『資本論』を読む会の報告

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2010年 01月 05日

第5章 第1節 労働過程のレジュメ その1

レジュメ 第5章 労働過程と価値増殖過程 第1節 労働過程                   
                          
第1段落 労働過程をどんな特定の社会的形態にもかかわりなく考察することが課題
・労働力の使用は労働そのものである。
・彼の労働を商品に表わすには、彼はそれをなによりも使用価値に、なにかの種類の欲望を満足させるのに役だつ物に表わさなければならない。だから、資本家が労働者につくらせるものは、ある特殊な使用価値、ある一定の品物である。
・使用価値または財貨の生産は、それが資本家のために資本家の監督のもとで行なわれることによっては、その一般的な性質を変えるものではない。それゆえ、労働過程はまず第一にどんな特定の社会的形態にもかかわりなく考察されなければならないのである。

★ここでは「第1節 労働過程」の課題が示されている。それは、労働過程をどんな特定の社会的形態にもかかわりなく考察することである。別言すれば、有用労働一般の運動を考察することである。

■フランス語版では次のようになっている。
《労働力の売り手が商品を生産するためには、彼の労働は有用でなければならない。すなわち、使用価値のうちに実現されなければならない。したがって、資本家が自分の労働者に生産させるものはある個別的な使用価値、ある個別的な物品である。》《したがってわれわれは、社会のあれこれの経済的発展段階が有用労働に刻印するかもしれない個々の独自性はすべて度外視して、まず、有用労働一般の運動を考察しなければならない。》(上巻167頁)

第2段落 労働の持つ意義、労働は合目的的行動
・労働は、まず第一に人間と自然とのあいだの一過程であり、人間は自分と自然との物質代謝を自分自身の行動によって媒介し、規制し、制御する。
・人間は、自然素材を、彼自身の生活のために使用されうる形態で獲得するために、彼の肉体にそなわる自然力、腕や脚、頭や手を動かす。人間はこの運動によって自分の外の自然に働きかけてそれを変化させ、そうすることによって同時に自分自身の自然[天性]を変化させる。彼は、彼自身のうちに眠っている潜勢力を発現させ、その諸力の営みを彼自身の統御に従わせる。
・労働過程の終わりには、その始めにすでに労働者の心像のなかには存在していた、つまり観念的にはすでに存在していた結果が出てくるのである。労働者は、自然的なものの形態変化を引き起こすだけではない。彼は自然的なもののうちに、同時に彼の目的を実現するのである。
・その目的は彼が知っているものであり、法則として彼の行動を規定するものであって、彼は自分の意志をこれに従わせなければならないのである。そして、これに従わせるということは、ただそれだけの孤立した行為ではない。労働する諸器官の緊張のほかに、注意力として現われる合目的的な意志が労働継続期間全体にわたって必要である。

★労働は、①人間と自然の間の物質代謝を媒介し、②自然に働きかけて変化させると同時に自分自身の自然[天性]を変化させる(さまざまな能力を獲得する)。また労働は、合目的的な行動である。

■《労働は、使用価値の形成者としては、有用労働としては、人間の、すべての社会形態から独立した存在条件であり、人間と自然とのあいだの物質代謝を、したがって人間の生活を媒介するための、永遠の自然必然性である。》(国民文庫85頁・原頁57)

第3段落 労働過程の3つの契機
・労働過程の単純な諸契機は、合目的的な活動または労働そのものとその対象とその手段である。

★労働過程の3つの単純な契機 ①労働そのもの ②労働対象 ③労働手段

第4段落 労働対象――天然に存在する労働対象と労働生産物である原料
・人間のために最初から食料や完成生活手段を用意している土地(経済的には水もそれに含まれる)は、人間の手を加えることなしに、人間労働の一般的対象として存在する。
・労働によってただ大地との直接的な結びつきから引き離されるだけの物は、すべて、天然に存在する労働対象である。それは、たとえばその生活要素である水から引き離されて捕らえられる魚であり、原始林で伐り倒される木であり、鉱脈からはぎ取られる鉱石である。
・これに反して、労働対象がそれ自体すでに過去の労働によって濾過されているならば、われわれはそれを原料と呼ぶ。ば、すでにはぎ取られていてこれから洗鉱される鉱石はそれである。

