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『資本論』を読む会の報告

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2009年 12月 08日

学習ノート 第4章 第2節 一般的定式の矛盾 その3

第17段落
・そこで、われわれは、売りは買い手であり買い手は売り手であるという商品交換の限界のなかにとどまることにしよう。
・われわれの当惑は、ことによると、われわれが登場人物を人格化された範疇としてとらえているだけで、個人としてとらえていないということからきているのかもしれない。

■フランス語版では《我々の困惑はおそらく、流通当事者たちの個々の性格をなんら考慮せず、彼らを擬人化された範疇としたことから、生じているのであろう。》となっている。(148-149頁)

第18段落
・商品所持者Aは非常にずるい男で、仲間のBやCをだますかもしれないが、BやCのほうはどうしても仕返しができないということにしよう。
・Aは40ポンド・スターリングという価値のあるぶどう酒をBに売って、それと引き換えに50ポンド・スターリングという価値のある穀物を手に入れるとしよう。
・Aは彼の40ポンドを50ポンドに転化させた。
・より少ない貨幣をより多くの貨幣にし、彼の商品を資本に転化させた。
・もう少し詳しく見てみよう。
・交換が行なわれる前には、Aの手には40ポンド・スターリングのぶどう酒があり、Bの手には50ポンド・スターリングの穀物があって、総価値は90ポンド・スターリングだった。
・交換のあとでも、総価値は同じく90ポンド・スターリングである。
・流通する価値は少しも大きくなっていないが、AとBとへのその配分は変っている。
・一方では剰余価値として現われるものは他方では不足価値であり、一方でプラスとして現われるものは他方ではマイナスとして現われる。
・同じ変化は、Aが交換という仮装的な形態によらないでBから直接に10ポンドを盗んだとしても、起きたであろう。
・流通する価値の総額をその分配の変化によってふやすことはできないことは明らかであって、それはちょうど、あるユダヤ人がアン王女時代の1ファージング貨を1ギニーで売っても、それで一国の貴金属量をふやしたことにはならないようなものである。
・一国の資本家階級の全体が自分で自分からだまし取ることはできないのである。

●「博打や投機において、一方の儲けは他方の損失になり、プラスマイナスゼロで総計は変らないのと同じことだ」との発言がありました。

■ゼロサムゲーム  [zero-sum game]
ゲームの理論で、参加者それぞれの選択する行動が何であれ、各参加者の得失点の総和がゼロになるゲーム。零和ゲーム。(大辞林 第二版)

第19段落
・要するにどんなに言いくるめようとしても、結局は同じことなのである。
・等価物どおしが交換されるとすれば剰余価値は生まれないし、非等価物どおしが交換されるとしてもやはり剰余価値は生まれない。
・流通または商品交換は価値を創造しないのである。

第20段落
・こういうことからも、資本の基本形態、すなわち近代社会の経済組織を規定するものとしての資本の形態をわれわれが分析するにあたって、なぜ資本の普通に知られているいわば大洪水以前的な姿である商業資本と高利資本とをさしあたりはまったく考慮に入れないでおくのか、がわかるであろう。
・本来の商業資本では、形態G―W―G’、より高く売るために買う、が最も純粋に現われている。
・他方、商業資本の全運動は流通部面のなかで行なわれる。
・しかし、貨幣の資本への転化、剰余価値の形成を流通そのものから説明することは不可能なのだから、商業資本は、等価物どうしが交換されるようになれば、不可能なものとして現われ、したがって、ただ、買う商品生産者と売る商品生産者とのあいだに寄生的に割り込む商人によってこれらの生産者が両方ともだまし取られるということからのみ導き出されるものとして現われる。
・この意味でフランクリンは「戦争は略奪であり、商業は詐取である」と言うのである。・商業資本の価値増殖が単なる生産者の詐取からではなく説明されるべきだとすれば、そのためには長い列の中間項が必要なのであるが、それは、商品流通とその単純な諸契機とがわれわれの前提となっているここでは、まだまったく欠けているのである。

