『資本論』を読む会の報告

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2008年 06月 30日

第13章 第10節のレジュメ

第10節 大工業と農業
① 農業での機械の使用----労働者の「過剰化」
大工業が農業とその生産当事者たちの社会的諸関係とにひき起こす革命は後述。ここでは,予想される結果を簡単に示唆しておく。農業での機械の使用は,それが工場労働者に与えるような肉体的な損害をもたらすおそれはほとんどないが,あとで詳しく見るように,それは農業では労働者の「過剰化」にいっそう強く作用し,また反撃を受けることなく作用する。
 たとえば,ケンブリッジ州やサフォーク州では,耕地面積は最近20年来非常に拡張されてきたが,農村人口は同じ期間に単に相対的にではなく絶対的にも減少した。北アメリカ合衆国では農業機械はしばらくはただ可能的に労働者にとって代わっただけだった。すなわち,農業機械は生産者により大きな地面の耕作を許すが,現実に雇っていた労働者を追い出したわけでない。

② 農業の部面では,大工業は,古い社会の堡塁である「農民」を滅ぼして賃金労働者をそれに替えるかぎりで,最も革命的に作用する。こうして,農村の社会的変革要求(必要性)と対立(階級闘争)は都市のそれと同等にされる(均等化される)。旧習になずみきった不合理きわまる経営に代わって,科学の意識的な技術的応用が現われる。
資本主義的生産様式は原始的な家族紐帯を引き裂く    
 農業や製造工業の幼稚未発達な姿にからみついてそれらを結合していた原始的な家族紐帯を引き裂くことは,資本主義的生産様式によって完成される。

農業と工業とのより高い総合のための,物質的諸前提をもつくりだす
 同時にまた,この生産様式は,一つの新しい,より高い総合のための,すなわち農業と工業との対立的につくりあげられた姿を基礎として両者を結合するための,物質的諸前提をもつくりだす。
 資本主義的生産は,それによって大中心地に集積される都市人口がますます優勢になるにつれて,一方では社会の歴史的動力を集積するが,他方では人間と土地とのあいだの物質代謝を攪乱する。すなわち,人間が食料や衣料の形で消費する土壌成分が土地に帰ることを,つまり土地の豊穣性の持続の永久的自然条件を,攪乱する。したがってまた同時に,それは都市労働者の肉体的健康をも農村労働者の精神生活をも破壊する。
 しかし,同時にそれは,かの物質代謝の単に自然発生的に生じた状態を破壊することによって,再びそれを,社会的生産の規制的法則として,また人間の十分な発展に適合する形態で,体系的に確立することを強制する。
 農業でも,製造工業の場合と同様に,生産過程の資本主義的変革は同時に生産者たちの殉難史として現われ,労働手段は労働者の抑圧手段,搾取手段,貧困化手段として現われ,労働過程の社会的な結合は労働者の個人的な活気や自由や独立の組織的圧迫として現われる。都市に集中することによって都市労働者の抵抗力は増大するが,農村労働者が比較的広い土地の上に分散すれば,それとともに彼らの抵抗力は失われる。都市工業の場合と同様に,現代の農業では労働の生産力の上昇と流動化の増進とは,労働力そのものの荒廃と病弱化とによってあがなわれる。

資本主義的生産----土地をも労働者をも破壊
 資本主義的農業のどんな進歩も,ただ労働者から略奪するための技術の進歩であるだけではなく,同時に土地から略奪するための技術の進歩でもあり,一定期間の土地の豊度を高めるためのどんな進歩も,同時にこの豊度の不断の源泉を破壊することの進歩である。たとえば北アメリカ合衆国のように,その発展の背景としての大工業から出発するならば,その度合いに応じてそれだけこの破壊過程も急速になる。
 それゆえ,資本主義的生産は,いっさいの富の源泉である土地をも労働者をも破壊することによってのみ,社会的生産過程の技術と結合とを発展させるのである。


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by shihonron | 2008-06-30 08:30 | レジュメ
2008年 06月 30日

第13章 第9節のレジュメ その2

<以下,エンゲルスによりフランス語版から第4版に取り入れられた>              s.517
⑯ 繊維工業に適用されている法律の適用拡大----1864年,土器工業(製陶業を含む),壁紙・マッチ・雷管・弾薬筒製造,びろうど剪毛業。
⑰ 1867年,工場法拡張法,作業場規制法が,勅裁を得た。前者は大きな事業部門を規制し,後者は小さな事業部門を規制する。
⑱ 工場法拡張法が規制するものは,熔鉱炉,製鉄所および製鋼所,鋳造工場,機械製造工場,金属加工工場,グッタペルカゴム工場,製紙工場,ガラス工場,タバコ工場,さらに印刷工場および製本工場,また一般にこの種の工業作業場で年間に少なくとも100日間50人以上を使用するもののすべてである。
⑲ この法律で確定されたいくつかの定義。
「手工業とは・「作業場とは・「従業(就業)とは・「親とは----定義 ,罰則の対象
⑳ この法律の諸規定に違反して児童,少年労働者および婦人を従業させることにたいする罰則は,親----作業場所有者,「児童,少年労働者または婦人の保護者であるかまたはその労働から直接の利益を受けるものである親またはその他のもの」にたいしても,罰金を規定している。
21 大工場に適用される工場法拡張法は,工場法よりも後退している。
22 作業場規制法は,細目においてみすぼらしいものだったが,その施行を委任された都市や地方の官庁の手のなかで,死文のままになっていた。1871年にこの施行権を工場監督官の手に移したが,監督官についている職員は,あまりにも手不足だったのに,たった8人の補助員が増されただけだった。
23 この1867年のイギリスの立法----一面では,資本主義的搾取の行き過ぎにたいしてあのように徹底的でな広範な処置を原則的に採用する必要が支配階級の議会に強制されたということ。他面では,次いで現実にこの処置を行なうにあたって議会が示した不徹底,不本意,不誠意な態度である。
24 1862年の調査委員会は鉱山業の新たな規制をも提案----この産業では土地所有者の利害と産業資本家の利害とが相伴う----この対立がないということは,鉱山立法における遷延と術策とを説明するに足りる。
25 議会は1842年の鉱山法によって自分の良心を救わなければならなかったのであるが,この法律では女と10歳末満の子どもとの地下労働を禁止するだけにとどまった。
26 1860年には鉱山監督法が現われた。この法律は,任命された監督官がおかしいほど少数だったということ,彼らの権限がひどく小さなものだったということ,----まったく一つの死文でしかなかった。
27 鉱山に関する最近の青書の一つは,『鉱山特別委員会報告書。1866年7月23日』,「報告」そのものはたった5行で,その内容は,委員会としてはなにも言うことはない,もっと多くの証人が尋問されなければならない! というのである。
28 議会の尋問委員----そのなかには鉱山所有者も採掘業者もいるのである。証人は鉱山労働者で,多くは炭鉱労働者である。このまったくの茶番は,あまりにもよく資本の精神を特徴づけている。

29 (1)鉱山での10歳以上の少年の従業。                         s.520
労働は,鉱山への往復のほかに,通例14時間から15時間,例外的にはもっと長く,朝の3時,4時,5時から晩の4時,5時まで続く。成年労働者は2交替で,すなわち8時間ずつ労働するが,少年には,費用を節約するために,このような交替はない。幼い子どもは,引き戸の開閉・石炭運びなどの重労働に使われる。このような地下の長時間労働は18歳か22歳まで続き,この年ごろから本来の鉱山労働への移行が始まる。鉱山労働者たちは,ほとんど一様に,14歳末満の鉱山労働を禁止する法律を要望している。

30 (2)教育。
 鉱山労働者たちは,子どもたちの強制教育のための法律を要望している。彼らは,10~12歳の少年を使用するには教育証明書が必要だという1860年の法律の条項はただの妄想だ,と言う。
「もしも国が,どんな子どもでも学校にやることを要求したとすれば,すべての子どもを入れるための学校はいったいどこから出てくるのか?子どもだけでなく,大人の鉱山労働者も大部分は書くことも読むこともできない。」

31 (3)婦人労働。                                   s.522
婦人労働者は,1842年以後はもはや地下では使われないが,地上では石炭の積み込みなどや,運河や鉄道貨車まで炭車を引っぱって行くことや,石炭の選別などに使われる。その使用は最近3~4年のあいだに非常にふえた。それらはたいてい鉱山労働者の妻や娘や寡婦で,年は12歳から50歳,60歳に及ぶ。
----この娘たちの多くは1日に10トンを持ち上げている。」「鉱山で働く婦人労働者は-----不良の割合は工場の娘の場合よりも大きい。」----娘たちの社会的堕落は悲惨であり,極端。このような娘が鉱山労働者の妻になれば,夫たちはこの堕落のためにひどく苦しんで,家庭をよそにして酒に走ることになる。」----炭鉱の婦人労働に匹敵するようなものはどこにも見当たらない。それは男の労働,しかも強壮な男に向く労働だ。鉱山労働者----その妻に助けてもらうどころか,彼女たちによって下のほうに引っぱられるのだ。」
32 「炭鉱主たちは何人かの紳士を監督に任命し,この紳士たちは,炭鉱主たちの気にいられようとして,すべてを経済的な土台に乗せる方策をとっている----使われる娘たちは1日に,もし男ならば2シリング6ペンスもらうはずの場合でも,1シリングから1シリング6ペンスを受け取るにすぎない。」

33 (4)検屍陪審。                                   s.523
「-----鉱山のことはまったくなにも知らない人々が陪審員にされる。労働者は,証人としてのほかはけっして呼ばれない。 近所の小売商人が採用されるが,彼らは自分の顧客である鉱山主の勢力下にあるうえに,証人の使う専門用語が全然わからない。われわれは,鉱山労働者が陪審の一部分を構成することを要望する。判決は概して証言とは矛盾している。」「陪審員は公平ではないというのか?----そうだ。」

34 (5)不正な度量衡。労働者たちは,2週ごとでなく1週ごとの支払,運炭槽の容積によらないで重量による計量,不正な度量衡の使用の防止などを要望。「もし炭槽が不正に大きくされたならば,労働者は2週間の予告期間をおいてその鉱山をやめることができる-----だが,よそに行っても同じこと-----不正は一般に行なわれている」

35 (6)鉱山監督。労働者は爆発性のガスによる災害に苦しむだけではない。
「炭坑内のほとんど呼吸もできないような悪い換気----そのために労働者はどんな種類の仕事もできなくなる。----毒気のために多くの人々が何週間も病床に投げ込まれている。監督官に苦情を言ってやれば,その男は解雇され,『注意』人物になって,よそでも仕事は見つけられなくなる。1860年の『工場監督法』は,ほんとの紙くずでしかない。監督官は,その数も少なすぎるが,おそらく7年に1度形式的な巡察をするだけだろう。われわれの監督官は,まったく無能な70歳の老人だが,その人が130以上の炭鉱を管轄している。
36 この種の尋問は,ついに調査委員長にとってさえあまりにもばかばかしくなってくる。「きみたちが求めているのは,自身で鉱山を見回って監督官に報告する実務的な人々で,そうなれば監督官も自分のいっそう高い学識を用いることができるわけだ。」「このような古い坑の全部の換気装置には,かなりの費用がかかるのではないか?-----そうだ,費用はかさむかもしれないが,人命が保護されるだろう。」