★土地は人間労働の一般的対象である。

★労働対象には、天然に存在する労働対象と労働生産物である原料がある。

第5段落 労働手段
・労働手段とは、労働者によって彼と労働対象とのあいだに入れられてこの対象への彼の働きかけの導体として彼のために役だつ物またはいろいろな物の複合体である。
・労働者は、いろいろな物の機械的、物理的、化学的な性質を利用して、それらのものを、彼の目的に応じて、ほかのいろいろな物にたいする力手段として作用させる。
・労働者が直接に支配する対象は――完成生活手段、たとえば果実などのつかみどりでは、彼自身の肉体的器官だけが労働手段として役だつのであるが、このような場合を別として――労働対象ではなく、労働手段である。
・土地は彼の根源的な食糧倉庫であるが、同様にまた彼の労働手段の根源的な武器庫でもある。それは、たとえば彼が投げたりこすったり圧したり切ったりするのに使う石を提供する。
・土地はそれ自身一つの労働手段ではあるが、それが農業で労働手段として役立つためには、さらに一連の他の労働手段とすでに比較的高度に発達した労働力とを前提する。
・およそ労働過程がいくらかでも発達していれば、すでにそれは加工された労働手段を必要とする。最古の人間の洞窟のなかにも石製の道具や石製の武器が見いだされる。加工された石や木や骨や貝殻のほかに、人類史の発端では、馴らされた、つまりそれ自身すでに労働によって変えられた、飼育された動物が、労働手段として主要な役割を演じている。
・労働手段の使用や創造は、人間特有の労働過程を特徴づけるものである。
・死滅した動物種属の体制の認識にとって遺骨の構造がもっているのと同じ重要さを、死滅した経済的社会構成体の判定にとっては労働手段の遺物がもっているのである。
・なにがつくられたかではなく、どのようにして、どんな労働手段でつくられるかが、いろいろな経済的時代を区別するのである。労働手段は、人間の労働力の発達の測定器であるだけではなく、労働がそのなかで行なわれる社会的諸関係の表示器でもある。

■《労働者は、いろいろな物の機械的、物理的、化学的な性質を利用して、それらのものを、彼の目的に応じて、ほかのいろいろな物にたいする力手段として作用させる。》は、新日本出版社版では《彼は、それらの諸物を彼の目的に応じて、他の諸物に働きかける力の手段として作用させるために、それらの物の機械的・物理的・化学的諸属性を利用する。》(308頁)となっている。また、長谷部訳では《彼は諸物を、能力手段として他の諸物に――彼の目的に応じて――作用させるために、それらのものの力学的・物理学的・化学的な属性を利用する。》(152頁)とされている

■《死滅した動物種属の体制》は、新日本出版社版では《絶滅した動物種属の身体組織》(309頁)となっている。

第6段落 もっと広い意味での労働手段――土地や建物など
・もっと広い意味で労働過程がその手段のうちに数えるものとしては、その対象への労働の働きかけを媒介ししたがってあれこれの仕方で活動の導体として役だつ物のほかに、およそ過程が行なわれるために必要なすべての対象的条件がある。それらは直接には過程にはいらないが、それらなしでは過程はまったく進行することができないか、またはただ不完全にしか進行することができない。この種類の一般的労働手段はやはり土地そのものである。なぜならば、土地は、労働者に彼の立つ場所[ locus stand]を与え、また彼の過程に仕事の場所[field of employment]を与えるからである。この種類のすでに労働によって媒介されている労働手段は、たとえば作業用の建物や運河や道路などである。

★労働が行われるために必要なすべての対象的条件(物的条件)は労働手段である。

第7段落 労働過程とその結果である生産物
・要するに労働過程では人間の活動が労働手段を使って一つの前もって企図された労働対象の変化を引き起こすのである。この過程は生産物では消えている。その生産物はある使用価値であり、形態変化によって人間の欲望に適合するようにされた自然素材である。
・労働はその対象と結びつけられた。労働は対象化されており、対象は労働を加えられている。
・労働者の側に不静止の形態で現われたものが、今では静止した性質として、存在の形態で、生産物のうちに現われる。労働者は紡いだのであり、生産物は紡がれたのである。

★労働の結果は、使用価値という物の性質(静止した性質・静止的な属性)として表されている。これが労働の対象化(労働が物の属性として現れること)である。ここでは、具体的有用的労働の対象化について述べている。他方、商品の価値は、商品に対象化した抽象的人間的労働である。

★労働過程とその結果について次のように述べていると思われる。労働過程では、労働は流動状態にある=労働そのものであり、「過程」「運動」である。その結果は、「静止した性質(属性)」として「存在の形態」として生産物のうちに現われる。

第8段落 生産物の立場から見れば――生産手段と生産的労働
・この全過程をその結果である生産物の立場から見れば、二つのもの、労働手段と労働対象とは生産手段として現われ、労働そのものは生産的労働として現われる。

★「生産物の立場」とは、「労働過程の結果の立場」「静止した性質の立場」である。

第9段落 生産物は、労働過程の結果であるだけではなく、同時にその条件でもある 
・ある一つの使用価値が生産物として労働過程から出てくるとき、それ以前のいくつもの労働過程の生産物である別の使用価値は生産手段としてこの労働過程にはいっていく。この労働の生産物であるその同じ使用価値が、あの労働の生産手段になる。それだから、生産物は、労働過程の結果であるだけではなく、同時にその条件でもあるのである。

★例えば、布は織布という労働過程の生産物であるが、糸は生産手段としてこの労働過程に入っていく。製糸という労働過程の生産物である糸が、織布労働の生産手段になる。糸は、製糸という労働過程の結果であるだけではなく、織布という労働過程の条件でもある。また織機は機械製造という労働過程の生産物であるが織布という労働過程の生産手段になる。織機は、機械製造という労働過程の結果であるだけではなく、織布という労働過程の条件でもある。

