『資本論』を読む会の報告

shihonron.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:レジュメ( 27 )


2010年 11月 02日

第23章 第5節のレジュメ その1

第二三章   第五節 資本主義的蓄積の一般的法則の例解 
                            
    a 1846~1866年のイギリス
①近代社会のどの時期を見ても,最近の20年間ほど資本主義的蓄積の研究に好都合な時期はない。 すべての国のうちで典型的な実例を提供しているのはイギリス。イギリスは世界市場で第一位を 維持----資本主義的生産様式が十分に発展。生産の巨人的前進,しかもこの20年間の後半はまた    その前半をはるかに越えるということは,第四篇で十分に示唆。

②最近の半世紀間のイギリスの人口の絶対的増加は非常に大きかったにもかかわらず,その相対的 増加すなわち増加率は引き続き減少。

③別の面から富の増加を見る----最も確かな手がかりになるのは,所得税を課される利潤や地代な どの変動。課税される利潤(農業者やその他いくつかの項目は含まれていない)の増加は,大ブ リテンでは1853年から1864年までに50.47% (すなわち年平均4.58%),同じ期間の人口の増加 は約12%。課税対象になる土地(家屋,鉄道,鉱山,漁場などを含む)の賃貸料の増加は,1853年か ら1864年までに38%,すなわち年々3 5/12%。

④1853~1864年の期間の各4年間を比較すれば,所得の増加度は絶えず増大。
       利潤から生ずる所得の増加度  連合王国の課税所得の総額
1853~1857年   年々1.73%         £307,068,898(1856年)
1857~1861年   年々2.74%         £328,127,416(1859年)
1861~1864年   年々9.30%         £351,745,241(1862年)
                       £359,142,897(1863年)
                       £362,462,279(1864年)
                       £385,530,020(1865年)

⑤資本の蓄積は同時に資本の集積と集中とを伴った。
・1851年から1861年までに100ac.未満の借地農場は31,583から26,567に減少。
・相続税を課された100万ポンドを越える動産の増加。
・集中が最もよく推測されるのは,課税所得の増加と配分(s.680表)

⑥19C中葉の連合王国----生産額の増加についての統計(石炭,銑鉄,鉄道,総輸出入額)

⑦イギリスの戸籍長官の勝利の叫び。
 「人口は急激に増加したとはいえ,産業や富の進展には追いつかなかった。」

⑧グラッドストン(1843年2月13日の下院演説)
 「人民の消費力が減退し,労働者階級の窮乏や貧困が増大しているのに,それと同時に上層階級で は不断の富の蓄積と資本の不断の増大とが行なわれているということは,この国の社会状態の最 も憂欝な特徴の一つである。」

⑨20年後の1863年4月16日の予算演説。
 「1842年から1852年までのあいだにこの国の課税所得は6%増加した。1853年から1861年までの8 年間には,それは20%増加した。信じられないほど驚くべきもの,人を酔わすような,富や力の増 加も----有産階級だけに限られている。----しかし,それは一般に消費される品物を安くするの だから,労働者人口にとっても間接の利益----富者はますます豊かになったが,貧者もまた貧しさ を少なくしてきた。貧困の極点が軽減された。」

⑩労働者階級は相対的には相変わらず貧乏。貧困の極点は軽減されず増大。富裕の極点は増大。
・生活手段----ロンドンの孤児院の報告は,
  1851----1853年に比べて,1860----1862年の3年間の平均として20%の騰貴。
  1863----1865年,肉類,バター,牛乳,砂糖,塩,石炭,その他多数の必要生活手段の累進的な騰貴
・1864年4月7日のグラッドストンの予算演説----労働者階級の幸福を次の言葉に要約。
 「人生は十のうち九までは単なる生存のための闘争である」
⑪フォーセット教授
・「----富者は急速に富を増すが(the rich grow rapidly richer),労働者階級の安楽の増加は 少しも見られない。----労働者たちは,彼らの債権者である小売商人の奴隷になる」

⑫『資本論』労働日や機械に関する諸篇の考察対象----社会的機能を行なっているあいだの労働者。
・蓄積の諸法則の十分な解明のためには,作業場の外での彼の状態,彼の食い物や住まいの状態----, 工業プロレタリアートと農業労働者とのうちの最悪の支払を受ける部分,すなわち労働者階級の 過半をなしている部分が考察される。

⑬公認の受救貧民(労働者階級のなかでも労働力の販売という自分の生存条件を失って公共の施し 物で露命をつないでいる部分)
・イングランドでは1855年--- 851,369人,
         1856年--- 877,767人,
         1865年--- 971,433人
         1863年---1,079,382人  綿花飢饉
         1864年---1,014,978人
・1866年の恐慌⇒ロンドンの貧民増加率は,1866年には1865年に比べて19.5%,1864年に比べて24.4 %だったが,1866年に比べての1867年の最初の数か月間の増加率はもっと大きかった。
・貧民統計を分析するにあたっては次の二つの点を重視しなければならない。
 1.貧民群の干満運動は産業循環の周期的な局面変換を反映する
 2.資本の蓄積⇒階級闘争が発展⇒労働者の自覚が発展⇒受救貧民の現実の範囲について公式の統  計はますます欺瞞的になる。----最近10年間のロンドンでの飢え死にの恐ろしい増加----救貧  院=貧民刑務所の,奴隷状態

    b イギリスの工業労働者階級の低賃金層
①工業労働者階級の低賃金層
 綿花飢饉のとき1862年にドクター・スミス----疲弊した綿業労働者の栄養状態に関する調査
 飢餓病を免れるための最低の食物----まで押し下げられていたみじめな栄養量
②1863年には,枢密院は,イギリス労働者階級の最も栄養の悪い部分の窮状に関する調査を命じた。 ドクター・スミスの調査----農業労働者,絹織物工,裁縫女工,革手袋製造工,靴下編工,手袋織工, 靴工。----各部類のなかの最も健康で相対的に最良の状態にある家庭を選択することが,調査の 原則とされた。
③一般的な結果----それ以下では飢餓病が発生するという絶対的な最低限度をわずかに超過したも のは,ただ一つだけ
④農業労働者----連合王国の最も豊かな部分であるイングランドのそれが最も栄養が悪かった。-- --都市労働者部類のあいだには,もっとひどい不足。「悲惨な健康破壊的な窮乏」(資本家の 「禁欲」----労働者が露命をつなぐために欠くことのできない生活手段の支払の禁欲!)
⑤⑥ドクター・スミスによって仮定された最低限度と最困窮時の綿業労働者の栄養度とに対する純 都市的労働者部類の栄養状態の関係----ビール,牛乳,パン類,砂糖(糖蜜など),バター(脂肪  類),肉類(ベーコンなど)。大人一人当たりの一週間の食費の一般的平均。栄養の最も悪い部 類は,裁縫女工,絹織物工,革手袋製造工。

⑦ドクター・サイモン----一般的衛生報告
・栄養不足が病気を起こしたり重くしたりする場合が無数----食物を奪われるのは非常にがまんし にくいことだということ
・通例として,食物の非常な不足は,それに先だつほかのいろいろな欠乏のあとではじめて起きる-- --すべての物質的な慰安をまったく奪われている----衣料や燃料の欠乏----気候の激しさを防ぐ ための十分な設備もなく,住居の広さは病気をひき起こしたり重くしたりするほどまで減らされ, 道具や家具はほとんどなく,----清潔を保つ努力はすべて飢餓の苦痛を増すことになる。家庭は- ---排水が非常に悪く,往来の便が最も悪く,汚物の最も多い,給水が最少または最悪の地区に,そ して都市では光線や空気の最も乏しい地区にある。----これらの害悪を総計すれば生命にとって 恐ろしい大きさのものになる。----それは労働するものの貧困である。----ただ一片の食物を買 うための労働が,際限もなく延長----労働で自活ができるということは,非常に限られた意味でし か言えない----名目上の自活は,受救貧民への回り道でしかありえない

⑧最も勤勉な労働者層の飢餓的苦痛と,資本主義的蓄積にもとづく富者の粗野または優美な奢侈的 消費との内的な関連は,経済的諸法則を知ることによってはじめて明らかにされる。
・住居の状態についてはそうではない。
 生産手段の集中が大量⇒同じ空間での労働者の密集化----資本主義的蓄積が急速であればあるほ ど,労働者の住居の状態はますますみじめになる。
 富の進展に伴って,不良建築地区の取り払い,銀行や大商店などの巨大な建物の建築,取引上の往 来やぜいたくな馬車のための道路の拡張,鉄道馬車の開設,等々による諸都市の「改良」が行なわ れ,そのために目に見えて貧民はますます悪い,ますますぎっしり詰まった片すみに追い込まれる。
 住宅の高価はその質に反比例----,貧困という鉱山は,かつてポトシの鉱山が採掘された時よりも もっと多くの利潤ともっと少ない費用とで家屋投機師たちの手で採掘される。
・資本主義的蓄積の,したがってまた資本主義的所有関係一般の,敵対的な性格は,ここではあまり にも明白----イギリス政府の報告でさえも「所有とその権利」にたいする異端的な攻撃で充満。 産業の発達や資本の蓄積や都市の成長と「美化」とに伴って同じ勢いで弊害増大
・1847年から1864年までに10よりも少なくない衛生警察関係の法律
・1864年,枢密院の命令によって,農村労働者の住居事情に関する調査
 1865年には諸都市の下層貧民階級の住居事情に関する調査
・都市の住居状態について,ドクター・サイモンの一般的な記述
 「私の公の観点はもっぱら医師としてのものであるとはいえ,この弊害の別の面を無視すること は,まったく普通の人道からも許されない。この弊害が度を高めれば,ほとんど必然的に,いっさ いの細かい心づかいは無視され,肉体も肉体の諸機能も不潔にごちゃまぜにされ,性的行為はむき だしにされることになり,このようなことは,もはや野獣のものであって人間のものではない。こ のような影響のもとに置かれていることは堕落であって,それはその作用が続けば続くほど深く なって行く。このようなのろわれた運命のもとに生まれた子供たちにとっては,こののろいは無 恥への洗礼である」

⑨ぎっしり詰まった住宅,あるいはまたとうてい人間の住まいとは考えられない住宅という点では, ロンドンは第一位を占めている。----ロンドンにはおよそ20の大きな貧民窟----,それぞれに一 万人強の人間が住んでいるが,----これらの貧民窟の家屋の詰めこみすぎたぼろぼろになった状 態は,20年前よりもずっとひどくなっている----ロンドンやニューカースルの多くの地区での生 活は地獄のようだ
⑩ロンドンでは,古い街路や家屋の「改良」とそれに伴う取り払いが進み,中心部の工場や人口流入 が増加し,最後に家賃が都市地代とともに騰貴するにつれて,労働者階級のいくらかよい状態にあ る部分も,小売商人やその他の下層中間階級の諸分子といっしょに,ますますこのひどい住宅事情 の苦しみのなかに落ちこんで行く。

⑪ロンドンの地価高騰
 市内に鉄道が敷かれたために,----元の住居から追い出された一群の家族----救貧院のほかには 寄るべもなしに,さまよっている
⑫救貧院はもう超満員。もっと高い家賃を払っても,住居は,彼らが追い出されてきた悪い住居より ももっと悪くなる。
⑬ロンドンの人間荷造りの実例----その一教区では,保健吏の計算では,1ac.当たり581人だったが, しかもこれはテムズ河の半分を算入しての1ac.だった。
⑭なんという感心な資本家的正義だろうか! 地主や家主や事業家は,鉄道敷設や道路新設などの「諸改良」によって収用を受けても,十分な補償と莫大な利潤で慰められなけれはならない。労働 者は妻子や持ち物といっしょに街頭に投げ出され,そして----市当局が礼儀をやかましく言う地 区にあまり大ぜいで押しかければ,そこでは衛生警察の名でいじめられるのだ!

⑮19世紀のはじめには,イングランドには10万の人口を教える都市はロンドンのみ。5つの都市が5 万以上だった。今では人口5万以上の都市が28ある。
・都市人口の激増。金持ちは郊外に行く。これらの金持ちのあとに来る人々は,以前よりも大きな 家に移るのであるが,各室に一家族ずつで,しかも往々また借り人といっしょである。----その環 境はまことに大人にとっては堕落的であり,子供にとっては破滅的

⑯ある工業都市または商業都市で資本が急速に蓄積されればされるほど,搾取される人間材料の流 入はそれだけ急激であり,労働者の即製の住居はますますみすぼらしい。ニューカースル・アポ ン・タイン----チフスの続発や蔓延の原因が人間の過度の密集やその住居の不潔にあるというこ とは,少しも疑う余地はない。---- それらの家は,光線,空気,広さ,清潔という点では,欠乏と不 衛生とのほんとうの典型であり,およそ文明国にとっての恥辱である。
⑰ぼろ家の借り賃
⑱資本と労働とがあちこちに移動するために,一つの工業都市の住居状態は,今日はがまんのできる ものでも明日はひどく悪いものになる。----明日はぼろぼろのアイルランド人やおちぶれたイン グランドの農業労働者がいなごの大群のようにはいってくる。----穴倉や納屋----木賃宿
 ----好景気----絶えず動揺している「予備軍」または「相対的過剰人口」の波による氾濫
 地下室や小部屋には,たいていは賃金の高い労働者
・ブラッドフォードの救貧医の一人ドクター・ベル----熱病思考の恐ろしい死亡率を彼らの住居事 情によって説明。
⑲ブリストルは,住宅の貧困においてロンドンから数えて第三位を占めている。
[PR]

by shihonron | 2010-11-02 23:33 | レジュメ
2010年 11月 02日

第23章 第5節のレジュメ その2

    c 移動民
①起源は農村----大部分は工業に従事している一つの人民層
・資本の軽歩兵であって,資本はこれを自分の必要に応じてあるときはこの点に,あるときはあの点 に役げこむのである。それは,行軍していないときは「野営」している。移動労働はいろいろな 建築工事や排水工事や煉瓦製造や石灰焼や鉄道建設などに利用される。それは疫病の遊撃隊で, それが陣を敷く場所の近隣に天然痘やチフスやコレラや猩紅熱などをもちこんでくる。
・鉄道建設などのような投資額の大きい企業では,たいていは企業者自身が自分の軍隊に木造小屋 の類をあてがうのであるが,それは衛生設備などはなにもない急造の部落であって,これには地方 官庁の取締りも及ばず,請負人の旦那には非常に有利なもので,彼は労働者たちを産業兵士として と同時に借家人として二重に搾取する。
・1864年9月,ドクター・サイモンの報告----線路に沿ってあちこちに労働者の居住用の仮小屋,窓 のすぐ下の汚ない水たまりや便所からくる毒気,疫病の巣窟,天然痘や熱病の続発と死,
(131)石灰質の大きな丘にいくつもの洞穴----土工その他の鉄道建設工事に従事する労働者の住居。穴は狭 くて湿っぽくて,汚物の出口も便所もない。同時に煙突の役もする天井の小穴があるだけ。

