『資本論』を読む会の報告

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2009年 03月 31日

第139回 3月31日 第1章 第4節 商品の呪物的性格とその秘密

3月31日(火)に第139回の学習会を行いました。これまでの議論の中で出されてきた抽象的人間的労働というカテゴリーが歴史貫通的であるかどうかという問題に関連して『経済学批判』におけるマルクスの叙述と『経済学史』における久留間鮫造氏の解説文を輪読し、マルクスの「歴史的抽象」について議論しました。

●は議論の報告、■は資料、★は報告者によるまとめや意見、問題提起です。
引用は、原則として《》を用いて示し、読む際の便宜を考慮して漢数字を算用数字に変換する場合があります。

商品生産の特殊な性格と価値の本質―――久留間鮫造『経済学史』より

 商品生産は、私有財産制度のもとに相互に独立化されている私的生産者によって行われる社会的生産である。直接には私的な彼らの労働は、その生産物の交換の関係においてはじめて独自の社会的形態を獲得する。すなわち彼らの労働の生産物は、それらの交換の関係において、使用価値としての千差万別の姿にもかかわらず価値として相互に等置されるのであるが、これによって彼らの労働もまた、使用価値を生産する労働としてのあらゆる現実の差異にもかかわらず、価値を形成するかぎりにおいてはそれらの差異を捨象されて、無差別一様な人間労働、すなわち人間労働力の単なる支出の一定量にほかならないものとされるのである。そしてこの一般的な人間労働の結晶としての「価値」の形態において――生産物の価値というこの物的な形態において――はじめて商品生産者の労働は、社会がその欲望の充足のために支出する総労働時間中の一定量を意味するものとなりうるのである。(1)

注(1)
 商品生産の特殊な性格と価値の本質とについての以上の説明はあまりにも簡単で、多くの読者には理解しがたいかと思われるので、以下にいささか立ち入った説明を付け加えることにしよう。もともと原論で解説されるべきことであって、学史の講義にとってはあまりに話の本筋からかけはなれることになるので、注に入れたのであるが、事柄自体は基本的に重要なことであるから、そのつもりで読んでいただきたい。
 いうまでもないことであるが、商品生産もまた一種の社会的生産である。すなわち商品生産者たちは、それぞれ自分の種々の欲望の対象を自分自身の労働によつて生産するのではない。もしそうであれば、相互に無関係でありうるわけであるが、そうではなくて事実上社会的分業を行うのである。すなわち彼らはめいめいに、自分の種々の欲望の対象を自分の種々の労働によって生産するかわりに、他の商品生産者たちの使用に供すべきある特殊な物を生産し、そしてそのかわりに、自分自身の種々の欲望をば他の商品生産者たちの労働の生産物によってみたすのである。
 だがそのようなことが行われるためには、第一に、種々の物をそれぞれ専門的に生産する商品生産者たちの種々の労働は、それらの総和において、社会全体の種々の欲望の総体に対応する社会的分業の有機的な体制を構成する必要がある。言葉をかえていえば、社会全体の種々の欲望の総体に対応するように、社会の総労働時間が種々の生産部門に配分される必要がある。そういうことが何らかの仕方、なんらかの形式で実現されないかぎり、社会の必要とする種々の物が必要に応じて生産されるということは不可能である。それは、ただ理想的に行われることが不可能なだけではなく、曲がりなりに行われることさえもできようがない。
 第二に、自分の必要とする物をすべて自分の手で生産するのではなくて、自分は社会の他の人々のためのある特殊な使用価値を生産し、そのかわりに自分の種々の欲望の充足は社会の他の人々の労働の生産物にまつという社会的分業の制度が成り立つためには、社会の総生産物のうちどれだけをそれぞれの生産者が受けとるべきかが、すなわち分配の仕方が、なんらかの方法できめられなければならない。それがきめられないならば、社会的生産は成り立ちようがないであろう。
 以上に述べた二つのことは社会的生産の一般的な条件であって、それがなんらかの形で実現されないかぎり、社会的生産はなり立ちえない。商品生産にしてもその例外ではありえない。しかし商品生産のばあいには、それが実現される仕方が、他の場合とは根本的にちがうのである。
 商品生産以外の社会的生産の形態にあっては、社会の総労働時間をどういうふうに種々の生産部門に割り当てるか、また社会の総生産物をどういうふうにその社会の種々の成員に分配するかは、あるばあいには独裁的な個人または個人の集団の意志により、またあるばあいには民主的な総意によって決定されるというふうなちがいはあるにしても、またそれらの意志による決定は、あるばあいには多分に恣意的であり、あるばあいには主として伝統にたより、またあるばあいには計画的な熟慮にもとづいて行われるというふうなちがいはあるにしても、とにかく人間の意志によって、一見明白な仕方できめられるのである。 ところが商品生産のばあいにはそうではない。商品生産のばあいにはそういうことをきめる者がどこにもない。商品生産者がある特定の物の生産に従事するのはだれの指図によるものでもない。彼はまったく彼自身の自由意志で、彼自身の判断にしたがって、彼自身の責任、彼自身の計算において生産するのである。彼の労働力は、私有財産の主体として独立自尊の人格である彼の私有の能力であり、したがってその支出である彼の労働は、彼の私事として行われる。労働力そのものが社会のものとなっていないのであるから、労働もまた直接には――労働そのものとしては――社会的性格をもっていない。それは私的労働にとどまる。したがってその生産物もまた、社会の所有には帰しないで彼の私有に帰することになる。だからそれは社会によって自由に処分されるわけにはゆかない。社会によって生産物の分配が決定されるためには、生産物が社会のものとして存在していなければならぬ。自分の物でなければ自分の意志で処分することはできないからである。
 ではいったい、分業の組織や分配の方法をきめる者が全然いないのに、どのようにして商品生産は社会的生産の一つの体制として成り立ちうるのであるか?
 商品生産者たちの間の生産関係は、直接彼ら自身の間の――直接に人間と人間との間の――関係としては樹立されないが、そのかわりに一種の廻り道をして、すなわち彼らの生産物の商品としての交換の関係をとおして樹立されるのである。
 では、商品生産者たちの間の生産関係はどのようにして、彼らの生産物の商品としての交換の関係をとおして樹立されるのか、あるいは、彼らの生産物の商品としての交換関係はどのようにして、商品生産者たちの間の生産関係を媒介するか?
 すでに述べたところによって知られるように、社会的生産が行われるための最も基本的な条件は、個々人の労働が何らかの仕方で社会的に統一されるということ、かくしてそれらが社会の総労働の部分として関連をもつということである。ところがすでに見たように、商品生産者の労働は労働自体としては統一されないで、私的な労働として、てんでばらばらに行われる。にもかかわらずそれらは、全体として社会的分業の体制を形成するものとして、社会の総労働の部分たる実をもたねばならなぬ。ここに商品生産の基本的な矛盾が存在するのである。したがって問題は、この矛盾が彼らの労働の生産物の交換の関係によってどのように媒介されるか、あるいは、彼らの労働の生産物の交換のどのような契機において、商品生産者の私的な労働は社会的労働としての定在を獲得するか――こういうことに帰着することになる。
 商品は種々様々の物からなっている。使用価値としては千差万別である。だからこそそれらは交換さるのである。すなわち交換は、商品の使用価値として相互の差異をを前提する。だがそれだけでは交換は行われない。その上にさらに、甲の所有する物は甲にとっては余分であるが乙にとっては有用であり、反対にまた、乙の所有する物は乙にとっては余分であるが甲にとっては有用である、ということを前提する。そうしてはじめて彼らは交換することになる。だがすべてこうしたことは交換が行われるための条件であるには相違ないが、それだけで直ちに生産物の商品としての交換が生じたとはいわれない。たとえばベイゴマを余分にもっている凸坊とメンコを余分にもっている凹坊とがそれらの物を互いに交換したとしても、それは商品の交換ではない。それの媒介によって彼らの間に社会的生産の体制が成立するというような性質のものではない。
 では商品の交換を特徴づけるものは何であるか? それは右に述べたような、単に人々の所有する物の使用価値としての相互の差異、乃至はそれらの物と人間の欲望との関連ではなくて、むしろ、使用価値としての相互の差異にもかかわらず諸商品が互いに価値として等しいとされる関係、すなわちそれの価値関係である。商品は使用価値としては千差万別であるが、価値としては無差別一様である。だからこそどの商品もみな一様に金何円という形態、すなわち価格をもつのであるが、この価格において表示される価値こそは、商品生産者たちの労働がそれによってはじめて統一性を獲得するところの契機なのである。
 商品生産者の労働は、さきに述べたように、直接に労働としては社会的な統一にもちきたされず、社会的な性格を有しない。それは、労働力そのものが社会のものとされないことの必然の結果である。労働力が社会のものとされないで私のものにとどまるかぎり、その働きとしての労働もまた私的なものにとどまるほかはなく、社会的な労働でありえない。すなわち商品生産のばあいには、まず労働力が社会化されて社会の総労働力として存在し、それが種々の生産目的のために、あるいは耕作労働として、あるいは紡績労働として支出されるというふうに事は運ばない。もしそうであれば、労働はそのアクティヴな状態において、それが行われる瞬間から直接に労働として、そしてまた、あるいは耕作労働、あるいは紡績労働といったふうなそれぞれ異なる特殊な、具体的な労働として、その自然のままの姿において、りっぱに社会的な性格をもつであろう。ところが、商品生産者のばあいにはそうはゆかない。だがそのかわりに、彼らの労働は生産物に対象化されて、生産物の価値を形成するのである。価値としてはすべての労働は無差別一様であり、単に量的な差異があるだけで質的な差異はもたない。商品生産者の労働はこういう形で――すなわち第一には、労働そのものの性質としてではなく労働の生産物の性質という形で、さらに第二には、生産物の自然的な、たとえば米なら米、布なら布といったふうの、それぞれちがった使用目的に役立つ使用価値としてではなく、無差別一様な価値性格という形で――はじめてそれらの間の統一性を獲得し、それによってはじめて社会的な労働になるのである。換言すれば、社会的がその総欲望の充足のために費やす総労働時間の一部としての、すなわち社会の総労働力の支出の一部としての、定在をもつことになるのである。
 それゆえ商品生産のばあいには、生産者間の社会関係は計画経済のばあいとはすっかり逆に樹立され、すべては転倒してあらわれることになる。最初にまず人間の関係がうちたてられて、それにしたがって社会的生産がおこなわれるかわりに、最初にまず、相互に独立しておこなわれる私的な労働の生産物が互いに交換されることによって価値において等しいとされる。そしてそれによって、商品生産者の労働もまた、価値を生産するかぎりでは何らの差異はないものとされ、無差別一様な、抽象的人間的な労働に還元される。そしてこのような一種独特な形態においてはじめて商品生産者の労働は統一性を獲得し、社会の総労働力の支出の一部だということになるのである。
 すなわち価値は、商品生産者の私的な労働が社会的な労働になるためにとる独自な形態であり、さきに述べた商品生産の基本的な矛盾を媒介する契機であって、商品生産はこの契機が発達していくにつれて、それとまさに同じ歩調で発達してゆくのであるが、しかし、他面においては、この契機が発達するということはとりもなおさず、生産物が単なる使用価値ではなくて同時に価値であるところのものに――すなわち商品に――なるということにほかならない。そこで、さきに述べた商品生産の矛盾は、あい反する性質をもっている使用価値と価値との直接的な統一物としての商品において止揚され、かかるものとしての商品の矛盾という形で、より具体的にあらわれることになる。
 そこで次には、商品がこの矛盾をどのようにして展開し解決するかが問題になるのであるが、これを明らかにするためには何よりもまず、商品がその価値を表示する独自の形態を明らかにする必要がある。商品は使用価値であるとともに価値であるといっても、それは理論的な考察によってはじめて認識されうることであって、商品の価値は、たとえばこの商品のうちには10時間の社会的労働が含まれているというふうに、その商品自体に即してそのまま表示されるわけではない。このことは、さきに説明した価値の成り立ちからみて当然のことである。すなわち、商品生産者の労働は直接には社会的労働の一定量としての存在をもたないからこそ、彼らの労働の生産物の交換をとおして、彼らの労働の生産物が交換において互いに等しいとされる関係をとおして、それらに共通な価値を生産する抽象的一般的な労働として、はじめて統一性を獲得するのであり、かくしてはじめて社会的な労働になるのである。だから、社会的労働時間というものは最初から存在するのではない。アクティヴな労働の状態において存在しないのみでなく、対象化されたものとしても、直接にそういうものとしては存在しない。もし存在するなら、それはそのまま労働時間として表示されるであろうが、そのばあいには、労働は対象化されて価値にならず、したがって生産物は商品にならないであろう。商品の価値が労働時間で表示されないのは、商品生産者の労働は直接には社会的な労働としておこなわれるのではなく、したがって、その生産物に含まれている労働は直接には社会的な労働ではなく、したがってまた、その生産物は直接に社会的な労働の生産物として取り扱われるわけにはゆかないからである。
 では商品の価値はどのようにして表示されるか? その商品自体で表示されえない以上、それと交換関係に立つ他商品によって表示される他はない。だが、この他商品にしても、それ自体としては、その自然形態は使用価値の形態であって価値の形態ではなく、そしてまた、その自然形態のほかに価値の形態をもちうるわけではない。だからこの他商品の自然形態そのものが価値の形態にならなければならぬ。そしてそれは現にそうなっているのであって、今日あらゆる商品の価値が金の一定量という形で表示されているのを見ればこのことは一見明白である。だが金であれ何であれ、およそ商品の自然形態が――そのありのままの物的な形態が――他商品の価値を表すということ、すなわち価値の形態になるということは。一体どのようにして可能であるのか? これがいわゆる価値形態の問題の核心をなすのであって、これをマルクスは『資本論』の第一部第一章第三節のA「簡単な・単独な・あるいは偶然的な・価値形態」で解明したのである。そして、その基礎の上に形態そのものの発展をあとづけることによって、はじめて貨幣の謎を徹底的に解いたのである。だが、この解明の立ち入った説明、さらにはまた、現実の交換過程における商品の矛盾の展開と貨幣形成の必然性、およびかくして形成された貨幣による交換過程の矛盾の媒介の仕方等に関する説明は、ここには割愛しなければならない。(81-88頁)