37 ある炭鉱労働者は1860年の法律の第17条に抗議して言う。                 s.524
「現在では,鉱山のある部分が就業不可能な状態にあるのを鉱山監督官が発見すれば,彼はそれを鉱山所有者と内務大臣とに報告しなければならない。鉱山所有者----はいっさいの変更を拒否することができる。ただし,彼は内務大臣に書面を出して,5人の鉱山技師を推薦しなければならない。 そのなかから大臣は裁定人を選ぶ。この場合実質的には鉱山所有者は自分自身の審判者を任命することになる。」

38 彼自身鉱山所有者であるブルジョア尋問委員は言う。                   s.525
「鉱山技師は一種の公的な性格をもっていて,そのために彼らの決定はきみたちの懸念するような不公平なものにはならないのではないか?-----「彼らが多くの場合非常に不公平な態度をとるということ,そして人命にかかわるような場合には彼らからこの権力を取り上げるべきだということを,私は確信する。」
39 同じブルジョアはあつかましくも質問する。
「もし爆発すれば鉱山所有者も損をするのだとは思わないか?」
40 最後に次のような問答がある。
「きみたち労働者は,政府の援助を求めないで,自分の利害には自分で注意していることはできないのか?-----できない。」
41 1865年には大ブリテンに3217の炭鉱があり,そして-----監督官は12人だった。----各鉱山の視察は10年に1回しか行なわれえないことになる。近年(ことに1866年と1867年)は大災害が件数でも規模でも(しばしば200~300人の労働者を犠牲にして)累進的に増大してきたのも,驚くにあたらない。
42 1872年の法律は,欠点だらけのものではあっても,鉱山で従業する児童の労働時間を規制し,また採掘業者と鉱山所有者とにある程度までいわゆる災害の責任を負わせる最初の法律である。
43 農業における児童,少年,婦人の従業状態。工場立法の諸原則を,修正された形で,農業に適用しようとするいろいろな試み----失敗に終わった。このような諸原則を一般的に適用しようとする逆らうことのできない傾向は存続している。
44 労働者階級の肉体的精神的保護手段として工場立法の一般化が不可避になってきたとすれば,それはまた他方では,すでに示唆したように,矮小規模の分散的な労働過程から大きな社会的規模の結合された労働過程への転化を,したがって資本の集積と工場制度の単独支配とを,一般化し促進する。工場立法の一般化は,資本の支配をなお部分的におおい隠している古風な形態や過渡形態をことごとく破壊して,その代わりに資本の直接のむき出しの支配をもってくる。したがってまた,それはこの支配にたいする直接の闘争をも一般化する。それは,個々の作業場では均等性,合則性,秩序,節約を強要するが,他方では,労働日の制限と規制とが技術に加える非常な刺激によって,全体としての資本主義的生産の無政府と破局,労働の強度,機械と労働者との競争を増大させる。それは,小経営や家内労働の諸部面を破壊するとともに,「過剰人口」の最後の逃げ場を,したがってまた社会機構全体の従来の安全弁をも破壊する。それは,生産過程の物質的諸条件および社会的結合を成熟させるとともに,生産過程の資本主義的形態の矛盾と敵対関係とを,したがってまた同時に新たな社会の形成要素と古い社会の変革契機とを成熟させる(322)。
(322) ロバート・オーエンは,協同組合工場や協同組合売店の父----彼のいろいろな試みにおいて工場制度から出発しただけではなく,理論的にもそれを社会革命の出発点だとしていた。
{第4版へ。互いに矛盾する工場法と工場法拡張法と作業場法とによってイギリスの立法がひき起こした「新しい裁判上の紛糾」⇒1878年の工場および作業場法〔Factory and Workshop Act〕において,関係立法全体の単一法典化ができあがった。
(1)繊維工場。ここではほとんどすべてが元のままである。
(2)非繊維工場。ここではいろいろな規定が従来よりは(1)の規定に近くたっているが,まだ資本家に有利な例外。
(3)作業場。その定義は以前の法律のなかのものとだいたい同じである。
(4)18歳以上の男女の人員だけを使用する作業場。この部類にはさらに多くの緩和が適用される。
(5)家庭作業場。この場合には家族成員だけが家族の住居で従業する。いっそう弾力性のあるいろいろな規定。家庭内で営まれる麦わら細工業,レース編み業,手袋製造業の無条件放任がある。
 そのあらゆる欠陥にもかかわらず,今なおこの法律は,1877年3月23日のスイス連邦工場法と並んで,この対象に関する抜群の最良の法律である。-----イギリス的な,「歴史的な」,臨機応変的な方法と,大陸的な,フランス革命の伝統の上に築かれた,より一般化的な方法-----長所と短所とを非常にはっきりさせる。残念なことには,イギリスのこの法典は,作業場への適用に関するかぎり,大部分は今なお死文である。-----監督官の数が足りないために。
-----F・エンゲルス}


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by shihonron | 2008-06-30 08:15 | レジュメ
2008年 06月 30日

第13章 第9節のレジュメ その1

第9節 工場立法(保健・教育条項)。 イギリスにおけるその一般化       s.504
① 工場立法-----大工業の一つの必然的な産物
 工場立法,社会がその生産過程の自然発生的な姿に加えた最初の意識的な計画的な反作用,それは,すでに見たように,綿糸や自動機や電信と同様に,大工業の一つの必然的な産物である。
 イギリスの工場法のなかの労働日の時間数には関係のないいくつかの条項にも簡単に触れておく。
② 保健条項----全く貧弱
 保健条項は,全く貧弱なもので,実際には,壁を白くすることやその他いくつかの清潔維持法や換気や危険な機械にたいする保護などに関する規定に限られている(第3部で,工場主たちの熱狂的に反抗に立ち帰る)。
 一つの例で十分。スカッチング・ミル(亜麻を打って皮をはぐ工場)----周期的に秋と冬に近隣の小作人の息子や娘や妻(機械には全く無知な人々,畑仕事から連れ去られて)が,ローラーに亜麻を食わせる。その災害は,数から見ても程度から見ても機械の歴史に全く例がない。一つのスカッチング・ミルだけでも,1852年~1856年までに6件の死亡と60件の不具になる重傷。数シリングのごく簡単な設備で防止できるもの。
③ 資本主義的生産様式には最も簡単な清潔保健設備でさえも国家の側から強制法によって押しつける必要がある。資本制生産様式の性格をみごとに表現。
「1864年の工場法は,製陶業で200以上の作業場を白く塗らせ清潔にさせたが,それまで20年間も,この種の処置が節制されたのであり」(これが資本の「節欲」なのだ!)「これらの作業場では27,878もの労働者が働いているのであって,彼らは,これまでは有毒な空気を吸い込んでいて,それが他の点では比較的無害なこの仕事に病気と死とをはらませていたのである。この法律は換気装置を非常に増加させた。」
④ 工場法のこの部分は,資本主義的生産様式はその本質上ある一定の点を越えてはどんな合理的改良をも許さないものだということを,的確に示している。イギリスの医師たちは,継続的な作業の場合には一人当たり500立方フィートの空間がどうにか不足のない最小限だと言っている。工場法がそのあらゆる強制手段によって比較的小さい作業場の工場への転化を間接に推進し,したがって間接に小資本家の所有権を侵害して大資本家に独占を保証するものだとすれば,作業場でどの労働者にも必要な空間を法律で強制するということは,数千の小資本家を一挙に直接に収奪するものであろう! それは,資本主義的生産様式の根源を,すなわち資本の大小を問わず労働力の「自由な」購入と消費とによる資本の自己増殖を,脅かすものであろう。それゆえ,この500立方フィートの空気ということになると,工場立法も息切れがしてくるのである。保健関係当局・産業調査委員会・工場監督官---それを資本に強要することの不可能を繰り返す。こうして,彼らは,実際には,労働者の肺結核やその他の肺病が資本の一つの生活条件であることを宣言している。

⑤ 教育条項
 工場法の教育条項は全体としては貧弱ではあるが,初等教育を労働のための強制的条件として宣言。その成果は,筋肉労働を教育および体育と結びつけることの,可能性をはじめて実証した。工場監督官たちは,工場児童は正規の昼間生徒の半分しか授業を受けていないのに,それと同じかまたはしばしばそれよりも多くを学んでいるということを発見した。「半労半学の制度は,それぞれ一方を他方にとっての休養および気晴らしとするものであり,どちらか一方を中断なしに続けるよりもずっと適当である。」
⑥ シーニア,ロバート・オーエン
 1863年,シーニアの講演。-----上級および中級の児童の一面的で不生産的で長すぎる授業時間がいたずらに教師の労働を多くしている,それが児童の時間や健康やエネルギーを,単にむだにするだけではなく,まったく有害に乱費すると。注300で1833年の工場法に対する彼の攻撃演説と対比
 工場制度からは,(ロバート・オーエンにおいて詳細にその跡を追うことができる)未来の教育の萌芽が出てきた。この教育は,一定の年齢から上のすべての子どものために生産的労働を学業および体育と結びつけようとするもので,それは単に社会的生産を増大するための一方法であるだけではなく,全面的に発達した人間を生みだすための唯一の方法でもあるのである。
大工業は分業を奇怪なかたちで再生産----労働者は一つの部分機械の自己意識ある付属物に
⑦ すでに見たように,大工業は,一人の人間の全身を一生涯一つの細部作業に縛りつけるマニュファクチュア的分業を技術的に廃棄するのであるが,それと同時に,大工業の資本主義的形態はそのような分業をさらにいっそう奇怪なかたちで再生産する。この再生産は,a)本来の工場では労働者を一つの部分機械の自己意識ある付属物にし,b)一部は機械や機械労働のまばらな使用によって(301 本来は蒸気機関がこの労働者に代わったのであるが,今度は彼が蒸気機関の代わりをしなければならない。),c)また一部は婦人労働や児童労働や不熟練労働を分業の新しい基礎として取り入れることによって,行なわれる。
・マニュファクチュア的分業と大工業の本質との矛盾は,暴力的にその力を現わす。
 たとえば,イギリスの書籍印刷所では,以前は,徒弟たちが比較的容易な作業からもっと内容のある作業に移って行くということが行なわれていた。彼らはある修業過程を経てから一人まえの印刷工になった。読み書きができるということは,彼らのすべてにとって職業上の一つの要件だった。印刷機が現われると,なにもかも変わった。印刷機には2種類の労働者が使われ,一人は大人の労働者で機械見張り工であり,そのほかは多くは11歳から17歳までの少年機械工で,-----中断なしに14時間か15時間か16時間,そしてしばしば食事と睡眠のためにたった2時間休むだけでぶっつづけに36時間も,この苦役をやる! 彼らのうちの大きな部分は字が読めない。そして,一般に,まったくすさんだ,正常でない人間になっている。
⑧ 彼らが,子ども向きの仕事をするには年をとりすぎれば,したがって少なくとも17歳になれば,印刷所からは解雇されてしまう。彼らは犯罪の新兵になる。