②炭鉱やその他の鉱山の労働者は,イギリスのプロレタリアートの最高給部類に属する。彼らの住 居の事情。通例は----自分の労働者たちのためにいくつかの小屋を設ける。労働者たちは小屋と 燃料用石炭とを「無償で」受け取る----賃金の現物支給部分。----鉱山地方は,鉱山従業員その ものやその周囲に群がる手工業者や小売商人などから成る一大人口を急速に引き寄せる。人口密 度の高いところ----地代は高い。採鉱業者は,坑口の近くにあるできるだけ狭い敷地に,自分の労 働者とその家族を詰め込むのにちょうど必要なだけの小屋を建てようとする。付近に新坑が開か れたり,旧坑が再開されたりすれば,雑踏はいっそうひどくなる。
・ドクター・ジュリアン・ハンター----ノーサンバランドやグラムの鉱山にしばりつけられている 坑夫やその他の労働者の住居。極端に悪いのは,一室に詰められる人数が多い,狭い敷地に非常に 多くの家,水が不足し便所がない,家の上に家を重ねる----企業家は全部落を,まるでただ野営し ているだけで駐屯しているのではないかのように,取り扱う。
・ドクター・スティヴンズ----大きな鉱山部落----住民の健康を保証するためのどんな手段も顧み られない----現物賃金制度のどんな部分も,これらの人口稠密な地方で行なわれているもの以上 に悪くはありえない。労働者は,悪疫的影響に振り巻かれた家を自分の貸金の一部として受け取 ることを強制されている。労働者は水の供給もこの所有者から受ける。彼はその代価を賃金から の引去りに甘んじなければならないのである。
③資本は----工場の危険な機械にたいする保護設備や鉱山の換気・保安装置などを禁欲。
・鉱山労働者の住居について,枢密院医務官ドクター・サイモンの報告
 劣悪な家屋設備を弁解する口実----鉱山は普通は賃借りで採掘,貸借契約の期間(炭鉱ではたい てい21年)が短かすぎるために,鉱山賃借人はその企業が引き寄せる労働者や小売商人などに良 い家屋設備を供給することを労に値するとは考えない。地主は鉱山所有者としての資格では,彼 の所有地で労働するように産業移民部落を招き寄せ,次に地面の所有者としての資格では,自分の 集めた労働者たちが住居を見いだすことを不可能にする。このような商売の分け方にたいしては, 鉱山賃借人(資本家的採鉱業者)はそれに反対するべき金銭上の理由はなにももっていない。な ぜならば,彼は,地面所有者の要求が法外であっても,その結果は自分の負担にはならないという こと,それを負担する労働者たちは自分の衛生権を知るにはあまりにも無教育だということ,そし て,どんなにきたない住居でも,どんなに腐った飲み水でも,そんなものがストライキの原因にな るということはけっしてないということを,よく知っている 

    d 恐慌が労働者階級の最高給部分に及ぼす影響
①恐慌が労働者階級の最高給部分にたいしてさえ,労働者階級の貴族にたいしてさえ,どんな影響を 及ぼすか。
・1857年には毎回産業循環の終点になる大恐慌起こる。次の循環期は1866年に終わった。
・1866年5月に恐慌は起きた----恐慌は金融的な性格。ロンドンのある巨大銀行の破産がその信号 となり,続いて無数の金融的思惑会社が倒れた。破局に見舞われたロンドンの大事業部門の一つ は,鉄船建造業。この事業の巨頭たちは,好景気時代に際限もなく過剰生産----信用の泉が相変わ らず豊かに流れ続けるだろうという見込みから,巨額の注文を引き受けていた。そこへ恐ろしい 反動が起きて,それが他のロンドン諸産業でも現在すなわち1867年3月末まで続いている。
・1867年のはじめに苦難の中心地を訪れた『モーニング・スター』の一通信員の詳細な報道一節。
 ロンドンの東部----諸地区では,少なくとも15,000人の労働者がその家族も含めて極度の窮乏状 態にあり,そのうちには3.000人以上の熟練機械工。彼らの貯えも6か月から8か月の失業のために なくなってしまった。----救貧院(ポプラーの)入り口まで行くには非常に骨が折れた。という のは,そこは飢えた群集に囲まれていたからである。----人々は張出し屋根の下で敷石にする石 を砕く作業をしていた。----この一つの救貧院だけで7,000人が救助を受けていたが,そのうちの 何百人かは6か月か8か月前にはこの国の熟練労働の最高の賃金をとっていた人々だった。----私 が同じ光景を二度とは見たくないと思うような荒廃と絶望----もっとよい未来へのあらゆる希望 がなくなってしまったかのようにため息

②1866年の恐慌の余波については,トーリ党系の一新聞からの抜き書。ロンドンの東部,鉄船建造  業の所在地,つねに最低限以下を支払われているいわゆる「家内労働」の所在地でもある。
・飢えて死にかかっている----彼らは4万もいる。----このすばらしい首都の一地区で,世界に類の ない莫大な富の蓄積のすぐそばで,4万の人が飢えて途方にくれているのだ!

③ベルギーでは「労働の自由」,または,同じことであるが,「資本の自由」が労働組合の専制によ っても工場法によっても侵害されていないという理由から,ベルギーを労働者の楽園として描く ことが,イギリスの資本家のあいだに流行している。
・ベルギーのある標準的な労働者の家庭の一年間の収支----栄養状態が兵卒や水兵や囚人のそれと 比較されている。
④水兵や兵卒どころか囚人とでさえ同じ栄養をとることのできる労働者の家庭はわずかしかない。

⑤この「資本家たちの楽園」----ベルギー全国で93万の家庭----45万の労働者家庭(人口225万) のうち20万以上は貧民名簿に載っている

    e イギリスの農業プロレタリアート
①資本主義的生産・蓄積の敵対的な性格が野蛮に現われているという点では,イギリス農業(牧畜 を含む)の進歩とイギリス農業労働者の退歩とにまさるものはない。
・近代的農業はイギリスでは18世紀の中ごろから始まる。といっても,生産様式の変化が出発する 基礎としての土地所有関係の変革は,それよりもずっと前から始まるのであるが。
②アーサー・ヤングの1771年の農村労働者に関する報告。
・非常にみじめ----「豊かに暮らして富を蓄積することができた」と言われる14世紀末。「都市で も農村でもイギリス労働者の黄金時代」だった15世紀
・1777年の一書----貧しい農業労働者----地主と借地農業者とが手を携えて労働者を抑圧

③農村での実質労賃。1737年から1777年までに25%下落。同じ時にドクター・リチャード・プライス。「おそかれ 早かれこの王国全体がジェントルマンと乞食,貴族と奴隷だけから成り立つようになる。」
・「労働の価格の増加----生活費の増加割合の半分にもならない。」

④1770年から1780年までのイギリスの農村労働者の状態----その後二度とは到達されなかった理想 ----小麦の量で表わせば,1770年から1771年までの彼の平均賃金は90パイントだったが,1797年に は65パイント,1808年には60パイント

⑤労働者が露命をつなぐために必要な名目額まで教区が施し物の形で名目賃金を補った。借地農業 者が支払った賃金と教区が補填した賃金不足額との割合は,二つのことを示している。
 第一は,最低限を割る労賃低下,第二は,農村労働者が賃金労働者と受救貧民とから構成されてい た度合い,または農村労働者がその教区の農奴に転化されていた程度である。
・平均的状態を代表するような一つの州----ノーサンプトンシャ。1795年には不足額は労賃の4分 の1よりも少なかったのに,1814年には半分以上になっている。----それ以来ずっと,借地農業者 が飼っているすべての動物のうちで,物を言う道具である労働者は,最も酷使され,最も悪いもの を食わされ,最も手荒く取り扱われるものになってしまった。
⑥しばらくは同じ事態がそのまま続いたが,ついに
 「1830年のスウィング一揆----工業的イングランドと同じに農業的インクランドでも地表の下で は貧困と暗い反抗的不満とが激しく燃えていることを,山なす穀物の炎によってわれわれ(支配 階級)の前にあばき出した。」
⑦サドラーは下院で農村労働者を「白色奴隷」("white slaves")と名づけた。ウェークフィール ドの言「南イングランドの農村労働者は奴隷ではなく,自由人でもなく,彼は受救貧民である。」

⑧穀物法廃止の直前,農村労働者の状態。1844年から1845年。『モーニング・クロニクル』紙----自由党機関 紙。三か村で----労働者の犬賃金の中からかなり大きな部分を,家賃という名月で着服。
⑨穀物法の廃止はイギリスの農業に異常な衝撃を与えた。大規模な排水,畜舎内飼育や人工飼料植 物栽培の新方法,機械的な施肥装置,粘土地の新処理法,鉱物性肥料使用,蒸気機関や各種の新作業 機,いっそう集約的な耕作一般,これらのものがこの時代を特徴づけている。
・新たに採用された機械によって(相対的な)経常費がほとんど半減。この最近の時期には,農村 労働者人口の積極的減少が,耕作面積の拡張,いっそう集約的な耕作,土地に合体された資本と土 地耕作に投ぜられた資本との未首有の蓄積,イギリス農業史上に比類のない土地生産物の増加,土 地所有者の地代収入の増大,資本家的借地農業者の富の膨張と,手を携えて進んだ。
 (148) 1851年から1871年までにイングランドでは20ac.未満の借地農場は900以上減少。50ac.から75ac.ま での借地農場は8253から6370に減少。100ac.未満の他のすべての借地農場も同様に減少。同じ20年間に大 借地農場の数は増加。300---500ac.のものは7771から8410に,500ac.以上のものは2755から3914に,1000ac. 以上のものは492から582に増加。          (1h=100a=10,000㎡,1ac.=4047㎡)

⑩ロジャーズ教授----自由主義派,コブデンやブライトの友人
・今日のイギリスの農村労働者----1770~1780年時代比,その状態は非常に悪化,「彼は再び農奴に なっており」,しかも食物も住居も悪い農奴になっている。
・ドクター・ジュリアン・ハンター----農村労働者の住居に関する彼の画期的な報告。  
 農村労働者----借地農業者の勘定ではゼロ----彼の所得をこれ以上減らすことについては,彼は, もともとなにもないのだから平気だ。
⑪1863年,流刑および懲役刑に処せられた罪人の給養および従業状態に関する公式の調査
 イングランドの監獄での罪人の常食と,同じ国の救貧院の受救貧民や自由な農村労働者の常食--- -前者が他の二つの部類よりずっとよい栄養----懲役刑の労働量は,農村労働者の約半分。
⑫1863年の医事調査委員会の一般的結論
 農村労働者家庭の一大部分の常食が「飢餓病を防ぐための」最低限度以下
⑬借地農業者自身のもとに住み込んでいる僕婢は,栄養を豊富に与えられる。
⑭イングランドの農村労働者が連合王国の他の諸地方に見られるよりもずっと粗悪な食物
⑭ドクター・サイモンの公式の衛生報告
 農村労働者の状態----ことに最近の30年か20年のあいだに害悪は急激に大----借地農場がどんな に大きくても,そこに一定数の労働者住宅がなければならないという法律はない----各教区は,そ こに居住する農村労働者の数を最小限に制限するという金銭上の関心----農村労働はたいていは 受救的貧困への道,しかもこの貧困は,すぐに教区の救済に頼ることが必要になる----農業人口が 定着するということはその教区の救貧税をそれだけ多くすることになる。家屋の破壊。土地には 耕作が必要である。それに従事する労働者は,地主の借家人ではなく,おそらく三マイルも離れた 開放村落からやってくる。つまり,閉鎖村落で彼らの小屋がこわされてからは,この開放村落で多 数の小家主が彼らを受け入れたのである。大地主たちが自分の支配する土地の人口を減らして救 貧税を免れる。農村地方の伝染病の蔓延。非伝染病の発生。
 (165) 「労働者たちの家」----農村労働者は,借地農業者のほかに,この兼業家主を第二の主人として見い だす。同時に彼はこの家主からの買い手でもなければならない。これらの開放村落は,じっさい,イギリス の農業プロレタリアートの「流刑地」である。
 (167) 「新婚の夫婦は,同じ寝室に寝るとしごろの兄弟姉妹のためには,けっして有益な勉強にはならない。
⑮ドクター・ハンター----イングランドのすべての州で5375戸の農村労働者の小屋を調査
 この2195戸には寝室は一つしかなく,2930戸には二つだけ。次に12の州について要点
  1 ベッドフォードシャ    2 バークシャ   3 バッキンガムシャ
  4 ケンブリッジシャ     6 エセックス   6 へリフォードシャ
  7 ハンティンドンシャ 8 リンカンシャ 9 ケント
  10 ノーサンプトンシャ 11 ウィルトシャ 12 ウースタシャ


34都市への不断の移住,農業借地の集中や耕地の牧場化や機械の採用などによる農村での不断の 「人口過剰化」,小屋の破壊による農村人口の不断の追い立て,これらのこと手を携えて進んで行く。
 農村では局地的過剰人口と最も悪疫培養的な人間の詰めこみがますますひどくなる。
・小村落や市場町での人間集団の密度の増大は,農村の表面でのむりやりの人間排出に対応。
・絶えまなく進行する農村労働者の「過剰化」は,彼らの受救的貧窮のゆりかごである。住宅苦は 最後の抵抗力を挫いて,彼らを地主や借地農業者のほんとうの奴隷にし,労賃の最低限度を彼らに とっての自然法則として固定する。
・農村は,その恒常的な「相対的人口過剰」にもかかわらず,同時に人口不足である。これは,局地 的に現われるだけではなく,収穫期にも春や夏にも,非常に念入りで集約的なイギリスの農業が臨 時の人手を必要とする多くの時期にどこでも見られること。
・一時的または局地的な労働不足がひき起こすものは,労賃の引き上げではなく,女や子供に農耕を 強制すること,この強制がますます低い年齢層に下がって行くこと。----それがまた男の農村労 働者の過剰化とその賃金の抑制とへの新たな手段になる。イングランドの東部ではこの悪循環の みごとな成果---いわゆるガングシステム(作業隊制度)が盛んに行なわれている。

35作業隊制度----一例としてリンカンシャ
・新たな借地農場----労働の供給は,丘陵の背をうねる田舎道に沿って何マイルも遠くにある開放 村落から得られた----たくさんの人手が必要な軽い仕事は作業隊によって行なわれる。
36土地は,草取りや土砕きやいくらかの施肥や石拾いなどのような多くの軽い畑仕事を必要とする。 それは,開放村落に住居のある作業隊すなわち組織された隊によって行なわれる。

37作業隊は,10人から40人か50人までの人員----女や少年少女(13~18歳)と男女の子供(6~13  歳)から成っている。ガングマスター(隊の親方)----普通の農村労働者,大抵はいわゆる不良, ならずもので,だらしのない酒飲みではあるが,いくらかの企業心と手腕とをもっている。彼は作 業隊を募集し,この隊は彼の下で働くもので,借地農業者の下で働くのではない。借地農業者とは 彼は大抵出来高で契約する。彼の収入は平均して普通の農村労働者の収入よりもたいして高くは ない。親方は農場から農場に移り歩いて,自分の隊を1年に6~8か月働かせる。
38この制度の「暗い面」は,子供や少年少女の過度労働であり,5,6マイルからしばしば7マイルも離 れた農場への道を彼らが毎日往復するというひどい強行軍であり,最後に「作業隊」の風紀のわ るいことである。
39ここに述べたような典型的な形の作業隊は,公共作業隊,普通作業隊,または移動作業隊と呼ばれ る。そのほかに私設作業隊(人数が少なく,老農僕の下で労働,子供たちの受ける支払や取り扱い はより劣悪)というのもある。
40作業隊制度は近年ますます拡大。それは隊の親方のためにではなく,大借地農業者かまたは大地 主の致富のために存在する。借地農業者にとっては,自分の手もとにおく労働人員を正常な水準 よりもずっと少なくしておきながら,しかもどんな臨時の仕事のためにもつねに臨時の人手を準 備しておき,できるだけわずかな貨幣でできるだけ多くの労働を取り出し,成年男子労働者を「過 剰」にするためには,この制度以上に気のきいた方法はない。
[PR]

by shihonron | 2010-11-02 23:32 | レジュメ
2010年 11月 02日

第23章 第5節のレジュメ その3

    f アイルランド
①ここで問題になる事実
②アイルランドの人口は1841年---8,222,664,1851年---6,623,985,1861年---5,850,309。1866年に は550万となって,ほぼ1801年の水準まで減少。この減少は飢饉年の1846年から始まったもので, アイルランドは20年足らずでその人口の5/16以上を失った。その移民総数は1851年5月から1865 年7月までに1,591,487人を教え,1861~1865年の最近5年間の移民は50万を越えた。
③人口の減少は生産物量の減少を伴った。