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by shihonron | 2009-03-31 23:30 | 学習会の報告
2009年 03月 24日

第138回 3月24日 第1章 第4節 商品の呪物的性格とその秘密

3月24日(火)に第138回の学習会を行いました。「第1章 商品 第4節 商品の呪物的性格とその秘密」の第19段落から21段落までを輪読、検討しました。

●は議論の報告、■は資料、★は報告者によるまとめや意見、問題提起です。
引用は、原則として《》を用いて示し、読む際の便宜を考慮して漢数字を算用数字に変換する場合があります。

■テキストの内容と議論
第1章 商品 第4節 商品の呪物的性格とその秘密
第19段落

・商品形態は、ブルジョア的生産のもっとも一般的でもっとも未発展な形態であり、それだからこそ、今日と同じように支配的な、したがって特徴的な仕方ではないにせよ、早くから出現するのであって、そのためにその呪物的性格はまだ比較的容易に見ぬかれるように見えるのである。
・それよりももっと具体的な諸形態では、この単純性の外観さえ消えてしまう。重金主義の幻想はどこからくるのか? 重金主義は、金銀から、それが貨幣としては社会的生産関係を、といっても特別な社会的属性をもった自然物の形態で、表しているということを、見てとらなかった。
・また、近代の経済学は、高慢に重金主義を冷笑してはいるが、その呪物崇拝はそれが資本を取り扱うやいなやたちまちに明白になるのではないのか?
・地代は土地から生まれるもので社会から生まれるもではないという重農主義の幻想が消えたのは、どれほど以前のことだろうか?

■第1章第3節A「単純な、個別的な、または偶然的な価値形態」の「三 等価形態」の終わり近くのところでは次のように述べられていた。
《労働生産物は、どんな社会状態のなかにあっても使用対象であるが、しかし労働生産物を商品にするのは、ただ、一つの歴史的に規定された発展段階、すなわち使用物の生産に支出された労働をその物の「対象的」な属性として、すなわちその物の価値として表すような発展段階だけである。それゆえ、商品の単純な価値形態は同時に労働生産物の単純な商品形態だということになり、したがってまた商品形態の発展は価値形態の発展にいったするということになるのである。》(国民文庫117頁、原頁76)

★「それよりももっと具体的な諸形態」とは、あとで触れている事柄からも明らかなように、貨幣、資本、利潤、地代などであろう。

■重金主義 じゅうきんしゅぎ bullionism
重商主義の最も初期段階に現れた素朴な経済思想および経済諸政策の特色を示す名称として使用される。内容的には,貨幣的富 (地金銀) を唯一の富として極度に重要視する点で,他の重商主義思想と区別される。イギリスではすでに 14 世紀以来,地金銀の輸出禁止,輸出商品の取引地を特定した〈貨物集散市 staple town〉の設定,外国商人による輸入商品代金の国外流出防止策として国内商品を強制的に購入させる〈使用条例 statutes of employment〉,輸出商品の代金の少なくとも一部を現金で持ち帰らせる〈取引差額制度 balance of bargain system〉 (取引差額主義は重金主義の別称としても使用される),両替や外国為替取引を直接に統制する〈王立為替取引所 royal exchange〉の設立,などによる直接的・個別的貿易統制策が採用されていた。しかし,重金主義が歴史的概念として注目されるのは, 16 世紀中葉に価格革命への対応策として,これらの諸政策の復活強化が提唱されるようになってから後のことである。 〈グレシャムの法則〉で知られるT.グレシャムやJ.ヘールズはその先駆者的存在で, 重金主義の代表者はマリーンズGerard de Malynes であった。彼は 17 世紀の初めに貿易差額論者 E.ミッセルデンや T.マンを相手に〈外国為替論争〉を引き起こしたが,大勢はこの時期に〈貿易差額主義balance of trade system〉への転換を示していた。 時永 淑  (世界大百科事典より)

■重農主義 じゅうのうしゅぎ physiocracy∥physiocratie[フランス]
18 世紀の後半,フランス絶対王政は,特権的独占商人や奢侈品 (しやしひん) 工業の保護育成を中心とするフランス型重商主義政策 (コルベルティスム colbertisme) や,金融政策を中心とする商業主義 (ジョン・ローの体制) によって,経済的にも財政的にも破綻 (はたん) に采(ひん) し,体制的危機に直面した。その再建策として大農経営の発展を提唱したF.ケネーを創始者とし,その自然法思想や政策的主張や経済学説を祖述し発展させたV.R.ミラボー (ミラボー侯), P.S.デュポン・ド・ヌムール,メルシエ・ド・ラ・リビエール, A.N.ボードー (ボードー師),G.F.ル・トローヌ, A.R.チュルゴなどを代表者とする一団の経済学者に共通する経済思想・政策的主張・理論体系を一括して示す名称。重農思想の先駆者としてはケネーよりも前に, 17 世紀から 18 世紀初めにかけて活躍したP.Le P.ボアギュベール, J.ボーダン,R.カンティヨンなどをあげることができるが,ケネーは単なる農業重視ではなく,資本制的大農経営を重視した点で決定的に異なっている。
 重農主義は本来フィジオクラシーと呼ばれる。この名称はデュポン・ド・ヌムールがケネーの著作集を編集してこれに《 Physiocratie 》 (1767) の名称をつけたからであり,それが一般化したのは,おそらく 19 世紀中葉に L.F.E.デールが重農学派の主要著作を 2 巻本に編集し,この名称をつけてから以後である。重農主義者 (フィジオクラットphysiocrates) たちは,自分たちをエコノミストレconomistes と呼んでいた。それが重農主義 agricultural system と呼ばれるようになったのは, A.スミスが《国富論》でそう呼んだことによるものと思われる。

