『資本論』を読む会の報告

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2008年 06月 30日

第13章 第9節のレジュメ その1

第9節 工場立法(保健・教育条項)。 イギリスにおけるその一般化       s.504
① 工場立法-----大工業の一つの必然的な産物
 工場立法,社会がその生産過程の自然発生的な姿に加えた最初の意識的な計画的な反作用,それは,すでに見たように,綿糸や自動機や電信と同様に,大工業の一つの必然的な産物である。
 イギリスの工場法のなかの労働日の時間数には関係のないいくつかの条項にも簡単に触れておく。
② 保健条項----全く貧弱
 保健条項は,全く貧弱なもので,実際には,壁を白くすることやその他いくつかの清潔維持法や換気や危険な機械にたいする保護などに関する規定に限られている(第3部で,工場主たちの熱狂的に反抗に立ち帰る)。
 一つの例で十分。スカッチング・ミル(亜麻を打って皮をはぐ工場)----周期的に秋と冬に近隣の小作人の息子や娘や妻(機械には全く無知な人々,畑仕事から連れ去られて)が,ローラーに亜麻を食わせる。その災害は,数から見ても程度から見ても機械の歴史に全く例がない。一つのスカッチング・ミルだけでも,1852年~1856年までに6件の死亡と60件の不具になる重傷。数シリングのごく簡単な設備で防止できるもの。
③ 資本主義的生産様式には最も簡単な清潔保健設備でさえも国家の側から強制法によって押しつける必要がある。資本制生産様式の性格をみごとに表現。
「1864年の工場法は,製陶業で200以上の作業場を白く塗らせ清潔にさせたが,それまで20年間も,この種の処置が節制されたのであり」(これが資本の「節欲」なのだ!)「これらの作業場では27,878もの労働者が働いているのであって,彼らは,これまでは有毒な空気を吸い込んでいて,それが他の点では比較的無害なこの仕事に病気と死とをはらませていたのである。この法律は換気装置を非常に増加させた。」
④ 工場法のこの部分は,資本主義的生産様式はその本質上ある一定の点を越えてはどんな合理的改良をも許さないものだということを,的確に示している。イギリスの医師たちは,継続的な作業の場合には一人当たり500立方フィートの空間がどうにか不足のない最小限だと言っている。工場法がそのあらゆる強制手段によって比較的小さい作業場の工場への転化を間接に推進し,したがって間接に小資本家の所有権を侵害して大資本家に独占を保証するものだとすれば,作業場でどの労働者にも必要な空間を法律で強制するということは,数千の小資本家を一挙に直接に収奪するものであろう! それは,資本主義的生産様式の根源を,すなわち資本の大小を問わず労働力の「自由な」購入と消費とによる資本の自己増殖を,脅かすものであろう。それゆえ,この500立方フィートの空気ということになると,工場立法も息切れがしてくるのである。保健関係当局・産業調査委員会・工場監督官---それを資本に強要することの不可能を繰り返す。こうして,彼らは,実際には,労働者の肺結核やその他の肺病が資本の一つの生活条件であることを宣言している。