④家畜や人間の生活手段を供給する農耕
    表B 耕地および草地(または牧場)として利用される土地の面積の増減
⑤   表C 作付面積,1ac.当たり生産物,総生産物の増減----1864年と1865年との比較
⑥アイルランドの大地主,大借地農業者,産業資本家の財布に起きた変動。
    表D 課税所得額
⑦1864年および1865年,利潤の分配(借地農業者利潤を除く)
    表E アイルランドにおけるD項の利潤所得
⑧イングランドにとっては,アイルランドに見られるような人口放出は致命的であろう。しかし,ア イルランドは今ではただ幅の広い堀で区切られたイングランドの一農業地帯でしかないのであっ て,イングランドに穀物や羊毛や家蓄を供給し,また産業と軍隊との新兵を供給している。

⑨人口の減少は多くの土地を耕作の外に投げ出し,土地生産物を減らし,牧畜用地面積の拡張にもか かわらずいくつかの牧畜部門では絶対的減少を生みだした。それにもかかわらず,住民数の減少 につれて地代と借地農業利潤とは絶えず増大した。その理由----借地農場の合併や耕地の牧場化 につれて総生産物中のより大きな部分が剰余生産物になった,また最近20年来,肉類や羊毛など のイングランド市場価格が上昇。
⑩人口の減少につれて農業に充用される生産手段の量も減少したのに,農業に充用される資本の量 が増加したのは,以前は分散されていた生産手段の一部分が資本に転化されたからである。
⑪工業や商業に投ぜられたアイルランドの総資本は,最近の20年間に,ゆっくりと蓄積された。この 総資本の個々の構成部分の集積は,ますます急速に発展した。この総資本は人口の減少に比べれ ば,膨脹した。
⑫ここでは,正統派経済学にとって自説の確証のためにこれ以上にけっこうなものは望めないよう な一つの過程が,われわれの目の前で大規模に展開されているのである。すなわち,その説によれ ば,貧困は絶対的な人口過剰から生じ,人口の減少によって均衡が回復されるというのである。
 (186a) マルサスの言うように人口に比例してではなく,人口に反比例して貧困が広がっているということ。

⑬1846年にアイルランドでは飢饉が100万以上の人間を,といってもただ貧乏人だけを,殺した。こ の飢饉はこの国の富には少しも損害を与えなかった。
・その後20年間の,そして今もなお増大しつつある人口流出は,三十年戦争などとは違って,人間と いっしょにその生産手段をも激減させはしなかった。
・合衆国への移民は一つの組織的な過程----一時的に住民のなかに穴をあけるというようなもので はなく,そのために絶対的人口水準は年々低下。
 (186b) 1851年から1874年までの期間に,国外移住者の総数は2,325,922となっている。

⑭国内に残った人々,つまり過剰人口から解放されたアイルランドの労働者たちにとっては,結果は どうだったか? 相対的過剰人口は今日でも1846年以前と同様に大きいということ,労賃は同様 に低くて労働苦は増してきたということ,農村の困窮が再び新しい危機を呼び起こしそうだとい うこと,これが結果だった。その原因は簡単。農業での革命が移民といっしょに進んだ。相対的 過剰人口の生産が人口の絶対的減少よりも速く進んだのである。----中小借地農業者はますます, 資本家的経営の農耕の競争に圧迫され,したがって賃金労働者階級に絶えず新兵を供給する。ア イルランドのただ一つの大工業であるリンネル製造業は,それ自身の領域内での絶え間ない動揺 よって絶えず相対的過剰人口を生みだしている。農村民の貧困は巨大なシャツ工場などの台座に なっており,これらの工場の労働者軍の大部分は農村に散在している。

⑮アイルランドの農村日雇労働者の状態----農村の今でも非常に低い賃金率は,それでも過去20年 間に50~60%高くなっている。しかし,この外観上の騰貴の背後には,賃金の実質的低下が隠され ている。----その間に生じた必要生活手段の価格騰貴にはけっして追いつかないからである。

⑯必要生活手段の価格は20年前に比べて約二倍になっている。

⑰ただ貨幣で表わされた賃金率を比較するだけでは,とうてい正しい結果は出てこない。飢饉以前 には農村の賃金の大きな部分が現物で支払われていた。今日では貨幣支払が通例である。
・飢饉以前には農業日雇人はわずかながらも土地をもっていた----今日では自分のすべての生活手 段を買わなければならないだけではなく,豚や家畜や卵の販売からの収入も失っている。

⑱以前は農村労働者は小借地農業者と融合していて,たいていはただ大中の借地農場の後衛になっ ているだけで,これらの農場に自分たちの仕事を見いだしていたのである。1846年の破局以後は じめて彼らは純粋な賃金労働者の階級の一部分なりはじめた。

⑲1846年の彼らの住宅状態がどんなものだったかは,人々の知るとおりである。----その小屋のひ どさは,イングランドの農村地方でわれわれの前に繰り広げられたその種の最悪のものをはるか に上回っている。。

⑳農業革命の第一幕は,作業農地にあった小屋を,最大の規模で,また上から下された合い図にでも 従うかのように,一掃してしまうことだった。こうして,多くの労働者は村落や都市に避難所を求 めた。そこでは彼らは屋根裏や穴ぐらや地下室に,最悪の地区の片すみに,ぼろくずのように投げ こまれた。悪徳の温室に移植された。男たちは今では付近の借地農業者のもとで,最も不安な賃 金形態で,雇われる。そのうえに「今では彼らは農場への遠い道を往復しなければならず,そのた めにからだを弱め,病気にかかり,ひいては困窮に陥ることも多い。」

21「都市は,農村地方で過剰な労働者を年々受け入れ」,人々は「町や村では労働者の過剰が一般だ のに,耕地では労働者の不足が一般だということ!」を不思議がっている。この不足が感ぜられ るのは,ただ「春秋の,農業労働の緊要な季節」だけのことで,「その他の季節には多くの人手が 遊んでいる」のであり,「収穫が終われば,10月から春まで,彼らにはほとんど仕事がない」ので あり,また,彼らは,仕事のある季節にも「しばしば何日もむだにすることがあり,また各種の作業 中断に出会うおそれがある」のである。

22農業革命(耕地の牧場化や機械の充用や最も厳重な労働節約など)の前述のような結果は,アイ ルランドで自分の領地に住んでいる模範地主たちによって,ますます激しくされる。----これら の小借地人は,一般に普通の日雇労働者の賃金よりもわずかな賃金で自分たちの大地主のために 苦役することを余儀なくされ,しかもそのさい,たいせつな播種や収穫の時期に自分の畑をほうっ ておかなければならない

23われわれはイングランドの農村プロレタリアートのところでも同様な現象に出会っている。だが, 両者の違いは,工業国のイングランドでは産業予備軍が農村で補充されるが,農業国のアイルラン ドでは農業予備軍が都市で,すなわち駆逐された農村労働者の避難所で,補充されるということで ある。
・イングランドでは農業の過剰人口が工場労働者に転化する。アイルランドでは都市に追い出され た人々は,同時に都市の貸金に圧迫を加えはするが,やはり農業労働者なのであり,労働需要に応 じて絶えず農村に送り返されるのである。

24官庁報告者たちは,農業日雇労働者の物質的状態を次のように概括
 「彼らの賃金は,やっと彼らとその家族との食費と住居費とをまかなえるだけのもの----彼らの 住居の環境は,その他のいろいろな欠乏といっしょになって,この階級をまったく特別にチフスや 肺病の危険にさらしている

25報告者たちの一様な証言によれば,暗い不満がこの階級の隊列にしみこんでいるということや,こ の階級が過去をなつかしみ,現在を憎み,未来に絶望し,「扇動家たちの悪い影響に左右され」た だ,アメリカに移住するという一つの固定観念を抱いているだけだということは,少しも不思議で はない。これこそは,人口減少という偉大なマルサス的万能薬によって緑のイリアン〔アイルラ ンドの旧名〕が転化させられた逸楽郷なのである!

26アイルランドの工場労働者----イギリスの工場監督官ロバート・ベーカー
 非常に乏しい資力のなかから自分の子供たちに教育を受けさせてやろうとするアイルランドの一 人の熟練労働者の労苦----これがアイルランドの賃金で,これがアイルランドの生活なのだ!

27アイルランドの貧困は再びイギリスでの今日の問題になっている。「あれほどの大旦那の身でな んて人間らしいことだ!」

28イングランドとスコットランドとアイルランドのほんのわずかの巨大地主が年々の全国総地代収 入のうちから呑みこむ獅子の分けまえはあまりにも莫大な額にのぼるので,賢明なイギリス政府 は,地代の分配については利潤の分配についてと同じような統計材料を与えないのが適当だと考 えるのである。ロード・ダファリンは巨大地主の一人----彼は断言するのである,アイルランド は今なお人口過剰であり,移民の流れは相変わらず緩慢にすぎる,と。完全に幸福になるためには ----ロード・ダファリンは100万のたった1/3しか新しい瀉血を要求していないが,実際には200万 くらいの放出がなければイアリンの至福千年国は建設されえないのである。

29集中は,1851年から1861年までに,おもにはじめの三つの部類,すなわち1ac.未満から15ac.未満ま での借地農場をなくした。15ac.以上100ac.未満という第四,第五,第六の部類は,イングランドで はずっと前から知られているように,資本主義的穀物栽培には小さすぎ,牧羊のためにはほとんど ないに等しい大きさである。----アイルランドは350万の人口でもまだ貧乏であり,そしてその貧 乏は人口過剰のせいなのだから,イングランドの牧羊場であり放牧場であるというアイルランド の真の使命を果たすためには,その人口減少はもっともっと進行しなければならないということ である。
 (188b) 農業革命を強行してアイルランドの人口を大地主たちの気にいる程度まで稀薄にするために,飢饉 やそれに誘発された諸事情が個々の土地所有者によってもイギリスの立法によってもどんなに計画的に利 用されたか,これを私は本書の第三部の土地所有に関する篇のなかでもっと詳しく論証するであろう。
 1815年のイギリスの穀物法は,大ブリテンへの穀物の自由輸入の独占権をアイルランドに保証した。この穀 物法は穀作を人為的に助成したわけである。この独占権は,1846年に穀物法が廃止されると同時に突然取り 除かれた。この事件一つだけでも,アイルランドの耕地の牧場化や借地農場の集中や小農の駆逐に一大飛躍 を与えるのに十分である。1815年から1846年まではアイルランドの土地の豊かさをたたえ,それは自然その ものによって小麦作に定められた土地だと声高く宣言していたのに,それからはにわかにイギリスの農学者 も経済学者も政治家も,アイルランドの土地は緑草飼料の生産以外にはなににも適しないということな発見 するのである!

30このような有益な方法にも,この世のすべての善事につきものであるように,その弊害がある。ア イルランドでの地代の蓄積と同じ足並みでアメリカでのアイルランド人の蓄積が進む。羊と牛に 押しのけられたアイルランド人は,大洋の彼方にフィニア会員として立ち上がる。そして年老い た海の女王に向かって,若い巨大な共和国が威嚇的に,そしてますます威嚇的に,そびえ立ってく るのである。
[PR]

by shihonron | 2010-11-02 23:31 | レジュメ
2010年 01月 05日

第5章 第1節 労働過程のレジュメ その1

レジュメ 第5章 労働過程と価値増殖過程 第1節 労働過程                   
                          
第1段落 労働過程をどんな特定の社会的形態にもかかわりなく考察することが課題
・労働力の使用は労働そのものである。
・彼の労働を商品に表わすには、彼はそれをなによりも使用価値に、なにかの種類の欲望を満足させるのに役だつ物に表わさなければならない。だから、資本家が労働者につくらせるものは、ある特殊な使用価値、ある一定の品物である。
・使用価値または財貨の生産は、それが資本家のために資本家の監督のもとで行なわれることによっては、その一般的な性質を変えるものではない。それゆえ、労働過程はまず第一にどんな特定の社会的形態にもかかわりなく考察されなければならないのである。

★ここでは「第1節 労働過程」の課題が示されている。それは、労働過程をどんな特定の社会的形態にもかかわりなく考察することである。別言すれば、有用労働一般の運動を考察することである。

■フランス語版では次のようになっている。
《労働力の売り手が商品を生産するためには、彼の労働は有用でなければならない。すなわち、使用価値のうちに実現されなければならない。したがって、資本家が自分の労働者に生産させるものはある個別的な使用価値、ある個別的な物品である。》《したがってわれわれは、社会のあれこれの経済的発展段階が有用労働に刻印するかもしれない個々の独自性はすべて度外視して、まず、有用労働一般の運動を考察しなければならない。》(上巻167頁)

第2段落 労働の持つ意義、労働は合目的的行動
・労働は、まず第一に人間と自然とのあいだの一過程であり、人間は自分と自然との物質代謝を自分自身の行動によって媒介し、規制し、制御する。
・人間は、自然素材を、彼自身の生活のために使用されうる形態で獲得するために、彼の肉体にそなわる自然力、腕や脚、頭や手を動かす。人間はこの運動によって自分の外の自然に働きかけてそれを変化させ、そうすることによって同時に自分自身の自然[天性]を変化させる。彼は、彼自身のうちに眠っている潜勢力を発現させ、その諸力の営みを彼自身の統御に従わせる。
・労働過程の終わりには、その始めにすでに労働者の心像のなかには存在していた、つまり観念的にはすでに存在していた結果が出てくるのである。労働者は、自然的なものの形態変化を引き起こすだけではない。彼は自然的なもののうちに、同時に彼の目的を実現するのである。
・その目的は彼が知っているものであり、法則として彼の行動を規定するものであって、彼は自分の意志をこれに従わせなければならないのである。そして、これに従わせるということは、ただそれだけの孤立した行為ではない。労働する諸器官の緊張のほかに、注意力として現われる合目的的な意志が労働継続期間全体にわたって必要である。

★労働は、①人間と自然の間の物質代謝を媒介し、②自然に働きかけて変化させると同時に自分自身の自然[天性]を変化させる(さまざまな能力を獲得する)。また労働は、合目的的な行動である。

■《労働は、使用価値の形成者としては、有用労働としては、人間の、すべての社会形態から独立した存在条件であり、人間と自然とのあいだの物質代謝を、したがって人間の生活を媒介するための、永遠の自然必然性である。》(国民文庫85頁・原頁57)

第3段落 労働過程の3つの契機
・労働過程の単純な諸契機は、合目的的な活動または労働そのものとその対象とその手段である。

★労働過程の3つの単純な契機 ①労働そのもの ②労働対象 ③労働手段

第4段落 労働対象――天然に存在する労働対象と労働生産物である原料
・人間のために最初から食料や完成生活手段を用意している土地(経済的には水もそれに含まれる)は、人間の手を加えることなしに、人間労働の一般的対象として存在する。
・労働によってただ大地との直接的な結びつきから引き離されるだけの物は、すべて、天然に存在する労働対象である。それは、たとえばその生活要素である水から引き離されて捕らえられる魚であり、原始林で伐り倒される木であり、鉱脈からはぎ取られる鉱石である。
・これに反して、労働対象がそれ自体すでに過去の労働によって濾過されているならば、われわれはそれを原料と呼ぶ。ば、すでにはぎ取られていてこれから洗鉱される鉱石はそれである。

★土地は人間労働の一般的対象である。

★労働対象には、天然に存在する労働対象と労働生産物である原料がある。

第5段落 労働手段
・労働手段とは、労働者によって彼と労働対象とのあいだに入れられてこの対象への彼の働きかけの導体として彼のために役だつ物またはいろいろな物の複合体である。
・労働者は、いろいろな物の機械的、物理的、化学的な性質を利用して、それらのものを、彼の目的に応じて、ほかのいろいろな物にたいする力手段として作用させる。
・労働者が直接に支配する対象は――完成生活手段、たとえば果実などのつかみどりでは、彼自身の肉体的器官だけが労働手段として役だつのであるが、このような場合を別として――労働対象ではなく、労働手段である。
・土地は彼の根源的な食糧倉庫であるが、同様にまた彼の労働手段の根源的な武器庫でもある。それは、たとえば彼が投げたりこすったり圧したり切ったりするのに使う石を提供する。
・土地はそれ自身一つの労働手段ではあるが、それが農業で労働手段として役立つためには、さらに一連の他の労働手段とすでに比較的高度に発達した労働力とを前提する。
・およそ労働過程がいくらかでも発達していれば、すでにそれは加工された労働手段を必要とする。最古の人間の洞窟のなかにも石製の道具や石製の武器が見いだされる。加工された石や木や骨や貝殻のほかに、人類史の発端では、馴らされた、つまりそれ自身すでに労働によって変えられた、飼育された動物が、労働手段として主要な役割を演じている。
・労働手段の使用や創造は、人間特有の労働過程を特徴づけるものである。
・死滅した動物種属の体制の認識にとって遺骨の構造がもっているのと同じ重要さを、死滅した経済的社会構成体の判定にとっては労働手段の遺物がもっているのである。
・なにがつくられたかではなく、どのようにして、どんな労働手段でつくられるかが、いろいろな経済的時代を区別するのである。労働手段は、人間の労働力の発達の測定器であるだけではなく、労働がそのなかで行なわれる社会的諸関係の表示器でもある。