[重農学派の政策的主張]
 フィジオクラシーとは,もともと〈自然の統治〉を意味する語で,重農学派は王権を合法的に制限する合法的専制主義を最良の政体と考え,当時のルイ王朝を是認しながら自然的秩序による開明的社会を実現しようとした。そのため政策的には,とりわけ経済上の自由放任主義と地代に対する単一課税とを提唱した。自由放任主義の提唱は,重商主義的な国家的干渉や独占の排除によってはじめて〈取引される富〉,とくに農産物にはその正常な再生産を可能にする〈良価 bon prix〉が保証され,その結果,一面では地主階級の収得する地代が増加し,他面では農業資本の増加による農業生産性の上昇が可能になる,という理解を基礎としていた。また地代に対する単一課税論は,恣意 (しい) 的な租税負担を廃止して,課税対象を農業でだけ生みだされる剰余価値つまり〈純生産物produit net〉に限定すべきだと主張し,農業資本ひいては社会的総資本の再生産の縮小を回避することを意図したものである。その理論的根拠は,地主の地代収入となる純生産物だけが,再生産にとって直接必要のない自由処分の可能性をもつという理解にあった。これらの政策的主張を前提にし,重農学派とりわけケネーは,資本制的大農経営を基礎とする社会構造を政治算術的方法によって実証的に分析し,それを自然的秩序として描き出そうとした。その経済学体系は,社会の構成を地主階級,生産階級である農業者階級,不生産階級である商工業者階級に三分し,農業だけが剰余価値つまり〈純生産物〉を生みだし,それが地主階級に地代として支払われるという構想のもとに, 〈経済表〉 (1758) として総括的に示された。

[業績と限界]
 こうした分析は,まず第 1 にアンシャン・レジーム期のフランスの社会構造を対象に,その経済循環を独自な規則的秩序をもったものとして,全体として把握したものである。これは経済学の歴史上,社会的総資本の再生産と流通とを商品資本の循環として解明するための起点として,不朽の業績をなす〈天才的な着想〉 (K.マルクス) であった。第 2 にそれは,剰余価値を流通部面における〈譲渡に基づく利潤〉に求める重商主義的見解を退け,その創出の場を生産部面に求めたのであって,この点では経済学の研究を流通部面から生産部面へ転換させることになり,資本主義的生産を分析するための基礎を確立したといえる。だがその反面,重農主義者が土地を富の唯一の源泉と考え, 〈純生産物〉を〈自然の贈りもの〉と考える見解に固執するかぎりでは,彼らは剰余価値つまり〈純生産物〉を資本と労働との社会的関係からではなく,封建的に土地 (自然) との関係から引き出すことになり,したがって剰余の地主への帰属はその封建的な土地所有関係に由来するものと考えた。また,その理解とは違って重農主義者が〈純生産物〉を生産階級の年前払い (資本) との関係でとらえ,実質的には耕作者の剰余とすることによって,土地を富の唯一の源泉とする重農主義的な封建的外観を解消させるとしても,重農学派は,まだ商品の交換価値を労働時間そのものとして把握することができなかった。そのため,結局その剰余を,耕作者が彼らの年々消費する使用価値としての生活手段量の最低限 (労賃部分) を超えて土地所有者のために生みだす使用価値の超過分としてとらえることしかできなかった。それゆえ,この超過分つまり〈純生産物〉を地代として収得する地主階級が,年々の再生産の指導権をもつかのような封建的外観は,依然として残ることになった。こうして重農主義の諸学説は,多かれ少なかれ封建的土地所有支配のもとでのブルジョア的生産という,二面的な矛盾した性格をもつものであった。

[重農学派の継承・発展]
 ケネーの後継者たちは,この点をめぐっての理解が実に多様であった。なかでもミラボーは,その封建的外観に固執し保守的性格を堅持した点で特徴的である。それとは対照的にチュルゴは,ケネーの所説を踏襲しながらも,階級関係や資本の分析の点で,近代的な〈ブルジョア的本質〉の面を推し進めた。彼は政治家 (財務総監) としても,土地単一税や自由放任政策を徹底させようとした。しかし,フランス革命前の当時としては急進的でありすぎ,結局 A.スミスの《国富論》刊行の 1776 年に失脚し,同時に重農学派の実際的活動も事実上解体した。重農学派の理論的貢献の多くは,むしろイギリス古典派経済学の伝統的見地のなかで,直接にはA.スミスによって継承され発展させられた。また社会的再生産の総体的関連を示す表式的把握は,後年のK.マルクスの再生産表式論の成立に示唆を与えるものであったことが注目される。 時永 淑  (世界大百科事典より)

第20段落
・だが、先まわりすることをやめて、ここでは商品形態そのものについてのもう一つの例だけで十分だとしよう。
・もし商品がものを言えるとすれば、商品はこう言うであろう。われわれの使用価値は人間の関心をひくかもしれない。使用価値は物としてのわれわれにそなわっているものではない。だが、物としてのわれわれにそなわっているものはわれわれの価値である。われわれ自身の商品物としての交わりがそのことを証明している。われわれはただ交換価値として互いに関係しあうだけだ。
・では、経済学者がこの商品の心をどのように伝えるかを聞いてみよう。
・「価値」(交換価値)「は物の属性であり、富」(使用価値)「は人間の属性である。価値は、この意味では必然的に交換を含んでいるが、富はそうではない。」「富」(使用価値)「は人間の属性であり、価値は商品の属性である。人間や社会は富んでいる。真珠やダイヤモンドには価値がある。……真珠やダイヤモンドには、真珠やダイヤモンドとしての価値があるのだ」

★ここで商品が言っていることは正しいのだろうか? 商品は、物の自然的属性である使用価値について《物としてのわれわれにそなわっているものではない》と言い、社会的属性(人と人との関係の表現)である価値は《物としてのわれわれにそなわっている》と語っている。それは、逆立ちした考え(転倒した観念)でありまちがっている。これと同じ内容を経済学者は「価値(交換価値)は物の属性であり冨(使用価値)は人間の属性である」と述べるのである。マルクスは、どのように商品が人を惑わしているかを、商品自身に語らせたといえるのではないか。

第21段落
・真珠やダイヤモンドのなかに交換価値を発見した化学者はまだ一人もいない。ところが、特に批判的な深慮を自称するこの化学的実体の経済学的発見者たちは、物の使用価値はその物的属性にかかわりがないのに、その価値は物としてのそれにそなわっているということを見いだすのである。
・ここで彼らの見解を裏づけるものは、物の使用価値は人間にとって交換なしに、つまり物と人間との直接的関係において実現されるが、物の価値は逆にただ交換においてのみ、すなわち一つの社会的過程においてのみ実現される、という奇妙な事情である。
・ここで、あの好人物のドッグベリが思い出されないだろうか? 彼は番卒のシーコールに教える。
「およそ容貌の善悪は運命の賜であるんじゃが、読むと書くとは自然にして具わるんじゃから」と。

★「使用価値の実現」とは使用すること(消費すること)であり、「価値の実現」とは、他の商品と交換されること(貨幣が生まれていれば貨幣と交換されること、つまり「売れること」――この場合には「価格の実現」とよぶべきか)ではないか。

●ドッグベリのせりふをどう理解するかで少し議論になり、次のような結論になりました。容貌は生まれつきで決まる(自然に具わる)、だから《容貌の善悪は運命の賜》ということは間違ってはいない。しかし、読み書きは自然に具わるのではなく学習によって具わるのに、逆のことを言っている。《読むと書くとは自然に具わる》というのは間違いである。使用価値は人間の属性であり、価値は物の自然的属性であると主張する経済学者たちの誤りは、ドッグベリが《読むと書くとは自然に具わる》と述べたのと同様に逆立ちした考えであることを述べている。


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by shihonron | 2009-03-24 23:30 | 学習会の報告
2009年 03月 17日

第137回 3月17日 第1章 第4節 商品の呪物的性格とその秘密

3月17日(火)に第137回の学習会を行いました。「読む会通信№321」をもとに、前回までの復習をした後、「第1章 商品 第4節 商品の呪物的性格とその秘密」の第18段落を輪読、検討しました。

●は議論の報告、■は資料、★は報告者によるまとめや意見、問題提起です。
引用は、原則として《》を用いて示し、読む際の便宜を考慮して漢数字を算用数字に変換する場合があります。

「読む会通信№321」についての議論
●「経済学批判への序説」の叙述について輪読して検討しました。
《こうして、最も一般的な抽象は、一般にただ、ある一つのものが多くのものに共通に、すべてのものに共通に現われるような、最も豊富な具体的な発展のもとでのみ成立するのである。そのときは、ただ特殊な形態でしか考えられないということはなくなる。他方、このような、労働一般という抽象は、たんに種々の労働の具体的な総体の精神的な結果であるだけではない。特定の労働にたいする無関心は、個々人がたやすく一つの労働から他の労働に移り彼らにとっては労働の特定の種類は偶然でありしたがってどうでもよいものになるという社会形態に対応する。労働は、ここではたんに範疇としてだけではなく現実にも富一般の創造のための手段になっており、職分として個人と一つの特殊性において合生したものではなくなっている。》(「読む会通信№321」5頁)の「精神的な結果」とはどういう意味かとの疑問が出され、「人間の頭脳の働きとしての抽象、認識の問題ということではないか」との発言がありました。