⑤ 教育条項
 工場法の教育条項は全体としては貧弱ではあるが,初等教育を労働のための強制的条件として宣言。その成果は,筋肉労働を教育および体育と結びつけることの,可能性をはじめて実証した。工場監督官たちは,工場児童は正規の昼間生徒の半分しか授業を受けていないのに,それと同じかまたはしばしばそれよりも多くを学んでいるということを発見した。「半労半学の制度は,それぞれ一方を他方にとっての休養および気晴らしとするものであり,どちらか一方を中断なしに続けるよりもずっと適当である。」
⑥ シーニア,ロバート・オーエン
 1863年,シーニアの講演。-----上級および中級の児童の一面的で不生産的で長すぎる授業時間がいたずらに教師の労働を多くしている,それが児童の時間や健康やエネルギーを,単にむだにするだけではなく,まったく有害に乱費すると。注300で1833年の工場法に対する彼の攻撃演説と対比
 工場制度からは,(ロバート・オーエンにおいて詳細にその跡を追うことができる)未来の教育の萌芽が出てきた。この教育は,一定の年齢から上のすべての子どものために生産的労働を学業および体育と結びつけようとするもので,それは単に社会的生産を増大するための一方法であるだけではなく,全面的に発達した人間を生みだすための唯一の方法でもあるのである。
大工業は分業を奇怪なかたちで再生産----労働者は一つの部分機械の自己意識ある付属物に
⑦ すでに見たように,大工業は,一人の人間の全身を一生涯一つの細部作業に縛りつけるマニュファクチュア的分業を技術的に廃棄するのであるが,それと同時に,大工業の資本主義的形態はそのような分業をさらにいっそう奇怪なかたちで再生産する。この再生産は,a)本来の工場では労働者を一つの部分機械の自己意識ある付属物にし,b)一部は機械や機械労働のまばらな使用によって(301 本来は蒸気機関がこの労働者に代わったのであるが,今度は彼が蒸気機関の代わりをしなければならない。),c)また一部は婦人労働や児童労働や不熟練労働を分業の新しい基礎として取り入れることによって,行なわれる。
・マニュファクチュア的分業と大工業の本質との矛盾は,暴力的にその力を現わす。
 たとえば,イギリスの書籍印刷所では,以前は,徒弟たちが比較的容易な作業からもっと内容のある作業に移って行くということが行なわれていた。彼らはある修業過程を経てから一人まえの印刷工になった。読み書きができるということは,彼らのすべてにとって職業上の一つの要件だった。印刷機が現われると,なにもかも変わった。印刷機には2種類の労働者が使われ,一人は大人の労働者で機械見張り工であり,そのほかは多くは11歳から17歳までの少年機械工で,-----中断なしに14時間か15時間か16時間,そしてしばしば食事と睡眠のためにたった2時間休むだけでぶっつづけに36時間も,この苦役をやる! 彼らのうちの大きな部分は字が読めない。そして,一般に,まったくすさんだ,正常でない人間になっている。
⑧ 彼らが,子ども向きの仕事をするには年をとりすぎれば,したがって少なくとも17歳になれば,印刷所からは解雇されてしまう。彼らは犯罪の新兵になる。

・大工業は秘伝技のヴェールをはぎとった⇒技術学の発達,近代工業の技術的基礎は革命的
⑨ 作業場のなかでのマニュファクチュア的分業について言えることは,社会のなかでの分業についても言える。手工業やマニュファクチュアが社会的生産の一般的な基礎になっているあいだは,一つの専門的な生産部門への生産者の包摂,彼の仕事の元来の多様性の分裂は,一つの必然的な発展契機である。この基礎の上では,それぞれの特殊生産部門は自分に適した技術的姿態を経験的に発見し,だんだんそれを完成してゆき,一定の成熟度に達すれば急速にそれを結晶させる。----ひとたび経験的に適当な形態が得られれは労働用具もまた骨化する。18世紀にいたるまで,特殊な職業が秘伝技と呼ばれ,その秘密の世界には,経験的職業的に精通したものでなければはいれなかった。人間にたいして彼ら自身の社会的生産過程をおおい隠し,いろいろな自然発生的に分化した生産部門を互いに他にたいして謎にし,またそれぞれの部門の精通者にたいしてさえも謎にしていたヴェールは,大工業によって引き裂かれた。大工業の原理,すなわち,それぞれの生産過程を,それ自体として,さしあたり人間の手のことは少しも顧慮しないで,その構成要素に分解するという原理は,技術学というまったく近代的な科学をつくりだした。社会的生産過程の種々雑多な外観上は無関連な骨化した諸姿態は,自然科学の意識的に計画的な,それぞれ所期の有用効果に応じて体系的に特殊化された応用に分解された。また,技術学は,使用される用具はどんなに多様でも人体の生産的行動はすべて必ずそれによって行なわれるという少数の大きな基本的な運動形態を発見した。近代工業は,一つの生産過程の現在の形態をけっして最終的なものとは見ないし,またそのようなものとしては取り扱わない。それだからこそ,近代工業の技術的基礎は革命的なのであるが,以前のすべての生産様式の技術的基礎は本質的に保守的だったのである(306)
「ブルジョアジーは,生産用具を,したがって生産関係を,したがってまたいっさいの社会的関係を絶えず変革することなしには,存在することができない。これに反して,古い生産様式を不変に維持することは,以前のすべての産業階級の第一の存在条件だった。生産の不断の変革,すべての社会的状態の不断の動揺,永久の不安定と運動は,以前のすべての時代にたいしてブルジョア時代を特徴づけている。すべての固定した錆びついた関係は,それに伴う古くいかめしい観念や見解とともに解消され,いっさいの新たに形成されたものは,骨化しうる前にすたれてしまう。いっさいの不変なもの,不動なものは蒸発し,いっさいの神聖なものは冒潰され,そして,人間は,ついに,彼らの生活上の地位,彼らの相互関係を冷ややかな目で眺めることを強いられている。」(『共産党宣言』)
・大工業の本性は,労働の転換,機能の流動,労働者の全面的可動性を必然的にする
 機械や化学的工程やその他の方法によって,近代工業は,生産の技術的基礎とともに労働者の機能や労働過程の社会的結合をも絶えず変革する。したがってまた,それは社会のなかでの分業をも絶えず変革し,大量の資本と労働者の大群とを一つの生産部門から他の生産部門へと絶えまなく投げ出し投げ入れる。したがって,大工業の本性は,労働の転換,機能の流動,労働者の全面的可動性を必然的にする。
・大工業は,古い分業をその骨化した分枝をつけたままで再生産する(否定的側面)
 他面では,大工業は,その資本主義的形態において,古い分業をその骨化した分枝をつけたままで再生産する。この絶対的矛盾 がいかに労働者の生活状態の一切の静穏と固定性と確実性を剥奪するかは,すでに見てきた。この矛盾は彼の手から労働手段とともに絶えず生活手段をも奪い取ろうとし,彼の部分機能とともに彼自身を過剰なものにしようとする。また,この矛盾は労働者階級の不断の犠牲と労働力の無際限な乱費と社会的無政府の荒廃とのなかで荒れまわる。これはネガティヴな側面である。(諸訳書,仏語版参照)