・大工業は秘伝技のヴェールをはぎとった⇒技術学の発達,近代工業の技術的基礎は革命的
⑨ 作業場のなかでのマニュファクチュア的分業について言えることは,社会のなかでの分業についても言える。手工業やマニュファクチュアが社会的生産の一般的な基礎になっているあいだは,一つの専門的な生産部門への生産者の包摂,彼の仕事の元来の多様性の分裂は,一つの必然的な発展契機である。この基礎の上では,それぞれの特殊生産部門は自分に適した技術的姿態を経験的に発見し,だんだんそれを完成してゆき,一定の成熟度に達すれば急速にそれを結晶させる。----ひとたび経験的に適当な形態が得られれは労働用具もまた骨化する。18世紀にいたるまで,特殊な職業が秘伝技と呼ばれ,その秘密の世界には,経験的職業的に精通したものでなければはいれなかった。人間にたいして彼ら自身の社会的生産過程をおおい隠し,いろいろな自然発生的に分化した生産部門を互いに他にたいして謎にし,またそれぞれの部門の精通者にたいしてさえも謎にしていたヴェールは,大工業によって引き裂かれた。大工業の原理,すなわち,それぞれの生産過程を,それ自体として,さしあたり人間の手のことは少しも顧慮しないで,その構成要素に分解するという原理は,技術学というまったく近代的な科学をつくりだした。社会的生産過程の種々雑多な外観上は無関連な骨化した諸姿態は,自然科学の意識的に計画的な,それぞれ所期の有用効果に応じて体系的に特殊化された応用に分解された。また,技術学は,使用される用具はどんなに多様でも人体の生産的行動はすべて必ずそれによって行なわれるという少数の大きな基本的な運動形態を発見した。近代工業は,一つの生産過程の現在の形態をけっして最終的なものとは見ないし,またそのようなものとしては取り扱わない。それだからこそ,近代工業の技術的基礎は革命的なのであるが,以前のすべての生産様式の技術的基礎は本質的に保守的だったのである(306)
「ブルジョアジーは,生産用具を,したがって生産関係を,したがってまたいっさいの社会的関係を絶えず変革することなしには,存在することができない。これに反して,古い生産様式を不変に維持することは,以前のすべての産業階級の第一の存在条件だった。生産の不断の変革,すべての社会的状態の不断の動揺,永久の不安定と運動は,以前のすべての時代にたいしてブルジョア時代を特徴づけている。すべての固定した錆びついた関係は,それに伴う古くいかめしい観念や見解とともに解消され,いっさいの新たに形成されたものは,骨化しうる前にすたれてしまう。いっさいの不変なもの,不動なものは蒸発し,いっさいの神聖なものは冒潰され,そして,人間は,ついに,彼らの生活上の地位,彼らの相互関係を冷ややかな目で眺めることを強いられている。」(『共産党宣言』)
・大工業の本性は,労働の転換,機能の流動,労働者の全面的可動性を必然的にする
 機械や化学的工程やその他の方法によって,近代工業は,生産の技術的基礎とともに労働者の機能や労働過程の社会的結合をも絶えず変革する。したがってまた,それは社会のなかでの分業をも絶えず変革し,大量の資本と労働者の大群とを一つの生産部門から他の生産部門へと絶えまなく投げ出し投げ入れる。したがって,大工業の本性は,労働の転換,機能の流動,労働者の全面的可動性を必然的にする。
・大工業は,古い分業をその骨化した分枝をつけたままで再生産する(否定的側面)
 他面では,大工業は,その資本主義的形態において,古い分業をその骨化した分枝をつけたままで再生産する。この絶対的矛盾 がいかに労働者の生活状態の一切の静穏と固定性と確実性を剥奪するかは,すでに見てきた。この矛盾は彼の手から労働手段とともに絶えず生活手段をも奪い取ろうとし,彼の部分機能とともに彼自身を過剰なものにしようとする。また,この矛盾は労働者階級の不断の犠牲と労働力の無際限な乱費と社会的無政府の荒廃とのなかで荒れまわる。これはネガティヴな側面である。(諸訳書,仏語版参照)

・全体的に発達した個人の育成----大工業の死活問題                     s.509
 しかし,いまや労働の転換が,ただ圧倒的な自然法則としてのみ,また,至るところで障害にぶつかる自然法則の盲目的な破壊作用を伴ってのみ,実現されるとすれば,大工業は,いろいろな労働の転換(労働者のできるだけの多面性)を一般的な社会的生産法則として承認し,この法則の正常な実現に諸関係を適合させることを,大工業の破局そのものをつうじて,生死の問題にする。大工業は,変転する資本の搾取欲求のために予備として保有され自由に利用されるみじめな労働者人口という奇怪事の代わりに,変転する労働要求のための人間の絶対的な利用可能性をもってくることを,すなわち,一つの社会的細部機能の担い手でしかない部分個人の代わりに,いろいろな社会的機能を自分のいろいろな活動様式としてかわるがわる行なうような全体的に発達した個人をもってくることを,一つの生死の問題にする。

工学および農学の学校,職業学校・労働者学校
 大工業を基礎として自然発生的に発達してこの変革過程の一つの要因となるものは,工学および農学の学校(ブルジョアジーの息子のため----仏語版)であり,もう一つの要因は「職業学校」であって,この学校では労働者の子どもが技術学やいろいろな生産用具の実際の取扱いについてある程度の教育を受ける。工場立法は,資本からやっともぎ取った最初の譲歩として,ただ初等教育を工場労働と結びつけるだけだとしても,少しも疑う余地のないことは,労働者階級による不可避的な政権獲得は理論的および実際的な技術教育が労働者学校において然るべき席を獲得するであろうということである。また同様に疑う余地のないことは,資本主義的生産形態とそれに対応する労働者の経済的諸関係はこのような変革の酵素と古い分業の廃棄というその目的とに真正面から矛盾するということである。とはいえ,一つの歴史的な生産形態の諸矛盾の発展は,その解体と新形成とへの唯一の歴史的な道である。(309,ジョン・ベラーズ)

⑩ 家内労働の規制⇒子どもの権利宣言                          s.513
工場立法が工場やマニュファクチュアなどでの労働を規制----資本の搾取権への干渉として現われるだけである。ところが,家内労働の規制は,親権の,直接的侵害として現われる。大工業は古い家族制度とそれに対応する家族労働との経済的基礎とともに古い家族関係そのものをも崩壊させる。子どもの権利が宣言されざるをえなくなった。「不幸なことであるが,男女の子どもはほかのだれにたいしてよりも彼ら自身の親にたいして保護される必要があるということ」(1866年「児童労働調査委員会」)
一般に児童労働の,また特に家内労働の,無制限な搾取の制度は,「幼くてか弱い子どもにたいして親たちが自分かってな無法な権力をなんの拘束も制御もなく行使するということによって,維持される。-----親たちが,自分の子どもをいくらかの週賃金をかせぐためのただの機械にしてしまう絶対的な権力をもっていてはならない。-----子どもや少年には,親の権力の乱用に対して,立法の保護を求める権利がある。」
親の権力の乱用----資本主義的搾取様式の産物                       s.514
⑪ とはいえ,親の権力の乱用が資本による未熟な労働力の直接間接の搾取を創造したのではなく,逆に,資本主義的搾取様式こそが親権に対応する経済的基礎を破棄することによって,親にその権力を乱用させてきたのである。
大工業は,家族や両性関係のより高い形態のための新しい経済的基礎をつくりだす       
 資本主義体制のなかでの古い家族制度の崩壊がどんなに恐ろしくいとわしく見えようとも,大工業は,社会的に組織された生産過程で婦人や男女の少年や子どもに決定的な役割を割り当てることによって,家族や両性関係のより高い形態のための新しい経済的基礎をつくりだす。
 言うまでもなく,キリスト教的ゲルマン的家族形態を絶対的と考えることは,----愚かなことである。
あらゆる年齢の男女個人から結合労働人員が構成されているということ
 男女両性の非常にさまざまな年齢層の諸個人から結合労働人員が構成されているということは,この構成の自然発生的な野蛮な資本主義的形態において,すなわちそこでは生産過程のために労働者があるのであって労働者のために生産過程があるのではないという形態においえは,退廃や奴隷状態の害毒の源泉であるとはいえ,それに相応する諸関係のもとでは逆に人間的発展の源泉に一変するにちがいないのである。

工場法-----一般化の必要                                 s.514
⑫ 工場法を,機械経営の最初の姿である紡績業と織物業とのための例外法から,すべての社会的生産の法律に一般化する必要は,すでに見たように,大工業の歴史的発展行程から生ずる。というのは,大工業の背後では,マニュファクチュアや手工業や家内労働という伝来の姿は完全に変革され,マニュファクチュアは絶えず工場に,手工業は絶えずマニュファクチュアに変わり,そして最後に手工業や家内労働の諸部面は,相対的には驚くばかりの短期間に,資本主義的搾取の凶暴きわまる無法が思いのままに演ぜられる苦難の洞穴になり変わるからである。
資本の平等な搾取権の要求
・二つの事情が決着をつける。第一は,資本は社会的周辺の個々の点だけで国家統制を受けるようになると他の点でますます無節制に埋め合わせをつけるという絶えず繰り返される経験,第二は,競争条件の平等,すなわち労働搾取の制限の平等を求める資本家たち自身の叫びである。二つの衷心の叫び。
 W・クックスリ会社(ブリストルの針や鎖などの製造業者)「付近の諸工場では古い不規則な制度が続いているので,----これはわれわれにとって不正であり,損害である,というのは,少年たちの力による利益は全部われわれのものだのに,その力の一部分がそのために消耗するからである」
⑬ J・シンプソン(ロンドンの紙袋紙箱製造業者)「私は工場法実施の請願に署名するつもりである。私の工場を閉めてから,他人はもっと長く作業して自分の注文を横取りするかもしれないと思うと,いつも夜は心配でたまらない。」
 要約して「児童労働調査委員会」は次のように言う。「比較的小さい作業場を除外すれば,労働時間に関して競争条件が平等でなくなるという不公平のほかに,大きいほうの工場主にとってはまた別な不利が加わる。すなわち,彼らへの少年や婦人の労働の供給が,法律を免れている作業場のほうに向け変えられるであろう,というのがそれである。」

工場法の適用範囲拡大----工場法拡張法                           s.516
⑭ 「児童労働調査委員会」は,約半数が小経営や家内労働に搾取されている1,400,000人以上の子どもと少年と婦人を工場法のもとに置くことを提案している(⑰の工場法拡張法)。----- 「このような立法は,年少虚弱者,直接的(女性),間接的(男性)に,もっと多数の成年労働者にも,きわめて有益な影響を及ぼすであろう。規則正しい軽減された労働時間。身体の余力を節約し,蓄積する。幼少期の過度労働から保護。初等教育を受ける機会を与え,あの信じられないほどの無知にも終末を与える。」
⑮ トーリ党内閣は,1867年,産業調査委員会の提案を「法案」に作成したと告げた。そのためには,新たな20年間の無価値体実験を必要としたのだった。
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by shihonron | 2008-06-30 08:00 | レジュメ
2008年 06月 24日

第106回  6月24日 第13章 第8節

6月24日に第106回学習会を行いました。
レジュメに基づく報告を受け、「第13章 機械と大工業」の「第8節 大工業によるマニュファクチュア、手工業および家内工業の変革」を議論しました。


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by shihonron | 2008-06-24 23:00 | 学習会の報告
2008年 06月 23日