■岩波文庫版では《労働一般というこの抽象は、単に各種の労働の具体的な総体を精神で考えた結果であるばかりではない。》と訳されている。(『経済学批判』318頁)

●《この労働の例が適切に示しているように、最も抽象的な範疇でさえも、それが――まさにその抽象性のゆえに――どの時代にも妥当するにもかかわらず、このような抽象の規定性そのものにあってはやはり歴史的諸関係の産物なのであって、ただこの歴史的諸関係だけにたいして、またただこの諸関係のなかだけで、十分な妥当性をもっているのである。》
(「読む会通信№321」5-6頁)の《このような抽象の規定性そのものにあっては》とはどういう意味かとの疑問が出されました。これに関連して「抽象の規定性は、抽象という規定態と訳すことができる」との発言がありました。

■寺沢恒信 訳『ヘーゲル大論理学 1 [存在論]』(以文社)の目次
    http://www.ibunsha.co.jp/books/0205cont.html
序言
序論
論理学の一般的区分について

第一書 存在
 学は何を端初としなければならないか
 存在の一般的区分

第一編 規定態(質)
 第一章 存在
 第二章 定在
  A 定在そのもの
  B 規定態
  C(質的)無限性
 第三章 向自存在
 A 向自存在そのもの
 B 一
 C 牽引

第二編 大きさ(量)
 第一章 量
  A 純粋量
  B 連続的な大きさと離散的な大きさ
  C 量の限定
 第二章 定量
  A 数
  B 外延的定量と内包的定量
  C 量的無限性
 第三章 量的相関〔比〕
  A 直接の相関〔正比〕
  B 逆の相関〔反比〕
  C べき相関

第三編 度量
 第一章 特有の量
  A 特有の定量
  B 規則
  C 〔二つの〕質の比
 第二章 独立した度量の比
  A 独立した度量の比
  B 度量の諸比の結節線
  C 没度量的なもの
 第三章 本質の生成
  A 無差別
  B その両要因の反比としての独立したもの
   注解 この比の適用
  C 本質が立ち現われる運動

付論

付論一 A版の序言がB版でどのように改変されているか---「小さい改変」の実例として
付論二 「論理学の一般的区分」に関する叙述のA版とB版とのちがい---二分法と三分法について
付論三 A・B両版における「端初論」のちがい---『精神の現象学』と『論理学』との関係をどうとらえるか
付論四 「定在」の章はB版でどのように改変されているか
付論五 A・B両版における「向自存在」の章のちがい---本文が変化して注解が変化しないのはなぜか
付論六 「大きさ」と「量」
付論七 A・B両版における「度量」の編のちがい

●マルクスのいう「歴史的抽象」とはどういうものか、どこでどのように述べているのかを調べることになりました。

■『経済学批判』では次のように述べている。
《交換価値が労働時間によって規定されていることを理解するためには、次の主要な諸観点をしっかりつかまなければならない。すなわち、単純な、いわば質をもたない労働への労働の還元、交換価値を生みだす、したがって商品を生産する労働が #社会的労働# をなしている独特の様式、最後に、使用価値に結果するかぎりでの労働と、交換価値に結果するかぎりでの労働との区別。
 諸商品の交換価値をそのうちにふくまれている労働時間で測るためには、さまざまな労働そのものが、無差別な、一様な、単純な労働に、要するに質的には同一で、したがって量的にだけ区別される労働に還元されなければならない。
 この還元はひとつの抽象として現われるが、しかしそれは、社会的生産過程で日々おこなわれている抽象である。すべての商品を労働時間に分解することは、すべての有機体を気体に分解すること以上の抽象ではないが、しかしまた同時にそれより現実性の乏しい抽象でもない。このように時間によって測られる労働は、実際にはいろいろな主体の労働としては現われないで、労働するさまざまな個人のほうが、むしろ労働 そのもの のたんなる諸器官として現われるのである。言いかえれば、交換価値であらわされる労働は、一般的人間的労働として表現されうるであろう。一般的人間的労働というこの抽象は、あるあたえられた社会のそれぞれの平均的個人がなしうる平均労働、人間の筋肉、神経、脳等々のある一定の生産的支出のうちに 実在している 。それはすべての平均的個人が慣れればおこなうことのできる、そして彼らがなんらかの形態でおこなわざるをえない単純労働なのである。この平均労働の性格は、国が違い文化段階が違うにしたがって異なるとはいえ、ある既存の社会ではあたえられたものとして現われる。単純労働は、あらゆる統計から確かめられるように、ブルジョア社会のすべての労働の圧倒的な大量をなしている。Aが六時間のあいだ鉄を、そして六時間のあいだリンネルを生産し、Bもまた同様に六時間のあいだ鉄を、そして六時間のあいだリンネルを生産しようとも、あるいはまたAが一二時間のあいだ鉄を、Bが一二時間のあいだリンネルを生産しようとも、それらは明らかに #同一の# 労働時間のたんなる異なった利用として現われる。しかしより高い活動力をもち、より大きな比重をもつ労働として平均水準をこえている複雑労働の場合はどうなのか? この種の労働は、複合された単純労働、数乗された単純労働に帰着するのであり、したがってたとえば一複雑労働日は三単純労働日に等しいのである。この還元を規制する諸法則は、まだここでの問題ではない。しかし、この還元がおこなわれていることは、明らかである。なぜならば、交換価値としては、最も複雑な労働の生産物も、一定の比率で単純な平均労働の生産物にたいする等価物であり、したがってこの単純労働の一定量に等置されているからである。》(国民文庫28-29頁・原頁18-19)

《一、 価値 。純粋に労働量に還元される。労働の尺度としての時間。使用価値は――主観的に労働の有用性〔usefulness〕としてにせよ、または客観的に生産物の効用〔utility〕としてにせよ――ここでは経済的形態規定からひとまずまったくはみ出した価値の素材的前提としてだけ現われる。そのものとしての価値は、労働自体以外になんらの「素材」をもたない。最初にペティにあって暗示的に示され、リカードにおいて純粋に仕上げられたこの価値の規定は、たんにブルジョア的富の最も抽象的な形態にすぎない。それ自体ですでに、一、自然発生的な共産主義(インドなど)の止揚、二、交換が生産をその全範囲にわたっては支配していないあらゆる未発達な前ブルジョア的生産様式の止揚を前堤している。抽象ではあるにせよ、まさに社会のある一定の経済的発展の基礎のうえではじめておこなわれえた歴史的抽象である。価値のこの定義にたいするすべての異論は、より未発達な生産関係からもちこまれたものであるか、あるいはまた価値が抽象されてきている、したがってまた他方では価値のそれ以上の発展とみなしうるさらに具体的な経済的諸規定をこの抽象的な未発達な形態での価値にたいして適用しようとする混乱にもとづいている。この抽象がブルジョア的富のその後のより具体的な諸形態にたいしてどんな関係に立つかを経済学者諸君自身がはっきり知らなかったのだから、こういう異論は多かれ少なかれ〔plus ou moins〕もっともなことであった。
 価値の一般的諸性格とある 一 定の商品でのそれの素材的定在等々との矛盾から――これらの一般的諸性格はのちに貨幣に現われるものと同じである――貨幣の範疇が生じる。》(『経済学批判』にかんする手紙 四 マルクスからエンゲルスへ 一八五八年四月二日 国民文庫317-318頁)


■テキストの内容と議論
第1章 商品 第4節 商品の呪物的性格とその秘密
第18段落

・商品世界に付着している呪物崇拝、または社会的な労働の対象的外観によって、一部の経済学者がどんなに惑わされているか、このことをとりわけよく示しているのは、交換価値の形成における自然の役割についての長たらしくてつまらない争論である
・交換価値は、ある物に投ぜられた労働を表す一定の社会的な仕方なのだから、たとえば為替相場などと同じように、それが自然素材を含んでいることはありえないのである。

●「商品世界に付着している呪物崇拝」とはどういうことかと疑問が出され、「労働生産物が、《それ自身の生命を与えられてそれら自身のあいだでも人間とのあいだでも関係を結ぶ独立した姿に見える》(国民文庫136頁、原頁86)ことだろう」との発言がありました。

●「社会的な労働の対象的外観」とはどういうことかとの疑問が出され、「商品生産社会では、それぞれがおこなう労働は私的労働である。生産者たちは、直接に労働において人と人との関係をとりむすぶのではなく、商品の交換関係・価値関係という物と物との関係を通じて、互いの生産における関係(生産関係)をとりむすぶ。こうした中では、社会的労働は、価値という物の性質として現われる。そして価値は、交換価値としてはじめて表現される。だから、《社会的な労働の対象的外観》とは、交換価値(価値の現象形態=値価値形態)のことだろう」との発言がありました。


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by shihonron | 2009-03-17 23:30 | 学習会の報告
2009年 03月 10日

第136回 3月10日 第1章 第4節 商品の呪物的性格とその秘密


3月10日(火)に第136回の学習会を行いました。「第1章 商品 第4節 商品の呪物的性格とその秘密」の第16段落から第17段落を輪読、検討しました。

●は議論の報告、■は資料、★は報告者によるまとめや意見、問題提起です。
引用は、原則として《》を用いて示し、読む際の便宜を考慮して漢数字を算用数字に変換する場合があります。