■《労働者は、いろいろな物の機械的、物理的、化学的な性質を利用して、それらのものを、彼の目的に応じて、ほかのいろいろな物にたいする力手段として作用させる。》は、新日本出版社版では《彼は、それらの諸物を彼の目的に応じて、他の諸物に働きかける力の手段として作用させるために、それらの物の機械的・物理的・化学的諸属性を利用する。》(308頁)となっている。また、長谷部訳では《彼は諸物を、能力手段として他の諸物に――彼の目的に応じて――作用させるために、それらのものの力学的・物理学的・化学的な属性を利用する。》(152頁)とされている

■《死滅した動物種属の体制》は、新日本出版社版では《絶滅した動物種属の身体組織》(309頁)となっている。

第6段落 もっと広い意味での労働手段――土地や建物など
・もっと広い意味で労働過程がその手段のうちに数えるものとしては、その対象への労働の働きかけを媒介ししたがってあれこれの仕方で活動の導体として役だつ物のほかに、およそ過程が行なわれるために必要なすべての対象的条件がある。それらは直接には過程にはいらないが、それらなしでは過程はまったく進行することができないか、またはただ不完全にしか進行することができない。この種類の一般的労働手段はやはり土地そのものである。なぜならば、土地は、労働者に彼の立つ場所[ locus stand]を与え、また彼の過程に仕事の場所[field of employment]を与えるからである。この種類のすでに労働によって媒介されている労働手段は、たとえば作業用の建物や運河や道路などである。

★労働が行われるために必要なすべての対象的条件(物的条件)は労働手段である。

第7段落 労働過程とその結果である生産物
・要するに労働過程では人間の活動が労働手段を使って一つの前もって企図された労働対象の変化を引き起こすのである。この過程は生産物では消えている。その生産物はある使用価値であり、形態変化によって人間の欲望に適合するようにされた自然素材である。
・労働はその対象と結びつけられた。労働は対象化されており、対象は労働を加えられている。
・労働者の側に不静止の形態で現われたものが、今では静止した性質として、存在の形態で、生産物のうちに現われる。労働者は紡いだのであり、生産物は紡がれたのである。

★労働の結果は、使用価値という物の性質(静止した性質・静止的な属性)として表されている。これが労働の対象化(労働が物の属性として現れること)である。ここでは、具体的有用的労働の対象化について述べている。他方、商品の価値は、商品に対象化した抽象的人間的労働である。

★労働過程とその結果について次のように述べていると思われる。労働過程では、労働は流動状態にある=労働そのものであり、「過程」「運動」である。その結果は、「静止した性質(属性)」として「存在の形態」として生産物のうちに現われる。

第8段落 生産物の立場から見れば――生産手段と生産的労働
・この全過程をその結果である生産物の立場から見れば、二つのもの、労働手段と労働対象とは生産手段として現われ、労働そのものは生産的労働として現われる。

★「生産物の立場」とは、「労働過程の結果の立場」「静止した性質の立場」である。

第9段落 生産物は、労働過程の結果であるだけではなく、同時にその条件でもある 
・ある一つの使用価値が生産物として労働過程から出てくるとき、それ以前のいくつもの労働過程の生産物である別の使用価値は生産手段としてこの労働過程にはいっていく。この労働の生産物であるその同じ使用価値が、あの労働の生産手段になる。それだから、生産物は、労働過程の結果であるだけではなく、同時にその条件でもあるのである。

★例えば、布は織布という労働過程の生産物であるが、糸は生産手段としてこの労働過程に入っていく。製糸という労働過程の生産物である糸が、織布労働の生産手段になる。糸は、製糸という労働過程の結果であるだけではなく、織布という労働過程の条件でもある。また織機は機械製造という労働過程の生産物であるが織布という労働過程の生産手段になる。織機は、機械製造という労働過程の結果であるだけではなく、織布という労働過程の条件でもある。

第10段落 労働対象が天然に与えられている場合の他は原料が労働対象
・鉱山業や狩猟業や漁業など(農業は、最初に処女地そのものを開墾するかぎりで)のように、その労働対象が天然に与えられている採取産業を除いて、他のすべての産業部門が取り扱う対象は、原料、すなわちすでに労働によって濾過された労働対象であり、それ自身すでに労働生産物である。たとえば農業における種子がそれである。
・特に労働手段について言えば、その大多数は、どんなに浅い観察眼にも過去の労働の痕跡を示しているのである。

★開墾とは山野を切り開いて新しく田畑にすることだが、それを採取産業と呼ぶのは適切ではないように思う。これ以前の叙述では一貫して土地は労働手段だとされていたが、、処女地そのものの開墾においては、処女地そのものが労働対象であり、開墾された土地は労働手段といえるのではないか(土地は作物栽培の手段であり、種子が労働対象といえよう)。原始林を伐採する場合には、切られる樹木が労働対象であり、自生している果実をもぎ取る場合なら、もぎとられる果実が労働対象であろう。

第11段落 生産物の主要実体(主要材料)と補助材料
・原料は、ある生産物の主要実体をなすことも、またはただ補助材料としてその形成に加わることもありうる。
・補助材料は、石炭が蒸気機関によって、油が車輪によって、乾草がひき馬によって消費されるように、労働手段によって消費されるか、または、塩素がまだ漂白されていないリンネルに、石炭が鉄に、染料が羊毛につけ加えられるように、原料のうちに素材的変化を起こすためにつけ加えられるか、または、たとえば作業場の照明や採暖のために用いられる材料のように、労働の遂行そのものを助ける。
・主要材料と補助材料との区別は本来の化学工業ではあいまいになる。なぜならば、充用された諸原料のうちで再び生産物の実体として現われるものはなにもないからである。

■後の箇所では《原料と補助材料》という言い方もされている。
《要するに、生産手段すなわち原料や補助材料や労働手段に転換される資本部分は、生産過程でその価値量を変えないのである。》(国民文庫363頁・原頁223)

■原材料(げんざいりょう、英語:raw material)とは、物(製品など)を製造するための元になる物。
原材料は原料と材料を組み合わせた言葉である。両者とも似たような言葉ではあるが、違いとしては原料は通常、物(製品など)が完成したときに原型をとどめていない物のことを指す。(『ウィキペディア』より)

第12段落 同じ生産物がさまざまな労働過程の原料になる
・物はそれぞれさまざまな性質をもっており、したがっていろいろな用途に役立つことができるので、同じ生産物でも非常にさまざまな労働過程の原料になることができる。たとえば穀物は製粉業者や澱粉製造業者や酒造業者や飼畜業者などにとって原料である。それは、種子としてはそれ自身の原料になる。
・同様に、石炭は生産物としては鉱山業から出てくるが、生産手段としてはそれにはいっていく。

★《石炭が生産手段として鉱山業にはいっていく》とは、水をくみ上げるポンプなどの蒸気機関の燃料になるといったこと。

第13段落  同じ生産物が同じ労働過程で労働手段としても原料としても役だつ
・同じ生産物が同じ労働過程で労働手段としても原料としても役だつことがある。
・たとえば家畜の肥育では、家畜という加工される原料が同時に肥料製造の手段でもある。

★ここでは同じ労働過程が、家畜の生産(肥育)と肥料製造という二つの側面をもっているということだろう。家畜の生産においては、家畜は労働対象(原料)であり、肥料製造においては、糞尿が労働対象、家畜が労働手段ということである。肥料製造において家畜が労働手段であるというのは、穀物生産において、土地が労働手段(労働対象は穀物)であることと同様に理解できる。

第14段落 原料としての生産物のいろいろな形態――中間製品と完成品
・消費のために完成された形態で存在する生産物が、たとえばぶどうがぶどう酒の原料になるように、新しく別の生産物の原料になることもある。
・または、労働がその生産物を、再び原料として使うよりほかにはないような形態で手放すこともある。この状態にある原料、たとえば綿花や繊維や糸などのようなものは、半製品とよばれるが、中間製品と呼ぶほうがよいかもしれない。
・最初の原料は、それ自身すでに生産物であるにもかかわらず、いろいろな過程から成っている一つの全段階を通らなければならないことがあり、その場合には、それを完成生活手段または完成労働手段として押し出す最後の労働過程にいたるまでの各課程で、絶えざる変化する姿で絶えず原料として機能するのである。

■「半製品」と呼ばれる物として国民文庫版では、《綿花や繊維や糸など》があげられているが、フランス語版では《綿花や糸やキャラコなど》、長谷部訳では《綿花・縫糸・織糸など》、マルクス・コレクションでは《綿花、糸、撚糸》となっている。
   【綿花】ワタの種子を包む繊維。紡いで綿糸とする。
   【繊維】微細な糸状物質。
   【糸】繊維が長く線状に連続したもの。綿糸・毛糸など短い繊維を紡績したものと、生糸・合成繊維など長い繊維からなるものがある。
   【キャラコ】緻密に織った薄地平織り綿布。
   【撚糸】糸によりをかけること。また、よりをかけた糸。
[PR]

by shihonron | 2010-01-05 22:30 | レジュメ
2010年 01月 05日

第5章 第1節 労働過程のレジュメ その2

第15段落 原料か労働手段か生産物かは使用価値が労働過程で占める位置による
・要するに、ある使用価値が原料か労働手段か生産物のうちのどれとして現われるかは、まったくただ、それが労働過程で行なう特定の機能、それがそこで占める位置によるのであって、この位置が変ればかの諸規定も変るのである。

第16段落 労働過程に入った生産物は生きてい労働の対象的条件として機能するだけ
・それだから、生産物は、生産手段として新たな労働過程にはいることによって、生産物という性格を失うのである。それは、ただ生きてい労働の対象的条件として機能するだけである。紡績工は、紡錘を、ただ自分が紡ぐための手段としてのみ取り扱い、亜麻を、ただ自分が紡ぐ対象としてのみ取り扱う。この過程そのものでは、亜麻や紡錘が過去の労働の産物だということはどうでもよいのである。

第17段落 生きている労働は生産手段を消費して生産物を生み出す 
・生きている労働は、労働手段と労働対象をつかまえ、生き返らせて、単に可能的な使用価値から現実の有効な使用価値に変えなければならない。
・生きている労働は生産手段を目的に適するように消費して生産物を生み出す。生産物には生活手段と生産手段がある。生活手段は個人的消費の対象であり、生産手段は、生産的消費の対象であり、新しい生産物の形成要素として消費される。

■《商品は、まず第一に、外的対象であり、その諸属性によって人間のなんらかの種類の欲望を満足させる物である。この欲望の種類は、それがたとえば胃袋から生じようと空想から生じようと、少しも事柄を変えるものではない。ここではまた、物がどのようにして人間の欲望を満足させるか、直接に生活手段として、つまり受用の対象としてか、それとも回り道をして生産手段としてかということも、問題ではない。》(国民文庫71-72頁・原頁49)

第18段落 生きている労働によって過去の労働の生産物は使用価値として維持される 
・このように、現にある生産物は労働過程の結果であるだけではなくてその存在条件でもあるとすれば、他面では、それを労働過程に投げ入れることは、つまりそれが生きている労働に触れることは、これらの過去の労働の生産物を使用価値として維持し実現するための唯一の手段なのである。

★使用価値の実現とは消費することであり、ここでは生産的に消費されることで使用価値の実現がなされることを述べている。

第19段落 生産的消費と個人的消費
・労働はその素材的諸要素を、その対象と手段とを消費し、それらを食い尽くすのであり、したがって消費過程である。
・この生産的消費が個人的消費から区別されるのは、後者は生産物を生きている個人の生活手段として消費し、前者はそれを労働の、すなわち個人の働きつつある労働力の生活手段として消費するということである。
・それゆえ、個人的消費の生産物は消費者自身であるが、生産的消費の結果は消費者とは別の生産物である。

■長谷部訳で次のようになっている。
《労働は、それらの質料的諸要素――それの対象とそれの手段――を消費し、それらを食い尽くすのであり、つまり消費過程である。》

第20段落 生産手段としての生産物や自然素材の利用
・その手段やその対象がそれ自身すでに生産物であるかぎりでは、労働は、生産物をつくるために生産物を消費する。
・言い換えれば、生産物の生産手段として生産物を利用する。
・しかし、労働過程が元来はただ人間とその助力なしに存在する土地とのあいだだけで行なわれるように、今もなお労働過程では、天然に存在していて自然素材と人間労働との結合を少しも表わしてはいない生産手段も役立っているのである。

■《元来は》は、長谷部訳と新日本出版社版では《本源的には》となっている。また、マルクス・コレクションでは《しかし、もともと労働過程は人間と、人間の手が加わることなく存在していた大地との間にのみ生じたものである。》(272頁)となっている。

第21段落 これまで述べてきたような労働過程は歴史貫通的
・これまでにわれわれがその単純な抽象的な諸契機について述べてきたような労働過程は、使用価値をつくるための合目的的活動であり、人間の欲望を満足させるための自然的なものの取得であり、人間と自然とのあいだの物質代謝の一般的条件であり、人間生活の永久的な自然条件であり、したがって、この生活のどの形態にもかかわりなく、むしろ人間生活のあらゆる社会形態に等しく共通の物である。
・それだから、われわれは労働者を他の労働者との関係のなかで示す必要はなかったのである。
・一方の側にある人間とその労働、他方の側にある自然とその素材、それだけで十分だったのである。

★《単純な抽象的な諸契機》とは、労働そのもの、労働対象、労働手段のこと。

★「《労働者を他の労働者との関係のなかで示す》とは、どのような生産関係のもとでの生産であるかということではないか。

■「第1章 第2節 労働の二重性」では次のように述べられていた。
《人間は、衣服を着ることの必要に強制されたところでは、だれかが仕立屋になるよりも何千年も前から裁縫をやってきた。しかし、上着やリンネルなど、すべて天然には存在しない素材的富の要素の存在は、つねに特殊な自然素材を特殊な人間欲望に適合させる特殊な合目的的生産活動によって媒介されなければならなかった。それゆえ、労働は、使用価値の形成者としては、有用労働としては、人間の、すべての社会形態から独立した存在条件であり、人間と自然とのあいだの物質代謝を、したがって人間の生活を媒介するための、永遠の自然必然性である。
 使用価値である上着、リンネルなど、簡単に商品体は、二つの要素の結合物、自然素材と労働の結合物である。上着やリンネルなどに含まれるいろいろな有用労働の総計を取りさってしまえば、あとには常に或る物質的な土台が残るが、それは人間の助力なしに天然に存在するものである。人間は、彼の生産において、ただ自然がやるとおりにやることができるだけである。すなわち、ただ素材の形態を変えることができるだけである。それだけではない。この形をつける労働そのものにおいても、人間はつねに自然力にささえられている。だから、労働は、それによって生産される使用価値の、素材的富の、ただひとつの源泉なのではない。ウィリアム・ペティの言うように、労働は素材的富の父であり、土地はその母である。》(国民文庫85頁・原頁57-58)