第13章 第8節のレジュメ その2

e 近代的マニュファクチュアと近代的家内労働との大工業への移行        s.494
  これらの経営様式への工場法の適用によるこの革命の推進
もはや越えられない一定の自然的限界----一つの転換点・機械の時代を告げる鐘
① 女性や未成年者の労働力の単なる乱用,いっさいの正常な労働条件と生活条件との単なる強奪,過度労働と夜間労働との単なる残虐,このようなことによって労働力を安くすることは,結局は,もはや越えられない一定の自然的限界にぶつかり,またそれとともに,このような基礎の上に立つ商品の低廉化も資本主義的搾取一般も同じ限界にぶつかる。ついにこの点にきてしまえば,といってもそれまでには長くかかるのであるが,機械の採用の時が告げられ,また,分散していた家内労働(あるいはまたマニュファクチュア)の工場経営への急速な転化の時が告げられる。
② この運動の最大の実例を提供するものは,「衣料品」〔"Wearing Apparel"〕の生産である。この産業に包括されるものは,麦わら帽・婦人帽製造業者,縁なし帽製造業者,裁縫業者,ミリナーおよびドレスメーカー,シャツ製造業者およびシャツ縫い婦,コルセット製造業者,手袋製造業者,靴製造業者,その他ネクタイやカラーなどの製造。
・1861年の国勢調査によれば,イングランドとウェールズだけで1,024,267人という合計になり,したがって,農耕と牧畜とに吸収される数とだいたい同じである。
③ 「衣料品」の生産は,第一にマニュファクチュアによって営まれる。第二には比較的小さな手工業親方によって営まれるが,彼らは,マニュファクチュアや問屋のために仕事をする。最後に,家内労働者によって営まれ,彼らはマニュファクチュアや問屋の,またあまり大きくない親方さえもの,外業部になっている。大量の労働材料,原料や羊製品などは大工業から供給され,大量の安い人間材料は大工業や農業から「遊離されたもの」から成っている。
・この部面のマニュファクチュアが発生したのは,おもに,需要の変動に応じていつでも出動できる一軍を手もとに置いておきたいという資本家の要求によるものだった。
・これらのマニュファクチュアは,自分のかたわらに,分散した手工業的経営や家内経営を広大な基礎として存続させた。これらの労働部門での剰余価値の大量生産も,同時にまたその製品がますます安くなることも,主として,人間にとって可能な最大限の労働時間と結びついたただ露命をつなぐだけに必要な最小限の労賃のおかげだったし,また現にそのおかげなのである。
・商品に転化される人間の血と汗とのこの安さこそは,絶えず販売市場を拡大したし,また毎日拡大しつつあるのであり,ことにまたイギリスにとっては,それに加えてイギリス的な習慣や好みが広まっている植民地市場を拡大するのである。
・ついに一つの転換点がやってきた。旧来の方法の基礎,すなわち,体系的に発達した分業を多かれ少なかれ伴う労働者材料のただ野蛮な搾取だけでは,拡大される市場のためにも,もっと急速に激しくなる資本家たちの競争のためにも,もはや不十分になった。機械の時代を告げる鐘は鳴った。決定的に革命的な機械,すなわち,婦人服製造,裁縫,靴製造,縫い物,帽子製造,等々のようなこの生産部面の無数の部門をすべて一様にとらえる機械,-----それはミシンである。

④ ミシンが労働者に与える直接の影響                           s.496
ミシンが労働者に与える直接の影響は大工業の時代に新たな事業部門を征服するすべての機械のそれとだいたい同じである。新たなミシン労働者は,もっぱら少女と若い女である。激烈な競争は最も弱い手工労働者を打ち倒す。最近10年間のロンドンでの飢え死に(death from starvation)のものすごい増大は,ミシン裁縫業の拡大に並行している(267-----1週間に6人の飢え死に犠牲者だ!)。
⑤ 社会的経営様式の変革,この生産手段の変化の必然的産物は,種々雑多な過渡形態の入り混じるなかで実現される。これらの過渡形態は,すでにミシンがあれこれの産業部門をとらえている範囲及び時間の長さによって違っており,また,その時の労働者の状態,マニュファクチュア経営と手工業経営と家内経営とどれが優勢かということによっても,作業場の貸借料などによっても,違っている。
・今日イギリスで実際に広まっているのは,資本家がかなりたくさんのミシンを自分の建物のなかに集中し,そのミシンの生産物を家内労働者軍のあいだに分配してそれからあとの加工をさせるという制度である。しかし,過渡形態の雑多なことによって,本来の工場経営への転化の傾向が隠されてしまうのではない。この傾向を助長するものは,第一にはミシンそのものの性質であって,ミシンの多方面の応用可能性は,従来ばらばらに分かれていたいろいろな営業部門が同じ建物のなかで,また同じ資本の指揮のもとで一つにされるということを促すのである。第二には,準備的な針仕事やその他いくつかの作業も,ミシンのあるところでやるのが最も適当だという事情であり,最後に,自分のミシンで生産している手工業者や家内労働者の不可避的な収奪である。ミシンの構造の変化と価格の低下。蒸気機関が人間にとって代わって,それが,すべての同様な変革過程でそうであるように,ここでも決着をつける。一方では比較的大きいマニュファクチュアでの多数の作業機の集積が蒸気力の応用を促すとすれば,他方では蒸気と人間の筋力との競争が大工場での労働者と作業機との集積を速める。こうして,イギリスは今日広大な「衣料品」生産部面でも,そのほかのたいていの産業でと同様に,マニュファクチュアや手工業や家内労働の工場経営への変革を経験している。

産業革命の工場法の拡張による人為的促進                         s.498
⑥ この自然発生的に起きる産業革命は,婦人や少年や児童を使用するすべての産業への工場法の拡張によって,人為的に促進される。労働日の長さ,中休み,始業・終業時刻に関しての労働日の強制的規制や児童の交替制度や一定の年齢に達しないいっさいの児童の使用禁止などは,一方では,機械設備をふやすことや筋肉の代わりに蒸気を動力として用いることを強要する。他方では,時間で失われるものを空間で取り返すために,炉や建物などのような共同的に利用される生産手段の拡張が行なわれる。つまり,一口に言えば,生産手段のいっそうの集積と,それに対応する労働者のいっそうの密集とが現われるのである。マニュファクチュアと家内労働とのあいだのいろいろな中間形態や家内労働そのものについて言えば,それらの地盤は,労働日や児童労働の制限が現われれば陥没してしまうのである。安い労働力の無制限な搾取こそは,これらの形態の競争能力の唯一の基礎をなしているのである。

工場法による「自然の制限」の根絶                             s.499
⑦ 工場経営の本質的条件は,ことにそれが労働日の規制を受けることになってからは,結果の正常な確実性,すなわち与えられた時間内に一定量の商品または所期の有用効果を生産することである。さらにまた,規制された労働日の法定の中休みは,生産過程にある製品をいためないで作業を突然休んだり周期的に休んだりすることを含んでいる。もちろん,このような結果の確実性や作業の中断可能性は,化学的および物理的過程が一つの役割を演じている工業,たとえば製胸業,漂白業,染色業,製パン業,たいていの金属加工業などでよりも,純粋に機械的な工業でのほうがより容易に達成されうる。無制限な労働日や夜間労働や自由な人間乱費の慣行のもとでは,どの自然発生的な障害も生産にたいする永久的な「自然の制限」とみなされやすい。どんな毒薬が害虫を根絶するのも,工場法がこのような「自然の制限」を根絶する以上に確実ではない。そんなことは「不可能」だと,製陶業者諸氏よりも声高く叫んだものはなかった。1864年には彼らに工場法が強制された。そして,早くも16か月後にはいっさいの不可能が消えてなくなっていた。
⑧ あらゆる予言にもかかわらず,陶器の費用価格は上がらなかったが,生産物の量は増加して,1864年12月から1865年12月までの12か月間の輸出は,前3か年の平均にたいして138,628ポンド・スターリングの価値超過を示した。マッチの製造では,少年たちが,昼めしを呑みおろすあいだにさえも,熱い燐混合液の毒気を顔に受けながらそのなかに軸木を浸すということは,自然法則とみなされていた。工場法(1864年)は,時間を節約する必要によって,その蒸気が労働者に届かないような「浸し機」〔"dipping machine"〕の使用を強制した。まだ工場法の適用を受けていないレース製造業の諸部門,壁紙印刷業について。
⑨ この法律が議会を通過したときに,工場主諸君は「われわれが工場法の施行から予期したような不都合は現われなかった。生産が阻害されたというようなことは見いだされない。われわれは同じ時間で前より多く生産している。」
⑩ おそらくイギリス議会の独創性を非難するような人はないであろうが,要するに,この議会は,経験によって,労働日の制限や規制に立ちはだかる生産上のいわゆる自然障害はすべて一つの強制法によって簡単に一掃できるという見解に到達したのである。それゆえ,ある産業部門で工場法が施行されるときには,その間に工場主たちの手で技術上の諸障害を除くための6か月から18か月の期間がおかれるのである。ミラボーの,「不可能? そんなばかなことを言ってくれるな!」という言葉は,近代の技術学にはことによくあてはまる。

工場法は小親方の没落と資本の集積とを促進する
・しかし,このようにして工場法がマニュファクチュア経営から工場経営への転化に必要な物質的諸要素を温室的に成熟させるとすれば,それはまた同時に,資本投下の増大の必要によって,小親方の没落と資本の集積とを促進するのである。

労働力の支出上の不規則----生産そのものの無政府性から生ずる                 s.501
⑪ 純粋に技術的な障害や技術的に排除の可能な障害は別としても,労働日の規制は労働者たち自身の不規則な習慣にぶつかる。ことにそうなのは,出来高賃金がおもになっていて,1日または1週のある部分での時間の空費をその後の過度労働や夜間労働によって埋め合わせることができる場合であるが,この方法は,成年労働者を粗暴にし,彼の仲間の未成年者や女性を破滅させるものである。
 このような労働力の支出上の不規則は,長々しい単調な労働の苦痛にたいする一つの自然発生的な粗暴な反動でもあるとはいえ,それとは比べものにならない大きな度合いで生産そのものの無政府性から生ずるのであり,この無政府性はまた資本による労働力の無軌道な搾取を前提するのである。産業循環の一般的な周期的な局面転換やそれぞれの生産部門での特別な市況変動のほかに,ことにまた,航海に適した季節の周期性によってであろうと流行によってであろうと,いわゆるシーズンがあり,ごく短期間に仕上げなければならない大口注文の突発性がある。このような注文の習慣は,鉄道や電信の普及につれて広がる。

工場法の適用を受けていない工場                              s.502
⑫ まだ工場法の適用を受けていない工場やマニュファクチュアでは,いわゆるシーズン中は周期的にものすごい過度労働が,にわかな注文のために断続的に,広く行なわれる。工場やマニュファクチュアや問屋の外業部,すなわち家内労働の部面では,ただでさえまったく不規則で,その原料や注文に関してはまったく資本家の気まぐれしだいであり,資本家はここでは建物や機械などの償却を顧慮する必要は少しもなく,労働者自身の皮のほかはなにも賭けないでよいのであるが,このような家内労働の部面では,いつでも利用できる産業予備軍かまったく組織的に大量培養されて,それが1年のある時期には最も非人道的な労働強制によって大量殺害され,他の時期には仕事不足によって廃物にされるのである。

