『資本論』を読む会の報告

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2010年 10月 26日

第202回 10月26日 第23章 第4節

・10月26日(火)に第202回の学習会を行いました。
「第23章 第4節 相対的過剰人口の種の存在形態 資本主義的蓄積の一般的法則」の第5段落から最後までを輪読して検討しました。
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by shihonron | 2010-10-26 23:30 | 学習会の報告
2010年 10月 19日

第201回 10月19日 第23章 第3節

10月19日(火)に第201回の学習会を行いました。
「第23章 第3節 相対的過剰人口または産業予備軍の累進的生産」についてレジュメにもとづく報告を受け、第10段落から最後までを検討しました。
続いて、「第23章 第4節 相対的過剰人口の種の存在形態 資本主義的蓄積の一般的法則」の第1段落から第4段落までを輪読して検討しました。
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by shihonron | 2010-10-19 23:30 | 学習会の報告
2010年 10月 12日

第200回 10月12日 第23章 第3節 

10月12日(火)に第200回の学習会を行いました。
「第23章 第3節 相対的過剰人口または産業予備軍の累進的生産」についてレジュメにもとづく報告を受け、第9段落まで検討しました。

以下はレジュメです。

第二三章   第三節 相対的過剰人口または産業予備軍の累進的生産                              
①資本の蓄積----資本の量的拡大⇒
        資本の構成の質的変化を伴う(資本の可変成分を犠牲としての不変成分の増大)
 注 拡大が単に量的⇒利潤は前貸資本の大きさに比例
   量的な拡大が質的に作用すれば,それと同時に比較的大きい資本の利潤率は高くなる

②独自な資本主義的生産様式⇒労働の生産力の発展
 ⇒資本の有機的構成の変化----蓄積の進展または社会的富の増大よりもはるかに速く進行
 理由 ・単純な蓄積または総資本の絶対的拡大が総資本の個々の要素の集中を伴う
    ・追加資本の技術的変革は原資本の技術的変革を伴う
 蓄積の進行⇒不変資本部分と可変資本部分との割合が変化
       労働にたいする需要は可変成分の大きさによって規定されている
       それは,総資本の大きさに比べて相対的に減少し,また加速的累進的に減少

・総資本の増大⇒可変成分(総資本に合体される労働力)も増大するにちがいないが
         その増大の割合は絶えず小さくなって行く

・中休み期間(与えられた技術的基礎上での生産の単なる拡張)の短縮

・与えられた大きさの追加労働者数を吸収するために,すでに機能している労働者数を働かせるた めにも⇒ますます速度を増す総資本の蓄積が必要になる。この増大する蓄積と集中とは,それ 自身また資本の構成の新たな変化の一つの源泉になる

・総資本の増大よりももっと速くなるその可変成分の相対的な減少
   可変資本の増大よりもますます速くなる労働者人口の絶対的な増大のように見える。
       そうではない
   資本主義的蓄積は,その精力と規模とに比例して,絶えず,相対的な(資本の平均的な増殖欲   求にとって必要無い),したがって過剰な,または追加的な労働者人口を生みだす。

③社会的総資本を観察
・蓄積の運動はある時は周期的な変動を呼び起こし,
       またある時はこの運動の諸契機が同時にいろいろな生産部面に配分される。
a.いくつかの部面では資本の構成の変化が,資本の絶対量の増大なしに,単なる集中の結果として起 きる。
b.他の諸部面では資本の絶対的な増大が,その可変成分(またはそれによって吸収される労働力) の絶対的な減少と結びついている。
c.また別の諸部面では,資本が,既存の技術的基礎の上で増大を続けて,その増大に比例して追加労 働力を引き寄せ,ある時は有機的な変化が生じて資本の可変成分が縮小する。

・どの部面でも,可変資本部分の増大(⇒就業労働者数の増加)は,つねに激しい動揺と一時的な 過剰人口生産とに結びついている。

・この過剰人口の生産は,①すでに就業している労働者を放出するという顕著な形態をとることも あれば,②追加労働者人口を通常のはけ口に吸収できなくなるという,より目立たない,しかし 効果は劣らない形をとることもある。
                  それに伴い                                          ↓

・資本による労働者の吸引も,放出もともに規模がまた拡大する。資本の有機的構成や資本の技術 的形態の変化速度が増し,時には同時に,時には交互に,この変化に襲われる生産部面の範囲は広 くなる。

・だから,労働者人口は,それ自身が生み出す資本蓄積につれて,ますます大量にそれ自身の相対的過剰化の手段を生みだすのである(79)。これこそは,資本主義的生産様式に特有な人口法則なのであって,じっさい,どの特殊な歴史的生産様式にも,それぞれ特殊な歴史的に妥当する人口法則があるのである。抽象的な人口法則というものは,ただ動植物にとって,人間が歴史的に干渉しないかぎりで,存在するだけである。

 (79) 可変資本の相対量の累進的減少の法則,またそれが賃金労働者階級に及ぼす影響は,古典学派の数人のすぐれた経済学者によって把握されていたというよりもむしろ予感されていた。
   ジョン・バートン,リカード,リチャード・ジョーンズ,ラムジ       