●「大洪水以前的な姿である商業資本と高利資本」について、文字通りに(歴史的事件としての)大洪水以前のものをさしているのではないかという意見が出されました。これに対して、大洪水以前的というのは比喩的な記述であり、資本主義的生産が行なわれるようになる前に存在した前期的資本の事をさしているいう意見が出されました。

●他の訳本では、この段落の二つめの文章が次の段落となっているとの指摘がありました。事情は不明ですが、内容的に見ても、そのほうが適当だろうとの結論になりました。

●「本来の商業資本」が前期的資本をさしているのかどうかをめぐって、二つの意見が出されました。一つは前期的資本のことだという見解、もう一つは、資本主義社会での商業資本のことだという見解でした。 ★再度検討する必要があります。

●岡崎訳の「等価物どうしが交換されるようになれば」は、新日本出版社版では「等価物どうしが交換される限り」となっている。これについて、資本主義になった後は等価物どうしの交換がなされるようになり、商業資本は(その成立が)不可能になるということではないかという意見が出されました。これに対して、果たしてそうだろうかとの疑義が出されました。

■浜林正夫氏は「『資本論』を読む(上)」のなかで次のように述べている。
《近代以前のかたちの場合には、商業が未発達であったり、あるいはお金が十分に流通していない、というようなことがある。その場合には不等価交換ということが、行なわれやすい、むしろ不等価交換があたりまえのようになってしまうということがあります。よく言われる話ですけれども、先ほどもちょっと述べたシルクロードなどというようなレベルで、取り引きをしている場合には、東洋の物産は大へんな貴重品であって、それをヨーロッパへもっていくと、ばかみたいな高い値段で売れたのです。それは一種の独占でありまして、ヨーロッパとアジアをつなぐような取引きができるのは、ごく少数の人に限られていた。だから彼らは思いどおりの値段をつけることができた。そういう時代には流通過程から儲けが生ずることもありました。資本主義社会の特徴は、経済学のほうでよくいう言葉で言いますと、価値法則が貫徹するということで、それは等価交換になるということですね。》(217頁)
《本来の商業資本においては、…… うんぬんとありますが、これは大洪水以後のこと、つまり、近代における商業資本です。近代における商業資本では、剰余価値の形成を流通そのものから説明することは不可能だ。そうすると、商業資本というものはなくなってしまう、いらなくなってしまうのではないかという考え方があります。》(218頁) 

■『資本論』第3部第4篇「商品資本および貨幣資本の商品取引資本および貨幣取引資本への転化(商人資本)」で商業資本の価値増殖が分析されている。

第21段落
・商業資本にあてはまることは、高利資本にもっとよくあてはまる。
・商業資本では、その両極、すなわち市場に投ぜられた貨幣と、市場から引きあげられる増殖した貨幣とは、少なくとも買いと売りとによって、流通の運動によって、媒介されている。
・高利資本では、形態G―W―G’が、無媒介の両極G―G’に、より多くの貨幣と交換される貨幣に、貨幣の性質と矛盾しておりしたがって商品交換の立場からは説明することのできない形態に、短縮されている。
・それだからアリストテレスも次のように言うのである。
・「貨殖術は二重のものであって、一方は商業に属し、他方は家政術に属している。後者は必要なもので賞賛に値するが、前者は流通にもとづいて、当然非難される(というのは、それは自然にもとづいていないで相互の詐取にもとづいているからである)。それゆえ、高利が憎まれるのはまつたく当然である。というのは、ここでは貨幣そのものが営利の源泉であって、それが発明された目的のために用いられるのではないからである。じっさい、貨幣は商品交換のために生じたのに、利子は貨幣をより多くの貨幣にするのである。その名称」(τοκοζ利子および生まれたもの)「もここからきている。なぜならば、生まれたものは、生んだものに似ているからである。しかし、利子は貨幣から生まれた貨幣であり、したがって、すべての営利部門のうちでこれがもっとも反自然的なものである。」