⑬ 「営業慣習」----法律の圧力のもとでのみ変革に服する                  s.503
技術上の障害と同じように,このいわゆる「営業慣習」(「営業の発達につれて発達してきた慣習」)も,関係資本家たちによって生産の「自然制限」だと主張されたし,また現に主張されている。彼らの産業は他のどの産業にもまして世界市場に依存しており,したがってまた航海に依存しているとはいえ,経験は彼らのうそをとがめた。いくつかの産業では,すでに充用されている労働量を一年じゅうにもっと均等に配分させるには労働日の規制によるよりほかはないのであり,この規制は,殺人的で無内容でそれ自体大工業の体制には不適当な流行の気まぐれにたいする最初の合理的な制御なのであり,大洋航行および交通機関一般の発達は,季節労働の元来の技術的根拠を廃棄しているのであり,すべてその他の制御できないと言われる事情も,建物の拡張,機械設備の追加,同時に従業する労働者数の増加,おのずから卸売商業制度に呼び起こされる反響によって,一掃されるのである。とはいえ,資本は,労働日を強制法的に規制する「一つの一般的な法律の圧力のもとでのみ」このような変革に服するのである。


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by shihonron | 2008-06-23 12:00 | レジュメ
2008年 06月 23日

第13章 第8節のレジュメその1

第8節 大工業によるマニュファクチュア,手工業,家内労働の変革        s.483
a 手工業と分業とにもとづく協業の廃棄
機械を基礎とする手工業経営の再生産は,ただ工場経営への過渡をなす
① すでに見たように機械は手工業にもとづく協業を廃棄し(一例は草刈機),また手工業的労働の分業にもとづくマニュファクチュアを廃棄する(一例は縫針製造用の機械)。
 たった1台の機械が11時間の1労働日に14.5万本を供給する(A・スミスによれば,彼の時代には10人の男が分業によって1日に4.8万本以上の縫針)。女一人または少女一人が平均して4台のこの機械を見張っているので,一人で1日に約60万本以上の縫針を生産する。単一の作業機が協業やマニュファクチュアに代わって現われるかぎりでは,この作業機そのものがまた手工業的経営の基礎になることができる。しかし,このように機械を基礎として手工業経営が再生産されるということは,ただ工場経営への過渡をなすだけでる。
 蒸気や水のような機械的動力が人間の筋肉に代わって機械を動かすようになりさえすれば,いつでも工場経営が現われるのが通例である。散在的・一時的には,小経営が,蒸気の賃借りや小型の熱機関の使用などによって,機械的動力と結びつけられるということもありうる。コヴェントリの絹織物業では「小屋工場」の実験が自然発生的に広がった。方形に建てた小屋の列の中央に,蒸気機関を置くエンジン・ハウスが一つ設けられ,この蒸気機関が小屋のなかの織機とシャフトで連結された。蒸気は織機1台当たり21/2シリングで賃借りされていた。小屋工場と本来の工場との戦いは12年以上も続いた。それは,300の小屋工場の全滅で終わった。
・たとえば封筒製造や鉄ペン製造などは,通例は,工場経営になるまでの短期間の過渡段階として,まず手工業経営を,次にマニュファクチュア経営を通った。このような変態は,製品のマニュファクチュア的生産が一連の段階的諸過程からではなく多数の無関連な過程から成っている場合には,やはり非常に困難である。こういうことは,たとえば鉄ペン工場の大きな障害になっていた。しかし,15年ほども前に,6つの無関連な過程を一度にやってしまう自動装置が発明された。

b マニュファクチュアと家内労働とへの工場制度の反作用            s.485
① マニュファクチュア編成の解体
 工場制度の発展につれて,またそれに伴う農業の変革につれて,すべての他の産業部門でも生産規模が拡大されるだけでなく,それらの部門の性格も変わってくる。生産過程をそのいろいろな構成段階に分解し,そこに生ずる諸問題を力学や化学など,要するに自然科学の応用によって解決するという機械経営の原理は,どこでも決定的になってくる。こうして,機械は,ある時はこの,ある時はあの部分過程をとらえるために,マニュファクチュアに侵入してくる。それとともに,旧来の分業から生じたマニュファクチュア編制の堅い結晶は解けて,それに代わって不断の変転が現われる。このことは別としても,全体労働者または結合労働人員の構成は根底から変革される。
分業計画は"cheap labour"の充用を基礎とする
 マニュファクチュア時代とは反対に,いまや分業の計画は,婦人労働やあらゆる年齢層の子どもの労働や不熟練工の労働,イギリス人が "cheap labour" 安い労働と呼んでいる労働の充用をできるかぎり基礎とするようになる。⇒機械の使用とは関わり無く,すべての結合された生産,家内工業にもあてはまる。
家内工業は工場やマニュファクチュアや問屋の外業部=資本が支配する別軍=下請け
 いわゆる近代的家内工業と古い型の家内工業とには名称のほかにはなんの共通点もない。後者のほうは,独立な都市手工業と独立な農民経営,労働者家族の家を前提するものである。家内工業は今では工場やマニュファクチュアや問屋の外業部に変わっている。資本によって場所的に大量に集中され直接に指揮される工場労働者やマニュファクチュア労働者や手工業者のほかに,資本は,大都市のなかや郊外に散在する家内労働者の別軍をも,目に見えない糸で動かすのである。たとえば,アイルランドのロンドンデリのティリ会社のシャツ工場は,1000人の工場労働者と田舎に分散している9000人の家内労働者とを使用している。
② 工場よりも露骨な近代的マニュファクチュアでの労働力の搾取・家内労働ではもっと露骨
・工場にある技術的基礎や筋力に代わる機械の使用や労働の容易さがマニュファクチュアにはほとんどない。また,マニュファクチェアでは女や未成年者の身体が最も容赦なく毒物などの影響にさらされている。
・この搾取は,いわゆる家内労働では,マニュファクチュアで行なわれるよりももっと露骨になる。なぜならば,労働者たちの抵抗能力は彼らの分散に伴って減ってゆき,
   多くの盗人的寄生者が本来の雇い主と労働者とのあいだに押し入り,
   どこでも家内労働は同じ生産部門の機械経営や少なくともマニュファクチュア経営と戦っており,    貧窮は労働者からどうしても必要な労働条件である空間や光や換気などをさえも取り上げ,       就業の不規則性は増大し,
   労働者どうしのあいだの競争が必然的に最高度に達するからである(大工業と大農業とによって「過剰」    にされた人々の最後の逃げ場)。
・機械経営によってはじめて体系的に完成される生産手段の節約は,はじめから,同時に冷酷きわまる労働力の乱費なのであり,労働機能の正常な諸前提の強奪なのであるが,それが今では,一つの産業部門のなかで労働の社会的生産力や結合労働過程の技術的基礎の発展が不十分であれほあるほど,このような敵対的な殺人的な面をますます多くさらけ出すのである。

c 近代的マニュファクチュア----bの諸命題の実例①               s.486
① 前述の原則の例(労働日に関する章にも多数の例証)。バーミンガムとその付近の金属マニュファクチュアは,30,000人の子どもと少年,それに10,000人の女を,多くは非常に重い労働に使用している。彼らはここでは健康に有害な黄銅鋳造場やボタン工場や琺瑯・メッキ・ラック塗り作業で働いている。ロンドンのいくつかの新聞・書籍印刷工場は,成年工および未成年工の労働が過度なために「屠殺場」という名誉ある名称をえた。同じ過度労働は製本工場でも行なわれ,その犠牲はここではことに女や少女や子どもである。ロープ製造工場での未成年者の激しい労働。製塩所やろうそく製造その他の化学マニュファクチュアでの夜間労働。機械経営でない絹織物工場では織機を動かすための少年の殺人的消耗。
・最も卑しまれる,最も不潔な,最も賃金の低い労働の一つで,好んで若い娘や女が用いられるのは,ぼろの選別である。ぼろ⇒肥料・寝具用毛くず・再生羊毛・紙の原料。
・過度労働,困難で不適当な労働,その結果として幼少時からこき使われる労働者の粗暴化,これらのものの典型的な実例として認められるのは,鉱山業や炭鉱業と並んで瓦や煉瓦の製造である。
② この階級全体に子どもの時から大酒飲みが多いのは,まったく当然のことでしかない。
③ 近代的マニュファクチュアにおける労働条件の資本主義的節約。いろいろな作業場〔workshops〕,ことにロンドンの印刷業者や裁縫業者の作業場の描写には,われわれの小説家たちのどんなにいやらしい想像もかなわない。労働者の健康状態に及ぼす影響は,言うまでもなく明らかである。ドクター・サイモン(枢密院の最高医務官で『公衆衛生報告書』の編纂官)----「私の第4次報告書」(1861年)「-----いまや,無数の男女労働者の生命が,彼らの単なる就業が生み出す果てしない肉体的苦痛によって,いたずらにさいなまれ縮められるのである。」
④ 作業場が健康状態に及ぼす影響の例証-----死亡統計表(サイモン)。
10万人当たり死亡数-----ロンドンの裁縫業や印刷業では農業の約2倍(35~45歳 45~55歳)