第22段落 生産手段と労働力を購入した将来の資本家のところへ帰る
・われわれの将来の資本家のところに帰ることにしよう。
・われわれが彼と別れたのは、彼が商品市場で労働過程のために必要な要因のすべてを、すなわち対象的要因または生産手段と人的要因または労働力とを買ってからのことだった。
・彼は、抜け目のないくろうとの目で、紡績業とか製靴業とすいうような彼の専門の営業に適した生産手段と労働力とを選び出した。
・そこで、われわれの資本家は、自分の買った商品、労働力を消費することに取りかかる。
・すなわち、労働力の担い手である労働者にその労働によって生産手段を消費させる。
・労働過程の一般的な性質は、この過程を労働者が自分自身のためにではなく資本家のために行なうということによっては、もちろん変らない。
・また、長靴をつくるとか糸を紡ぐとかいう特定の仕方も、さしあたりは、資本家の介入によって変るわけではない。
・資本家は、さしあたりは、市場で彼の前に現われるがままの労働力を受け取らなければならないし、したがってこの労働力が行なう労働をも、資本家がまだいなかった時代に生じた形のままで受け取らなければならない。
・労働が資本に従属することによって起きる生産様式そのものの変化は、もっとあとになってからはじめて起きることができるのであり、したがって、もっとあとで考察すればよいのである。

★《われわれの将来の資本家》という表現が使われているのは、流通部面で生産手段と労働力を購入した貨幣所有者は、潜勢的に資本家であるに過ぎず、生産過程を経てはじめて実際に資本家になるからではないか。

■「第4章 貨幣の資本への転化」の第22段落では次のように述べられていた。
《この単純な流通または商品交換の部面から、卑俗な自由貿易論者は彼の見解や概念を取ってくるのであり、また資本と賃労働との社会についての彼の判断の基準をとってくるのであるが、いまこの部面を去るにあたって、われわれの登場人物たちの顔つきは、見受けるところ、すでにいくらか変っている。さっきの貨幣所持者は資本家として先に立ち、労働力所持者は彼の労働者として後についていく。一方は意味ありげにほくそえみながら、せわしげに、他方はおずおずと渋りがちに、まるで自分の皮を売ってしまってもはや革になめされるよりほかにはなんののぞみもない人のように。》(国民文庫309頁・原頁190-191)

★《労働が資本に従属することによって起きる生産様式そのものの変化》について、「ここでの生産様式は、《長靴をつくるとか糸を紡ぐとかいう特定の仕方》と述べられているように生産の特定の仕方(生産方法)のことであり、資本主義にふさわしい生産の仕方(生産方法)とは大工業のことであろう。

■『資本論辞典』(青木書店刊)では《生産様式という語は、より狭くは、直接的生産過程において労働の技術的および社会的条件に制約された〈生産の仕方〉ないし〈生産の方法〉の意味に用いられる。》と述べられている。

第23段落 資本家による労働力の消費過程が示す2つの特有な現象  
・ところで、労働過程は、資本家による労働力の消費過程として行なわれるものとしては、二つの特有な現象を示している。

第24段落 ①労働者の労働は資本家に属し、資本家の監督の下で行われる
・労働者は資本家の監督のもとに労働し、彼の労働はこの資本家に属している。
・資本家は、労働が整然と行なわれて生産手段が合目的的に使用されるように、つまり原料がむだにされず労働用具が大切にされるように、言い換えれば作業中の使用によってやむを得ないかぎりでしか損傷されないように、見守っている。

■英語では、指揮は command 監督は control である。

■《[指揮および監督の機能は資本に属する]多くの労働者による社会的な労働は指揮を必要とすし、それを行なう指揮者を必要とする。資本によって実現される協業では、指揮の機能は資本に属する資本の機能であり、その人格的担い手は、まずもって資本家である。
 資本のもとでの労働は労働者にとって、自分の立てた目的を実現する自分の労働ではなく、資本の目的を実現するための他人の労働だから、彼らの労働には資本による監督が必要である。これはもちろん資本の機能であり、まずもって資本の人格化である資本家が彼らの監督者となる。
 指揮は多人数による社会的労働が社会形態にかかわりなく必要とするものであり、監督は賃労働という労働の社会的形態が要求するものであって、両者はほんらい区別されるべきものであるが、実際には、どちらも資本の機能として渾然一体となって資本家によって遂行され、〈指揮・監督〉という一つの機能として現われる。
 まずもって資本家自身によって果たされるこの指揮・監督の機能はやがて資本家から特別な種類の労働者、すなわちマネージャー(産業士官)やもろもろの職制(産業下士官)に譲り渡されるようになる。
 一方では、資本のもとでの協業に必要な指揮および監督が資本家によって行なわれるところから、およそ協業には資本が必要であるかのような転倒した観念が生まれるとともに、他方では、これらの機能が特別な種類の労働者によって遂行されるところから、指揮ばかりでなく監督までも、社会形態にかかわりのない社会的労働一般が必要とするものであるかのような転倒した観念が生まれる。》(大谷禎之介『図解社会経済学』159-160頁)

第25段落 ②生産物は資本家の所有物である、またその根拠
・また、第二に、生産物は資本家の所有物であって、直接的生産者である労働者のものではない。
・資本家は、労働力のたとえば1日分の価値を支払う。そこで、労働力の使用は、他のどの商品の使用とも同じに、たとえば彼が一日だけ賃借りした馬の使用と同じに、その一日は彼のものである。
・彼が資本家の作業場にはいった瞬間から、彼の労働力の使用価値、つまりその使用、労働は、資本家のものになったのである。
・資本家の立場からは、労働過程は、ただ彼が買った労働力という商品の消費過程でしかないのであるが、しかし、彼は、ただそれに生産手段をつけ加えることによってのみ、それを消費することができるのである。
・労働過程は、資本家が買った物と物とのあいだの、彼に属する物と物とのあいだの、一過程である。
・それゆえ、この過程の生産物が彼のものであるのは、ちょうど、彼のぶどう酒ぐらのなかの発酵過程の生産物が彼のものであるようなものである。
              
[PR]

by shihonron | 2010-01-05 22:25 | レジュメ
2008年 06月 30日

第13章 第10節のレジュメ

第10節 大工業と農業
① 農業での機械の使用----労働者の「過剰化」
大工業が農業とその生産当事者たちの社会的諸関係とにひき起こす革命は後述。ここでは,予想される結果を簡単に示唆しておく。農業での機械の使用は,それが工場労働者に与えるような肉体的な損害をもたらすおそれはほとんどないが,あとで詳しく見るように,それは農業では労働者の「過剰化」にいっそう強く作用し,また反撃を受けることなく作用する。
 たとえば,ケンブリッジ州やサフォーク州では,耕地面積は最近20年来非常に拡張されてきたが,農村人口は同じ期間に単に相対的にではなく絶対的にも減少した。北アメリカ合衆国では農業機械はしばらくはただ可能的に労働者にとって代わっただけだった。すなわち,農業機械は生産者により大きな地面の耕作を許すが,現実に雇っていた労働者を追い出したわけでない。

② 農業の部面では,大工業は,古い社会の堡塁である「農民」を滅ぼして賃金労働者をそれに替えるかぎりで,最も革命的に作用する。こうして,農村の社会的変革要求(必要性)と対立(階級闘争)は都市のそれと同等にされる(均等化される)。旧習になずみきった不合理きわまる経営に代わって,科学の意識的な技術的応用が現われる。
資本主義的生産様式は原始的な家族紐帯を引き裂く    
 農業や製造工業の幼稚未発達な姿にからみついてそれらを結合していた原始的な家族紐帯を引き裂くことは,資本主義的生産様式によって完成される。

農業と工業とのより高い総合のための,物質的諸前提をもつくりだす
 同時にまた,この生産様式は,一つの新しい,より高い総合のための,すなわち農業と工業との対立的につくりあげられた姿を基礎として両者を結合するための,物質的諸前提をもつくりだす。
 資本主義的生産は,それによって大中心地に集積される都市人口がますます優勢になるにつれて,一方では社会の歴史的動力を集積するが,他方では人間と土地とのあいだの物質代謝を攪乱する。すなわち,人間が食料や衣料の形で消費する土壌成分が土地に帰ることを,つまり土地の豊穣性の持続の永久的自然条件を,攪乱する。したがってまた同時に,それは都市労働者の肉体的健康をも農村労働者の精神生活をも破壊する。
 しかし,同時にそれは,かの物質代謝の単に自然発生的に生じた状態を破壊することによって,再びそれを,社会的生産の規制的法則として,また人間の十分な発展に適合する形態で,体系的に確立することを強制する。
 農業でも,製造工業の場合と同様に,生産過程の資本主義的変革は同時に生産者たちの殉難史として現われ,労働手段は労働者の抑圧手段,搾取手段,貧困化手段として現われ,労働過程の社会的な結合は労働者の個人的な活気や自由や独立の組織的圧迫として現われる。都市に集中することによって都市労働者の抵抗力は増大するが,農村労働者が比較的広い土地の上に分散すれば,それとともに彼らの抵抗力は失われる。都市工業の場合と同様に,現代の農業では労働の生産力の上昇と流動化の増進とは,労働力そのものの荒廃と病弱化とによってあがなわれる。

資本主義的生産----土地をも労働者をも破壊
 資本主義的農業のどんな進歩も,ただ労働者から略奪するための技術の進歩であるだけではなく,同時に土地から略奪するための技術の進歩でもあり,一定期間の土地の豊度を高めるためのどんな進歩も,同時にこの豊度の不断の源泉を破壊することの進歩である。たとえば北アメリカ合衆国のように,その発展の背景としての大工業から出発するならば,その度合いに応じてそれだけこの破壊過程も急速になる。
 それゆえ,資本主義的生産は,いっさいの富の源泉である土地をも労働者をも破壊することによってのみ,社会的生産過程の技術と結合とを発展させるのである。


[PR]

by shihonron | 2008-06-30 08:30 | レジュメ
2008年 06月 30日

第13章 第9節のレジュメ その2

<以下,エンゲルスによりフランス語版から第4版に取り入れられた>              s.517
⑯ 繊維工業に適用されている法律の適用拡大----1864年,土器工業(製陶業を含む),壁紙・マッチ・雷管・弾薬筒製造,びろうど剪毛業。
⑰ 1867年,工場法拡張法,作業場規制法が,勅裁を得た。前者は大きな事業部門を規制し,後者は小さな事業部門を規制する。
⑱ 工場法拡張法が規制するものは,熔鉱炉,製鉄所および製鋼所,鋳造工場,機械製造工場,金属加工工場,グッタペルカゴム工場,製紙工場,ガラス工場,タバコ工場,さらに印刷工場および製本工場,また一般にこの種の工業作業場で年間に少なくとも100日間50人以上を使用するもののすべてである。
⑲ この法律で確定されたいくつかの定義。
「手工業とは・「作業場とは・「従業(就業)とは・「親とは----定義 ,罰則の対象
⑳ この法律の諸規定に違反して児童,少年労働者および婦人を従業させることにたいする罰則は,親----作業場所有者,「児童,少年労働者または婦人の保護者であるかまたはその労働から直接の利益を受けるものである親またはその他のもの」にたいしても,罰金を規定している。
21 大工場に適用される工場法拡張法は,工場法よりも後退している。
22 作業場規制法は,細目においてみすぼらしいものだったが,その施行を委任された都市や地方の官庁の手のなかで,死文のままになっていた。1871年にこの施行権を工場監督官の手に移したが,監督官についている職員は,あまりにも手不足だったのに,たった8人の補助員が増されただけだった。
23 この1867年のイギリスの立法----一面では,資本主義的搾取の行き過ぎにたいしてあのように徹底的でな広範な処置を原則的に採用する必要が支配階級の議会に強制されたということ。他面では,次いで現実にこの処置を行なうにあたって議会が示した不徹底,不本意,不誠意な態度である。
24 1862年の調査委員会は鉱山業の新たな規制をも提案----この産業では土地所有者の利害と産業資本家の利害とが相伴う----この対立がないということは,鉱山立法における遷延と術策とを説明するに足りる。
25 議会は1842年の鉱山法によって自分の良心を救わなければならなかったのであるが,この法律では女と10歳末満の子どもとの地下労働を禁止するだけにとどまった。
26 1860年には鉱山監督法が現われた。この法律は,任命された監督官がおかしいほど少数だったということ,彼らの権限がひどく小さなものだったということ,----まったく一つの死文でしかなかった。
27 鉱山に関する最近の青書の一つは,『鉱山特別委員会報告書。1866年7月23日』,「報告」そのものはたった5行で,その内容は,委員会としてはなにも言うことはない,もっと多くの証人が尋問されなければならない! というのである。
28 議会の尋問委員----そのなかには鉱山所有者も採掘業者もいるのである。証人は鉱山労働者で,多くは炭鉱労働者である。このまったくの茶番は,あまりにもよく資本の精神を特徴づけている。

29 (1)鉱山での10歳以上の少年の従業。                         s.520
労働は,鉱山への往復のほかに,通例14時間から15時間,例外的にはもっと長く,朝の3時,4時,5時から晩の4時,5時まで続く。成年労働者は2交替で,すなわち8時間ずつ労働するが,少年には,費用を節約するために,このような交替はない。幼い子どもは,引き戸の開閉・石炭運びなどの重労働に使われる。このような地下の長時間労働は18歳か22歳まで続き,この年ごろから本来の鉱山労働への移行が始まる。鉱山労働者たちは,ほとんど一様に,14歳末満の鉱山労働を禁止する法律を要望している。

30 (2)教育。
 鉱山労働者たちは,子どもたちの強制教育のための法律を要望している。彼らは,10~12歳の少年を使用するには教育証明書が必要だという1860年の法律の条項はただの妄想だ,と言う。
「もしも国が,どんな子どもでも学校にやることを要求したとすれば,すべての子どもを入れるための学校はいったいどこから出てくるのか?子どもだけでなく,大人の鉱山労働者も大部分は書くことも読むこともできない。」

31 (3)婦人労働。                                   s.522
婦人労働者は,1842年以後はもはや地下では使われないが,地上では石炭の積み込みなどや,運河や鉄道貨車まで炭車を引っぱって行くことや,石炭の選別などに使われる。その使用は最近3~4年のあいだに非常にふえた。それらはたいてい鉱山労働者の妻や娘や寡婦で,年は12歳から50歳,60歳に及ぶ。
----この娘たちの多くは1日に10トンを持ち上げている。」「鉱山で働く婦人労働者は-----不良の割合は工場の娘の場合よりも大きい。」----娘たちの社会的堕落は悲惨であり,極端。このような娘が鉱山労働者の妻になれば,夫たちはこの堕落のためにひどく苦しんで,家庭をよそにして酒に走ることになる。」----炭鉱の婦人労働に匹敵するようなものはどこにも見当たらない。それは男の労働,しかも強壮な男に向く労働だ。鉱山労働者----その妻に助けてもらうどころか,彼女たちによって下のほうに引っぱられるのだ。」
32 「炭鉱主たちは何人かの紳士を監督に任命し,この紳士たちは,炭鉱主たちの気にいられようとして,すべてを経済的な土台に乗せる方策をとっている----使われる娘たちは1日に,もし男ならば2シリング6ペンスもらうはずの場合でも,1シリングから1シリング6ペンスを受け取るにすぎない。」

33 (4)検屍陪審。                                   s.523
「-----鉱山のことはまったくなにも知らない人々が陪審員にされる。労働者は,証人としてのほかはけっして呼ばれない。 近所の小売商人が採用されるが,彼らは自分の顧客である鉱山主の勢力下にあるうえに,証人の使う専門用語が全然わからない。われわれは,鉱山労働者が陪審の一部分を構成することを要望する。判決は概して証言とは矛盾している。」「陪審員は公平ではないというのか?----そうだ。」

34 (5)不正な度量衡。労働者たちは,2週ごとでなく1週ごとの支払,運炭槽の容積によらないで重量による計量,不正な度量衡の使用の防止などを要望。「もし炭槽が不正に大きくされたならば,労働者は2週間の予告期間をおいてその鉱山をやめることができる-----だが,よそに行っても同じこと-----不正は一般に行なわれている」