■テキストの内容と議論
第1章 商品 第4節 商品の呪物的性格とその秘密
第16段落

・商品生産者の一般的な社会的生産関係は、彼らの生産物を商品として、したがって価値として取り扱い、この物的な形態において彼らの私的労働を同等な人間労働として互いに関係させるということにあるのであるが、このような商品生産者の社会にとっては、抽象的人間にたいする礼拝を含むキリスト教、ことにそのブルジョア的発展であるプロテスタント教や理神論などとしてのキリスト教が最も適当な宗教形態である。
・古代アジア的とか古代的などの生産様式では、生産物の商品への転化、したがってまた人間の商品生産者としての定在は、一つの従属的な役割、といっても共同体がその崩壊過程にはいるにつれて重要さを増してくる役割を演じている。
・本来の商業民族は、エピクロスの神々のように、またボーランド社会の気孔の中のユダヤ人のように、ただ古代世界のあいだの空所に存在するだけである。
・あの古い社会的諸生産有機体は、ブルジョア的生産有機体よりもずっと単純で透明ではあるが、しかし、それらは、他の人間との自然的な種族関係の臍帯からまだ離れていない個人的人間の未成熟か、または直接的な支配隷属関係かにもとづいている。
・このような生産有機体は、労働の生産力の低い発展段階によって制約されており、またそれに対応して局限された、彼らの物質的な生活生産過程のなかでの人間の諸関係、したがって彼らどうしのあいだの関係と自然にたいする関係によって制約されている。
・このような現実の被局限性は、観念的には古代の自然宗教や民族宗教に反映している。
・およそ、現実の世界の宗教的な反射は、実践的な日常生活の諸関係が人間にとって相互間および対自然のいつでも透明な合理的関係を表すようになったときに、はじめて消滅しうるのである。
・社会的生活過程の、すなわち物質的生産過程の姿は、それが自由に社会化された人間の所産として人間の意識的計画的な制御のもとにおかれたとき、はじめてその神秘のヴェールを脱ぎ捨てるのである。
・しかし、そのためには、社会の物質的基礎または一連の物質的存在条件が必要であり、この条件そのものがまた一つの長い苦悩にみちた発展史の自然発生的な所産なのである。

★ここでマルクスは、商品生産者の一般的な社会的生産関係について、価値という物的な形態において商品生産者の私的労働を同等な人間労働として互いに関係させるということにあると説明している。

★宗教は階級社会(支配隷属関係や物象的依存関係が存在する社会)に根拠を持っており、宗教(宗教的迷妄)の消滅は単なる啓蒙によってではなく、アソシエーション(共産主義社会)の実現によってはじめて可能になるということだろう。

★ここでは、社会的生活過程と物質的生産過程は同じこととして述べられている。

★社会的生活過程(物質的生産過程)が、自由に社会化された人間の意識的計画的な制御のもとにおかれるのは、アソシエーション共産主義社会)においてである。第15段落では《共同の生産手段で労働し自分たちのたくさんの労働力を自分で意識して一つの社会的労働力として支出する自由な人々の結合体》(国民文庫145頁・原頁92)と表現されていた。

■ キリスト教での「抽象的人間に対する礼拝」について、浜林正夫氏は次のように解説しています。「《キリスト教には、カトリックとプロテスタントがあります。カトリックのほうは飾りたてた物を拝むという傾向があります。カトリックの教会には十字架やキリスト像など飾り物がいっぱいあります。それにたいしてプロテスタントの教会には飾り物はありません。そこで、人びとは十字架を拝むのではなく、自分の心の中に神を思いうかべて拝むという内面的、抽象的な形をとります。理神論というのは、さらにそれが徹底され、特定の神を思いうかべない。つまり、具体的にキリストやエホバなどの特定の神ではなく、心の中に思いうかべる神といった抽象性をもつようになります。そういうかたちが、ブルジョア社会、商品生産の社会にいちばんふさわしいのはなぜか。そこでは、身分の違いをこえて人間がすべて平等に考えられているようなそういう社会だということです。》
(「『資本論』を読む(上)」137‐138頁)

■ キリスト教 キリストきょう
 イエス・キリストの教えを奉じる宗教。仏教,イスラムと並ぶ世界三大宗教の一つで,約10億の信徒を擁する。20世紀後半の今日,諸教派が林立して,信仰上の立場や祭儀上の習慣的相違,教会組織ほか制度上の差異はあるにしても,その根本的教理は諸教派全体を通じて公同の信仰宣言(《使徒信条》および《ニカエア・コンスタンティノポリス信条》)に要約されている。天地の創造主で全智全能の父なる神と,十字架上に死んで復活,昇天した最後の審判者たる子なるキリストと,聖霊の三位一体を信奉し,その恩寵(おんちょう)を得る道としてサクラメントを受領する。最古の形態は原始キリスト教(典拠は《使徒行伝》と使徒書簡)にみられ,聖霊降臨の体験を機として教会の設立と伝道を開始し,主としてパウロの活動で民族をこえて諸国に伝播した。司教(主教),司祭,助祭を聖職者とする教会組織が成立,西方ではローマ司教(教皇)が指導権をもった。ローマ帝国ではネロ,ディオクレティアヌス帝らによる信徒迫害後,313年コンスタンティヌスとリキニウスの両帝が出した〈ミラノ勅令〉によって公認され,392年テオドシウス1世時代に国教となった。さまざまな異端を生んだキリスト論をめぐる問題には,451年カルケドン公会議で結着がつけられた。ローマ帝国の分裂をきっかけに東西の教会は独自の道を歩み,1054年,最終的に分離した。ローマ・カトリック教会では,国家との協調や相克のなか,神学の隆盛(スコラ学),修道院の繁栄をみ,13世紀には勢力が頂点に達したが,さまざまな混乱と刷新を経て16世紀にルターらによる宗教改革が実現,プロテスタント教会(プロテスタンティズム)が勃興(ぼっこう)した。アングリカン・チャーチ(英国国教会)がローマから離れたのも同時期。ごく大まかに,ラテン系諸国はローマ・カトリック教会に,ゲルマン系諸国はプロテスタント教会に,スラブ系諸国は東方正教会に属している。20世紀にはいってプロテスタント側から起こった教会合同運動が進展し,カトリック側も第2バチカン公会議後は,900年にわたる東西両教会間の断絶から和解への道を開いた。キリスト教は常に世界史の歩みと緊密に結びついて発展し,学問や芸術をも深い影響下に置いてきた。近代科学でさえキリスト教的世界観を前提すると言ってよい。功罪はともかく,歴史形成力において比を絶する宗教であり,その動向は現代にあっても注目せざるをえない。  (マイペディアより)

■プロテスタンティズム 
 ローマ・カトリック教会,東方正教会とならぶキリスト教の三大勢力の一つ。宗教改革の結果キリスト教世界に成立したルターやカルバンの福音主義的信仰,ないしはその伝統を受けついだ諸教派の総称で,日本では〈新教〉とも呼ばれ,〈旧教〉たるカトリック教会と対比されるが,適当ではない。教会の伝承ではなく聖書を唯一の信仰のよりどころとする聖書原理,善行の功徳によってでなく信仰によって義とされるとする〈信仰義認説〉,また,信仰者は等しく祭司であるとする〈万人祭司説〉をとる。サクラメントは聖餐(せいさん)と洗礼のみを認める。プロテスタンティズム,特にカルビニズムないしピューリタニズム(ピューリタン)の倫理が近代資本主義の成立に果たした役割を強調するM.ウェーバーの所説は有名。 (マイペディアより)

■理神論 りしんろん
 英語deismの訳。〈自然宗教natural religion〉とも。世界の創造者,合理的な支配者としての神は認めるが,賞罰を与えたり,啓示・奇跡をなす神には反対するキリスト教宗教思想。チャーベリーのハーバート,シャフツベリー(3代伯),とりわけ《キリスト教は神秘的ではない》(1696年)の著者トーランド,M.ティンダル,J.A.コリンズらが代表的論者。近代における宗教批判,寛容思想を支える運動として,英国のみならずディドロ,ボルテール,レッシングらにも影響を与えた。 (マイペディアより)