④過剰労働者人口は蓄積の必然的な産物⇒逆にこの過剰人口は,資本主義的蓄積の槓杆に,資本主 義的生産様式の一つの存在条件に,なる。

・それは自由に利用されうる産業予備軍を形成。この予備軍は,まるで資本が自分の費用で育て上 げたものででもあるかのように,絶対的に資本に従属している。

・この過剰人口は,資本の変転する増殖欲求のために,いつでも搾取できる人間材料を(現実の人口 増加の制限にはかかわりなしに)つくりだす。

・蓄積と,それに伴う労働の生産力の発展とにつれて,突発的な資本の膨張力が増大する。
 a.現に機能している資本の弾力性が増し,また資本をただ自分の弾力的な一部分でしかないもの  とする絶対的な富が増大するからだけではなく,
 b.なにか特別な刺激があればすぐに信用がこの富の異常な部分を生産のために追加資本として役  だてるからだけでもない。
 c.生産過程そのものの技術的な諸条件(機械や運輸機関など)が,最大の規模で,追加生産手段へ  の剰余生産物の最も急速な転化を可能にする。

・蓄積の進展につれてふくれ上がって,追加資本に転化できる社会的な富のうちの大量は,その市 場がにわかに拡大された古い生産部門に,または,鉄道などのように,古い生産部門の発展によっ て必要になった新たに開かれた生産部門に,激しい勢いで押し寄せる。

・すべてこのような場合には,人間の大群が,突発的に,しかも他の部面で生産規模を害することな しに,決定的な部面に投げ込まれうるのでなけれはならない。過剰人口はそれを供給する。

・近代産業の特徴的な生活過程----産業循環  
   中位の活況⇒生産の繁忙⇒恐慌⇒沈滞

・10年周期の循環形態は産業予備軍または過剰人口の不断の形成,その大なり小なりの吸収,さらに その再形成に立脚

・この産業循環の変転する諸局面は,またそれ自身,過剰人口を補充する。過剰人口の最も精力的な 再生産動因の一つになる。

⑤産業循環----人類の過去の時代に見られない。資本主義的生産の幼年期にも現われなかった。資 本の構成は非常に緩慢にしか変化しなかった。資本の蓄積には,だいたいにおいて,それにつりあ った労働需要の増大が対応した。資本の蓄積の進展は,現代に比べれば緩慢だったが,それでも, 搾取可能な労働者人口の自然的限度にぶつかり,この限度は,後に述べるような強制手段によらな ければ除かれないものだった。

・生産規模の突発的な発作的な膨張は,その突発的な収縮の前提である。収縮はまた膨張を呼び起 こすのであるが,しかし膨張のほうは,利用可能な人間材料なしには,人口の絶対的増加に依存し ない労働者の増加なしには,不可能である。

・このような増加は,労働者の一部分を絶えず「遊離させる」単純な過程によって,生産の増加に比 べて使用労働者数を減らす方法によって,つくりだされる。だから,近代産業の全運動形態は,労 働者人口の一部分が絶えず失業者または半失業者に転化することから生ずるのである。

・経済学の浅薄さは,とりわけ,産業循環の局面転換の単なる兆候でしかない信用の膨張や収縮をこ の転換の原因にしているということのうちに,現われている。

・天体はの運動と同じように,社会的生産も,ひとたびあの交互に起きる膨張と収縮との運動に投げ こまれてしまえば,絶えずこの運動を繰り返す。
・結果がまた原因になるのであって,それ自身の諸条件を絶えず再生産する全過程の変転する諸局
 面は周期性の形態をとる〔*〕。ひとたびこの形態が固まれば,経済学でさえも,相対的な,すなわ ち資本の平均的な増殖欲求から見ての,過剰人口の生産を,近代産業の生活条件として理解する。
〔*〕 著者認定のフランス語版(パリ,1873年)
 ----一循環の終点でもあれはまた新たな一循環の出発点でもある一般的恐慌----これまでのところでは, このような循環の周期の長さは10年か11年----この年数は可変----循環の周期はしだいに短縮されるとい うことを推論----

⑥H・メリヴェールの言
・恐慌のとき,移民によって数十万の過剰な人手厄介払い⇒結果は? ⇒ 労働需要が回復する と同時に不足が現われるだろう----人間の再生産がどんなに速く行なわれても,成年労働者の補 充のためにはとにかく一世代の間隔が必要である。

・工場主の利潤は,おもに,需要の盛んな好機を利用して不況期の損失を埋め合わせる力にかかって いる。----彼らの目の前に利用可能な労働者がいなければならない。彼らは,彼らの仕事の活気 を必要とあれば,市場の状況に応じて高めたり,あるいは緩めたりできなければならない。さも なければ,彼らは,この国の富の基礎をなす優勢を競争戦のなかで維持することはとうていできな い。

⑦マルサス
・過剰人口を労働者人口の絶対的な過度増殖から説明

・その彼でさえ,過剰人口のうちに近代産業の一つの必要物を認めている。

・「特別な需要が生じて追加労働者が市場に供給されるのは,人口の性質上,16年か18年たたなけれ ば不可能であるが,貯蓄によって収入が資本に転化することは,それよりもずっと速く起きること がありうる。」

⑧経済学
・労働者の相対的過剰人口の不断の生産を資本主義的蓄積の一つの必要物として説く。

・自分のつくりだした追加資本によって街頭に投げ出された「過剰者」に向かって,次のような言 葉を語らせるのである。「われわれ工場主は,諸君が生きて行くのに必要な資本をふやすことに よって,諸君のためにできるだけのことをしている。だから,それ以上のことは,諸君が,自分たち の数を生活手段に適合させることによっ
て,自分でしなければならないのだ。」