第10段落 労働対象が天然に与えられている場合の他は原料が労働対象
・鉱山業や狩猟業や漁業など(農業は、最初に処女地そのものを開墾するかぎりで)のように、その労働対象が天然に与えられている採取産業を除いて、他のすべての産業部門が取り扱う対象は、原料、すなわちすでに労働によって濾過された労働対象であり、それ自身すでに労働生産物である。たとえば農業における種子がそれである。
・特に労働手段について言えば、その大多数は、どんなに浅い観察眼にも過去の労働の痕跡を示しているのである。

★開墾とは山野を切り開いて新しく田畑にすることだが、それを採取産業と呼ぶのは適切ではないように思う。これ以前の叙述では一貫して土地は労働手段だとされていたが、、処女地そのものの開墾においては、処女地そのものが労働対象であり、開墾された土地は労働手段といえるのではないか(土地は作物栽培の手段であり、種子が労働対象といえよう)。原始林を伐採する場合には、切られる樹木が労働対象であり、自生している果実をもぎ取る場合なら、もぎとられる果実が労働対象であろう。

第11段落 生産物の主要実体(主要材料)と補助材料
・原料は、ある生産物の主要実体をなすことも、またはただ補助材料としてその形成に加わることもありうる。
・補助材料は、石炭が蒸気機関によって、油が車輪によって、乾草がひき馬によって消費されるように、労働手段によって消費されるか、または、塩素がまだ漂白されていないリンネルに、石炭が鉄に、染料が羊毛につけ加えられるように、原料のうちに素材的変化を起こすためにつけ加えられるか、または、たとえば作業場の照明や採暖のために用いられる材料のように、労働の遂行そのものを助ける。
・主要材料と補助材料との区別は本来の化学工業ではあいまいになる。なぜならば、充用された諸原料のうちで再び生産物の実体として現われるものはなにもないからである。

■後の箇所では《原料と補助材料》という言い方もされている。
《要するに、生産手段すなわち原料や補助材料や労働手段に転換される資本部分は、生産過程でその価値量を変えないのである。》(国民文庫363頁・原頁223)

■原材料(げんざいりょう、英語:raw material)とは、物(製品など)を製造するための元になる物。
原材料は原料と材料を組み合わせた言葉である。両者とも似たような言葉ではあるが、違いとしては原料は通常、物(製品など)が完成したときに原型をとどめていない物のことを指す。(『ウィキペディア』より)

第12段落 同じ生産物がさまざまな労働過程の原料になる
・物はそれぞれさまざまな性質をもっており、したがっていろいろな用途に役立つことができるので、同じ生産物でも非常にさまざまな労働過程の原料になることができる。たとえば穀物は製粉業者や澱粉製造業者や酒造業者や飼畜業者などにとって原料である。それは、種子としてはそれ自身の原料になる。
・同様に、石炭は生産物としては鉱山業から出てくるが、生産手段としてはそれにはいっていく。

★《石炭が生産手段として鉱山業にはいっていく》とは、水をくみ上げるポンプなどの蒸気機関の燃料になるといったこと。

第13段落  同じ生産物が同じ労働過程で労働手段としても原料としても役だつ
・同じ生産物が同じ労働過程で労働手段としても原料としても役だつことがある。
・たとえば家畜の肥育では、家畜という加工される原料が同時に肥料製造の手段でもある。

★ここでは同じ労働過程が、家畜の生産(肥育)と肥料製造という二つの側面をもっているということだろう。家畜の生産においては、家畜は労働対象(原料)であり、肥料製造においては、糞尿が労働対象、家畜が労働手段ということである。肥料製造において家畜が労働手段であるというのは、穀物生産において、土地が労働手段(労働対象は穀物)であることと同様に理解できる。

第14段落 原料としての生産物のいろいろな形態――中間製品と完成品
・消費のために完成された形態で存在する生産物が、たとえばぶどうがぶどう酒の原料になるように、新しく別の生産物の原料になることもある。
・または、労働がその生産物を、再び原料として使うよりほかにはないような形態で手放すこともある。この状態にある原料、たとえば綿花や繊維や糸などのようなものは、半製品とよばれるが、中間製品と呼ぶほうがよいかもしれない。
・最初の原料は、それ自身すでに生産物であるにもかかわらず、いろいろな過程から成っている一つの全段階を通らなければならないことがあり、その場合には、それを完成生活手段または完成労働手段として押し出す最後の労働過程にいたるまでの各課程で、絶えざる変化する姿で絶えず原料として機能するのである。

■「半製品」と呼ばれる物として国民文庫版では、《綿花や繊維や糸など》があげられているが、フランス語版では《綿花や糸やキャラコなど》、長谷部訳では《綿花・縫糸・織糸など》、マルクス・コレクションでは《綿花、糸、撚糸》となっている。
   【綿花】ワタの種子を包む繊維。紡いで綿糸とする。
   【繊維】微細な糸状物質。
   【糸】繊維が長く線状に連続したもの。綿糸・毛糸など短い繊維を紡績したものと、生糸・合成繊維など長い繊維からなるものがある。
   【キャラコ】緻密に織った薄地平織り綿布。
   【撚糸】糸によりをかけること。また、よりをかけた糸。
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by shihonron | 2010-01-05 22:30 | レジュメ


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