■アジア的生産様式 アジアてきせいさんようしき asiatische Produktionsweise[ドイツ]
 マルクスは《経済学批判》 (1859) の序言の中で〈アジア的・古代的・封建的および近代ブルジョア的生産様式が経済的社会構成のあいつぐ諸時期〉であるといっている。しかしマルクスはアジア的生産様式の内容についてほとんど説明していないので,その理解をめぐって論争が続いている。第 2 次大戦前の論争は,1925‐27 年の中国革命の戦略問題と結びついて,革命の当面する中国社会がアジア的生産様式にもとづく社会であったか否かをめぐって,ソ連,中国,日本などで展開されたものである。その中でアジア的生産様式を原始共同体とするもの,古代奴隷制や封建制のアジア的変種とするもの,アジア地域にのみみられる特殊な社会とするものなどさまざまな見解が現れたが,古代奴隷制的生産様式の一類型とみるP.B.ストルーベらの説が有力となった。その後,戦時中にマルクスの草稿《経済学批判要綱》の一部《資本制生産に先行する諸形態Formen, die der kapitalistischen Produktion vorhergehn 》が発見され,その中で東洋の総体的奴隷制といわれているものこそアジア的生産様式であり,それは古代奴隷制の一類型だとする渡部義通,石母田正,藤間生大らの見解が日本で通説となった。さらに,1964 年以降,論争は国際的規模で再開された。この年フランスの《パンセ》誌上で, J.シェノー (フランス),テーケー F.(ハンガリー),塩沢君夫 (日本) らがアジア的生産様式の再評価を提案し,同じ年にソ連の経済学者E.バルガもアジア的生産様式論争の復活を提唱し,論争はフランス,東欧,ソ連,日本をはじめ世界的なひろがりとなった。それは,アジア,アフリカ,ラテン・アメリカの民族解放闘争やその独自の発展を背景にし,また世界史発展の基本法則確立の視点から,この概念を抹殺してきたことへの反省が背景になっていたものと思われる。  現在,アジア的生産様式とはアジア的共同体の上に専制君主が君臨する古代専制国家のことであろうと考えるものが多くなったが,その社会の歴史的本質については依然見解が分かれている。国内の状況をみても,原始共同体とするもの (林直道,芝原拓自,原秀三郎ら),奴隷制の一類型としての総体的奴隷制あるいは,さらに前農奴的な隷属民に対する収奪に基づく社会とするもの (多くの古代史家) などの諸説があるが,次のように理解すべきであろう。 アジア的生産様式とは,原始共同体の解体の中から生まれる最初の階級社会で,古代奴隷制的生産様式に先行しこれとは異なる独自の社会であり,アジア地域にのみ出現するものではなく,基本的には世界史上普遍的な一段階である。この社会はアジア的共同体を土台とする。 アジア的共同体の内部には家族が芽生えているが,この家族はまだ耕地を私有せず共同体の耕地を分配されるだけなので,共同体に対して自立できない。そこで共同体機能を国家的規模で集中的に掌握した専制君主は多くの共同体とその内部の家族を支配し,共同体の剰余労働を貢納制度によって収奪することができた。これが独自の階級社会としてのアジア的生産様式である。その典型はエジプト,メソポタミア,インド,中国などに出現した古代専制国家であり,律令体制までの日本の古代国家はこの段階と考えられる。 塩沢 君夫  (世界大百科事典より)

■古典古代 こてんこだい Classical Antiquity
 一般に古代ギリシア・ローマ時代とその文化を指して使われる語。この概念は古典復興の形をとったルネサンスの革新運動の中で生まれ,新しい時代をつくり出すために,古代ギリシア・ローマの人間中心の見方・考え方を模範とし,これを〈規範とすべき第一級の傑作〉という意味で〈古典〉とよんだことからはじまった。 〈古典〉を生み出した古代という意味をもつ古典古代は,それゆえ,近代ヨーロッパがつくり出した概念で,古代に生まれたキリスト教的文化とも,ギリシア以前のオリエント文明とも,またヨーロッパ中世文化とも区別された意味内容をもつ。このような古典古代に特徴的な社会基盤は,共和政や民主政を生み出した市民共同体であり,その中心的成員は自由な土地所有農民であり,自由な土地所有は共同体の公有地とならんで,共同体存立の基礎であった。ミュケナイ時代のギリシア人の共同体も,より古い段階であるとはいえ,この基本的特徴をそなえているところから,古典古代の中に含ませることができる。したがって今日の学問の水準からいっても,古典古代を古代ギリシア・ローマの総称と考えてよい。  太田 秀通  (世界大百科事典より)

■奴隷制社会 どれいせいしゃかい slavery societies
 経済制度または労働組織としての奴隷制度を基盤とする社会。およそ人間社会は,その社会を存続させるに必要な物質の生産を基盤とし,法制的・社会的・宗教的な上部構造に至るまで有機的に結合した,統一的な人間関係としてのみ存在した。具体的には血縁集団としての部族や部族連合や民族として存在し,階級制度を枢軸とする社会では国家機構によって包括されるという形をとったが,階級制度と国家を生み出している社会のなかで,奴隷制社会と規定すべき社会は,いうまでもなく主要生産分野における基底的生産構成体として奴隷制度を見いだすような社会に限られなければならない。したがって奴隷が存在しただけでは奴隷制社会とはいえない。
 このような厳密な意味での奴隷制社会は,世界史の発展を巨視的にとらえれば,古典古代にのみ出現したのであり,それも一定の国家や地域の一定の段階だけに生まれたものである。奴隷制度は古代アジアにも,中世初期のゲルマンやスラブの社会にも,近代アメリカの黒人奴隷プランテーションにも見いだされるが,それらを直ちに奴隷制社会と規定することは不正確のそしりを免れない。今日の奴隷制研究の水準から見ると,古典期アテナイ社会,共和政後期から帝政前期までのローマ社会は,奴隷制社会と規定することができる。前者においては小規模家内奴隷制が中小農民の大部分にまで浸透し,その農業生産の基盤となっていたという理由で,後者においては小規模家内奴隷制と並んで,大規模な奴隷制大所領が発展し,農業生産の主要な経済制度が奴隷制度になっていたという理由で,奴隷制社会と規定しうる。しかし,それゆえ古典古代社会を直接に奴隷制社会と同一であると考えてはならず,商工業が発展した国家の最盛期にのみそれは出現したと見なければならない。古典古代の共通性は,奴隷制社会に求められてはならず,農業生産の基本的枠組みをなしていた古典古代的共同体に求められなければならないのである。   
太田 秀通  (世界大百科事典より)

★「定在」とは「定有」と同じことなのだろうか?

■Sein [ザイン](中性名詞)
 〔(単数の2格)‐s/複数なし〕(哲学)実在,存在,有;あること
 Sein und Schein実在と仮象,実質と外見   (アクセス独話辞典より)

■Da・sein [dznダー・ザイン](中性名詞)
〔(単数の2格)‐s/複数なし〕(文語)
【1】存在,そこにあること;(哲学)現存在
【2】生活
ein glückliches〈kümmerliches〉Dasein幸福な〈みじめな〉生活
der Kampf ums Dasein生存競争
Er fristet sein Dasein.彼は細々と暮らしを立てている (アクセス独話辞典より)

■E・xis・tenz [ksstnエクスィステンツ](女性名詞)
〔(単数の2格)‐/(複数の1・2・3・4格)‐en〕
【1】〔複数なし〕存在;(哲学)実存((英)existence)
Er wusste nichts von der Existenz dieser Unterlagen.彼はこの書類の存在を知らなかった
【2】生活,生計
sich(3格)eine Existenz aufbauen生計を立てる
eine sorglose Existenz führen気楽な生活を送る
【3】《悪い意味の形容詞と》人物,やつ
eine fragwürdige Existenzえたいの知れない人  (アクセス独話辞典より)

■Vor・han・den・sein [フォーアハンデン・ザイン](中性名詞)
〔(単数の2格)‐s/複数なし〕現存,存在    (アクセス独話辞典より)

■定有 [独 Dasein]
ヘーゲルの用語。彼の有(Sein)が、ただあることを意味するのに対し、定有は何ものかであることを意味する。定有するものが或るものであり、或るものは、他の或るものとの関係のうちにある。〈或るものはその質によって、第一に有限であり、第二に変化的である〉といっている。ヘーゲルの定有について注意すべきことは、(1)ここではすでに生成とちがって、単なる流動ではなく相対的安定を基礎とした変化ということが述べられ、(2)量的側面も、(3)本質と現象の区別もまだ考えられていないことである。(『岩波小辞典 哲学』より)

■ブログ【Internet Zone::WordPressでBlog生活】に興味深い記事がありました。
タイトルは「あり方いろいろ 定在、実存、現存」です。

■寺沢恒信氏は、定在について次のように述べている。
《変化の論理は「定在」のこうさつから始まる。
 「定在」とは、知覚の対象になる個別的かつ具体的な事物を、その一般性において表現するカテゴリーである。個別的かつ具体的な事物は、たんに「ある」(存在する)だけでなく、「規定されている」(規定されてある――規定されて存在する)。「規定された存在」という意味である。》
(『弁証法的論理学試論』57頁 原文の傍点部分を太字にしました)

■【臍帯】 へその緒のこと。

■ 【自然宗教】
(1)神の超越的なはたらきによる宗教(啓示宗教)に対し、人間の自然の本性、すなわち理性に基づく宗教。一八世紀以後の啓蒙思潮や理神論の考える宗教がその代表。 →啓示宗教
(2)原始的・自然発生的な宗教。アニミズム・呪物崇拝などの素朴な信仰の総称。
(大辞林 第二版より)

■山折 哲雄氏は、民族宗教について次のように述べている。
《歴史的に形成された世界の諸宗教は,これまでいろいろな基準にもとづいて分類され定義されてきた。まず第 1 に,特定の地域や民族に根ざした宗教としてゾロアスター教,古代ユダヤ教,ヒンドゥー教,道教,神道などをあげ,それに対して地域や民族の違いを超えてひろがった宗教として仏教,キリスト教,イスラム教などをあげる見方があった。この場合,地域や民族に根ざした前者を民族宗教,それらを超える後者を世界宗教と呼ぶのが一般的であったが,このような二分法は,多神教および汎神教と一神教, 原始宗教および部族宗教と高等宗教といった枠組みで諸宗教を分類する方法とも共通していた。しかしこのような諸宗教に関する二分法的な類型化には,〈キリスト教〉対〈非キリスト教〉あるいは〈文明の宗教〉対〈未開の宗教〉といった対立の観念が前提とされており,西欧中心の価値観が横たわっていたことも否定できない。》
《日本人の宗教は,基本的には民族宗教としての神道に外来の仏教信仰が重なり,それに同じ外来の道教や儒教の要素が加わって複雑に形成された。》(世界大百科事典より)