⑨資本主義的生産
・人口の自然的増加が供給する利用可能な労働力の量だけでは,けっして十分ではない。

・この生産は,その自由な営みのためには,この自然的限度に制限されない産業予備軍が不可欠。

⑩これまでの前提----可変資本の増減には精確に従業労働者数の増減が対応するということ。

⑪労働者数不変または減少----可変資本が増大(労賃増大)する場合。
   個々の労働者がより多くの労働を供給し
     労働の価格は変わらなくても彼の労賃がふえるか,
     または労働の価格が下がってもその低下が労働量の増加よりも緩慢

・このような場合----可変資本の増大は,労働量の増加の指標にはなるが,従業労働者数の増加の指 標にはならない。

・資本家にとっての絶対的関心事は,一定量の労働をより少数の労働者から搾り出すことであって, より多数の労働者(より安上がりでさえあっても)から搾り出すことではない。後者の場合には 流動させられる労働の量に比例して不変資本の投下が増加する。生産の規模が大きければ大きい ほど,この動機はますます決定的。この動機の重みは,資本の蓄積につれて増してくる。

⑫資本主義的生産様式と労働の生産力との発展(蓄積の原因であり結果でもある)につれて⇒
・資本家は,同額の可変資本の投下でもより多くの労働を引き出せるようになる(個々の労働力の 外延的または内包的な搾取の増大)。

・資本家は同じ資本価値でより多くの労働力を購入(熟練労働者を不熟練労働者によって,成熟労 働者を未成熟労働者によって,男子労働者を女子労働者によって,成年労働力を少年または幼年労 働力によって,駆逐)。

⑬蓄積の進行
イ.より大きい可変資本が,より多くの労働者を雇い入れることなしに,より多くの労働を流動させ
ロ.同じ大きさの可変資本が同じ量の労働力でより多くの労働を流動させ
ハ.より高級な労働力を駆逐することによってより多くのより低級な労働力を流動させる。

⑭相対的過剰人口の生産(労働者の遊離)は,蓄積の進行につれて速くされる生産過程の技術的変 革(それに対応する不変資本部分に比べての可変資本部分の比率的減少)よりも,もっと速く進 行する。

・生産手段が,その規模と作用力を増すにつれて,ますます労働者の雇用手段たる程度を減じていく とすれば,

・この関係は再び,労働の生産力の向上に応じて資本はその労働供給をその労働者需要よりももっ と速く増やすということによって修正される。

・労働者階級の就業部分の過度労働はその予備軍の隊列を膨張させる。この予備軍がその競争によ って就業部分に加える圧力の増大は,逆に就業部分に過度労働や資本の命令への屈従を強制する。

・労働者階級の一方の部分が他方の部分の過度労働によって強制的怠惰という罰を加えられるとい うこと,またその逆のことは,個々の資本家の致富手段になり,また同時に,社会的蓄積の進展に対 応する規模での産業予備軍の生産を速くする。

⑮労賃の一般的な運動は,ただ,産業循環の局面変転に対応する産業予備軍の膨張・収縮によって規 制されているだけである。それは,労働者人口の絶対数の運動によって規定されているのではな く,労働者階級が現役軍と予備軍とに分かれる割合の変動によって,過剰人口の相対的な大きさの 増減によって,過剰人口が吸収されたり再び遊離されたりする程度によって,規定されている。

・近代産業には10年の循環期とその周期的な諸局面とがあり,しかも蓄積の進展につれてその諸局 面はますます急速に継起する不規則な振動と交差する。

・近代産業にとっては,次のようなことは,まことに素晴らしい法則であろう。
 【労働の需要供給が資本の膨張・収縮によって,つまり資本のそのつどの増殖欲求に従って規制 されていて,そのために,あるときは資本が膨張するので労働市場が相対的に供給過少になって現 われ,あるときは資本が収縮するので労働市場が再び供給過多になる】のではなく,逆に
 【資本の運動が人口の絶対的な運動に依存するのだ】という法則である。

・これは経済学的ドグマである。この独断によれば,資本蓄積の結果として労賃は上がる。労賃の 上昇は労働者人口の加速的増加に拍車をかけ,この増加が続いて,ついに労働市場は供給過剰にな り,したがって資本は労働者供給にたいして相対的に不足になる。そこで労賃は下がり,今度はメ ダルの裏側が現われる。労賃の低下によって労働者人口は次第に減少,そのために労働者人口に 比べて資本は再び過剰になる。

・他の人々の説明----労賃の低下と,それに対応する労働者の搾取の増大とは,再び蓄積を速くする が,同時に,低くなった賃金が労働者階級の増大を妨げる。そこでまた,労働供給が労働需要より も少なくなり賃金が上がるという状態が現われ,さらに同じことが繰り返される。発展した資本 主義的生産にとってなんとみごとな運動方法ではないか! 賃金の上昇の結果として現実に労働 能力ある人口のいくらかでも絶対的な増大が生ずるようになるまでには,産業戦が演ぜられ戦闘 が交えられ勝敗が決せられなければならない期間がいくたびとなく経過するであろう。

⑯1849年と1859年とのあいだには,穀物価格の下落と同時に,実際的に見ればただ名目的でしかない 賃金引き上げがイギリスの農業地方に現われた(これは農業過剰人口の異常な流出の結果。流出 は,戦争需要,鉄道や工場や鉱山などの大拡張によってひき起こされたものだった)。労賃が低け れば低いほど,ほんの僅かな労賃の上昇でも百分比では大きく表わされる(20⇒22----10%,7⇒ 9----28 4/7%の上昇)。

・借地農業者たちはわめきたてた。そこで,借地農業者たちはどうしたか? 彼らは,独断的な経済 学的な頭脳のなかで起こるように,このすばらしい支払のために農業労働者が増加して彼らの賃 金が再び下がらざるをえなくなるまで,待っていたであろうか? 

