『資本論』を読む会の報告

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2007年 04月 30日 ( 1 )


2007年 04月 30日

第56回  4月24日  第3章 貨幣または商品流通 第3節 貨幣 b 支払手段

4月24日(火)に第56回の学習会を行いました。「読む会通信」№244を使って復習をしたあと、「第3章 貨幣または商品流通 第3節 貨幣 b 支払手段」の第9段落から最後(第12段落)までを輪読、検討しました。

「商業貨幣」について
前回の議論で「商業貨幣」という用語についてマルクスはどこかで使っているのだろうかという疑問が出されました。調べた結果、第1巻では使っていないが、第3巻では使われていることが明らかになりました。第3巻第25章では次のように書かれています。

《私は前に(第1部第3章b)、どのようにして単純な商品流通から支払手段としての貨幣の機能が形成され、それとともに商品生産者や商品取引業者のあいだに債権者と債務者との関係が形成されるか、を明らかにした。商業が発展し、ただ流通だけを念頭において生産を行なう資本主義的生産様式が発展するにつれて、信用制度のこの自然発生的基礎は拡大され、一般化され、完成されていく。だいたいにおいて貨幣はここではただ支払手段としてのみ機能する。すなわち、商品は、貨幣とひきかえにではなく、書面での一定期日の支払約束と引き換えに売られる。この支払約束をわれわれは簡単化のためにすべて手形という一般的な範疇のもとに総括することができる。このような手形はその満期支払日まではそれ自身が再び支払手段として流通する。そして、これが本来の商業貨幣をなしている。このような手形は、最後に債権債務の相殺によって決済される限りでは、絶対的に貨幣として機能する。なぜならば、その場合には貨幣への最終的転化は生じないからである。このように生産者や商人どうしのあいだの相互前貸が信用の本来の基礎をなしているように、その流通用具、手形は本来の信用貨幣すなわち銀行券などの基礎をなしている。この銀行券などは、金属貨幣なり国家紙幣なりの貨幣流通にもとづいているのではなく、手形流通にもとづいているのである。国民文庫第7分冊150-151頁・原頁413》

■テキストの内容と議論    
第3章 貨幣または商品流通 第3節 貨幣 b 支払手段
第9段落
・信用貨幣は、支払手段としての貨幣の機能から直接に発生するものであって、それは、売られた商品に対する債務証書そのものが、さらに債権の移転のために流通することによって、発生するのである。
・他方、信用制度が拡大されれば、支払手段としての貨幣の機能も拡大される。
・このような支払手段として、貨幣はいろいろな特有の存在形態を受け取るのであって、この形態にある貨幣は大口取引の部面を住みかとし、他方、金属鋳貨は主として小口取引の部面に追い返されるのである。

■信用貨幣という言葉がこれまでに登場したのは2カ所であった。最初は「第2節 C 鋳貨 価値章標」の第5段落。
《ここで問題にするのは、ただ、強制通用力のある国家紙幣だけである。それは直接に金属流通から生まれてくる。これに反して、信用貨幣は、単純な商品流通の立場からはまだまったくわれわれに知られていない諸関係を前提する。だが、ついでに言えば、本来の紙幣が流通手段としての貨幣の機能から生ずるように、信用貨幣は、支払手段としての貨幣の機能にその自然発生的な根源をもっているのである。》(国民文庫224頁・原頁141)
次に触れられていたのは「b 支払手段」の第7段落の終わり近くである。
《恐慌のときには、商品とその価値姿態すなわち貨幣との対立は、絶対的な矛盾にまで高められる。したがったまた、そこでは貨幣の現象形態がなんであろうとかまわない。支払に用いられるのがなんであろうと、金であろうと、銀行券などの信用貨幣であろうと、貨幣飢饉に代わりはないのである。》(国民文庫242頁・原頁152)

●第9段落での「信用貨幣」は手形(商業手形)のことをさしており、信用制度が拡大して貨幣が受け取る「いろいろな特有の存在形態」とは銀行券などが念頭に置かれているのではないかとの発言がありました。