第17段落
・ところで、経済学は、不完全ながらも、価値と価値量とを分析し、これらの形態のうちに隠されている内容を発見した。
・しかし、経済学は、なぜこの内容があの形態をとるのか、つまりなぜ労働が価値に、そしてその継続時間による労働の計測が労働生産物の価値量に、表されるのか、という問題は、いまだかつて提起したことさえなかったのである。
・そこでは生産過程が人間を支配していて人間はまだ生産過程を支配していない社会構成体に属するものだということがその額に書かれてある諸定式は、経済学のブルジョア的意識にとっては、生産的労働そのものと同じに自明な自然必然性として認められている。
・それだから、社会的生産有機体の前ブルジョア的諸形態は、たとえばキリスト教以前の諸宗教が教父たちによって取り扱われるように、経済学によって取り扱われるのである。

★ここでマルクスは、スミスやリカードなどの古典派経済学者を念頭において述べている。古典派経済学は、価値の大きさはその物の生産に投下される労働量によって決まるということを明らかにしたが、なぜ労働が価値という形態をとるのかについては、そうした問題を提起することはなかった。それは、彼らが、価値を歴史的なものとしてではなく、自然なもの、永遠なものだと考えていたからである。彼らにとっては、資本制的生産様式が自然であり、それ以前の封建的生産様式などは、不自然でまちがったもの、不合理なものとされたのである。

●《そこでは生産過程が人間を支配していて人間はまだ生産過程を支配していない社会構成体に属するものだということがその額に書かれてある諸定式》とは何かという疑問が出されました。価値や商品、資本といった概念のことではないかという意見、また、「三位一体の定式」を念頭においているのではないかとの意見も出されました。「三位一体の定式」とは「3つの生産要素である労働、資本、土地が、それぞれ賃金、利子、地代という3つの収入の源泉であり、それらが生産物の付加価値を構成する」というもの。

●「なぜここで生産的労働といった言葉が出てくるのか」との疑問が出され「人間は生きていくためには、食べるものや着るもの等々の物質を生産する必要がある。生産的労働とはそうした物的生産を行うという意味ではないか」との発言がありました。また生産的労働の本源的規定と形態的規定についてマルクスは述べていたという紹介もありました。

■ 【教父】
(1)〔church fathers〕古代キリスト教会の代表的神学者。カトリック教会では、その中でも正統信仰をもち、模範的な生涯を送ったとして特に公認された人々をいう。アウグスティヌスなどが有名。教会教父。
(2)男性の代親。代父。        (大辞林 第二版より)

■ アウグスティヌス [Aurelius Augustinus]
(354-430) 古代キリスト教最大の教父・思想家。青年期マニ教・新プラトン主義などを遍歴、のちキリスト教に回心。故郷北アフリカのヒッポの司教となり、異端との論争を通じてキリスト教の神学的基礎を開く。パウロを高揚し、原罪を負う人間は神の恵みによってのみ救われるという恩恵論を提示。著「告白録」「三位一体論」「神の国」など。 (大辞林 第二版より)

★重要なことが述べられているので、注31と注32の内容を要約しておこう。
・注31 古典派経済学は、価値となって現われる労働を、その生産物の使用価値として現われるかぎりでの同じ労働から、どこでも明文と明瞭な意識とをもっては区別していない。諸労働の単に量的な相違がそれらの質的な一元性または同等性を前提し、したがって諸労働の抽象的人間労働への還元を前提するということには、古典派経済学は考えつかないのである。俗流経済学の浅薄さは、ある商品(ここでは労働)の価値を前提しておいて、それによってあとから他の商品の価値を規定しようとするところにある。

・注32 古典派経済学の根本欠陥の一つは、商品の分析から、価値をまさに交換価値となすところの価値の形態を見つけ出すことに成功しなかったことである。
・その原因は、たんに価値量の分析にすっかり注意を奪われてしまったということだけではなく、なによりもブルジョア的生産様式を社会的生産の永遠の自然形態と見誤ったことにある。


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by shihonron | 2009-03-10 23:30 | 学習会の報告
2009年 03月 03日

第135回 3月3日 第1章 第4節 商品の呪物的性格とその秘密

3月3日(火)に第135回の学習会を行いました。「読む会通信№320」をもとに、前回までの復習をした後、前回議論になった抽象的人間労働が歴史貫通的なものかどうかについての議論を継続しました。

●は議論の報告、■は資料、★は報告者によるまとめや意見、問題提起です。
引用は、原則として《》を用いて示し、読む際の便宜を考慮して漢数字を算用数字に変換する場合があります。

●第16段落をきっかけに、抽象的人間労働という概念がどの社会にもあてはまる歴史貫通的なものか否かという問題が提起され、議論になりました。抽象的人間労働が、商品生産社会に固有のものではなく、社会主義社会・アソシエーションにおいても総労働の配分や生産物の分配の際に尺度として機能することについては参加者全員のあいだで一致していますが、資本主義以前の社会において抽象的人間労働について語ることができるのかという点では意見が分かれました。
 一方の意見は「マルクスは《すべての労働は、一面では、生理学的な意味での人間の労働力の支出であって、この同等な人間労働または抽象的人間労働という属性においてそれは商品価値を形成するのである。すべての労働は、他面では、特殊な、目的を規定された形態での労働力の支出であって、この具体的有用労働という属性においてそれは使用価値を生産するのである。》(国民文庫91頁・原頁61)と述べている。生理学的な意味での人間の労働力の支出は、どんな社会においても存在する。したがって、抽象的人間労働という概念は歴史貫通的なものだ」というもの。
 もう一つの意見は「たしかに《生理学的な意味での人間の労働力の支出》はどの社会においてもあるとはいえるだろうが、商品生産社会では、それは対象化された形態で価値として意味を持つ。しかし、資本主義以前の社会ではいったいどんな意味があるといえるのか。マルクスはアリストテレスが価値形態を分析しようとしたが正しい結論に至らなかったことを指摘して《価値表現の秘密、すなわち人間労働一般であるがゆえの、またそのかぎりでの、すべての労働の同等性および同等な妥当性は、人間の同等性の概念がすでに民衆の先入見としての強固さをもつようになったときに、はじめてその謎を解かれることができるのである。》(国民文庫114頁・原頁74)と述べている。こうした指摘は、抽象的人間労働という概念は、商品生産社会以後においてしか意味を持たないということではないか」というものでした。
 これに対しては「資本論では商品の分析の中で価値の実体として抽象的人間労働が明らかにされた。だからマルクスは、抽象的人間労働が歴史貫通的だといったことを直接に積極的に問題にはしていない。しかし、抽象的人間労働についてのマルクスの説明を素直に読めば、それがどんな社会においても存在するものであることは明らかではないか。」「どんな社会においても社会の総労働の配分においては抽象的人間労働として考えられているのではないか。」「アリストテレスについての記述は、彼には価値概念がなかった、いや歴史的発展段階の限界が価値概念をとらえることを不可能にしていたということだろう。」との発言がありました。

■《労働はまったく簡単な範疇のように見える。このような一般性においての――労働一般としての――労働の観念も非常に古いものである。それにもかかわらず、経済学的にこの簡単性において把握されたものとしては、「労働」は、この簡単な抽象を生みだす諸関係と同様に近代的な範疇である。たとえば重金主義は、富を、まだまったく客体的に、自分の外に貨幣の姿をとっている物として、定立している。マニュファクチュア主義または重商主義が、対象から主体的活動に――商業労働とマニュファクチュア労働に――富の源泉を移しているのは、重金主義にたいして大きな進歩だった。といっても、まだこの活動そのものを金儲けという局限された意味でしか把握していないのであるが。この主義にたいして、重農主義は、労働の一定の形態――農業――を、富を創造する労働として定立し、また対象そのものを、もはや貨幣という仮装のなかでではなく、生産物一般として、労働の一般的結果として、定立するのである。しかしまだこの生産物を、活動の局限性に対応して、やはりまだ自然的に規定された生産物――農業生産物、とくに〔par excellence〕土地生産物――として考えているのである。
 富を生みだす活動のあらゆる限定を放棄したのは、アダム・スミスの大きな進歩だった。――マニュファクチュァ労働でもなく、商業労働でもなく、農業労働でもないが、しかもそのどれでもあるたんなる労働。富を創造する活動の抽象的一般性とともに、いまやまた、富として規定される対象の一般性、生産物一般、あるいはさらにまた労働一般、といっても過去の対象化された労働としてのそれ。この移行がどんなに困難で大きかったかは、アダム・スミス自身もまだときどきふたたび重農主義に逆もどりしているということからも明らかである。ところで、これによっては、ただ、人間が――どんな社会形態のもとであろうと――生産をするものとして現われる最も簡単で最も古い関係を表わす抽象的な表現が見いだされただけのように思われるかもしれない。これは、一面から見れば正しい。他面からは正しくない。労働の一定種類にたいする無関心は、現実の労働種類の非常に発展した総体を前提するのであって、これらの労働種類のどの一つももはやいっさいを支配する労働ではないのである。こうして、最も一般的な抽象は、一般にただ、ある一つのものが多くのものに共通に、すべてのものに共通に現われるような、最も豊富な具体的な発展のもとでのみ成立するのである。そのときは、ただ特殊な形態でしか考えられないということはなくなる。他方、このような、労働一般という抽象は、たんに種々の労働の具体的な総体の精神的な結果であるだけではない。特定の労働にたいする無関心は、個々人がたやすく一つの労働から他の労働に移り彼らにとっては労働の特定の種類は偶然でありしたがってどうでもよいものになるという社会形態に対応する。労働は、ここではたんに範疇としてだけではなく現実にも富一般の創造のための手段にたっており、職分として個人と一つの特殊性において合生したものではなくなっている。このような状態は、ブルジョア社会の最も近代的な定在形態――合衆国――で最も発展している。だから、そこで、「労働」、「労働一般」、単なる労働〔Arbeit sans phrase〕、という範疇の抽象が、近代的経済学の出発点が、はじめて実際に真実になるのである。だから、近代的経済学が先頭に立てている最も簡単な抽象、そしてすべての社会形態にあてはまる非常に古い関係を表わしている最も簡単な抽象は、それにもかかわらず、最も近代的な社会の範疇としてはじめて、実際に真実にこの抽象において現われるのである。ある人は、合衆国では歴史的産物として現われるものが、たとえばロシア人の場合には――特定の労働にたいするこの無関心が――生まれながらの素質として現われるのだ、と言うかもしれない。しかし、第一に、未開人がなんにでも用いられるという素質をもっているということと、文明人が自分自身をなんにでも用いるということとのあいだには、たいへんな違いがある。そして第二に、ロシア人の場合には、労働の特定性にたいするこの無関心には、彼らが一つのまったく特定な労働に伝統的に固着していて外からの影響によらなければそこから投げだされないということが、実際に対応しているのである。
 この労働の例が適切に示しているように、最も抽象的な範疇でさえも、それが――まさにその抽象性のゆえに――どの時代にも妥当するにもかかわらず、このような抽象の規定性そのものにあってはやはり歴史的諸関係の産物なのであって、ただこの歴史的諸関係だけにたいして、またただこの諸関係のなかだけで、十分な妥当性をもっているのである。》(「経済学批判への序説」国民文庫『経済学批判』298-301頁)