・彼らはより多くの機械を採用した。そして,たちまちのうちに労働者は借地農業者をさえ満足さ せるほどの割
合で再び「過剰」になった。今度は,以前よりも「より多くの資本」が,しかもより 生産的な形で,農業に投ぜられた。こうして,労働にたいする需要は,ただ相対的にだけではなく, 絶対的にも減少したのである。

⑰経済学のフィクション
・労賃の一般的な運動を規制する諸法則(労働者階級すなわち総労働力と社会的総資本との関係を 規制する諸法則)を,労働者人口を特殊な諸生産部門のあいだに配分する諸法則と混同。

・好景気のために蓄積が或る一定の生産部面で特に盛んで,そこでは利潤が平均利潤よりも大きく て追加資本がそこに押し寄せるとすれば,もちろん労働需要も労賃も上がる。高くなった労賃は 労働者人口のますます大きい部分をこの好況部面に引き寄せるが,ついにはこの部面でも労働力 が飽和度に達し,賃金は結局また元の平均水準まで,または押し寄せ方がひどすぎた場合にはこの 水準よりもさらに低く,下がる。そうなれば,問題の事業部門への労働者の流入がやむだけではな く,それに代わって労働者の流出が起きることさえある。

・経済学者が実際に見ているのは,ただ,一つの特殊な生産部面の労働市場の局部的な変動だけであ り,ただ,資本の欲求の変化に応じて資本のいろいろな投下部面に労働者人口が配分されるという 現象だけである。

⑱産業予備軍は沈滞や中位の好況の時期には現役の労働者軍を圧迫し,また過剰生産や発作の時期 には現役軍の要求を抑制する。だから,相対的過剰人口は,労働の需要供給の法則が運動する背景 なのである。それは,この法則の作用範囲を,資本の搾取欲と支配欲とに絶対的に適合している限 界のなかに,押しこむのである。

・経済学的弁護論の大事業の一つ

・新しい機械の採用や古い機械の拡張⇒可変資本の一部分が不変資本に転化される場合に,このよ うな,資本を「拘束する」と同時にまさにそうすることによって労働者を「遊離させる」操作を, 経済学的弁護論者は,逆に,それが労働者のために資本を遊離させるというように説明する。

・弁護論者の恥知らず----遊離させられるのは,ただ単に機械によって直接に駆逐される労働者だ けではなく,彼らの補充員も遊離させられるのであり,また,事業が従来の基礎の上で普通の仕方 で拡張される場合には規則的に吸収される追加隊も遊離させられるのである。

・彼らは今ではみな「遊離させられて」いて,これから機能しようとする新しい資本はみな彼らを 自由に利用することができる。この資本に引き寄せられるのが彼らであろうと別の労働者であろ うと,機械が市場に投げ出したのと同数の労働者を市場から連れてくるのに
a.これだけの資本でちょうど十分であるかぎり,一般的な労働需要への影響はゼロであろう。
b.もしこの資本がそれよりも少ない数の労働者を使用するとすれば,過剰労働者の数は増大する。
c.もしそれよりも多数を使用するとすれば,使用される者が「遊離させられた者」を超過する分だ け一般的な労働需要が増大する。

・どの場合にも,もしそうでなけれは投下を求める追加資本が一般的な労働需要に与えるであろう 活況は,機械によって街頭に投げ出された労働者でまにあうかぎり,中和されている。つまり,資 本主義的生産の機構は,資本の絶対的増大に伴ってそれに対応する一般的な労働需要の増大が生 ずることのないようになっているのである。

・これを弁護論者は,失業労働者たちを産業予備軍のなかに封じこめておく過渡期のあいだに彼ら を襲う窮乏や苦悩や場合によっては破滅やの埋め合わせと呼ぶのである!

・労働にたいする需要は資本の増大と同じことではなく,労働の供給は労働者階級の増大と同じこ とではなく,したがって,互いに独立な二つの力が互いに作用し合うのではない。資本は両方の側 で同時に作用するのである。一方で資本の蓄積が労働にたいする需要を増すとすれば,他方では その蓄積が労働者の「遊離」によって労働者の供給を増すのであり,同時に失業者の圧力は就業 者により多くの労働の提供を強制して或る程度まで労働の供給を労働者の供給から独立させる。・この基礎の上で行なわれる労働の需要供給の法則の運動は,資本の専制を完成する。