第10段落
・商業生産が或る程度の高さと広さとに達すれば、支払手段としての貨幣の機能は商品流通の部面を越える。
・貨幣は契約の一般的商品となる。
・地代や租税などは現物納付から貨幣支払に変わる。
・この変化がどんなに生産過程の総姿態によって制約されているかを示すものは、たとえば、すべての租税を貨幣で取り立てようとするローマ帝国の試みが二度も失敗したことである。
・ボアギュベールやヴォバン将軍があのように雄弁に非難しているルイ14世治下ののフランス農村住民のひどい窮乏は、ただ租税の高さのせいだけではなく、現物租税から貨幣租税への転化のせいでもあった。
・他方、アジアでは同時に国家租税の重要な要素でもある地代の現物形態が、自然関係と同じ普遍性をもって再生産される生産関係にもとづいているのであるが、この支払形態はまた反作用的に古い生産関係を維持するのである。
・それは、トルコ帝国の自己保存の秘密の一つをなしている。
・ヨーロッパによって強制された外国貿易が日本で現物地代から貨幣地代への転化を伴うならば、日本の模範的な農業もそれでおしまいである。
・この農業の窮屈な経済的存立条件は解消するであろう。

●《支払手段としての貨幣の機能は商品流通の部面を越える》とはどういう意味かが問題となり、「商品の売買ではない、租税や地代の支払をさしているように思える。それは、商品交換ではなく、一方的な価値の移転のことではないか」との意見が出されました。

●《貨幣は契約の一般的商品となる》の意味がよく分らないとの疑問が出されましたが、納得できるような結論には至りませんでした。

●アジアでの《自然関係と同じ普遍性をもって再生産される生産関係》《古い生産関係》とは何かという疑問が出され、封建制(農奴制)ではないかという発言がありました。

●《日本の模範的な農業》とあるが、どういう意味で模範的なのかという疑問が出されましたが、はっきりとした結論は出ませんでした。

■日本の農業について述べている箇所について、浜林正夫『資本論を読む[上]』(学習の友社)では次のように述べられています。
《この言葉を理解するためには、マルクスの『資本論』は明治維新の直前に書かれた本だ、ということを念頭においていただきたいのです。つまり、江戸時代の末期ですけれども、日本では依然としてまだ現物地代でした。つまり、コメで収めていたわけです。ところが、日本が開国を迫られて、外国との貿易が始ります。外国との貿易が始りますと、貨幣がどんどん入り込んで、貨幣経済になっていきます。そうすると、日本の地代も現物地代から貨幣地代になるだろう、そうすると日本の模範的な農業もおしまいである、というのです。
 江戸時代の農業は模範的だったのかなぁと思って、ちょっと気になるところでありますが、要するに模範的かどうかはともかくとしても、自給自足的な農業経営というものが崩れてしまって資本主義的な農業になるだろうという、そういうマルクスの予言だ、というふうに思うのです。ただし、日本では、現物で地代を納めるという状況が昭和21年まで続いていました。昭和21年から22年の「農地改革」で初めて、貨幣地代に変ったのです。ヨーロッパによって押しつけられた対外貿易は、実は日本の模範的農業を崩さなかったということになるのでしょうか》(186頁)

■ 農地改革 のうちかいかく
第2次大戦後,地主制の解体を目的として行われた農地の所有・利用関係の改革。1945年幣原喜重郎内閣が行った第1次改革は占領軍の農民解放指令に基づく自作農創設政策であったが,占領軍はその微温的な内容を不満とし,1946年〈農地改革覚書案〉(対日理事会の英国案が骨子)を日本政府に勧告した。これにより自作農創設特別措置法と改正農地調整法が成立し,1947年―1950年第2次改革が行われた。不在地主制の否定,在村地主の貸付地保有限度の引下げ(1町歩),農地の移動統制,耕作権の物権化,地主による土地取上げ禁止,小作料の金納化などがおもな内容。当時,全耕地面積の46%を占めた小作地は強制買収され小作人に売却された結果,10%に減少,地主制は解体した。山林の未解放,地主保有地の残存,零細農経営の存置など不徹底な面もあったが,農地改革は農業生産力発展の契機となった。改革の成果を維持するため1952年農地法が制定された。(マイペディア)