35 (6)鉱山監督。労働者は爆発性のガスによる災害に苦しむだけではない。
「炭坑内のほとんど呼吸もできないような悪い換気----そのために労働者はどんな種類の仕事もできなくなる。----毒気のために多くの人々が何週間も病床に投げ込まれている。監督官に苦情を言ってやれば,その男は解雇され,『注意』人物になって,よそでも仕事は見つけられなくなる。1860年の『工場監督法』は,ほんとの紙くずでしかない。監督官は,その数も少なすぎるが,おそらく7年に1度形式的な巡察をするだけだろう。われわれの監督官は,まったく無能な70歳の老人だが,その人が130以上の炭鉱を管轄している。
36 この種の尋問は,ついに調査委員長にとってさえあまりにもばかばかしくなってくる。「きみたちが求めているのは,自身で鉱山を見回って監督官に報告する実務的な人々で,そうなれば監督官も自分のいっそう高い学識を用いることができるわけだ。」「このような古い坑の全部の換気装置には,かなりの費用がかかるのではないか?-----そうだ,費用はかさむかもしれないが,人命が保護されるだろう。」

37 ある炭鉱労働者は1860年の法律の第17条に抗議して言う。                 s.524
「現在では,鉱山のある部分が就業不可能な状態にあるのを鉱山監督官が発見すれば,彼はそれを鉱山所有者と内務大臣とに報告しなければならない。鉱山所有者----はいっさいの変更を拒否することができる。ただし,彼は内務大臣に書面を出して,5人の鉱山技師を推薦しなければならない。 そのなかから大臣は裁定人を選ぶ。この場合実質的には鉱山所有者は自分自身の審判者を任命することになる。」

38 彼自身鉱山所有者であるブルジョア尋問委員は言う。                   s.525
「鉱山技師は一種の公的な性格をもっていて,そのために彼らの決定はきみたちの懸念するような不公平なものにはならないのではないか?-----「彼らが多くの場合非常に不公平な態度をとるということ,そして人命にかかわるような場合には彼らからこの権力を取り上げるべきだということを,私は確信する。」
39 同じブルジョアはあつかましくも質問する。
「もし爆発すれば鉱山所有者も損をするのだとは思わないか?」
40 最後に次のような問答がある。
「きみたち労働者は,政府の援助を求めないで,自分の利害には自分で注意していることはできないのか?-----できない。」
41 1865年には大ブリテンに3217の炭鉱があり,そして-----監督官は12人だった。----各鉱山の視察は10年に1回しか行なわれえないことになる。近年(ことに1866年と1867年)は大災害が件数でも規模でも(しばしば200~300人の労働者を犠牲にして)累進的に増大してきたのも,驚くにあたらない。
42 1872年の法律は,欠点だらけのものではあっても,鉱山で従業する児童の労働時間を規制し,また採掘業者と鉱山所有者とにある程度までいわゆる災害の責任を負わせる最初の法律である。
43 農業における児童,少年,婦人の従業状態。工場立法の諸原則を,修正された形で,農業に適用しようとするいろいろな試み----失敗に終わった。このような諸原則を一般的に適用しようとする逆らうことのできない傾向は存続している。
44 労働者階級の肉体的精神的保護手段として工場立法の一般化が不可避になってきたとすれば,それはまた他方では,すでに示唆したように,矮小規模の分散的な労働過程から大きな社会的規模の結合された労働過程への転化を,したがって資本の集積と工場制度の単独支配とを,一般化し促進する。工場立法の一般化は,資本の支配をなお部分的におおい隠している古風な形態や過渡形態をことごとく破壊して,その代わりに資本の直接のむき出しの支配をもってくる。したがってまた,それはこの支配にたいする直接の闘争をも一般化する。それは,個々の作業場では均等性,合則性,秩序,節約を強要するが,他方では,労働日の制限と規制とが技術に加える非常な刺激によって,全体としての資本主義的生産の無政府と破局,労働の強度,機械と労働者との競争を増大させる。それは,小経営や家内労働の諸部面を破壊するとともに,「過剰人口」の最後の逃げ場を,したがってまた社会機構全体の従来の安全弁をも破壊する。それは,生産過程の物質的諸条件および社会的結合を成熟させるとともに,生産過程の資本主義的形態の矛盾と敵対関係とを,したがってまた同時に新たな社会の形成要素と古い社会の変革契機とを成熟させる(322)。
(322) ロバート・オーエンは,協同組合工場や協同組合売店の父----彼のいろいろな試みにおいて工場制度から出発しただけではなく,理論的にもそれを社会革命の出発点だとしていた。
{第4版へ。互いに矛盾する工場法と工場法拡張法と作業場法とによってイギリスの立法がひき起こした「新しい裁判上の紛糾」⇒1878年の工場および作業場法〔Factory and Workshop Act〕において,関係立法全体の単一法典化ができあがった。
(1)繊維工場。ここではほとんどすべてが元のままである。
(2)非繊維工場。ここではいろいろな規定が従来よりは(1)の規定に近くたっているが,まだ資本家に有利な例外。
(3)作業場。その定義は以前の法律のなかのものとだいたい同じである。
(4)18歳以上の男女の人員だけを使用する作業場。この部類にはさらに多くの緩和が適用される。
(5)家庭作業場。この場合には家族成員だけが家族の住居で従業する。いっそう弾力性のあるいろいろな規定。家庭内で営まれる麦わら細工業,レース編み業,手袋製造業の無条件放任がある。
 そのあらゆる欠陥にもかかわらず,今なおこの法律は,1877年3月23日のスイス連邦工場法と並んで,この対象に関する抜群の最良の法律である。-----イギリス的な,「歴史的な」,臨機応変的な方法と,大陸的な,フランス革命の伝統の上に築かれた,より一般化的な方法-----長所と短所とを非常にはっきりさせる。残念なことには,イギリスのこの法典は,作業場への適用に関するかぎり,大部分は今なお死文である。-----監督官の数が足りないために。
-----F・エンゲルス}


[PR]

by shihonron | 2008-06-30 08:15 | レジュメ
2008年 06月 30日

第13章 第9節のレジュメ その1

第9節 工場立法(保健・教育条項)。 イギリスにおけるその一般化       s.504
① 工場立法-----大工業の一つの必然的な産物
 工場立法,社会がその生産過程の自然発生的な姿に加えた最初の意識的な計画的な反作用,それは,すでに見たように,綿糸や自動機や電信と同様に,大工業の一つの必然的な産物である。
 イギリスの工場法のなかの労働日の時間数には関係のないいくつかの条項にも簡単に触れておく。
② 保健条項----全く貧弱
 保健条項は,全く貧弱なもので,実際には,壁を白くすることやその他いくつかの清潔維持法や換気や危険な機械にたいする保護などに関する規定に限られている(第3部で,工場主たちの熱狂的に反抗に立ち帰る)。
 一つの例で十分。スカッチング・ミル(亜麻を打って皮をはぐ工場)----周期的に秋と冬に近隣の小作人の息子や娘や妻(機械には全く無知な人々,畑仕事から連れ去られて)が,ローラーに亜麻を食わせる。その災害は,数から見ても程度から見ても機械の歴史に全く例がない。一つのスカッチング・ミルだけでも,1852年~1856年までに6件の死亡と60件の不具になる重傷。数シリングのごく簡単な設備で防止できるもの。
③ 資本主義的生産様式には最も簡単な清潔保健設備でさえも国家の側から強制法によって押しつける必要がある。資本制生産様式の性格をみごとに表現。
「1864年の工場法は,製陶業で200以上の作業場を白く塗らせ清潔にさせたが,それまで20年間も,この種の処置が節制されたのであり」(これが資本の「節欲」なのだ!)「これらの作業場では27,878もの労働者が働いているのであって,彼らは,これまでは有毒な空気を吸い込んでいて,それが他の点では比較的無害なこの仕事に病気と死とをはらませていたのである。この法律は換気装置を非常に増加させた。」
④ 工場法のこの部分は,資本主義的生産様式はその本質上ある一定の点を越えてはどんな合理的改良をも許さないものだということを,的確に示している。イギリスの医師たちは,継続的な作業の場合には一人当たり500立方フィートの空間がどうにか不足のない最小限だと言っている。工場法がそのあらゆる強制手段によって比較的小さい作業場の工場への転化を間接に推進し,したがって間接に小資本家の所有権を侵害して大資本家に独占を保証するものだとすれば,作業場でどの労働者にも必要な空間を法律で強制するということは,数千の小資本家を一挙に直接に収奪するものであろう! それは,資本主義的生産様式の根源を,すなわち資本の大小を問わず労働力の「自由な」購入と消費とによる資本の自己増殖を,脅かすものであろう。それゆえ,この500立方フィートの空気ということになると,工場立法も息切れがしてくるのである。保健関係当局・産業調査委員会・工場監督官---それを資本に強要することの不可能を繰り返す。こうして,彼らは,実際には,労働者の肺結核やその他の肺病が資本の一つの生活条件であることを宣言している。

⑤ 教育条項
 工場法の教育条項は全体としては貧弱ではあるが,初等教育を労働のための強制的条件として宣言。その成果は,筋肉労働を教育および体育と結びつけることの,可能性をはじめて実証した。工場監督官たちは,工場児童は正規の昼間生徒の半分しか授業を受けていないのに,それと同じかまたはしばしばそれよりも多くを学んでいるということを発見した。「半労半学の制度は,それぞれ一方を他方にとっての休養および気晴らしとするものであり,どちらか一方を中断なしに続けるよりもずっと適当である。」
⑥ シーニア,ロバート・オーエン
 1863年,シーニアの講演。-----上級および中級の児童の一面的で不生産的で長すぎる授業時間がいたずらに教師の労働を多くしている,それが児童の時間や健康やエネルギーを,単にむだにするだけではなく,まったく有害に乱費すると。注300で1833年の工場法に対する彼の攻撃演説と対比
 工場制度からは,(ロバート・オーエンにおいて詳細にその跡を追うことができる)未来の教育の萌芽が出てきた。この教育は,一定の年齢から上のすべての子どものために生産的労働を学業および体育と結びつけようとするもので,それは単に社会的生産を増大するための一方法であるだけではなく,全面的に発達した人間を生みだすための唯一の方法でもあるのである。
大工業は分業を奇怪なかたちで再生産----労働者は一つの部分機械の自己意識ある付属物に
⑦ すでに見たように,大工業は,一人の人間の全身を一生涯一つの細部作業に縛りつけるマニュファクチュア的分業を技術的に廃棄するのであるが,それと同時に,大工業の資本主義的形態はそのような分業をさらにいっそう奇怪なかたちで再生産する。この再生産は,a)本来の工場では労働者を一つの部分機械の自己意識ある付属物にし,b)一部は機械や機械労働のまばらな使用によって(301 本来は蒸気機関がこの労働者に代わったのであるが,今度は彼が蒸気機関の代わりをしなければならない。),c)また一部は婦人労働や児童労働や不熟練労働を分業の新しい基礎として取り入れることによって,行なわれる。
・マニュファクチュア的分業と大工業の本質との矛盾は,暴力的にその力を現わす。
 たとえば,イギリスの書籍印刷所では,以前は,徒弟たちが比較的容易な作業からもっと内容のある作業に移って行くということが行なわれていた。彼らはある修業過程を経てから一人まえの印刷工になった。読み書きができるということは,彼らのすべてにとって職業上の一つの要件だった。印刷機が現われると,なにもかも変わった。印刷機には2種類の労働者が使われ,一人は大人の労働者で機械見張り工であり,そのほかは多くは11歳から17歳までの少年機械工で,-----中断なしに14時間か15時間か16時間,そしてしばしば食事と睡眠のためにたった2時間休むだけでぶっつづけに36時間も,この苦役をやる! 彼らのうちの大きな部分は字が読めない。そして,一般に,まったくすさんだ,正常でない人間になっている。
⑧ 彼らが,子ども向きの仕事をするには年をとりすぎれば,したがって少なくとも17歳になれば,印刷所からは解雇されてしまう。彼らは犯罪の新兵になる。

・大工業は秘伝技のヴェールをはぎとった⇒技術学の発達,近代工業の技術的基礎は革命的
⑨ 作業場のなかでのマニュファクチュア的分業について言えることは,社会のなかでの分業についても言える。手工業やマニュファクチュアが社会的生産の一般的な基礎になっているあいだは,一つの専門的な生産部門への生産者の包摂,彼の仕事の元来の多様性の分裂は,一つの必然的な発展契機である。この基礎の上では,それぞれの特殊生産部門は自分に適した技術的姿態を経験的に発見し,だんだんそれを完成してゆき,一定の成熟度に達すれば急速にそれを結晶させる。----ひとたび経験的に適当な形態が得られれは労働用具もまた骨化する。18世紀にいたるまで,特殊な職業が秘伝技と呼ばれ,その秘密の世界には,経験的職業的に精通したものでなければはいれなかった。人間にたいして彼ら自身の社会的生産過程をおおい隠し,いろいろな自然発生的に分化した生産部門を互いに他にたいして謎にし,またそれぞれの部門の精通者にたいしてさえも謎にしていたヴェールは,大工業によって引き裂かれた。大工業の原理,すなわち,それぞれの生産過程を,それ自体として,さしあたり人間の手のことは少しも顧慮しないで,その構成要素に分解するという原理は,技術学というまったく近代的な科学をつくりだした。社会的生産過程の種々雑多な外観上は無関連な骨化した諸姿態は,自然科学の意識的に計画的な,それぞれ所期の有用効果に応じて体系的に特殊化された応用に分解された。また,技術学は,使用される用具はどんなに多様でも人体の生産的行動はすべて必ずそれによって行なわれるという少数の大きな基本的な運動形態を発見した。近代工業は,一つの生産過程の現在の形態をけっして最終的なものとは見ないし,またそのようなものとしては取り扱わない。それだからこそ,近代工業の技術的基礎は革命的なのであるが,以前のすべての生産様式の技術的基礎は本質的に保守的だったのである(306)
「ブルジョアジーは,生産用具を,したがって生産関係を,したがってまたいっさいの社会的関係を絶えず変革することなしには,存在することができない。これに反して,古い生産様式を不変に維持することは,以前のすべての産業階級の第一の存在条件だった。生産の不断の変革,すべての社会的状態の不断の動揺,永久の不安定と運動は,以前のすべての時代にたいしてブルジョア時代を特徴づけている。すべての固定した錆びついた関係は,それに伴う古くいかめしい観念や見解とともに解消され,いっさいの新たに形成されたものは,骨化しうる前にすたれてしまう。いっさいの不変なもの,不動なものは蒸発し,いっさいの神聖なものは冒潰され,そして,人間は,ついに,彼らの生活上の地位,彼らの相互関係を冷ややかな目で眺めることを強いられている。」(『共産党宣言』)
・大工業の本性は,労働の転換,機能の流動,労働者の全面的可動性を必然的にする
 機械や化学的工程やその他の方法によって,近代工業は,生産の技術的基礎とともに労働者の機能や労働過程の社会的結合をも絶えず変革する。したがってまた,それは社会のなかでの分業をも絶えず変革し,大量の資本と労働者の大群とを一つの生産部門から他の生産部門へと絶えまなく投げ出し投げ入れる。したがって,大工業の本性は,労働の転換,機能の流動,労働者の全面的可動性を必然的にする。
・大工業は,古い分業をその骨化した分枝をつけたままで再生産する(否定的側面)
 他面では,大工業は,その資本主義的形態において,古い分業をその骨化した分枝をつけたままで再生産する。この絶対的矛盾 がいかに労働者の生活状態の一切の静穏と固定性と確実性を剥奪するかは,すでに見てきた。この矛盾は彼の手から労働手段とともに絶えず生活手段をも奪い取ろうとし,彼の部分機能とともに彼自身を過剰なものにしようとする。また,この矛盾は労働者階級の不断の犠牲と労働力の無際限な乱費と社会的無政府の荒廃とのなかで荒れまわる。これはネガティヴな側面である。(諸訳書,仏語版参照)