d 近代的家内労働----bの諸命題の実例②                     s.489
① 次に家内労働を見てみよう。この,大工業の背後につくり上げられた資本の搾取部面と,その恐ろしい状態とについて想像するためには,イギリスのへんぴな村のいくつかで営まれている見かけはまったく牧歌的な釘製造業を見れはよい。ここでは,レース製造業と表わら細工業とのうちの,まだ全然機械経営になっていない部門かまたはまだ機械経営やマニュファクチュア経営と競争していない部門からの二つ三つの例で十分である。
② イギリスのレース生産に従事する150,000人のうちで約10,000が1861年の工場法の適用を受ける。残りの140,000のうちの非常な多数が女と男女の少年と子どもである。といっても,男はほんのわずかなのであるが。レース製造女工で大部分は17歳から24歳までの患者686人のうち肺病患者は次のような割合だった。
1852年------45人中1人 1861年------8人中1人
③ 肺病率におけるこの進歩は,どんなに楽天家の進歩論者にも,満足なものであるにちがいない。
④ 1861年の工場法は,機械によって行なわれるかぎりでの本来のレース製造を規制。
われわれがここで簡単に,-----いわゆる家内労働者であるかぎりで,顧慮しようとする部門は,(1)仕上げと(2)レース編みとに分かれる。
⑤ レースの仕上げは,いわゆる「女親方の家」〔"Mistress Houses"〕でか,または女たちによって単独にかまたは子どもといっしょに自宅で,家内労働として営まれる。「女親方の家」を管理する女たちは,自分自身も貧乏である。仕事場は彼女たちの自宅の一部になっている。彼女たちは,工場主や商店の持ち主などから注文を受け,自分の家の広さや変動する仕事の需要に応じて,女や少女や小さな子どもを使っている。従業女工の数は,これらの仕事場のいくつかでは20人から40人まで,そのほかでは10人から20人までのあいだで変動する。子どもが仕事を始める平均最低年齢は6歳であるが,5歳未満のこともよくある。普通の労働時間は朝の8時から晩の8時まで続き,その間に一時間半の食事時間はあるが,その食事は不規則であり,穴のような臭い仕事場でとられることも多い。景気のよい時には,労働はしばしば朝の8時(ときには6時)から夜の10時か11時か12時までも続く。-----
⑥ 労働時間が延ばされるにつれて,「長い棒」が刺激剤として「女親方」の役に立つ。
("Their work is like slavery.")
⑦ 女が自分の子どもといっしょに自宅で,つまり現代的意味では借り部屋で,しばしば屋根裏部屋で,働いている場合には,事態はもっと悪いこともあるであろう。この種の仕事は,ノッティンガムの周辺80マイルの範囲に出される。問屋で働いている子どもが夜の9時か10時にそこを出るときには,自宅で仕上げるためにもう1束持って帰らされることもよくある。-----「それはお母さんのぶんだ」というもっともらしい言葉を添えるのであるが,哀れな子どもが寝ずに手伝わなければならないということは十分承知の上なのである。
⑧ レース編み業は,-----一般に農業日雇い労働者の小屋が仕事場になっている。-----レース仕上げについて述べた状態はここでも再現する。ただ,「女親方の家」に代わって,貧しい女たちが自分の小屋で開いているいわゆる「レース学校」〔"lace schools"〕が現われるだけである。------
⑨ 空間について言えば,
「あるレース学校では,18人の少女と女教師がいて,一人当たり35立方フィートである。-----この産業では,2歳から21/2歳の子どもが使われていることもある。」
⑩ 麦わら編み-----。1861年には麦わら編みと麦わら帽子製造とに48,043人が従事。そのうち3815人が各年齢層の男性,その他は女性,14,913人は20歳末満,約7000は子ども。-----ここでは「麦わら細工学校」〔"straw plait schools"〕が現われる。ここでは普通は4歳から麦わら細工の課業を始める。もちろん,教育は受けない。この施設では彼らはただ労働だけをやらされ,半ば飢えた母親の命ずる仕事をたいていは1日に30ヤード仕上げなければならない。------
⑪ -----貧しくおちぶれた親たちは,子どもたちからできるだけたくさんたたき出そうと思うだけである。子どもたちが成長すれば,もちろん,親のことなどは少しもかまわずに見捨ててしまう。-----
⑫ そして,このような模範家族の故国は,キリスト教では確かに権威者であるモンタランベール伯に言わせれば,ヨーロッパリキリスト教模範国なのだ!
⑬ 労賃は,以上に述べた産業部門では一般にみじめなものであるが,特にレース製造地帯で一般的に行なわれている現物賃金制度(トラック・システム)によって,その名目金額よりもずっと低く押し下げられる。
 * ⑤~⑬の概要は資本論辞典「苦汗制度」(KⅠ,第19章 s.577)の説明とし引用されている


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by shihonron | 2008-06-23 10:00 | レジュメ
2008年 06月 17日

第105回  6月17日 第13章 機械と大工業 第6節、第7節

6月17日に第105回学習会を行いました。
レジュメに基づく報告を受け、「第13章 機械と大工業」の「第6節 機械によって駆逐される労働者に関する補償説」「第7節 機械経営の発展に伴う労働者の排出と吸引 綿業恐慌」を議論しました。第7節についての議論は次回にも行うことになりました。


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by shihonron | 2008-06-17 23:30 | 学習会の報告
2008年 06月 16日

第13章 第7節のレジュメ

第7節 機械経営の発展に伴う労働者の排出と吸引  綿業恐慌            s.471
① 機械の新たな採用⇒伝来の手工業やマニュファクチュアの労働者に疫病のように作用
経済学のまじめな代表者ならばだれでも認めていること-----機械の新たな採用は,さしあたりその競争相手になる伝来の手工業やマニュファクチュアの労働者に疫病のように作用する。彼らはほとんどみな,工場労働者の奴隷状態を嘆いている。それにもかかわらず,彼らが出す切り札はなにか? 機械は,その導入期および発展期の恐怖のあとでは,労働奴隷を最終的に減らしてしまうのではなく,結局はそれをふやすのだ! ということである。一定の成長期の後には,つまり長短の「過渡期」の後にはそれが最初に街頭に投げ出したよりももっと多くの労働者を苦しませるという忌しい定理(資本主義的生産様式の永久の自然必然性を信ずるすべての「博愛家」にとって忌しい定理)を持ちだして,経済学は歓呼の声をあげるのだ!

② 工場諸部門の異常な拡張は,充用労働者数の単に相対的な減少だけではなく絶対的な減少とも結びついていることがありうる。1852年と1862年とのあいだにはイギリスの羊毛加工の著しい成長があったが,充用労働者数のほうはほとんど変わらなかった。
③ 従業工場労働者の増加はしばしばただ外観的でしかない。すなわち,すでに機械経営の上に立っている工場の拡張によるものではなく,付随的な諸部門をだんだん合併していった結果である。他の諸工場では,それまでは人間の筋力で運転されていたじゅうたんやリボンや亜麻などの織機に新たに蒸気力が応用されたことによるものだった。だから,これらの工場労働者の増加はただ従業労働者総数の減少の表現でしかなかったのである。最後に,金属工場を除けばどこでも少年労働者(18歳未満) や女や子どもが工場従業員中の非常に優勢な要素をなしているのである。

従業労働者数の相対的減少とその絶対的増加との両立                     s.473
④ とはいえ,機械経営によって多数の労働者が実際に駆逐され可能的に代替されるにもかかわらず,同種工場数の増加または既存工場の規模の拡大に表現される機械経営そのものの成長につれて,結局は工場労働者も,彼らによって駆逐されたマニュファクチュア労働者や手工業者よりも多数になることがありうるのである。たとえば,毎週充用される500ポンド・スターリングの資本が古い経営様式では2/5の不変成分と3/5の可変成分とから成っていた⇒4/5の不変成分と1/5の可変成分(400c+100v)
従業労働者数の相対的減少はその絶対的増加と両立するのである。
      200c+300v(1ポンド×300人)⇒1200c+300v
                    ⇒1600c+400v----絶対的には100人増,相対的には800人減
機械使用が進むにつれて,機械や原料などから成っている不変資本部分は増大するが,労働力に投ぜられる可変資本部分は減少するのであり,同時にほかのどんな経営様式でもこのように絶えまなく改良が行なわれるのではなく,したがって総資本の構成もこれほど可変的ではないのである。しかし,この絶えまない変化もまた,休止点によって,また与えられた技術的基礎の上での単に量的な拡張によって,絶えず中断される。それとともに従業労働者数は増加する。

機械経営は一つの弾力性(突発的飛躍的な拡大能力)を獲得する                s.474
⑤ この点についてはもう少し述べておかなければならないが,われわれの理論的叙述そのものがまだ到達していない純粋に事実的な関係にもいくらか触れることになる。
⑥ ある産業部門で機械経営が伝来の手工業やマニュファクチュアを犠牲として拡張されるあいだは,その成功は確実である。機械が最初にその勢力圏を征服するこの第一期は,機械に助けられて生産される異常な利潤のために決定的に重要である。この利潤はそれ自体として加速的蓄積の一つの源泉になるだけではなく,絶えず新たに形成されて新たな投下を求める社会的追加資本の大きな部分をこの恵まれた生産部面に引き入れる。最初の疾風怒涛時代の特別な利益は,機械が新たに採用される生産部門で絶えず繰り返し現われる。しかしまた,工場制度がある範囲まで普及して一定の成熟度に達すれば,ことに工場制度自身の技術的基礎である機械がそれ自身また機械によって生産されるようになれば,また石炭と鉄の生産や金属の加工や運輸が革命されて一般に大工業に適合した一般的生産条件が確立されれば,そのときこの経営様式は一つの弾力性(一つの突発的飛躍的な拡大能力)を獲得するのであって,この拡大能力はただ原料と販売市場とにしかその制限を見いださないのである。
・機械は一方では原料の直接的増加をひき起こす。たとえば操綿機が綿花生産を増加させたように。他方では,機械生産物の安価と変革された運輸交通機関とは,外国市場を征服するための武器である。外国市場の手工業生産物を破滅させることによって,機械経営は外国市場を強制的に自分の原料の生産場面に変えてしまう。こうして,東インドは,大ブリテンのために綿花や羊毛や大麻や黄麻やインジゴなどを生産することを強制された。大工業の諸国での労働者の不断の「過剰化」は,促成的な国外移住と諸外国の植民地化とを促進し,このような外国は,たとえばオーストラリアが羊毛の生産地になったように,母国のための原料生産地に転化する。機械経営の主要所在地に対応する新たな国際的分業がつくりだされて,それは地球の一部分を,工業を主とする生産場面としての他の部分のために,農業を主とする生産場面に変えてしまう。
・ 東インドから大ブリテンへの綿花輸出・羊毛輸出(1846・60年)統計略
・ 喜望峰,オーストラリアから大ブリテンへの羊毛輸出(1846・60年)
・ 合衆国から大ブリテンへの綿花輸出(1846・60年) 
⑦ 1867年2月18日に下院はグラッドストン氏の発議によって1831~1866年の連合王国の各種穀類および穀粉の総輸出入に関する統計を作成させた。-----国内生産を超える
・ 人口一人あたり年平均消費の国内生産超過量 (クォーター)
1831~35---- 0.036 1841~45----0.099 1851~55----0.291 1866----0.543

⑧ 産業循環,競争の作用                                  s.476
工場制度の巨大な突発的な拡張可能性と,その世界市場への依存性とは,必然的に,熱病的な生産とそれに続く市場の過充とを生みだし,市場が収縮すれば麻痺状態が現われる。産業の生活は,中位の活況,繁栄,過剰生産,恐慌,停滞という諸時期の一系列に転化する。機械経営が労働者の就業に,したがってまた生活状態に与える不確実と不安定は,このような産業循環の諸時期の移り変わりに伴う正常事となる。繁栄期を除いて,資本家のあいだでは,各自が市場で占める領分をめぐって激烈きわまる闘争が荒れ狂う。この領分の大きさは,生産物の安さに比例する。そのために,労働力にとって代わる改良された機械や新たな生産方法の使用における競争が生みだされるほかに,どの循環でも,労賃をむりやりに労働力の価値よりも低く押し下げることによって商品を安くしようとする努力がなされる一時点が必ず現われる。

⑨ 工場労働者数の増大は,工場に投ぜられる総資本のはるかに急速な割合での増大を条件とする。s.477
しかし,この過程は産業循環の干潮期と満潮期との交替のなかでしか実現されない。しかも,それは,ときには可能的〔潜在的,潜勢的〕に労働者の代わりをし,ときには実際に労働者を駆逐する技術的進歩によって,絶えず中断される。機械経営におけるこの質的変化は,絶えず労働者を工場から遠ざけ,あるいは新兵の流入にたいして工場の門戸を閉ざすのであるが,他方,諸工場の単に量的な拡張は,投げ出された労働者のほかに新しい補充兵をも飲みこむ。こうして,労働者たちは絶えずはじき出されては引き寄せられ,あちこちに振りまわされ,しかもそのさい召集されるものの性別や年齢や熟練度は絶えず変わるのである。