■金納小作料 きんのうこさくりょう
農地の小作料を貨幣で支払うもの。物納小作料よりは歴史的に進んだものとされる。戦前の日本では物納あるいはそれを貨幣換算した代金納が広く行われていたが,農地改革によってそれらは禁止され,小作料はすべて金納化された。 (マイペディア)

■ 貨幣地代 かへいちだい
貨幣で納める地代。労働で納める労働地代や生産物で納める現物地代に対する語。封建社会は現物経済の支配する社会であるが,商品生産の発展につれ,地代も貨幣で納められるに至り,貨幣地代は封建地代の最後の発展形態をなす。 (マイペディア)

■第1部第4篇第13章「機械と大工業」第10節「大工業」に次のような記述がある。
《 農業の部面では、大工業は、が古い社会の堡塁である「農民」を滅ぼして賃金労働者をそれに替える限りで、最も革命的に作用する。こうして、農村の社会的変革要求と社会的諸対立は、都市のそれと同等にされる。旧習にになずみきった不合理きわまる経営に代わって、科学の意識的な技術学的応用が現れる。農業や製造工業の幼稚未発達な姿にからみついてそれらを結合していた原始的な家族紐帯を引き裂くことは、資本主義的生産様式によって完成される。しかし、同時にまたこの生産様式は、一つの新しい、より高い結合のための、すなわち農業と工業との対立的につくりあげられた姿を基礎して両者を結合するための、物質的諸前提をもつくりだす。資本主義的生産は、それによって大中心地に集積される都市人口がますます優勢になるにつれて、一方では、社会の歴史的動力を集積するが、他方では、人間と土地とのあいだの物質代謝を攪乱する。すなわち、人間が食糧や衣料の形態で消費する土地成分が土地に帰ることを、つまり土地の豊饒性の持続の永久的自然条件を、撹乱する。したがってまた同時に、それは都市労働者の肉体的健康をも農村労働者の精神生活をも破壊する。しかし同時にそれは、かの物質代謝の単に自然発生的に生じた諸状態を破壊することによって、再びそれを、社会的生産の規制的法則として、また人間の十分な発展に適合する形態で、体系的に確立することを強制する。農業でも、製造工業の場合と同様に、生産過程の資本主義的変革は同時に生産者たちの殉難史として現れ、労働手段は労働者の抑圧手段、搾取手段、貧困化手段として現れ、労働過程の社会的結合は労働者の個人的な活気や自由や独立の組織的圧迫として現れる。農業労働者が比較的広い地面の上に分散しているということは同時に彼らの抵抗力を弱くするが、他方、集中は都市労働者の抵抗力を強くする。都市工業の場合と同様に、現代の農業では、労働の生産力の上昇と流動化の増進とは、労働力そのものの荒廃と病弱化とによってあがなわれる。そして、資本主義的農業のどんな進歩も、ただ労働者から略奪するための技術の進歩であるだけではなく、同時に土地から略奪するための技術の進歩でもあり、一定期間の土地の豊度を高めるためのどんな進歩も、同時にこの豊度不断の源泉を破壊することの進歩である。ある国が、たとえば北アメリカ合衆国のように、その発展の背景としての大工業から出発するならば、その度合いに応じてそれだけこの破壊過程も急速になる。それゆえ、資本主義的生産は、ただ、同時にいっさいの富の源泉を、土地をも労働者をも破壊することによってのみ、社会的生産過程の技術と統合とを発展させるのである。》(国民文庫第2分冊464-466頁・原頁528-530)

第11段落

・どの国でも、いくつかの一般的な支払期限が固定してくる。それらの時期は、再生産の循環運行を別とすれば、ある程度まで、季節の移り変わりに結びついた自然発生的生産条件にもとづいている。それらはまた、直接に商品流通から生ずるのではない支払、たとえば租税や地代などをも規制する。
・社会の表面に分散したこれらの支払のために一年のうちの何日間かに必要な貨幣量は、支払手段の節約に周期的な、しかしまったく表面的な攪乱をひき起こす。
・支払手段の流通速度に関する法則からは次のことが出てくる。
・すなわち、その原因がなんであろうと、すべての周期的な支払について、支払手段の必要量は支払周期の長さに正比例する、ということである。