・全体的に発達した個人の育成----大工業の死活問題                     s.509
 しかし,いまや労働の転換が,ただ圧倒的な自然法則としてのみ,また,至るところで障害にぶつかる自然法則の盲目的な破壊作用を伴ってのみ,実現されるとすれば,大工業は,いろいろな労働の転換(労働者のできるだけの多面性)を一般的な社会的生産法則として承認し,この法則の正常な実現に諸関係を適合させることを,大工業の破局そのものをつうじて,生死の問題にする。大工業は,変転する資本の搾取欲求のために予備として保有され自由に利用されるみじめな労働者人口という奇怪事の代わりに,変転する労働要求のための人間の絶対的な利用可能性をもってくることを,すなわち,一つの社会的細部機能の担い手でしかない部分個人の代わりに,いろいろな社会的機能を自分のいろいろな活動様式としてかわるがわる行なうような全体的に発達した個人をもってくることを,一つの生死の問題にする。

工学および農学の学校,職業学校・労働者学校
 大工業を基礎として自然発生的に発達してこの変革過程の一つの要因となるものは,工学および農学の学校(ブルジョアジーの息子のため----仏語版)であり,もう一つの要因は「職業学校」であって,この学校では労働者の子どもが技術学やいろいろな生産用具の実際の取扱いについてある程度の教育を受ける。工場立法は,資本からやっともぎ取った最初の譲歩として,ただ初等教育を工場労働と結びつけるだけだとしても,少しも疑う余地のないことは,労働者階級による不可避的な政権獲得は理論的および実際的な技術教育が労働者学校において然るべき席を獲得するであろうということである。また同様に疑う余地のないことは,資本主義的生産形態とそれに対応する労働者の経済的諸関係はこのような変革の酵素と古い分業の廃棄というその目的とに真正面から矛盾するということである。とはいえ,一つの歴史的な生産形態の諸矛盾の発展は,その解体と新形成とへの唯一の歴史的な道である。(309,ジョン・ベラーズ)

⑩ 家内労働の規制⇒子どもの権利宣言                          s.513
工場立法が工場やマニュファクチュアなどでの労働を規制----資本の搾取権への干渉として現われるだけである。ところが,家内労働の規制は,親権の,直接的侵害として現われる。大工業は古い家族制度とそれに対応する家族労働との経済的基礎とともに古い家族関係そのものをも崩壊させる。子どもの権利が宣言されざるをえなくなった。「不幸なことであるが,男女の子どもはほかのだれにたいしてよりも彼ら自身の親にたいして保護される必要があるということ」(1866年「児童労働調査委員会」)
一般に児童労働の,また特に家内労働の,無制限な搾取の制度は,「幼くてか弱い子どもにたいして親たちが自分かってな無法な権力をなんの拘束も制御もなく行使するということによって,維持される。-----親たちが,自分の子どもをいくらかの週賃金をかせぐためのただの機械にしてしまう絶対的な権力をもっていてはならない。-----子どもや少年には,親の権力の乱用に対して,立法の保護を求める権利がある。」
親の権力の乱用----資本主義的搾取様式の産物                       s.514
⑪ とはいえ,親の権力の乱用が資本による未熟な労働力の直接間接の搾取を創造したのではなく,逆に,資本主義的搾取様式こそが親権に対応する経済的基礎を破棄することによって,親にその権力を乱用させてきたのである。
大工業は,家族や両性関係のより高い形態のための新しい経済的基礎をつくりだす       
 資本主義体制のなかでの古い家族制度の崩壊がどんなに恐ろしくいとわしく見えようとも,大工業は,社会的に組織された生産過程で婦人や男女の少年や子どもに決定的な役割を割り当てることによって,家族や両性関係のより高い形態のための新しい経済的基礎をつくりだす。
 言うまでもなく,キリスト教的ゲルマン的家族形態を絶対的と考えることは,----愚かなことである。
あらゆる年齢の男女個人から結合労働人員が構成されているということ
 男女両性の非常にさまざまな年齢層の諸個人から結合労働人員が構成されているということは,この構成の自然発生的な野蛮な資本主義的形態において,すなわちそこでは生産過程のために労働者があるのであって労働者のために生産過程があるのではないという形態においえは,退廃や奴隷状態の害毒の源泉であるとはいえ,それに相応する諸関係のもとでは逆に人間的発展の源泉に一変するにちがいないのである。

工場法-----一般化の必要                                 s.514
⑫ 工場法を,機械経営の最初の姿である紡績業と織物業とのための例外法から,すべての社会的生産の法律に一般化する必要は,すでに見たように,大工業の歴史的発展行程から生ずる。というのは,大工業の背後では,マニュファクチュアや手工業や家内労働という伝来の姿は完全に変革され,マニュファクチュアは絶えず工場に,手工業は絶えずマニュファクチュアに変わり,そして最後に手工業や家内労働の諸部面は,相対的には驚くばかりの短期間に,資本主義的搾取の凶暴きわまる無法が思いのままに演ぜられる苦難の洞穴になり変わるからである。
資本の平等な搾取権の要求
・二つの事情が決着をつける。第一は,資本は社会的周辺の個々の点だけで国家統制を受けるようになると他の点でますます無節制に埋め合わせをつけるという絶えず繰り返される経験,第二は,競争条件の平等,すなわち労働搾取の制限の平等を求める資本家たち自身の叫びである。二つの衷心の叫び。
 W・クックスリ会社(ブリストルの針や鎖などの製造業者)「付近の諸工場では古い不規則な制度が続いているので,----これはわれわれにとって不正であり,損害である,というのは,少年たちの力による利益は全部われわれのものだのに,その力の一部分がそのために消耗するからである」
⑬ J・シンプソン(ロンドンの紙袋紙箱製造業者)「私は工場法実施の請願に署名するつもりである。私の工場を閉めてから,他人はもっと長く作業して自分の注文を横取りするかもしれないと思うと,いつも夜は心配でたまらない。」
 要約して「児童労働調査委員会」は次のように言う。「比較的小さい作業場を除外すれば,労働時間に関して競争条件が平等でなくなるという不公平のほかに,大きいほうの工場主にとってはまた別な不利が加わる。すなわち,彼らへの少年や婦人の労働の供給が,法律を免れている作業場のほうに向け変えられるであろう,というのがそれである。」

工場法の適用範囲拡大----工場法拡張法                           s.516
⑭ 「児童労働調査委員会」は,約半数が小経営や家内労働に搾取されている1,400,000人以上の子どもと少年と婦人を工場法のもとに置くことを提案している(⑰の工場法拡張法)。----- 「このような立法は,年少虚弱者,直接的(女性),間接的(男性)に,もっと多数の成年労働者にも,きわめて有益な影響を及ぼすであろう。規則正しい軽減された労働時間。身体の余力を節約し,蓄積する。幼少期の過度労働から保護。初等教育を受ける機会を与え,あの信じられないほどの無知にも終末を与える。」
⑮ トーリ党内閣は,1867年,産業調査委員会の提案を「法案」に作成したと告げた。そのためには,新たな20年間の無価値体実験を必要としたのだった。
---------------------------------------------------------------------------------------


[PR]

by shihonron | 2008-06-30 08:00 | レジュメ
2008年 06月 23日

第13章 第8節のレジュメ その2

e 近代的マニュファクチュアと近代的家内労働との大工業への移行        s.494
  これらの経営様式への工場法の適用によるこの革命の推進
もはや越えられない一定の自然的限界----一つの転換点・機械の時代を告げる鐘
① 女性や未成年者の労働力の単なる乱用,いっさいの正常な労働条件と生活条件との単なる強奪,過度労働と夜間労働との単なる残虐,このようなことによって労働力を安くすることは,結局は,もはや越えられない一定の自然的限界にぶつかり,またそれとともに,このような基礎の上に立つ商品の低廉化も資本主義的搾取一般も同じ限界にぶつかる。ついにこの点にきてしまえば,といってもそれまでには長くかかるのであるが,機械の採用の時が告げられ,また,分散していた家内労働(あるいはまたマニュファクチュア)の工場経営への急速な転化の時が告げられる。
② この運動の最大の実例を提供するものは,「衣料品」〔"Wearing Apparel"〕の生産である。この産業に包括されるものは,麦わら帽・婦人帽製造業者,縁なし帽製造業者,裁縫業者,ミリナーおよびドレスメーカー,シャツ製造業者およびシャツ縫い婦,コルセット製造業者,手袋製造業者,靴製造業者,その他ネクタイやカラーなどの製造。
・1861年の国勢調査によれば,イングランドとウェールズだけで1,024,267人という合計になり,したがって,農耕と牧畜とに吸収される数とだいたい同じである。
③ 「衣料品」の生産は,第一にマニュファクチュアによって営まれる。第二には比較的小さな手工業親方によって営まれるが,彼らは,マニュファクチュアや問屋のために仕事をする。最後に,家内労働者によって営まれ,彼らはマニュファクチュアや問屋の,またあまり大きくない親方さえもの,外業部になっている。大量の労働材料,原料や羊製品などは大工業から供給され,大量の安い人間材料は大工業や農業から「遊離されたもの」から成っている。
・この部面のマニュファクチュアが発生したのは,おもに,需要の変動に応じていつでも出動できる一軍を手もとに置いておきたいという資本家の要求によるものだった。
・これらのマニュファクチュアは,自分のかたわらに,分散した手工業的経営や家内経営を広大な基礎として存続させた。これらの労働部門での剰余価値の大量生産も,同時にまたその製品がますます安くなることも,主として,人間にとって可能な最大限の労働時間と結びついたただ露命をつなぐだけに必要な最小限の労賃のおかげだったし,また現にそのおかげなのである。
・商品に転化される人間の血と汗とのこの安さこそは,絶えず販売市場を拡大したし,また毎日拡大しつつあるのであり,ことにまたイギリスにとっては,それに加えてイギリス的な習慣や好みが広まっている植民地市場を拡大するのである。
・ついに一つの転換点がやってきた。旧来の方法の基礎,すなわち,体系的に発達した分業を多かれ少なかれ伴う労働者材料のただ野蛮な搾取だけでは,拡大される市場のためにも,もっと急速に激しくなる資本家たちの競争のためにも,もはや不十分になった。機械の時代を告げる鐘は鳴った。決定的に革命的な機械,すなわち,婦人服製造,裁縫,靴製造,縫い物,帽子製造,等々のようなこの生産部面の無数の部門をすべて一様にとらえる機械,-----それはミシンである。

④ ミシンが労働者に与える直接の影響                           s.496
ミシンが労働者に与える直接の影響は大工業の時代に新たな事業部門を征服するすべての機械のそれとだいたい同じである。新たなミシン労働者は,もっぱら少女と若い女である。激烈な競争は最も弱い手工労働者を打ち倒す。最近10年間のロンドンでの飢え死に(death from starvation)のものすごい増大は,ミシン裁縫業の拡大に並行している(267-----1週間に6人の飢え死に犠牲者だ!)。
⑤ 社会的経営様式の変革,この生産手段の変化の必然的産物は,種々雑多な過渡形態の入り混じるなかで実現される。これらの過渡形態は,すでにミシンがあれこれの産業部門をとらえている範囲及び時間の長さによって違っており,また,その時の労働者の状態,マニュファクチュア経営と手工業経営と家内経営とどれが優勢かということによっても,作業場の貸借料などによっても,違っている。
・今日イギリスで実際に広まっているのは,資本家がかなりたくさんのミシンを自分の建物のなかに集中し,そのミシンの生産物を家内労働者軍のあいだに分配してそれからあとの加工をさせるという制度である。しかし,過渡形態の雑多なことによって,本来の工場経営への転化の傾向が隠されてしまうのではない。この傾向を助長するものは,第一にはミシンそのものの性質であって,ミシンの多方面の応用可能性は,従来ばらばらに分かれていたいろいろな営業部門が同じ建物のなかで,また同じ資本の指揮のもとで一つにされるということを促すのである。第二には,準備的な針仕事やその他いくつかの作業も,ミシンのあるところでやるのが最も適当だという事情であり,最後に,自分のミシンで生産している手工業者や家内労働者の不可避的な収奪である。ミシンの構造の変化と価格の低下。蒸気機関が人間にとって代わって,それが,すべての同様な変革過程でそうであるように,ここでも決着をつける。一方では比較的大きいマニュファクチュアでの多数の作業機の集積が蒸気力の応用を促すとすれば,他方では蒸気と人間の筋力との競争が大工場での労働者と作業機との集積を速める。こうして,イギリスは今日広大な「衣料品」生産部面でも,そのほかのたいていの産業でと同様に,マニュファクチュアや手工業や家内労働の工場経営への変革を経験している。

産業革命の工場法の拡張による人為的促進                         s.498
⑥ この自然発生的に起きる産業革命は,婦人や少年や児童を使用するすべての産業への工場法の拡張によって,人為的に促進される。労働日の長さ,中休み,始業・終業時刻に関しての労働日の強制的規制や児童の交替制度や一定の年齢に達しないいっさいの児童の使用禁止などは,一方では,機械設備をふやすことや筋肉の代わりに蒸気を動力として用いることを強要する。他方では,時間で失われるものを空間で取り返すために,炉や建物などのような共同的に利用される生産手段の拡張が行なわれる。つまり,一口に言えば,生産手段のいっそうの集積と,それに対応する労働者のいっそうの密集とが現われるのである。マニュファクチュアと家内労働とのあいだのいろいろな中間形態や家内労働そのものについて言えば,それらの地盤は,労働日や児童労働の制限が現われれば陥没してしまうのである。安い労働力の無制限な搾取こそは,これらの形態の競争能力の唯一の基礎をなしているのである。

工場法による「自然の制限」の根絶                             s.499
⑦ 工場経営の本質的条件は,ことにそれが労働日の規制を受けることになってからは,結果の正常な確実性,すなわち与えられた時間内に一定量の商品または所期の有用効果を生産することである。さらにまた,規制された労働日の法定の中休みは,生産過程にある製品をいためないで作業を突然休んだり周期的に休んだりすることを含んでいる。もちろん,このような結果の確実性や作業の中断可能性は,化学的および物理的過程が一つの役割を演じている工業,たとえば製胸業,漂白業,染色業,製パン業,たいていの金属加工業などでよりも,純粋に機械的な工業でのほうがより容易に達成されうる。無制限な労働日や夜間労働や自由な人間乱費の慣行のもとでは,どの自然発生的な障害も生産にたいする永久的な「自然の制限」とみなされやすい。どんな毒薬が害虫を根絶するのも,工場法がこのような「自然の制限」を根絶する以上に確実ではない。そんなことは「不可能」だと,製陶業者諸氏よりも声高く叫んだものはなかった。1864年には彼らに工場法が強制された。そして,早くも16か月後にはいっさいの不可能が消えてなくなっていた。
⑧ あらゆる予言にもかかわらず,陶器の費用価格は上がらなかったが,生産物の量は増加して,1864年12月から1865年12月までの12か月間の輸出は,前3か年の平均にたいして138,628ポンド・スターリングの価値超過を示した。マッチの製造では,少年たちが,昼めしを呑みおろすあいだにさえも,熱い燐混合液の毒気を顔に受けながらそのなかに軸木を浸すということは,自然法則とみなされていた。工場法(1864年)は,時間を節約する必要によって,その蒸気が労働者に届かないような「浸し機」〔"dipping machine"〕の使用を強制した。まだ工場法の適用を受けていないレース製造業の諸部門,壁紙印刷業について。
⑨ この法律が議会を通過したときに,工場主諸君は「われわれが工場法の施行から予期したような不都合は現われなかった。生産が阻害されたというようなことは見いだされない。われわれは同じ時間で前より多く生産している。」
⑩ おそらくイギリス議会の独創性を非難するような人はないであろうが,要するに,この議会は,経験によって,労働日の制限や規制に立ちはだかる生産上のいわゆる自然障害はすべて一つの強制法によって簡単に一掃できるという見解に到達したのである。それゆえ,ある産業部門で工場法が施行されるときには,その間に工場主たちの手で技術上の諸障害を除くための6か月から18か月の期間がおかれるのである。ミラボーの,「不可能? そんなばかなことを言ってくれるな!」という言葉は,近代の技術学にはことによくあてはまる。