●「貨幣の性質と矛盾しており」と述べられているが、その「貨幣の性質」とはどんなもののことかとの疑問が出されました。(新日本出版社版では「貨幣の本性」)これについては「貨幣は商品価値の表現ということではないか」「流通手段のことか」などの発言がありました。

●第4章第1節「資本の一般的定式」のところでもアリストテレス『政治学』からの引用がされており、マルクスは「アリストテレスは貨殖術に家政術を対立させている」と述べていたことが指摘されました。

■中村達也氏は、ネットの「エンジニアのための経済学最適インストール」のなかで《 「エコノミー」というのはもともとギリシャ語で“オイコス・ノモス”、意味は“家・法=家政”です。どうやって家計をやりくりするか。それがエコノミーだったんです。…経済という言葉自体はもっと古く、4世紀ごろの中国の「経世済民」という言葉から生まれたものです。「経世済民」は「国を治め、民を救う」ということですから、「経済」も、今でいう「政治」の意味です。江戸時代に太宰春台という儒学者が『経済録』という本を書いていますが、これも内容は政治ですね。…「ポリティカル・エコノミー」だと家政ではなく社会全体・国全体の経済という意味になります。つまり、ナショナル・エコノミーと同じです。今は、「経済学」は「エコノミクス」ですが、この言葉を使うようになったのは19世紀後半以降で、古典派の時代までは「ポリティカル・エコノミー」と言っていたんです。》と述べています。
 http://rikunabi-next.yahoo.co.jp/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=001092&vos=nyternns000000000001