・全体的に発達した個人の育成----大工業の死活問題                     s.509
 しかし,いまや労働の転換が,ただ圧倒的な自然法則としてのみ,また,至るところで障害にぶつかる自然法則の盲目的な破壊作用を伴ってのみ,実現されるとすれば,大工業は,いろいろな労働の転換(労働者のできるだけの多面性)を一般的な社会的生産法則として承認し,この法則の正常な実現に諸関係を適合させることを,大工業の破局そのものをつうじて,生死の問題にする。大工業は,変転する資本の搾取欲求のために予備として保有され自由に利用されるみじめな労働者人口という奇怪事の代わりに,変転する労働要求のための人間の絶対的な利用可能性をもってくることを,すなわち,一つの社会的細部機能の担い手でしかない部分個人の代わりに,いろいろな社会的機能を自分のいろいろな活動様式としてかわるがわる行なうような全体的に発達した個人をもってくることを,一つの生死の問題にする。

工学および農学の学校,職業学校・労働者学校
 大工業を基礎として自然発生的に発達してこの変革過程の一つの要因となるものは,工学および農学の学校(ブルジョアジーの息子のため----仏語版)であり,もう一つの要因は「職業学校」であって,この学校では労働者の子どもが技術学やいろいろな生産用具の実際の取扱いについてある程度の教育を受ける。工場立法は,資本からやっともぎ取った最初の譲歩として,ただ初等教育を工場労働と結びつけるだけだとしても,少しも疑う余地のないことは,労働者階級による不可避的な政権獲得は理論的および実際的な技術教育が労働者学校において然るべき席を獲得するであろうということである。また同様に疑う余地のないことは,資本主義的生産形態とそれに対応する労働者の経済的諸関係はこのような変革の酵素と古い分業の廃棄というその目的とに真正面から矛盾するということである。とはいえ,一つの歴史的な生産形態の諸矛盾の発展は,その解体と新形成とへの唯一の歴史的な道である。(309,ジョン・ベラーズ)