■【節季】せっき
(1)季節の終わり。時節の終わり。時節。
(2)年の暮れ。年末。歳末。一二月。[季]冬。
(3)勘定の締めくくりをする時期。普通、盆と暮れの二回。
「―に帳かたげた男の顔を見ぬを嬉しや/浮世草子・永代蔵 2」 (大辞林 第二版)

■ 【三十日払い/▼晦日払い】みそかばらい
金銭の支払いをその月の末日にすること。みそか勘定。 (大辞林 第二版)

■【五十日】ごとおび
月のうち、五・十のつく日。取引の支払い日にあたり、交通渋滞が激しい日とされる。

●《表面的な攪乱》とは何かが問題となり、支払手段として機能する貨幣の不足のこと。しかし、恐慌時とはちがって、流通する銀行券などの「現金」が一時的に(特定の日に)増大するが、すぐに銀行に帰っていくといったことだろうということになりました。

■最後の文の「正比例」について、新日本出版社の新書版には次のような注がつけられている。
《ここは、カウツキー版およびインスティトゥート版(1932年)以外での版本では「反比例」となっており、戦後のロシア語版、ドイツ語版、フランス語版等、たいていの版本で「正比例」に改められた。マルクスは、支払手段の流通速度を制約する事情として、債権者・債務者の関係の連鎖と、さまざまな支払期限のあいだの時間の長さとをあげているが、これは支払期限(満期日)に達した債務についての行論である。したがって「支払期限の長さ」を「支払期限と支払期限とのへだたり」(週払いとか月払い)と解すれば、長い方が支払総額が多くなるから「正比例」である。これにたいして、「支払期限」を「支払が行なわれる期間」(一日とか一週間)と解すれば、長い方が同一の貨幣が支払手段として転々流通するので貨幣の必要額量は少なくなり、「反比例」となる。マルクスはここでは「支払期限」について論じており、「期間」については一カ所しか言及しておらず、周期的支払を問題にしているため「諸支払期間」(周期的な期限と期限とのあいだ)としたものと思われる。第二巻、第九章末でこの文が再び引用されているが、ここで「反比例」と解すると矛盾した解釈をせざるをえなくなる。(240-241頁)》

■第2部第2篇第9章「前貸資本の総回転 回転の循環」の中に次のような記述がある。
《まず第一にここで言っておかなければならないのは、支払周期の長さ、すなわち労働者が資本家に信用を与えていなければならない時間の長さに応じて、つまり賃金の支払周期が毎週か、毎月か、三ヶ月ごとか、半年ごとか、等々に応じて、労賃そのものに関していろいろな相違が生ずるということである。ここでは「支払手段の(つまり一度に前貸しされなければならない貨幣資本の)必要量は支払周期の長さに正比例する」という以前に展開された法則が妥当するのである。(第一部第三章第三節b、一二四頁)》(国民文庫第4分冊303頁・原頁187)なお、この箇所の「正比例」には「初版および第二版では、反、となっている」というドイツ語全集版編集者による注がつけられている。

第12段落
・支払手段としての貨幣の発展は、債務額の支払期限のための貨幣蓄積を必要とする。
・独立な致富形態としての貨幣蓄蔵はブルジョア社会の進歩につれてなくなるが、反対に、支払手段の準備金という形では貨幣蓄蔵はこの進歩につれて増大するのである。

●「独立な致富形態としての貨幣蓄蔵」とは何かという疑問が出され、富の社会的表現である貨幣を貯め込むことを自己目的とするような貨幣蓄蔵、「貨幣蓄蔵の素朴な形態」のことだろうということになりました。

(5月21日に、誤字などを訂正しました。)


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by shihonron | 2007-04-30 14:00 | 学習会の報告