・労働者たちが,
a.自分たちがより多く労働し,より多く他人の富を生産し,自分たちの労働の生産力が増進するにつ れて,自分たちにとっては資本の価値増殖手段としての自分の機能までがますます不安定になる というのは,いったいどうしてなのか,という秘密を見抜いてしまうやいなや,
b.また彼らが,彼ら自身のあいだの競争の強さの程度はまったくただ相対的過剰人口の圧力によっ て左右されるものだということを発見するやいなや,
c.また,彼らが労働組合などによって就業者と失業者との計画的協力を組織して,かの資本主義的生 産の自然法則が彼らの階級に与える破滅的な結果を克服または緩和しようとするやいなや,

・資本とその追従者である経済学者は,
 「永遠な」いわば「神聖な」需要供給の法則の侵害について叫びたてるのである。すなわち,就 業者と失業者との連結は,すべて,かの法則の「純粋な」働きをかき乱すからである。他方,たと えば植民地で,反対に作用する諸事情が産業予備軍の創出を妨げ,また同時に資本家階級への労働 者階級の絶対的な従属を妨げるやいなや,資本は,経済学者といっしょに「神聖な」需要供給の法 則に反逆して,強制手段によってこの法則を矯正しようとする。
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by shihonron | 2010-10-12 23:30 | 学習会の報告
2010年 10月 05日

第199回 10月5日 第23章 第2節

10月5日(火)に第199回の学習会を行いました。
「第23章 第2節 蓄積とそれに伴う集積との進行途上での可変資本の相対的減少」についてレジュメにもとづく報告を受けて検討しました。

以下はレジュメです。


第23章 第2節 
蓄積とそれに伴う集積との進行途上での可変資本の相対的減少 
                     
()内の数字は段落を示しています。

■蓄積 資本としての剰余価値の充用,あるいは剰余価低の資本への転化

■蓄積と集積 資本主義的生産様式に特有な社会的労働の生産力の発展は、一定量の資本の蓄積を前提とするが、それは一定量の生産手段と労働力とが資本家の支配のもとに集積されなければ、労働の生産力の発展はおこなわれないからである。この資本の集積の増大が資本の蓄積を増進させるが,資本構成の高度化もまた集積の増大を条件とする。しかし個々の資本家による資本の蓄積は.かならずしも資本の集積をますます増大させるとはいいえない。とくに資本主義の一定の発展段階においては,資本家の家族問での財産の分割がこれに大きな彼割を演ずる. したがって資本の蓄積とともに多かれ少なかれ資本家の数も増加する。またそうでなくとも.各種生産部門において個々の資本家の経営としてあらわれる資本の集積は、社会的需要を無視して同じ部門の生産の拡大となるわけではない。種々なるあらたな部門への分散がおこなわれる。資本の蓄積はかくしてー方ではつねに資本の集積の地大を促進するとともに他方ではまたその分散をともないつつ,全体として社会的資本の蓄積を増進するのである。 (『資本論辞典』より)

■資本の集積・集中
concentration and centralization of capital [英語]
Konzentration und Zentralisation des Kapitals [ドイツ語]
 資本の集積とは、個別資本のもとで獲得した剰余価値を資本へ追加することによる資本価値の増大であり、生産手段と労働力の集積、およびそれに伴う労働者への指揮を意味し、資本蓄積の別の表現である。一般的には資本の集積の増大は資本の蓄積を増進するが、資本家財産の相続における分割の場合や、あるいは剰余価値がもとの資本から分離して独立の新たな個別資本として機能する場合には、資本家数が増大し資本蓄積は分散する形で集積される。しかし、これら以外は、資本の集積は社会的資本の蓄積によって制約される。資本の集中とは、二つ以上の資本がそれぞれの自立性を失い結合あるいは合併・吸収することによる資本価値の増大である。それは資本家による資本家の収奪であり、多数小資本の少数大資本への吸収促進であって、蓄積や集積とは異なって社会的資本の蓄積の限界によって制限されることはない。
 このように集積と集中には明確な区別があるが、社会的蓄積過程においては、資本の蓄積を基礎として資本の集中がおこり、この集中によって集積が促進されるというように、両者は作用しあう。そして資本の集積と集中いずれにおいても、競争と信用がその進展のもっとも有力な槓杆(こうかん)として役だつ。またそれは、資本の動員をおこさせ、株式会社制度の展開を促進させ、株式持合いの支配集中にまで至らせる。さらに資本の集積と集中の相互規定的進行は、個別資本の巨大化、市場集中度の高度化をもたらし、高い参入障壁を形成させ、少数巨大資本の独占的市場支配を可能にして独占化の傾向を招来している。 [ 執筆者:海道勝稔 ](小学館『日本大百科全書』より)


(1)これまでわれわれは資本の増大する過程の一つの特殊な局面だけを見てきた。すなわち、資本の技術的構成が不変のままで資本の増大が生ずるという局面である。だが、過程はこの局面を超えて進む。

■資本の技術的構成 《資本の構成は、…生産過程で機能する素材の面からみれば、それぞれの資本は生産手段と生きている労働力とに分かれる。この構成は、一方における充用される生産手段の量と、他方におけるその充用のために必要な労働量との割合によって規定される。…第二の構成を資本の技術的構成と呼ぶことにする。》(国民文庫188頁・原頁640)

●生産手段の量については、原材料などについては比較できるが、機械などの設備についてはどんな単位で比較することができるのだろうかという疑問が出されました。同一の機械であれば台数で比較できるが、質的に異なった機械ではどうなのかという疑問です。