⑩ 家内労働の規制⇒子どもの権利宣言                          s.513
工場立法が工場やマニュファクチュアなどでの労働を規制----資本の搾取権への干渉として現われるだけである。ところが,家内労働の規制は,親権の,直接的侵害として現われる。大工業は古い家族制度とそれに対応する家族労働との経済的基礎とともに古い家族関係そのものをも崩壊させる。子どもの権利が宣言されざるをえなくなった。「不幸なことであるが,男女の子どもはほかのだれにたいしてよりも彼ら自身の親にたいして保護される必要があるということ」(1866年「児童労働調査委員会」)
一般に児童労働の,また特に家内労働の,無制限な搾取の制度は,「幼くてか弱い子どもにたいして親たちが自分かってな無法な権力をなんの拘束も制御もなく行使するということによって,維持される。-----親たちが,自分の子どもをいくらかの週賃金をかせぐためのただの機械にしてしまう絶対的な権力をもっていてはならない。-----子どもや少年には,親の権力の乱用に対して,立法の保護を求める権利がある。」
親の権力の乱用----資本主義的搾取様式の産物                       s.514
⑪ とはいえ,親の権力の乱用が資本による未熟な労働力の直接間接の搾取を創造したのではなく,逆に,資本主義的搾取様式こそが親権に対応する経済的基礎を破棄することによって,親にその権力を乱用させてきたのである。
大工業は,家族や両性関係のより高い形態のための新しい経済的基礎をつくりだす       
 資本主義体制のなかでの古い家族制度の崩壊がどんなに恐ろしくいとわしく見えようとも,大工業は,社会的に組織された生産過程で婦人や男女の少年や子どもに決定的な役割を割り当てることによって,家族や両性関係のより高い形態のための新しい経済的基礎をつくりだす。
 言うまでもなく,キリスト教的ゲルマン的家族形態を絶対的と考えることは,----愚かなことである。
あらゆる年齢の男女個人から結合労働人員が構成されているということ
 男女両性の非常にさまざまな年齢層の諸個人から結合労働人員が構成されているということは,この構成の自然発生的な野蛮な資本主義的形態において,すなわちそこでは生産過程のために労働者があるのであって労働者のために生産過程があるのではないという形態においえは,退廃や奴隷状態の害毒の源泉であるとはいえ,それに相応する諸関係のもとでは逆に人間的発展の源泉に一変するにちがいないのである。

工場法-----一般化の必要                                 s.514
⑫ 工場法を,機械経営の最初の姿である紡績業と織物業とのための例外法から,すべての社会的生産の法律に一般化する必要は,すでに見たように,大工業の歴史的発展行程から生ずる。というのは,大工業の背後では,マニュファクチュアや手工業や家内労働という伝来の姿は完全に変革され,マニュファクチュアは絶えず工場に,手工業は絶えずマニュファクチュアに変わり,そして最後に手工業や家内労働の諸部面は,相対的には驚くばかりの短期間に,資本主義的搾取の凶暴きわまる無法が思いのままに演ぜられる苦難の洞穴になり変わるからである。
資本の平等な搾取権の要求
・二つの事情が決着をつける。第一は,資本は社会的周辺の個々の点だけで国家統制を受けるようになると他の点でますます無節制に埋め合わせをつけるという絶えず繰り返される経験,第二は,競争条件の平等,すなわち労働搾取の制限の平等を求める資本家たち自身の叫びである。二つの衷心の叫び。
 W・クックスリ会社(ブリストルの針や鎖などの製造業者)「付近の諸工場では古い不規則な制度が続いているので,----これはわれわれにとって不正であり,損害である,というのは,少年たちの力による利益は全部われわれのものだのに,その力の一部分がそのために消耗するからである」
⑬ J・シンプソン(ロンドンの紙袋紙箱製造業者)「私は工場法実施の請願に署名するつもりである。私の工場を閉めてから,他人はもっと長く作業して自分の注文を横取りするかもしれないと思うと,いつも夜は心配でたまらない。」
 要約して「児童労働調査委員会」は次のように言う。「比較的小さい作業場を除外すれば,労働時間に関して競争条件が平等でなくなるという不公平のほかに,大きいほうの工場主にとってはまた別な不利が加わる。すなわち,彼らへの少年や婦人の労働の供給が,法律を免れている作業場のほうに向け変えられるであろう,というのがそれである。」

工場法の適用範囲拡大----工場法拡張法                           s.516
⑭ 「児童労働調査委員会」は,約半数が小経営や家内労働に搾取されている1,400,000人以上の子どもと少年と婦人を工場法のもとに置くことを提案している(⑰の工場法拡張法)。----- 「このような立法は,年少虚弱者,直接的(女性),間接的(男性)に,もっと多数の成年労働者にも,きわめて有益な影響を及ぼすであろう。規則正しい軽減された労働時間。身体の余力を節約し,蓄積する。幼少期の過度労働から保護。初等教育を受ける機会を与え,あの信じられないほどの無知にも終末を与える。」
⑮ トーリ党内閣は,1867年,産業調査委員会の提案を「法案」に作成したと告げた。そのためには,新たな20年間の無価値体実験を必要としたのだった。
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by shihonron | 2008-06-30 08:00 | レジュメ


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