態をもっているということだけは、だれでも、ほかのことはなにも知らなくても、よく知っていることである。
・しかし、いまここでなされなければならないことは、ブルジョア経済学によってただ試みられたことさえないこと、すなわち、この貨幣形態の生成を示すことであり、したがって、諸商品の価値関係に含まれている価値表現の秘密をの最も単純な最も目だたない姿から光まばゆい貨幣形態に至るまで追跡することである。
・これによって同時に貨幣の謎も消えさるのである。

★マルクスはこの節での課題を、ここで明示している。それは、《貨幣形態の生成を示すこと》であり、《諸商品の価値関係に含まれている価値表現の秘密をの最も単純な最も目だたない姿から光まばゆい貨幣形態に至るまで追跡すること》である。

★《貨幣の謎》とは何かは、後に取り上げることになろう。

第4段落
・最も単純な価値関係は、明らかに、なんであろうと一つの異種の商品にたいするある一つの商品の価値関係である。
・それゆえ、二つの商品の価値関係は、一商品のための最も単純な価値表現を与えるのである。

★価値関係という言葉は、ここで初めて登場する。二つの商品は、等置されるのだが、それは価値としては等しいということである。二つの商品は、使用価値としてではなく、価値として関係している。


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by shihonron | 2008-09-09 04:08 | 学習会の報告


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