(2)資本主義体制の基礎がひとたび与えられれば、蓄積の進行中には、社会的労働の生産性の発展が蓄積の最も強力な槓杆となる点が必ずあらわれる。

■労働の社会的生産カ [社会的的労働の生産力] 労働の自然的条件に受動的に依存する〈自然的生産力〉にたいして、自然カの社会的統御、その積極的利用にもとづく生産カは社会的生産カである。したがって、それはたんに〈自然発生的〉ではなく,歴史的発展の所産である。社会的分業・協業・工場内分業l ・機械の使用にもとづく生産力は,すべて社|会的生産力である。     (『資本論辞典』より)

(3)土地の豊度や製品の品質で質的に実証されるような単独で労働する独立生産者の技能を別とすれば、労働の社会的生産度は、一人の労働者が与えられた時間に労働力の同じ緊張度で生産物に転化させる生産手段の相対的な量的規模に表される。一方の生産手段(原料や補助材料)の増大は労働の生産性の増大の結果であり、他方の生産手段(充用される機械や役畜や鉱物性肥料や排水管、建物や巨大な炉や運輸機関など)の増大はその条件である。とはいえ、条件であろうと結果であろうと、生産手段に合体される労働力に比べての生産手段の量的規模の増大は、労働の生産性の増大を表している。だから、労働の生産性の増加は、その労働量によって動かされる生産手段量に比べての労働量の減少に、また労働過程の客体的諸要因に比べての主体的要因の大きさの減少に現れるのである。

■《労働過程の諸契機は、合目的的な活動または労働そのものとその対象とその手段である。》《国民文庫 第1分冊313頁・原頁193》

(4)資本の技術的構成の変化は、資本の価値構成に反映する。可変資本部分に比べて不変資本部分がだんだんに増大していくという法則は、商品価格の比較分析によって(すでに展開されたように)一歩ごとに確証される。消費される生産手段の価値すなわち不変資本部分だけを代表する価値要素の相対的な大きさは、蓄積の進展に比例するであろうし、他方の、労働の代価を支払う価値要素、すなわち可変資本部分を代表する価値要素の相対的な大きさは、一般に、蓄積の進展に反比例するであろう。

★《すでに展開されたように》と書かれているが、どの箇所のことを指しているのだろうか?

(5)不変資本部分に比べての可変資本部分の減少、または資本価値の構成の変化は、資本の素材的諸成分の変動をただ近似的に示すだけである。なぜなら、労働の生産性の上昇につれて労働の消費する生産手段の規模が増大するだけはでなく、その規模に比べてその価値が低下するからである。

(6)蓄積の進展は、可変資本部分の相対量を減らすとはいえ、けっして同時にその絶対量の増大を排除するものではない。

3000c+3000v=6000      vは50%

14400c+3600v=18000   vは20%


(7)労働の社会的生産力は大規模の協業を前提する。この前提のもとでのみ以下のことが可能になる。
①労働の分割と結合とを組織すること
②絶対的大量的集積によって節約すること
③素材から見ても共同的にしか使用されえない労働手段(機械体系など)を生み出すこと
④巨大な自然力に生産への奉仕を強制すること
⑤生産過程を科学の技術的応用に転化させること

商品生産では生産手段は私人の私有である。このような商品生産という基礎の上では、大規模な協業は、ただ個別資本の増大によってのみ、または、ただ社会の生産手段と生活手段が資本家の私有物に転化されて行くのにつれて、実現される。商品生産という地盤は、大規模な生産を、ただ資本主義的形態においてのみになうことができる。したがって、個々の商品生産者の手のなかでのある程度の資本の蓄積が、独自な資本主義的生産様式の前提になる。(独自な資本主義的生産の歴史的な基礎としての本源的蓄積)

労働の社会的生産力を増大させるための方法は、すべて、同時にまた剰余価値または剰余生産物の生産を増加させる方法であり、この剰余生産物はそれ自身また蓄積の形成要素である。資本の蓄積につれて独自な資本主義的生産様式が発展するのであり、また独自な資本主義的生産様式の発展につれて資本の蓄積が進展するのである。この二つの経済的要因は、互いに与え合う刺激に複比例して資本の技術的構成の変化を生み出すのであって、こり変化によって可変成分は不変成分に比べてますます小さくなっていくのである。

(8)各個の資本は生産手段の大なり小なりの集積であって、その大小に応じて大なり小なりの労働力軍の指揮権を持っている。どの蓄積も新たな蓄積の手段になる。それは、資本として機能する冨の増加につれて、個別資本家の手の中でのこの冨の集積を拡大し、したがって大規模生産と独自な資本主義的生産方法との基礎を拡大する。

社会的資本の増大は多数の個別資本の増大によって行われる。他の事情はすべて変わらないと前提すれば、個別資本は、またそれとともに生産手段の集積は、それらの資本が社会的総資本の可除部分をなしている割合に応じて増大する。

同時に、元の資本から若枝が分かれて、新しい独立な資本として機能する。そのさい、とりわけ、資本家の家族のあいだでの財産の分割は、一つの大きな役割を演ずる。したがって、資本の集積につれて資本家の数も多かれ少なかれ増えるのである。