工場法は小親方の没落と資本の集積とを促進する
・しかし,このようにして工場法がマニュファクチュア経営から工場経営への転化に必要な物質的諸要素を温室的に成熟させるとすれば,それはまた同時に,資本投下の増大の必要によって,小親方の没落と資本の集積とを促進するのである。

労働力の支出上の不規則----生産そのものの無政府性から生ずる                 s.501
⑪ 純粋に技術的な障害や技術的に排除の可能な障害は別としても,労働日の規制は労働者たち自身の不規則な習慣にぶつかる。ことにそうなのは,出来高賃金がおもになっていて,1日または1週のある部分での時間の空費をその後の過度労働や夜間労働によって埋め合わせることができる場合であるが,この方法は,成年労働者を粗暴にし,彼の仲間の未成年者や女性を破滅させるものである。
 このような労働力の支出上の不規則は,長々しい単調な労働の苦痛にたいする一つの自然発生的な粗暴な反動でもあるとはいえ,それとは比べものにならない大きな度合いで生産そのものの無政府性から生ずるのであり,この無政府性はまた資本による労働力の無軌道な搾取を前提するのである。産業循環の一般的な周期的な局面転換やそれぞれの生産部門での特別な市況変動のほかに,ことにまた,航海に適した季節の周期性によってであろうと流行によってであろうと,いわゆるシーズンがあり,ごく短期間に仕上げなければならない大口注文の突発性がある。このような注文の習慣は,鉄道や電信の普及につれて広がる。

工場法の適用を受けていない工場                              s.502
⑫ まだ工場法の適用を受けていない工場やマニュファクチュアでは,いわゆるシーズン中は周期的にものすごい過度労働が,にわかな注文のために断続的に,広く行なわれる。工場やマニュファクチュアや問屋の外業部,すなわち家内労働の部面では,ただでさえまったく不規則で,その原料や注文に関してはまったく資本家の気まぐれしだいであり,資本家はここでは建物や機械などの償却を顧慮する必要は少しもなく,労働者自身の皮のほかはなにも賭けないでよいのであるが,このような家内労働の部面では,いつでも利用できる産業予備軍かまったく組織的に大量培養されて,それが1年のある時期には最も非人道的な労働強制によって大量殺害され,他の時期には仕事不足によって廃物にされるのである。

⑬ 「営業慣習」----法律の圧力のもとでのみ変革に服する                  s.503
技術上の障害と同じように,このいわゆる「営業慣習」(「営業の発達につれて発達してきた慣習」)も,関係資本家たちによって生産の「自然制限」だと主張されたし,また現に主張されている。彼らの産業は他のどの産業にもまして世界市場に依存しており,したがってまた航海に依存しているとはいえ,経験は彼らのうそをとがめた。いくつかの産業では,すでに充用されている労働量を一年じゅうにもっと均等に配分させるには労働日の規制によるよりほかはないのであり,この規制は,殺人的で無内容でそれ自体大工業の体制には不適当な流行の気まぐれにたいする最初の合理的な制御なのであり,大洋航行および交通機関一般の発達は,季節労働の元来の技術的根拠を廃棄しているのであり,すべてその他の制御できないと言われる事情も,建物の拡張,機械設備の追加,同時に従業する労働者数の増加,おのずから卸売商業制度に呼び起こされる反響によって,一掃されるのである。とはいえ,資本は,労働日を強制法的に規制する「一つの一般的な法律の圧力のもとでのみ」このような変革に服するのである。


[PR]

by shihonron | 2008-06-23 12:00 | レジュメ
2008年 06月 23日

第13章 第8節のレジュメその1

第8節 大工業によるマニュファクチュア,手工業,家内労働の変革        s.483
a 手工業と分業とにもとづく協業の廃棄
機械を基礎とする手工業経営の再生産は,ただ工場経営への過渡をなす
① すでに見たように機械は手工業にもとづく協業を廃棄し(一例は草刈機),また手工業的労働の分業にもとづくマニュファクチュアを廃棄する(一例は縫針製造用の機械)。
 たった1台の機械が11時間の1労働日に14.5万本を供給する(A・スミスによれば,彼の時代には10人の男が分業によって1日に4.8万本以上の縫針)。女一人または少女一人が平均して4台のこの機械を見張っているので,一人で1日に約60万本以上の縫針を生産する。単一の作業機が協業やマニュファクチュアに代わって現われるかぎりでは,この作業機そのものがまた手工業的経営の基礎になることができる。しかし,このように機械を基礎として手工業経営が再生産されるということは,ただ工場経営への過渡をなすだけでる。
 蒸気や水のような機械的動力が人間の筋肉に代わって機械を動かすようになりさえすれば,いつでも工場経営が現われるのが通例である。散在的・一時的には,小経営が,蒸気の賃借りや小型の熱機関の使用などによって,機械的動力と結びつけられるということもありうる。コヴェントリの絹織物業では「小屋工場」の実験が自然発生的に広がった。方形に建てた小屋の列の中央に,蒸気機関を置くエンジン・ハウスが一つ設けられ,この蒸気機関が小屋のなかの織機とシャフトで連結された。蒸気は織機1台当たり21/2シリングで賃借りされていた。小屋工場と本来の工場との戦いは12年以上も続いた。それは,300の小屋工場の全滅で終わった。
・たとえば封筒製造や鉄ペン製造などは,通例は,工場経営になるまでの短期間の過渡段階として,まず手工業経営を,次にマニュファクチュア経営を通った。このような変態は,製品のマニュファクチュア的生産が一連の段階的諸過程からではなく多数の無関連な過程から成っている場合には,やはり非常に困難である。こういうことは,たとえば鉄ペン工場の大きな障害になっていた。しかし,15年ほども前に,6つの無関連な過程を一度にやってしまう自動装置が発明された。

b マニュファクチュアと家内労働とへの工場制度の反作用            s.485
① マニュファクチュア編成の解体
 工場制度の発展につれて,またそれに伴う農業の変革につれて,すべての他の産業部門でも生産規模が拡大されるだけでなく,それらの部門の性格も変わってくる。生産過程をそのいろいろな構成段階に分解し,そこに生ずる諸問題を力学や化学など,要するに自然科学の応用によって解決するという機械経営の原理は,どこでも決定的になってくる。こうして,機械は,ある時はこの,ある時はあの部分過程をとらえるために,マニュファクチュアに侵入してくる。それとともに,旧来の分業から生じたマニュファクチュア編制の堅い結晶は解けて,それに代わって不断の変転が現われる。このことは別としても,全体労働者または結合労働人員の構成は根底から変革される。
分業計画は"cheap labour"の充用を基礎とする
 マニュファクチュア時代とは反対に,いまや分業の計画は,婦人労働やあらゆる年齢層の子どもの労働や不熟練工の労働,イギリス人が "cheap labour" 安い労働と呼んでいる労働の充用をできるかぎり基礎とするようになる。⇒機械の使用とは関わり無く,すべての結合された生産,家内工業にもあてはまる。
家内工業は工場やマニュファクチュアや問屋の外業部=資本が支配する別軍=下請け
 いわゆる近代的家内工業と古い型の家内工業とには名称のほかにはなんの共通点もない。後者のほうは,独立な都市手工業と独立な農民経営,労働者家族の家を前提するものである。家内工業は今では工場やマニュファクチュアや問屋の外業部に変わっている。資本によって場所的に大量に集中され直接に指揮される工場労働者やマニュファクチュア労働者や手工業者のほかに,資本は,大都市のなかや郊外に散在する家内労働者の別軍をも,目に見えない糸で動かすのである。たとえば,アイルランドのロンドンデリのティリ会社のシャツ工場は,1000人の工場労働者と田舎に分散している9000人の家内労働者とを使用している。
② 工場よりも露骨な近代的マニュファクチュアでの労働力の搾取・家内労働ではもっと露骨
・工場にある技術的基礎や筋力に代わる機械の使用や労働の容易さがマニュファクチュアにはほとんどない。また,マニュファクチェアでは女や未成年者の身体が最も容赦なく毒物などの影響にさらされている。
・この搾取は,いわゆる家内労働では,マニュファクチュアで行なわれるよりももっと露骨になる。なぜならば,労働者たちの抵抗能力は彼らの分散に伴って減ってゆき,
   多くの盗人的寄生者が本来の雇い主と労働者とのあいだに押し入り,
   どこでも家内労働は同じ生産部門の機械経営や少なくともマニュファクチュア経営と戦っており,    貧窮は労働者からどうしても必要な労働条件である空間や光や換気などをさえも取り上げ,       就業の不規則性は増大し,
   労働者どうしのあいだの競争が必然的に最高度に達するからである(大工業と大農業とによって「過剰」    にされた人々の最後の逃げ場)。
・機械経営によってはじめて体系的に完成される生産手段の節約は,はじめから,同時に冷酷きわまる労働力の乱費なのであり,労働機能の正常な諸前提の強奪なのであるが,それが今では,一つの産業部門のなかで労働の社会的生産力や結合労働過程の技術的基礎の発展が不十分であれほあるほど,このような敵対的な殺人的な面をますます多くさらけ出すのである。

c 近代的マニュファクチュア----bの諸命題の実例①               s.486
① 前述の原則の例(労働日に関する章にも多数の例証)。バーミンガムとその付近の金属マニュファクチュアは,30,000人の子どもと少年,それに10,000人の女を,多くは非常に重い労働に使用している。彼らはここでは健康に有害な黄銅鋳造場やボタン工場や琺瑯・メッキ・ラック塗り作業で働いている。ロンドンのいくつかの新聞・書籍印刷工場は,成年工および未成年工の労働が過度なために「屠殺場」という名誉ある名称をえた。同じ過度労働は製本工場でも行なわれ,その犠牲はここではことに女や少女や子どもである。ロープ製造工場での未成年者の激しい労働。製塩所やろうそく製造その他の化学マニュファクチュアでの夜間労働。機械経営でない絹織物工場では織機を動かすための少年の殺人的消耗。
・最も卑しまれる,最も不潔な,最も賃金の低い労働の一つで,好んで若い娘や女が用いられるのは,ぼろの選別である。ぼろ⇒肥料・寝具用毛くず・再生羊毛・紙の原料。
・過度労働,困難で不適当な労働,その結果として幼少時からこき使われる労働者の粗暴化,これらのものの典型的な実例として認められるのは,鉱山業や炭鉱業と並んで瓦や煉瓦の製造である。
② この階級全体に子どもの時から大酒飲みが多いのは,まったく当然のことでしかない。
③ 近代的マニュファクチュアにおける労働条件の資本主義的節約。いろいろな作業場〔workshops〕,ことにロンドンの印刷業者や裁縫業者の作業場の描写には,われわれの小説家たちのどんなにいやらしい想像もかなわない。労働者の健康状態に及ぼす影響は,言うまでもなく明らかである。ドクター・サイモン(枢密院の最高医務官で『公衆衛生報告書』の編纂官)----「私の第4次報告書」(1861年)「-----いまや,無数の男女労働者の生命が,彼らの単なる就業が生み出す果てしない肉体的苦痛によって,いたずらにさいなまれ縮められるのである。」
④ 作業場が健康状態に及ぼす影響の例証-----死亡統計表(サイモン)。
10万人当たり死亡数-----ロンドンの裁縫業や印刷業では農業の約2倍(35~45歳 45~55歳)

d 近代的家内労働----bの諸命題の実例②                     s.489
① 次に家内労働を見てみよう。この,大工業の背後につくり上げられた資本の搾取部面と,その恐ろしい状態とについて想像するためには,イギリスのへんぴな村のいくつかで営まれている見かけはまったく牧歌的な釘製造業を見れはよい。ここでは,レース製造業と表わら細工業とのうちの,まだ全然機械経営になっていない部門かまたはまだ機械経営やマニュファクチュア経営と競争していない部門からの二つ三つの例で十分である。
② イギリスのレース生産に従事する150,000人のうちで約10,000が1861年の工場法の適用を受ける。残りの140,000のうちの非常な多数が女と男女の少年と子どもである。といっても,男はほんのわずかなのであるが。レース製造女工で大部分は17歳から24歳までの患者686人のうち肺病患者は次のような割合だった。
1852年------45人中1人 1861年------8人中1人
③ 肺病率におけるこの進歩は,どんなに楽天家の進歩論者にも,満足なものであるにちがいない。
④ 1861年の工場法は,機械によって行なわれるかぎりでの本来のレース製造を規制。
われわれがここで簡単に,-----いわゆる家内労働者であるかぎりで,顧慮しようとする部門は,(1)仕上げと(2)レース編みとに分かれる。
⑤ レースの仕上げは,いわゆる「女親方の家」〔"Mistress Houses"〕でか,または女たちによって単独にかまたは子どもといっしょに自宅で,家内労働として営まれる。「女親方の家」を管理する女たちは,自分自身も貧乏である。仕事場は彼女たちの自宅の一部になっている。彼女たちは,工場主や商店の持ち主などから注文を受け,自分の家の広さや変動する仕事の需要に応じて,女や少女や小さな子どもを使っている。従業女工の数は,これらの仕事場のいくつかでは20人から40人まで,そのほかでは10人から20人までのあいだで変動する。子どもが仕事を始める平均最低年齢は6歳であるが,5歳未満のこともよくある。普通の労働時間は朝の8時から晩の8時まで続き,その間に一時間半の食事時間はあるが,その食事は不規則であり,穴のような臭い仕事場でとられることも多い。景気のよい時には,労働はしばしば朝の8時(ときには6時)から夜の10時か11時か12時までも続く。-----
⑥ 労働時間が延ばされるにつれて,「長い棒」が刺激剤として「女親方」の役に立つ。
("Their work is like slavery.")
⑦ 女が自分の子どもといっしょに自宅で,つまり現代的意味では借り部屋で,しばしば屋根裏部屋で,働いている場合には,事態はもっと悪いこともあるであろう。この種の仕事は,ノッティンガムの周辺80マイルの範囲に出される。問屋で働いている子どもが夜の9時か10時にそこを出るときには,自宅で仕上げるためにもう1束持って帰らされることもよくある。-----「それはお母さんのぶんだ」というもっともらしい言葉を添えるのであるが,哀れな子どもが寝ずに手伝わなければならないということは十分承知の上なのである。
⑧ レース編み業は,-----一般に農業日雇い労働者の小屋が仕事場になっている。-----レース仕上げについて述べた状態はここでも再現する。ただ,「女親方の家」に代わって,貧しい女たちが自分の小屋で開いているいわゆる「レース学校」〔"lace schools"〕が現われるだけである。------
⑨ 空間について言えば,
「あるレース学校では,18人の少女と女教師がいて,一人当たり35立方フィートである。-----この産業では,2歳から21/2歳の子どもが使われていることもある。」
⑩ 麦わら編み-----。1861年には麦わら編みと麦わら帽子製造とに48,043人が従事。そのうち3815人が各年齢層の男性,その他は女性,14,913人は20歳末満,約7000は子ども。-----ここでは「麦わら細工学校」〔"straw plait schools"〕が現われる。ここでは普通は4歳から麦わら細工の課業を始める。もちろん,教育は受けない。この施設では彼らはただ労働だけをやらされ,半ば飢えた母親の命ずる仕事をたいていは1日に30ヤード仕上げなければならない。------
⑪ -----貧しくおちぶれた親たちは,子どもたちからできるだけたくさんたたき出そうと思うだけである。子どもたちが成長すれば,もちろん,親のことなどは少しもかまわずに見捨ててしまう。-----
⑫ そして,このような模範家族の故国は,キリスト教では確かに権威者であるモンタランベール伯に言わせれば,ヨーロッパリキリスト教模範国なのだ!
⑬ 労賃は,以上に述べた産業部門では一般にみじめなものであるが,特にレース製造地帯で一般的に行なわれている現物賃金制度(トラック・システム)によって,その名目金額よりもずっと低く押し下げられる。
 * ⑤~⑬の概要は資本論辞典「苦汗制度」(KⅠ,第19章 s.577)の説明とし引用されている


[PR]

by shihonron | 2008-06-23 10:00 | レジュメ