⑩ 工場労働者の運命は,イギリスの綿工業の運命を一見すれば,最もよくわかる。      s.477
⑪ 1770年から1815年までは,綿工業が不況または停滞状態にあったのは5年間である。
この第一期の45年間,イギリスの工場主たちは機械と世界市場とを独占していた⇒⑰。
1825年は恐慌。
1837年と1838年は不況と恐慌。
1847年は恐慌。「大きなパン」を祝って10%以上の一般的な賃金引き下げ。
1857年は恐慌。
1860年は,イギリス綿工業の絶頂。インドやオーストラリアその他の市場はいっぱいになって,1863年にもまだ滞貨の全部を吸収しきれないほどだった。
1861年には好況がしばらく続き,次いで反動,アメリカの南北戦争(1861.4.12~'65)⇒綿花飢饉。
1862年から1863年まで完全な崩壊。

⑫ 綿花飢饉は工場主たちにとっては好都合だった
1860年から1861年にかけての世界市場の状況から推察すれば,綿花飢饉は工場主たちにとっては好都合にやってきたもので,また一部は利益にもつながった。
 小工場主たちはたいていは没落した。彼らは工場主数の3分の1を占めていたとはいえ,綿業に投下された資本全体からいえば,ごくわずかな部分にすぎなかった。ごくわずかな工場だけが完全に(1週60時間)操業し,そのほかの工場は断続的に操業していた。普通の出来高賃金で時間いっぱい就業した少数の労働者の場合にさえも,週賃金は減少せざるをえなかった。というのは,上等綿に代わって下等綿が,シー・アイランド綿に代わってエジプト綿が(細糸紡績工場の場合),アメリカ綿やエジプト綿に代わってスラト綿(東インド綿)が,そして本綿に代わって屑綿とスラト綿との混合物が使われたからだった。機械の速度や,一人の織布工が見張ることのできる織機数を減少させ,機械の過誤に伴う労働を増加させ,生産物量にも出来高賃金にも制限を加えたのである。スラト綿を使って時間いっぱい就業すれば,労働者の損失は20%,30%,またそれ以上にもなった。しかも,工場主の多くは,出来高賃金の率をも5%,71/2%,10%引き下げた。これによって,1週間に3日,31/2日,4日しか,あるいは1日に6時間しか就業しない人々の状態が推察されるであろう。
 こんな悲惨な状態にあっても,こと賃金の引き下げに関しては工場主の発明心は休むことを知らなかった。ときには,彼の綿花の粗悪なためや機械設備が適当でないために起きる製品の欠陥にたいしても,その罰として賃金の引き下げが行なわれた。また,工場主が労働者の小屋の所有者だった場合には,名目労賃からの引き去りを家賃の取り立ての代わりにした。

無価値体実験-----労働者の犠牲において行なわれた生産過程の変革
⑬ 職工の作業時間が短縮されているときにさえ,しばしば家賃は賃金から引き去られた。もっと特徴的だったのは,生産過程の変革が労働者の犠牲において行なわれたということである。それこそ,解剖学者たちが蛙でやるような本式の無価値体実験だった。工場監督官レッドグレーヴは次のように言っている。
「私は多くの工場での労働者の実収入をあげたが,そこから,彼らが毎週同じ額を得ているものと結論してはならない。労働者たちは,工場主が絶えずやっている実験(experimentalizing)のために非常に大きな変動のもとにおかれている。----彼らの収入は,綿のなかの混ぜものの質につれて上がったり下がったりする。ときにはそれが彼らの以前の収入に15%近づくかと思えば,次週か次々週には50%から60%も下がる。」
⑭ これらの実験は,労働者たちの生活手段だけを犠牲にしてなされたのではなかった。彼らは彼らの五官の全部でそれを償わなけれはならなかった。
「綿花の荷解きに従事する人々はがまんできない悪臭で気持ちがわるくなる,と私に告げた。----混綿場や粗梳綿場や梳綿場の従業者たちは,飛散するほこりに顔じゅうの穴を刺激されて,せきや呼吸困難を起こす。----繊維が短いために,糸には糊づけのときに多量の材料が,しかも以前使われていた穀粉の代わりに各種の代用物がつけられる。そのために織布工の悪心や消化不良が起きる。ほこりのために起きる気管支炎,また咽喉炎,さらにスラト綿のなかの汚物が皮膚を刺激するために起きる皮膚病がはびこる。」
⑮ 他方では,穀粉の代用物は,糸の重さを増して,工場主語君にとってフォルトゥナトゥスの財布になった。それは「15ポンドの原料を,織り上がれば,26ポンドの重さに」した。1864年4月30日の工場監督官報告書では次のように述べている。
「この産業は今ではこの手段をまったくあつかましく利用している。確かな筋から聞いたところでは,重さ8ポンドの織物が51/4ポンドの綿と23/4ポンドの糊とでつくられる。別の51/4ポンドの織物には2ポンドの糊が含まれていた。これは普通の輸出用シャツ地だった。そのほかの種類ではしばしば50%も糊がつけられていたので,工場主たちは,名目上織物に含まれている糸にかかったよりも少ない貨幣で織物を売りながら利益をあげるということを自慢することができるのであり,また実際にも自慢するのである。」
⑯ しかし,労働者たちは,工場のなかでは工場主たちの,工場の外では市当局の,実験の材料にされて,賃金引き下げと失業とに,困窮と慈善とに,上下両院の賛辞に,悩まされなければならなかっただけではない。「綿花飢饉で職を失った不幸な婦人たちは社会の廃物となり,そしてそうたったままだった。----若い売春婦の数は,最近25年間に類のない増加を示した。」

1830年-----大陸ヨーロッパ・合衆国との競争開始,好況期と過剰人口
⑰ イギリスの綿工業の第一期の45年間,1770~1815年には,恐慌と停滞は5年しかないが,しかし,これはイギリスの綿工業の世界独占の時期だった⇒⑪。
 第二期の48年間,1815~1863年には,不況と停滞の28年にたいして回復と好況は20年しかない。1815~1830年には大陸ヨーロッパおよび合衆国との競争が始まる。1833年からはアジア諸市場の拡張が「人類の破壊」によって強行される。穀物法が廃止されてから,1846~1863年には,中位の活況と好況との8年にたいして9年の不況と停滞がある。
 綿工業の成年男子労働者の状態が,好況期にさえも,どんなものだったかは,つけ加えた注からも判断されるであろう(245)。
(245) 1863年の春,ある移民協会の設立のための綿業労働者の呼びかけ書-----「工場労働者の一大移民がいまや絶対に必要だということは,ほとんどだれも否定しないであろう。しかし,いつでも不断の移民の流れが必要だということ,またそれなしには普通の状態のもとでわれわれの地位を維持することは不可能だということは,次のような事実によって示されている。-----最も目につきやすい原因の一つは,不断の労働過剰であるが,それは,破滅を免れるためには絶えず市場の拡張を必要とするこの産業部門にとっては,欠くことができないのである。われわれの綿工場は,商業の周期的な停滞によって休止させられるおそれがあるが,このような停滞は,現在の制度のもとでは,人が死ぬことと同じに,避けられないものである。だからといって,人間の発明心は休んではいない。低く見積もっても,最近の25年間に600万人がこの国を去ったにもかかわらず,生産物を安くするために引き続き労働の駆逐が行なわれるので,大きな割合の成年男子が,最高の好況期にさえも,工場ではどんな条件のどんな種類の仕事も見つけることができないという状態にあるのである。」
 なお,綿業異変に際しては工場主諸君が手段を尽くして,国家の力によってさえも,工場労働者の移住を阻止しようとしたことは,もっとあとの章で示されるであろう。


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by shihonron | 2008-06-16 14:40 | レジュメ
2008年 06月 16日

第13章 第6節 のレジュメ

第6節 機械によって駆逐される労働者に関する補償説                s.461
① 労働者を駆逐する機械はそれと同数の労働者を働かせる資本を遊離させる
ブルジョア経済学者(ジェームズ・ミル,マカロック,トレンズ,シーニア,J・S・ミル,等々。リカードは後に自説を取り消す)の主張するところでは,労働者を駆逐するすべての機械設備は,つねにそれと同時に,また必然的に,それと同数の労働者を働かせるのに十分な資本を遊離させるという。
② 弁護論者の補償説の内容
(a)ある資本家(壁紙製造所)が,一人1年30ポンド・スターリングで100人の労働者を充用すると仮定(1年間に支出する可変資本は3000ポンド)。(b)彼は労働者を50人解雇して,残りの50人に1台の機械をつける(1500ポンド)。簡単化のため,建物や石炭などは問題にしないことにする。1年間に消費される原料にはこれまでと同じに3000ポンドかかると仮定する(214,この例解は,前記の経済学者たちのやり方にならって試みたもの)。---この操作〔変態,形態変化〕によっていくらかでも資本が「遊離」されているだろうか?
機械が改良されるたびに,資本が使用する労働者は少なくなる。
(c)新たに採用される機械には,それが駆逐する労働力や労働道具の総額,たとえば1500ポンドではなく1000ポンドしかかからないとすれば,500ポンドの資本が遊離されることになるであろう。
               (a)          (b)      (c)
---30×50=1500       1500
---新機械 1500       1000---500遊離
 原料(不変資本)-------   3000          3000       3000
           3000c+3000v      4500c+1500v     4000c+1500v
(c)のケースでは,約16人の労働者の雇用財源になる。いや,実際にはこの労働者数は16人よりもずっと少ない。----この500ポンドが資本に転化されるためには,一部分は不変資本にも転化されなければならない。

③ 機械の製作にはかなり多数の機械工が使用される?----(b)で考える
・新しい機械の製作にはかなり多数の機械工が使用されるものとしよう。それは,街頭に投げ出された壁紙工にたいする補償になるであろうか?
・機械の製作に使用される労働者は,どんなに多くても,機械の充用が駆逐する労働者よりも少ない。解雇された壁紙工の労賃だけを表わしていた1500ポンドという金額は,今では機械の姿で,(1) 機械の製造に必要な生産手段の価値,(2) 機械を製作する機械工の労賃,(3) 彼らの「雇い主」のものになる剰余価値を表わしている。そのうえに,機械は,一度できあがれば,死ぬまで更新される必要がない。だから,追加された数だけの機械工を引き続き就業させておくためには,壁紙工場主は次々に機械によって労働者を駆逐しなければならないことになるのである。
④ 弁護論者たちが言っているのは遊離された労働者の生活手段のこと
実際,弁護論者たちも,このような資本の遊離のことを言っているわけではない。機械は,50人の労働者を放出し,それによってかれらを「いつでも使える状態」にするだけではない。50人の労働者をかれらの1500ポンドの賃金から遊離することによって,1500ポンドの生活手段を彼等の消費から遊離する。つまり,機械は労働者を生活手段から遊離させるという簡単な少しも新しくない事実が,経済学的には,機械は生活手段を労働者のために遊離させるとか,労働者を充用するための資本に転化させるということになる