このような集積は、直接に蓄積にもとづくものでありまたむしろ蓄積と同じなのであるが、それは二つの点によって特徴づけられる。第一に、個別資本家の手のなかでの社会的生産手段の集積の増大は、他の事情が変わらなければ、社会的冨の増大の程度によって制限されている。
第二に、社会的資本の、それぞれの特殊な生産部面に定着している部分は、多数の資本家のあいだに配分されていて、彼らは互いに独立して競争する商品生産者として相対している。だから、蓄積とそれに伴う集積とが多数の点に分散されているだけではなく、現に機能している資本の増大と交錯して新たな資本の形成や古い資本の分裂が行われているのである。それゆえ、蓄積は、一方では生産手段と労働指揮との集積として現れるのであるが、他方では多数の個別資本の相互の反発として現れるのである。

★「大規模生産と独自な資本主義的生産方法との基礎」とは、大規模な協業のこと。

★《個別資本は、またそれとともに生産手段の集積は、それらの資本が社会的総資本の可除部分をなしている割合に応じて増大する。》とはどういうことか?
ある個別資本別資本が社会的総資本の100万分の1を占めているなら、その個別資本別資本の増大は社会的資本の増大した量の100万分の1だということか。スッキリとしない。

★《資本家の数》は言いかえれば、個別資本の数ということ。

★《個別資本家の手のなかでの社会的生産手段の集積の増大は、他の事情が変わらなければ、社会的冨の増大の程度によって制限されている。》とはどういうことか? 後で出てくる資本の集中との区別を意識しているのだろうか? 

★《社会的生産手段》とは、単に「社会の生産手段」という意味か、あるいは、個人的に使用することができない生産手段、多数の労働者が結合してはじめて使用可能な生産手段(機械体系)のことか?

★《蓄積は、…多数の個別資本の相互の反発として現れる》とは、個別資本のもとで蓄積は行われるが、それは多数の個別資本間の競争でもあるということか。

(9)このような、多数の個別資本への社会的総資本の分裂、またはその諸部分の相互の反発に対しては、この諸部分の吸引が反対に作用する。これは、もはや、生産手段や労働指揮の単純な蓄積と同じ意味の集積ではない。それはすでに形成されている諸資本の集積であり、それらの個別的独立の解消であり、資本家による資本家からの収奪であり、少数のより大きい資本への多数のより小さい資本の転化である。

この過程を第一の過程から区別するものは、この過程はただすでに存在し機能している資本の資本の配分の変化を前提するだけであり、したがってそれが行われる範囲は社会的冨の絶対的な増加または蓄積の絶対的な限界によって制限されてはいないということである。一方で資本がふくれあがるのは、他方で多くの手の中から資本がなくなるからである。これは、蓄積および集積とは区別される本来の集中である。

(10)事実として、競争戦は11:02安くすることによって戦われる。商品の安さは、他の事情が同じならば、労働の生産性によって定まり、この生産性はまた生産規模によって定まる。したがって、より大きい資本はより小さい資本を打ち倒す。さらに思い出されるのは、資本主義的生産様式の発展につれて、ある一つの事業をその正常な条件のもとで営むために必要な個別資本の最小量も大きくなるということである。競争は多数の小資本家の没落で終わるのが常であり、彼らの資本は一部は勝利者の手に入り、一部は破滅する。

このようなことは別としても、資本主義的生産の発展につれて、一つのまったく新しい力である信用制度が形成されるのであって、それは当初は蓄積の控えめな助手としてこっそりはいってきて、社会の表面に大小さまざまな量でちらばっている貨幣手段を目に見えない糸で個別資本家や結合資本家のてに引き入れるのであるが、やがて競争戦で一つの新しい恐ろしい武器になり、そしてついには諸資本の集中のための一つの巨大な社会的機構に転化するのである。

資本主義的生産と資本主義的蓄積とが発展するにつれて、それと同じ度合いで競争と信用とが、この二つの最も強力な集中の槓杆が、発展する。

それと並んで、蓄積の進展は集中されうる素材すなわち個別資本を増加させ、他方、資本主義的生産の拡大は、一方では社会的欲望をつくりだし、他方では過去の資本集中がなければ実現されないような巨大な産業企業の技術的な手段をつくりだす。だから、今日では、個別資本の相互吸引力や集中への傾向は、以前のいつよりも強いのである。

しかし、集中運動の相対的な広さと強さとは、ある程度まで、資本主義的冨の既成の大きさと経済的機構の優越によって規定されているとはいえ、集中の進展はけっして社会的資本の大きさの絶対的増大には依存しないのである。そして、このことは特に集中を、ただ拡大された規模での再生産の別の表現でしかない集積から区別するのである。

集中は、既存の諸資本の単なる配分の変化によって、社会的資本の諸成分の単なる量的編成の変化によって、起きることができる。一方で資本が一つの手の中で巨大なかたまりに膨張することができるのは、他方で資本が多数の個々の手から取り上げられるからである。

かりにある一つの事業部分で集中が極限に達することがあるとすれば、それは、その部門に投ぜられているすべての資本が単一の資本に融合してしまう場合であろう。与えられた一つの社会では、この限界は、社会的総資本が単一の資本家なり単一の資本家会社なりの手に合一された瞬間に、はじめて到達されるであろう。

★《資本主義的生産の拡大は、一方では社会的欲望をつくりだし》とはどういうことか? フランス語版では《資本主義的生産の発展は、社会的な必要を創出するとともに》となっている。より大規模な生産設備などへの欲求のことか。

.■《信用制度はこのようにして幻想的な資本たる仮空資本をとおして、みずからの活動分野を拡大し,一つの結合資本をつくりだすのである。かくて.信用制度は資本主義的個人企業が資本主義的株式会社に漸次的に転形するための主要基礎をなす。.ゆえに,株式会社の行なう集中はたんなる集中一般ではなく,信用を媒介とする集中であり、これにより他の資本の集中形態と同様に、さらにそれよりはるかに大規模に、蓄積に直接関係なくして、生産規模の拡大ないしは資本の集中を可能ならしめる。》(『資本論辞典』55頁).