■経済 けいざい 
〈経済〉とは,衣食住など物財の生産・流通・消費にかかわる人間関係の全体である。われわれ人間も他の動物同様,ものを食べなければ生きていけない。しかしわれわれがものを摂取する過程は,動物とは根本的に相違する。われわれは食物を料理したり容器に盛りつけるなど,さまざまな様式で形姿を整える。動物として生理的に胃の腑を満たすという点からすれば,過剰といえるような部分がまとわりついている。しかもこれら過剰な部分は効率的にものを摂取するため,あるいは節約するためということとは無関係で,むしろそれらのためにはマイナスでしかない。こうした過剰性は食の過程にとどまらない。われわれの衣や住は寒さから身を守るため,雨露をしのぐためといった単純明快さをこえている。そこには,衒示,宗教・呪術,審美,新奇といった,機能性をこえた,総称すれば文化とでもよべるような要素が離れがたく付着している。われわれは単に生理的要求から消費しているだけでなく,文化的要求を満たすためにも消費している。すなわち文化を食べ,文化を身にまとい,文化のなかに住み,文化を呼吸し消費しなければならない。
 こうしたことは生産においても流通においてもいえる。生産活動は食いつないでいく必要から遂行されるのではなく,仕事を完成する喜び,隣人よりより良いものを生産したいとの意欲,協働の喜び,献身,原罪の償い,天職,征服欲など,労働意欲をかきたてる労働観に支えられている。労働は労働観の消費でもある。他方では,こうした労働観を供給する活動,労働の指揮・監督,呪術師・宗教家・教育家などの活動も重要な意味をもつことになる。流通でも,等価性の観念にもとづく交換,租税・婚資・供物などのかたちの財の移転等々,単に有無相通ずるといったような機能的な要因をこえる文化が深く働いている。しかも消費,生産,流通のおのおので作用する文化的要因とは,別個ばらばらのものではなく,互いに関係づけあいつつ全体を構成する文化体系である。そこで文化というものを,慣行,言語,法,信仰,政治,技術から構成され,慣習・伝統として不動の側面と変化に向けて開かれた側面との両者を含む,ある種有機的に統合された巨大な一体系であるとすれば,経済とは,こうした文化体系にとりかこまれ,文化が細部にもわたって分かちがたく絡まりついた,物財の生産・消費・流通のことだといえよう。経済をどうみるかという経済観も,経済活動の目的はなにかといった人間の観念も,経済の重要な要素だということになる。また,経済はしばしば伝統慣習経済,市場経済,指令経済の三つに分類されるが,伝統,市場,指令は一経済のなかに並存する要素の若干であるにすぎず,それ以上の意味をもたせることはできない。
[〈経済〉という語の系譜]
 〈経済〉という語は中国晋代の書《抱朴子》〈外篇〉にある〈経世済民〉に発し,これを略したものといわれる。 〈経世済民〉とは,〈世を治め民をたすける〉という意で,現在いうところの,政治にかかわるもろもろの事柄をさしていた。日本の江戸時代の太宰春台の《経済録》などの〈経済〉の意味もこれに沿ったものである。明治以降,〈経済〉は〈economy〉の訳語にあてられ, 〈economy〉の意を含むように変わっていった。 〈economy〉の語源はギリシア語 oikonomia にあり,これは oikos (家) と nomos (慣習,法) からなる合成語で,家の管理・運営のあり方,家政を意味している。このように〈economy〉は当初,家を単位とする規定であったが,その後,ひとつは都市国家社会を単位とするように拡大していった。このように拡大すれば〈economy〉は〈経世済民〉の〈経済〉と意味を同じくすることになる。ところが〈economy〉はこれにとどまらず, 17 世紀以降の絶対王政,近代国民国家の形成過程において物質的な豊かさを柱とする国力の増強が各国の主題となるにおよび,物質的・唯物的要因を中心とする概念に固まっていった。この時期に形成された political economy (経済学) は唯物的な意味での国富についての学である。 〈economy〉はもうひとつ,個人個人,しかもひとりの人の個々的な行為を単位とする規定にも分化した。人々の活動において目的がはっきりし,条件も確定しており,その過程はおもしろくもおかしくもない,といったかなり限定された技術的な局面は,散らばってではあるが多く存在する。こうした局面では節約意識が明りょうに働き育つ。たとえば人がある場所へ行かなければならない,そしてどの道をとっても道中くたびれるだけという場合,大概の人は最も近道になる道を選ぶであろう。節約意識は,家政としての〈economy〉のなかから生まれる一つの独立した観念である。こうして〈economy〉が〈節約〉の意味をももつことになる。これは〈最小費用の最大効果〉であって,なにを目的に選ぶかにはまったく適用できない,いわば技術的・形式的規定である。ところが技術文明の隆盛に呼応して 19 世紀末の economics (経済学) はこの規定を,人間本来の目的が物質的豊かさにあるということと結びつけて,人間の普遍の原理にまで拡張し,経済人 (ホモ・エコノミクス) からなる社会を構想するにいたった。
 〈経済〉は上記のような意味の変遷を経た〈economy〉の訳語として使用され定着した。しかし,物質的側面もたしかに人間の一関心であり,長い歴史の趨勢 (すうせい) が生活の物質的側面の巨大化に向かってきたのだから, 〈economy〉すなわち〈経済〉概念の中心が物質的側面に集中・分化してきたのは当然であったとしても, 〈経済〉の目的・動機が唯物的にすぎないとするのは,たかだかこの 200 ~ 300 年の特異な経済観にすぎない。この点から反省するならば,この特異な〈経済〉をもひとつの系として含みうる本項のような〈経済〉がえられる。またそれとともに経済学も,上記の特異な経済観を当然のこととし,これにもとづいて政策技術を練り,仮構の純粋システムのメカニズムを解明するといったことにともなう視点の狭さ・非現実性から,解放されつつある。 経済人類学,経済社会学,経済倫理学,経済体制論などは社会科学としてのパースペクティブを経済学にとりもどそうとのさまざまな試みであるが,これらも含めて現代の経済学は生活の物質的側面に深く入りこみ,物質的関係をとおして表現される観念,文化,歴史,政治,要するに社会のあり様を解釈していこうとの尽きざる営みへと指向している。        吉沢 英成  (世界大百科事典)

by shihonron | 2009-12-08 23:46 | 学習ノート


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