⑤ 遊離された資本は新しい投資を見つけ,労働者を雇うであろう⇒そこに補償がある     s.463
この説によれば,1500ポンドの価値の生活手段は,解雇された50人の壁紙労働者の労働によって価値増殖される資本だった。この資本は,この50人が再びそれを生産的に消費することができるような新しい「投資」をみつける。だから,おそかれ早かれ資本と労働とが再びいっしょになる。そうなればそこに補償がある。機械によって駆逐される労働者の苦悩は一時的なのである。
⑥ 機械はそれが採用される部門でだけではなくそれが採用されない部門でも労働者を街頭に投げ出す
1500ポンドは,----貨幣形態で自分たちの雇い主から賃金として受け取っていた----彼らは同じ金額の生活手段を買った。機械が彼らを購買手段から「遊離させた」という事情は,彼らを買い手から買い手でないものに転化させる。だから,かの商品にたいする需要が減ったのである。それだけのことである。もしこの需要の減少が他の方面からの需要の増加によって埋め合わされなければ,これらの商品の市場価格は下がる。市場価格の低落と資本の移動が続いているあいだは,必要生活手段の生産に従事する労働者たちも彼らの賃金の一部分から「遊離させ」られる。だから,かの弁護論者は,機械は労働者を生活手段から遊離させることによって同時にこの生活手段を労働者を充用するための資本に転化させるということを証明しているのではなくて,それとは反対に,きわめつきの需要供給の法則を用いて,機械はただそれが採用される部門でだけではなくそれが採用されない部門でも労働者を街頭に投げ出すということを証明している。
⑦ 真実は----彼らの前途はなんと見込みのないものであろうか!              s.464
経済学的楽天主義にゆがめられた現実の事態-----機械に駆逐される労働者は作業場から労働市場に投げ出されて,そこで,いつでも資本主義的搾取に利用されうる労働力の数を増加させる。第7篇で明らかになるように,ここでは労働者階級のための補償としてわれわれに示されているこのような機械の作用は,それとは反対に,最も恐ろしい鞭として労働者にあたるのである。
たとえあらたな職を求めることができたとしても-----それは,投下を求める新しい追加資本によって行なわれるのであって,けっして,すでに以前から機能していて今では機械に転化している資本によって行なわれるのではない。そして,その場合にも彼らの前途はなんと見込みのないものであろうか! この哀れな連中は,分業のためにかたわになっていて,彼らの元の仕事の範囲から出ればほとんど値うちがなくなるので,彼らがはいれるのは,ただわずかばかりの低級な,したがっていつでもあふれていて賃金の安い労働部門だけである。また,どの産業部門も年々新たな人間の流れを引き寄せ,この流れがその部門に規則的な補充や膨張のための人員を供給する。これまで一定の産業部門で働いていた労働者の一部分を機械が遊離させれば,この補充人員も新たに分割されて他の諸労働部門に吸収されるのであるが,最初の犠牲者たちは過渡期のあいだに大部分は零落して滅んでしまうのである。

⑧ 経済学的弁護論の眼目----排除された労働者のための生活手段がある!           s.464
生活手段からの労働者の「遊離」が機械そのものの責任でないということは疑いもない事実である。機械はそれがつかまえる部門の生産物を安くし増加させるのであって,他の産業部門で生産される生活手段量を直接に変化させはしないのである。だから,社会には機械が採用されてからもそれ以前と同量かまたはもっと多量の,排除された労働者のための生活手段があるのであって,年間生産物のうちの非労働者によって浪費される巨大な部分はまったく別としてもそうである。そして,これが経済学的弁護論の眼目なのである!
・機械の資本主義的充用と不可分な矛盾や敵対関係などは存在しないのである! なぜならば,そのようなものは機械そのものから生ずるのではなく,その資本主義的充用から生ずるのだからである!
機械は,
・(それ自体として見れば)労働時間を短縮するが,⇒(資本主義的に充用されれば)労働日を延長し,
・労働を軽くするが,⇒労働の強度を高くし,
・自然力にたいする人間の勝利であるが,⇒人間を自然力によって抑圧し,
・生産者の富をふやすが,⇒生産者を貧民化する
などの理由によって,ブルジョア経済学者は簡単に次のように断言する。
それ自体としての機械の考察が明確に示すように,すべてかの明白な矛盾は,日常の現実のただの外観であって,それ自体としては,したがってまた理論においては,全然存在しないのだ,と。そこで,彼はもはやこれ以上頭を悩ますことはやめにして,しかも自分の反対者にたいしては,機械の資本主義的充用にではなく機械そのものに挑戦するという愚かさを責めるのである。
⑨ 裏のないメダルがどこにあろう! 資本主義的利用以外の機械の利用は,彼にとっては不可能である。だから,機械による労働者の搾取は,彼にとっては労働者による機械の利用と同じことなのである。機械の資本主義的充用が現実にどんなありさまであるかを暴露するものは,およそ機械の充用一般を欲しないもので,社会的進歩の敵なのだ! まるであの有名な首切り犯人ビル・サイクスの論法そっくりである。「陪審員諸公よ,たしかにこの行商人の首は切られた。だが,この事実は私の罪ではない,それはナイフの罪だ。こんな一時の不都合のためにわれわれはナイフの使用をやめなければならないだろうか? 考えても見られよ! ナイフなしでどこに農工業があろうか? それは外科手術では治療に役だつし,解剖では知識を与えるではないか? しかも楽しい食卓ではちょうほうな助手ではないか? ナイフを廃止する-----それはわれわれを野蛮のどん底に投げもどすことである。」〔ディケンズ〕

機械は,他の労働部門で雇用の増加を呼び起こす ----補償説と無関係             s.466
⑩ 機械は,それが採用される労働部門では必然的に労働者を駆逐するが,他の労働部門では雇用の増加を呼び起こすことがありうる。しかし,この作用には,いわゆる補償説と共通な点はなにもない。
・次のようなことが絶対的な法則として結論される。機械によって生産される商品の総量が,それによって代わられる手工業製品またはマニュファクチュア製品の総量と同じならば,充用される労働の総量は減少する。ところが,減少した労働者数によって生産される機械製品の総量は,駆逐される手工業製品の総量と同じままではなく,実際にはそれよりもずっと大きくなるのである。400,000エレの機械織物は100,000エレの手繊物よりも少ない労働者によって生産されると仮定しよう。この4倍になった生産物には4倍の原料が含まれている。だから,原料の生産は4倍されなければならない。しかし,建物や石炭や機械などのような消費される労働手段について言えば,それらの生産に必要な追加労働が増大しうる限界は,機械生産物の量と,同数の労働者によって生産されうる手工生産物の量との差につれて,変動するのである。
⑪ こうして,ある一つの産業部門での機械経営の拡張にともなって,まず第一に,この部門にその生産手段を供給する他の諸部門での生産が増大する。そのために従業労働者数がどれほど増加するかは,労働日の長さと労働の強度とを与えられたものとすれば,充用される諸資本の構成によって定まる。この割合はまた,かの諸部門そのものを機械がすでにとらえている程度によって,さまざまに違ってくる。
・一つの新しい種類の労働者が機械といっしょにこの世に出てくる。すなわち,機械の生産者である。機械経営はこの生産部門そのものをもますます大規模に取り入れてゆく。
・原料について言えば,たとえば,綿紡績業のあらしのような突進は合衆国の綿花栽培を,またアフリカの奴隷貿易を温室的に助成し,同時に黒人飼育をいわゆる境界奴隷制諸州の主要な事業にした。1790年の合衆国では,奴隷の数は697,000だったが,それが1861年には約400万にのぼった。
・他方,機械羊毛工場の繁栄は,ますます耕地を牧羊場に変えるとともに,農村労働者の大量駆逐と「過剰化」とをひき起こした。
⑫ ある一つの労働対象がその最終形態に達するまでに通らなければならない前段階または中間段階を機械がとらえるならば,次にこの機械製品がはいってゆくまだ手工業的またはマニュファクチュア的に経営されている作業場では,労働材料といっしょに労働需要もふえてくる。たとえば,機械紡績業は糸を大いに安く大いに豊富に供給したので,手織工たちは当初は支出の増加なしに十分の時間作業することができた。それは,イギリスではジェニー,スロッスル,ミュールという三つの紡績機によって生みだされた800,000の綿織物工が蒸気織機によって淘汰されるまで,続いた。同様に,機械によって生産される衣服材料〔布地〕が豊富になるにつれて,裁断工や仕立女工や縫物女工などの数も,ミシンが現われるまでは,増加する。
⑬ 機械経営は社会的分業を推進する                            s.468
機械経営が相対的にわずかな労働者によって供給する原料や半製品や労働用具などの量の増加に対応して,これらの原料や半製品の加工は無数の亜種に分かれてゆき,社会的生産部門はますます多種多様になる。機械経営はマニュファクチュアとは比べものにならないほど社会的分業を推進する。

⑭ 奢侈品生産の増大,世界市場の拡大,運輸業の発展                    s.468
機械のもたらす直接の結果は,剰余価値を増加させると同時にそれを表わす生産物量をも増加させ,したがって,資本家階級とその付属物とを養ってゆく物資といっしょにこれらの社会層そのものを増大させるということである。彼らの富の増大と,第一次的生活手段の生産に必要な労働者数の不断の相対的減少とは,新しい奢侈欲望を生むと同時にその充足の新たな手段を生みだす。奢侈品生産が増大する。生産物の洗練や多様化は,また,大工業によってつくりだされる新たな世界市場関係からも生ずる。ますます多くの外国産嗜好品が国内生産物と交換されるだけではなく,ますます大量の外国産の原料や混合成分や半製品などが生産手段として国内産業にはいってくる。この世界市場的関係にともなって,運輸業での労働需要が大きくなり,運輸業も多数の新しい亜種に分かれる。

⑮ 遠い将来に実を結ぶ産業部門での労働の拡張,5つの新しい産業               s.469
・労働者数の相対的減少につれての生産手段や生活手段の増加は,その生産物が運河やドックやトンネルや橋などのように遠い将来にはじめて実を結ぶような産業部門での労働の拡張をひき起こす。
・直接に機械を基礎として,またはそれに対応する一般的な産業変革を基礎として,全く新たな生産部門,(新たな労働分野)が形成される。この種の主要産業と見ることのできるものは,ガス製造業,電信業,写真業,汽船航海業,鉄道業である。

機械の資本主義的利用の成果----労働者階級のますます大きい部分を不生産的に使用
⑯ 最後に,大工業の諸部面で異常に高められた生産力は,じっさいまた,他のすべての生産部面で内包的にも外延的にも高められた労働力の搾取をともなって,労働者階級のますます大きい部分を不生産的に使用することを可能にし,したがってまたことに昔の家内奴隷を召使とか下女とか従僕とかいうような「僕婢階級」という名でますます大量に再生産することを可能にする。1861年の人口調査
a 農業労働者(牧夫,農業者の家に住む農僕および下婢を含む)------1,098,261人
b 綿・羊毛・毛糸・亜麻・大麻・絹・黄麻工場および
    機械靴下編業および機械レース製造業の全従業者---------------642,607人
c 炭鉱および金属鉱山業の全従業者----------------------------------565,835人
d 全金属工場(熔鉱炉,圧延工場等)および各種金属加工業の従業者----396,998人
e 僕婢階級 ----------------------------------------------------1,208,648人
⑰ b+c=1,208,442。b+d=1,039,605。どちらの場合にも現代の家内奴隷の数よりも小さい。


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by shihonron | 2008-06-16 14:00 | レジュメ
2008年 06月 10日

第104回 6月10日 第13章 機械と大工業 第4節 第5節 

6月10日に第104回学習会を行いました。
レジュメに基づく報告を受け、「第13章 機械と大工業」の「第4節 工場」「第5節 労働者と機械との闘争」を議論しました。


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by shihonron | 2008-06-10 23:00 | 学習会の報告