■上記の「経済学批判への序説」からの引用文について久留間鮫造氏は以下のよう解説している。
《あらためていうまでもなく、われわれ人間は生活してゆくためにいろいろな物を必要とする。ところがこれらの物の多くは、そのまま役立つ形で自然のうちにあたえられてはいない。すなわち人間は、彼自身の活動によって自然にはたらきかけ、それを変形することによって、それらの物を生産しなければならぬ。この、種々の欲望の対象を生産するための人間の活動が、基本的な意味においての労働である。それは社会形態の如何を超越した、労働の普遍的内容を形成する。
 労働は、それがこのように、種々の人間欲望の対象を――すなわち「使用価値」を――生産するものであるかぎり、生産する使用価値が異なるごとに異ならなければならぬことはいうまでもない。穀物を生産する労働は耕作労働でなければならず、布を生産する労働は織布労働でなければならぬ、等々。しかし、労働は他面において、それがどのような種類のものであっても、ひとしく人間の労働力の支出にほかならぬという面をもっている。この面から見るとき、すべての労働は、使用価値を生産するものとして――すなわち「有用的労働」としての――それらの差異を抽象されて、無差別な、単なる「労働」としてあらわれることになる。ところで、どのような種類の労働でも人間の労働力の支出にほかならないということは、すべての時代を通じて妥当する超歴史的な事実とおもわれるのに、経済学の歴史を見てみると、労働が経済学的にこの簡単性において把握され、単なる「労働」の範疇が定立されたのは、やっとアダム・スミスになってからのことであったことが知られる。これは一体どうしたわけなのか? これが問題である。
 これにたいするマルクスの答は、大体次のような意味のものとして解してよいであろう。まず第一に抽象というものは、あるものが発展し分化していって、多種多様なものの豊富な総体として存在するようになって、はじめて成立するものである。もしあるものがただ一つの形態でしか存在しないならば、抽象がおこなわれないことはいうまでもないが、たとえそれが発展し分化して、新たな諸形態を打ち出したにしても、それらの形態の種類がまだすくなく、またそれらがいずれもまだ注目に値するほどの重要さをもたないあいだは、主要な形態に圧倒されて、やはり抽象はおこなわれえない。労働のばあいも同じ道理で、単なる「労働」の抽象は、労働が現実に発展分化して、多種多様な労働の具体的な総体として実存するようになって、はじめて可能になる。ところがこのような労働の分化は、歴史的には、商品生産者間の社会的分業の形態においてのみ実現可能であり、そしてこの社会的分業は、資本家的生産様式のもとにはじめて広汎な発展をとげることができたのである。まずこの意味において、単なる「労働」の抽象が資本家的生産様式のある程度の発展の後にはじめておこなわれたことは、むしろ当然のことと解せられる。
 だが、それだけではない。単なる「労働」の抽象は特定の労働種目に対する無関心を前提し、そしてこの無関心は、ひとびとが一種の労働から他種の労働に自由に移動しうる場合に生じうる。ところがこの労働の自由な移動の可能性は、資本家的夫様式のもとではじめて発展してきたのである。この可能性の発展は何よりもまず、従来それをさまたげていた封建的な諸制度――たとえば農奴制、ギルドの制度、等々――の打破を必要としたのであるが、それを打破したものはいうまでもなくブルジョア革命であった。だが資本家的生産様式はたんに労働の移動に対する制度的な障害を除去したのみではない。それは、まず最初にはマニュファクチュア的分業の・つぎには機械による大規模生産の・導入によって、労働を極端にまで単純化し、かくして労働の移動を事実上にもまた容易ならしめたのである。いな、単に容易ならしめたのみではなく、景気の変動と需要の変化とにともなう諸産業の伸縮の必要に応じて、労働者の大群をあるいは吸引しあるいは反発することによって、彼らの移動を不断に強要することにさえなったのである。たとえば職業安定所の光景はこの事実を集約的に示すであろう。と同時にそれはまた、単なる「労働」「労働一般」は、けっしてほしいままな主観の産物ではなくて、今日では如実に見られる客観的な事実であることを知らしめるであろう。職業安定所に群集する求職者において、われわれは「労働一般」を如実に看取することができるのである。
 だがこれはもちろん現代のことで、スミスの時代のことではない。資本主義がやっとこれから産業革命の段階にはいろうとしていた一八世紀の後半に、一般的な「労働」の範疇を――後に説くごとく種々の欠陥をもってであるとはいえ――とにかく定立したことは、まことに驚嘆にあたいすることであり、彼の頭脳の稀有の偉大さによることとしなければならない。だが、同時にまた、彼の天才をもってしても、もしはるか以前であったならそういうことはできなかったであろうこともまたたしかである。天才は、事象がまだ衆目に顕著なほどの発展をとげないうちに、一歩衆に先さきだってそれを認識しうるにすぎないのである。》(久留間鮫造・玉野井芳郎『経済学史』15-18頁)

■《このように、労働によって冨を生産しなければならないあらゆる社会について、労働が、変形作用と人間労働力支出の二側面から考察されなければならないのに、「労働の二重性」は商品生産に固有の概念だとする抜きがたい思いこみが広まっている。このような主張をする人びとは、労働の生産力の発展にともなう、世界の社会的表現であることを明示生産する労働量の減少や、後に§2で述べる必須労働と剰余労働との区別を問題にするときには、労働を具体的な変形作用の違いを度外視した人間的労働力の支出として、つまりは抽象的労働として見ていることに気づいていないのである。これを抽象的労働と呼ぶべきでないとしたら、そのかわりになんと呼ぶのであろうか。》(大谷禎之介『図解社会経済学』17頁)

■《価値の実体としての抽象的人間労働にかんしては、二様の把握がマルクスの理解として可能であった。すなわち一方の把握は、抽象的人間労働を「生理学的意味での労働力の支出」として超歴史的カテゴリーであるとするものであり、他方の把握は、それを商品生産あるいは資本主義的生産に固有の特殊歴史的カテゴリーであるとするのである。》(種瀬茂他編『資本論体系2 商品・貨幣』352頁)

■《戦後のわが国では、戦前の見解から引き続き歴史的カテゴリー説が主であったが、その根拠はそれぞれ異なっている。
(a)阿部隆一氏は、抽象的労働を生産過程に求め、この労働を「資本制的に充用される機械のもとでの労働において始めて直接に実存する」ものととらえた。
(b)宮川實氏は、商品生産関係における労働の独自的性格に根拠を求める。この商品関係のもとでは、私的生産者たちの労働は、「人間の生理的エネルギーの支出として、他の労働と等しい労働として、他の労働と交換されることによってはじめて、すなわちそれらの生産物の交換をとおして、労働の社会的性格――他人のための労働であるという性格――は実現するのである。だからこの社会では、労働の社会的性格は質的に等しい人間の生理的エネルギーの支出という形態をとるのである。労働の社会的性格が等しい生理的エネルギーの支出という形態をとったものは、抽象的人間労働である。だから、抽象的人間労働は、商品生産社会だけに存在する社会的労働の存在形態であって、歴史的カテゴリーである。林直道氏も同じ見解である。
(c)遊部久蔵氏は以上の見解を総合して、次の三つの規定を統一的に把握した。すなわち、(1)抽象的労働の範疇規定。生理学的等質労働で、どの社会の労働でもこの規定をもっている。(2)抽象的労働の実存規定。抽象的労働が実存するものとしてとらえられるのは、「商品の生産過程」においてであり、具体的には、「生産過程に機械体系が採用され」「ブルジョア的な簡単労働」が現実化されるときである。(3)抽象的労働の実現規定。抽象的労働が価値の実体となる根拠は、商品を生産する労働の独自な社会的性格にある。商品経済は価値の成立――抽象的労働の価値化――の「外的条件ではなく、その構成契機である」。こうして以上三様の規定を統一した「抽象的労働」は、「すぐれて社会的歴史的規定である。それは分業と私有財産にもとづく商品=資本制経済に独自な規定である。」そして社会主義社会では、第一、第二の規定は存在するが、第三の規定は存在しない、とされる。》(種瀬茂他編『資本論体系2 商品・貨幣』353頁)


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by shihonron | 2009-03-03 23:30 | 学習会の報告