(11)集中は蓄積の仕事を補う。というのは、それによって産業資本たちは自分の活動の規模を広げることができるからである。産業施設の規模の拡大は、多人数の総労働をいっそう包括的に組織するための、その物質的推進力をいっそう広く発展させるための、すなわち、個々ばらばらに習慣に従って営まれる生産過程を、社会的に結合された科学的に処理される生産過程にますます転化させて行くための、出発点になるのである。

★《その物質的推進力》とは、結合された労働者の発揮する力ということか。

(12)しかし、蓄積、すなわち再生産が円形から螺旋形に移って行くことによる資本の漸次的増加は、ただ社会的資本を構成する諸部分の量的編成を変えさえすればよい集中に比べて、まったく緩慢なやり方だということは、明らかである。(鉄道建設における株式会社を媒介として集中の果たした役割)

また、集中は、このように蓄積の作用を強くし早くすると同時に、資本の技術的構成の変革を、すなわちその可変部分の犠牲においてその不変部分を大きくし、したがって労働にたいする相対的な需要を減らすような変革を、拡大し促進するのである。

(13)集中によって一夜で溶接される資本塊も、他の資本塊と同様に、といってもいっそう速く、再生産され増殖され、こうして社会的蓄積の新しい槓杆となる。だから、社会的蓄積の進展という場合には、そこには――今日では――集中の作用が暗黙のうちに含まれているのである。

★集中によって形成された資本は、そうでない資本に比べてなぜ「いっそう速く、再生産され増殖され」るのか?

(14)正常な蓄積の進行中に形成される追加資本は、特に、新しい発明や発見、一般に産業上の諸改良を利用するための媒介として役だつ。しかし、古い資本も、いつかはその全身を新しくする時期に達するのであって、その時には古い皮を脱ぎすてると同時に技術的に改良された姿で生き返るのであり、その姿では前よりも多くの機械や原料を動かすのに前よりも少ない労働量で足りるようになるのである。このことから必然的に起きてくる労働需要の絶対的な減少は、いうまでもないことながら、この更新過程を通る資本が集中運動によってすでに大量に集積されていればいるほど、ますます大きくなるのである。

(15)要するに、一方では、蓄積の進行中に形成される追加資本は、その大きさに比べればますます少ない労働者を引き寄せるようになる。他方では、周期的に新たな構成で再生産される古い資本は、それまで使用していた労働者をますます多くはじき出すようになるのである。

■大谷禎之介『図解社会経済学』では、以下のように述べられている。

§1 資本構成の高度化をともなう資本蓄積と可変資本の増減
[高度化が進めば可変資本の増大率は資本全体の増大率よりも低い]資本の蓄積が進行していくなかで、労働の生産力の発展が蓄積のテコとなる点が現れないではいない。こうして資本蓄積と労働の生産力の発展とは相互に促進しあって進んでいく。その結果、必ず、資本構成の高度化が生じないではいない。新たに投下される資本は一般に可変資本を含んでいるから、蓄積はそれだけ労働力への需要を絶対的に増加させるが、それが資本構成の高度化をともなう場合には、可変資本部分は不変資本部分に比べて相対的に減少するから、可変資本部分の増大率、したがってまたこれによる労働需要の増大率は、資本全体の増大率よりも低くなる。ただ、生産力の発展にともなって生産手段の価値が減少するので、価値構成の高度化は技術的構成の高度化と同じテンポで進むわけではない。

§2 資本の集中と可変資本の増減
[集中による既存資本の構成高度化が労働需要を減少させる] 蓄積の進行中に、一方では、社会的総資本の一部が多くの個別資本に分裂・枝分かれして個別資本の数を増大させるが、他方では、既存資本の合併・併合、倒産資本の併呑による資本の集中が進み、一部の個別資本の巨大化と個別資本の数の減少が生じる。この過程を強力に推し進めるテコが、諸資本の競争と銀行制度、そして銀行制度と結びついた株式会社の設立である。この過程で、資本の生産力が急速に増大すると同時に、資本の技術的構成が高度化し、労働需要を絶対的・相対的に減少させる。
[資本の集中にともなう構成高度化は労働者の解き離しをもたらす] 資本の集中による資本規模の増大は、社会的総資本の大きさを変化させない。したがって、集中の過程での資本構成の高度化は、可変資本の絶対的減少による、労働者の解き離しをもたらす。
[構成高度化をともなう固定資本の更新も労働者を解き離す] さらに、固定資本の更新期がきた資本が固定資本の更新を行うさいには、つねに最新の機械設備などを設置しようとする。この場合には、それらを動かすのには旧来のものよりも少ない労働で足りるから、こうした新しい固定資本の充用は、そりまで使用していた労働者の一部を確実にはじき出す。ここでも可変資本の絶対的減少による、労働者の解き離しが生じる。
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by shihonron | 2010-10-05 23:30 | 学習会の報告